アネクスペクティドゥ
この地の番人であるリステインやプルーデンスが知らない場所を、敵は熟知していた。
俺達の進むポイントに、的確に罠などを仕掛けていた。
それは何故か?
「かなり前から、プルーデンス達に悟られぬように間者を送り込み、地理地形を把握していた。もしくは……この辺りに詳しい者から情報を得ていた……ってところか」
「なるほどな」
と、グライアイ。
プルーデンスもお玉で鍋の中の謎のスープを掻き混ぜながら、
「確かにね。進む先に罠があったり待ち伏せしてたり……場所を知らないと出来ない事だわ。でも、この地の地形を全て把握するなんて無理よ。この狭間の地は確かに広くはないけど、それほど狭くもないわ。それにこの地に詳しい者って……番人しかいないわよ」
「むぅ…」
「番人かえ。ふむ……歴代の番人達はどうじゃ?お主の前任者などから情報を聞き出していたのではないかぇ?」
「うぅ~ん……どうだろう?」
プルーデンスは眉間に縦皺を刻みながら大きく首を傾げる。
「正直、分かんないのよねぇ」
「そうなのか?」
「引継の時に会っただけだもん。詳しい事は知らないわよぅ……個人的な付き合いも無いし」
「番人の経験者から情報を得て、更に情報収集に長けた者を密かに送り込んでいたと……何とも気の長い話じゃな」
「つまりそれは、かなり前から計画を練っていたって事じゃね?それこそ数年がかりで」
そして俺は、いざ計画実行と言うタイミングで、ここを訪れてしまったと……
ふふ、運の無さも極まれりって所だね。
泣きそうだよ。
「でもさ、どうやってここに潜り込んで情報を集めていたのかしら?侵入者は結界で察知出来る筈なんだけど…」
「やはり特殊な転移魔法ではないかえ?それとも、そなたの知らぬ結界の不備を見つけたとか……どちらにしろ、彼奴等はそなたに察知されずに動いておる。これはちと厄介だぞえ」
「しかしまぁ、何にしろ……今は迷子になっている事に感謝だな」
「迷子になんかなってない!!場所が分からないだけよ!!」
「ふむ、それはどう言う意味じゃ、人の子よ?」
「なに……敵は用意周到で、緻密に計算して罠を仕掛けたり待ち伏せしたりしてるだろ?だけどこっちは迷子中で、行き当たりバッタリな感じじゃん?敵の計算も計画も、大きく狂うって事さ」
愚者の無軌道な行動は、知恵者に対して一番有効な手だからなぁ……
今頃敵は、予定ポイントに俺達が来ないもんだから、焦っているのかもな。
罠もスルーされてるし。
「で、でしょ?全ては私の完璧な作戦なのよ」
「プルーデンス……」
グライアイはヤレヤレな溜息を漏らした。
俺なんか、ペッと唾まで吐いてやる。
「なによぅ。結果オーライだから良いじゃないの」
そう言ってプルーデンスは簡素な木の椀に謎のスープを盛り付け、
「はい、洸一」
「お、おぅ……」
俺はそれを受け取り、暫し固まる。
うむ、あったかそうなスープだ。
以上、感想終わり。
暖かいと言うだけで、それ以上はない。
そう、決して美味そうではない。
だって黒いよ。
何、この色?
しかも謎の肉の固まりや謎の野菜もゴロゴロと入っている。
これが魔界のスタンダード料理なのか?
ンなワケはない。
だってリステインの料理は美味かったもん。
チラリと上目でグライアイの様子を窺うと……うわ、ハニワみたいな顔で固まってるよ。
魔神をも唖然とさせちゃってるよ。
「何してんのよぅ。冷める前に食べなさいよ」
食えと言いますか、これを?
や、まぁ……食材が勿体無いから食べますけどね。
「なんか、凄く黒いぞ?それに匂いも……おふぅ、溝の匂いがするぜよ」
「気のせいよ」
「気のせい!?」
物凄い自己主張してますぞ。
「早く食べなさいよ洸一」
「わ、分かったよぅ」
荒削りの木のスプーンで、謎のスープを掬い、一啜り。
……うん、予想した味だった。
取り敢えず、不味い。
物凄く不味い。
スープは、なんちゅうかこう、嫌な生臭みがある。
そして謎の肉は羊系の肉のように獣臭が強く、野菜は苦い。
しかも少し生煮えっぽい。
うむ、不味い。
不味いですぞこれは。
ただし、ただしだ、気合と根性を籠めて頑張れば、何とか食える味だ。
ま、頑張らなければ食えない料理って言うのも些かアレだが……
「……どう、洸一?」
「ど、どう?顔見りゃ分かるだろうに…」
グルメ番組のリポーターだって、テレビって事を忘れて怒り出す味ですぞ。
「何とか食べれそうね」
言ってプルーデンスは謎の料理に口を付けた。
「お、おいおい……テメェ、まさか俺に毒見をさせたんじゃ……」
「うわっ、まっずぅぅぅ……何でこんなに不味いのよ!!」
「見た目と匂いで分かるだろうが。ってか自分で作っておいて何たる言い草か」
しかも怒ってるし……情緒不安定か?
「うっさいわねぇ」
プルーデンスは苦虫を噛み潰したかのような渋い顔でスプーンを口に運ぶ。
もちろん、噛み潰しているのは苦虫ではなく謎の肉だが。
「ところで……ねぇグライアイ。通信魔法を飛ばして、援軍を呼び寄せる事は出来ないの?」
「ん?」
同じく眉間に皺を寄せながら飯を食ってる魔神は顔を上げ、微かに首を傾げながら、
「何故じゃ?」
「だってぇ……今は良いけど、多分、確実にこの先、敵と遭遇するわ」
その意見には、俺も肯定だ。
敵は恐らく、様々な事態を想定している筈。
予定通りに俺達が動かなくても、それに対処して来る筈だ。
それにグライアイの領地へ近付けば近付くほど、警戒網などは密になってくるだろう。
プルーデンスの言ではないが、このまま進めば必ず敵と遭遇するのは間違いない。
「ふむ……」
魔神グライアイは椀の中のスープを掻き混ぜながら、
「無理じゃな」
「無理なの?」
「うむ。もちろん、通信する事ぐらいは容易いぞえ。じゃが、援軍は無理じゃ」
「何でよぅ」
「先ず第一に、この地は不入の地じゃ。大っぴらに軍を入れること出来ぬ。プロセルピナが正規軍を擁して侵入したならば、妾も番人の要請を受けて、と言う立場で軍を入れることは出来るのじゃが……敵はアリアンロッドが率いるとは言え、小集団じゃ。言い訳は幾らでも出来る状態じゃ。敵は多分、証拠も残さないであろ。それにじゃ、いくら妾とて、今はまだプロセルピナと正面切って対峙するのは……些かな」
「うぅ~ん…」
「そしてもう一つ。ここがどこか分からぬのでは、援軍の呼びようがないではないかえ」
「むぅ…」
「ともかく、我等の取る行動は一つ。このまま敵の索敵網を掻い潜り、妾の領地へ逃げ込む事じゃ」
★
不味かったが一応腹も膨れたので再び歩を進める俺達。
先を歩くはもちろん、プルーデンスだ。
迷っていると言うのに、なぜか自信満々に道無き道を突き進んで行く。
彼女は、取り敢えず西よ、と言っているのだが、この方角が西かどうかもちと怪しい感じだ。
「おい、プルーデンス。警戒しながら進めよ。気配を感じたら立ち止まれよ。慎重にだぞ」
「分かってるわよ!!」
ガオゥと吼えながらも、ズンズンと突き進む冥府の門の番人様。
普通、お腹が膨れると猛獣でも大人しくなると言うのにねぇ……
俺はヤレヤレな溜息を吐き、隣を歩くグライアイに視線を向ける。
薄青をしたマントを靡かせながら、魔神は僅かに首を傾げ、
「何じゃ、人の子よ?」
少し金色っぽい瞳が、ヒタと俺を見据えた。
「ん、なに……色々と尋ねたい事があってな」
「尋ねたい事?なんじゃ?」
「ん~……まぁ、良いや」
「なんじゃそれは……」
「いやぁ~……だってさ、どの道、俺は元の世界に帰るわけじゃん?だから、色々と聞きたい事もあるけど、聞いてもしょうがねぇかなぁ~と思って」
知識欲とかは満たしたいけど、使い道のない知識ですからねぇ…
「ところでさ、敵は……待ち伏せてると思う?」
「間違いなくな」
「だよね。ふむ……あの敵の刺客、アリアンロッド……だったけか?戦闘力も然る事ながら、頭も良いんだねぇ。罠とか待ち伏せとか、実に効果的に仕掛けてやがるし」
「いや、確かにあヤツ切れるが、この展開を描いているのは恐らくヴァルナであろう」
「ヴァルナ?」
「プロセルピナの軍師じゃ。魔界随一と呼ばれる知将にして上級魔族じゃぞえ」
「ほぅ……」
そんな輩がいるんですか。
しかも魔界随一って事は……どれぐらいスゲェんだろう?
諸葛亮クラスか?
あ、でも諸葛亮って、史実的には用兵家って言うよりは政治家なんだよなぁ。
「彼奴ならば此方の動きを事前に読み、罠を仕掛けるのも容易いであろ」
「対抗手段は?」
「無いわえ」
グライアイはアッサリと言い切った。
「このまま注意深く進んだとて、必ず敵とは遭遇するじゃろ。しかも最後の最後でな。意味は分かるじゃろ?」
「……まぁな」
敵の索敵網を掻い潜り、何とか進んだ所で……敵は確実に、この地とグライアイの領土との境目辺りに、重点的に刺客を配置している筈だ。絶対に逃がさない為に。
「だとしたら、俺達の行動としては……国境付近で待ち構えているであろう敵の中を一点突破……しか策は無いか」
「如何にもじゃ」
「でもさ、作戦を考えたのは、そのヴァルナって言う知将って話じゃん?凄い軍師なんだろ?と言うことは、何かこう……俺達の突飛な行動に対抗する策を既に練ってるんじゃね?しかも此方には、魔神グライアイが付き添ってる、ってのは既に敵に知られちゃってるワケだし……その対処法とかもさ」
「ふむ。今更ながら、あのアリアンロッドを逃がしたのが悔やまれるわえ。手の内を曝してしもうたからな」
グライアイは眉根を寄せ、微かに唇を突き出しながら唸る。
「魔神である妾の参戦は、敵も予想外だったと思うのじゃが、果たしてどう策を修正してくるか……」
「ま、増援部隊か、物凄く強いヤツを送り込んでくるか……そんな所じゃね?」
「じゃろうな。ふむ、拙いのぅ。いくら妾とて、この地では力が満足に発揮できぬ。敵もそれは同じじゃが、その分をアイテムなどで補っておる。本当に、拙い展開じゃ」
「だよねぇ。何か考えれば考えるほど、思考がだんだんとネガティブになって来るよなぁ……ま、ポジティブな材料が一つも無いんだから、仕方ないけど」
俺は苦笑いを溢しながら、小さく溜息を一つ。
その時だった。
不意に先頭を歩くプルーデンスが大きな声で叫ぶ。
「敵よ!!」
ゲッ!?早くも遭遇したか!!
敵の索敵部隊か!?
「――ってか、何で叫ぶの!!?こちらの位置がバレるじゃんか!?」
「うっさい!!」
プルーデンスは吼えるや、いきなり剣を抜き放ち、駆け出したのだった。