始源の輪
「ななな、なんだぁッ!?」
何かに弾かれた俺は、元の世界に通じている穴を見やる。
「え?え?何これ……バリア?」
地面に開いている穴を、ドーム状の煌く膜のような物が覆っていた。
ゆっくりと近付き、それを触ってみると……バチッと静電気のような衝撃。
お、おいおい……まさか、塞がれた?
え?僕ちゃん、もう二度と元の世界に戻れないの?
ど、どうしよう?
本当に鬱になってしまいそうだぞ……
と、独りぼっちの異世界で途方に暮れていると、いきなり背後から
『案ずるな』
重々しい声が響いてきた。
俺は慌てて振り返ると、そこには……
「う、うぉう…」
何か凄いのが居た。
足が六本もある巨大な黒馬チックな謎の獣に跨った戦士……いや武者がそこには居た。
世界観を無視したかのような、純和風な鎧の武者だ。
しかも被っている兜の前立ては『漢』の一文字。
中々のお洒落さんだ。
面頬を装着しているので、素顔は分からないが……不思議と恐怖などは感じない。
それどころか、親近感すら覚える。
え?なにこの人?もしかして……魔界の住人?
敵意は無さそうだけど……
「え、え~と……」
『……結界を張ったのは、穴が閉じるのを防ぐ為。それと他者が入り込まないようにする為だ』
「え?え?」
『人界へと通じる穴が閉じれば、因果が消える。さすれば人界に於いて時の再構成が始まる。それを未然に防ぐ』
「は、はい?え~と、いきなり何を言ってるのか、サッパリと分からんのですが……」
『……進むべき道は、あちらだ』
と、謎の鎧武者は、俺から見て左の方向を指差した。
『そこが起点……始まりの地』
「へ?」
『……これを持っていけ』
言うや鎧武者が腕を軽く振ると、その手には何時の間にやら柄に収まったやや小振りな剣が握り締められていた。
それを軽く俺に向かって放り投げる。
「こ、これは……」
もしかして、チート級アイテムですか?
俺の冒険をサポートしてくれる、頼もしき相棒ですか?
遂に俺、主人公ですか?
ヒーローになる時ですか?
『……ショートソード+2だ』
普通の剣だった。
あ、でも少しだけ良いかも知れん。
+2の付加効果が付いてるし……木の棒じゃないだけマシか。
「ど、どうも……有難う御座います」
取り敢えず礼を述べる洸一チン。
「ところで、貴方は一体……何者でしょうか?」
これ、一番の疑問です。
『……因果に操られし者よ』
クク…と何処か自嘲気味にその謎の武者は笑うと、
『さ、行くが良い。道は長い……』
そう言って軽やかに馬首を翻すや、そのまま大気に溶け込むように消えて行ったのだった。
★
「……なんだかなぁ」
ボヤきながら、荒涼とした大地を進む俺様。
幸いにして暑いとか寒いとか言う過酷な気象条件ではないが、なんちゅうかゴツゴツとしたまるで溶岩流の跡のような大地を歩くのは、非常に疲れるし足も痛い。
しかも腹まで減ってきた。
「ってか、眠いよ」
何しろ夜の9時に呼び出され、そのまま魔界へ直行だ。
良い子は既に寝る時間である。
「しかし……一体、いま何時なんだ?」
空を見上げると……うむ、やはりこの辺りの空は黒とか赤と黄色の雲が渦まいてて、物凄く禍々しい。
目を凝らし、彼方の方角を見ると……爽やかな青空が広がっている。
……明るさから言って、まだ昼ぐらいか?
と言うことは、俺の住む世界と時差があると……
いや、その前にこの世界は一日24時間なのか?
「何か分からん事ばかりじゃなぁ……そもそも交渉相手は何処にいるんだよ」
のどかさんも、もう少し正確に俺をこの世界へ飛ばしてくれれば良いのにねぇ。
グライ…アイだったか?
その魔神とやらの居場所は?
ここから遠いのか?
「……どうしよう。もしも北海道と沖縄ぐらい距離が開いてたら……」
ぶっちゃけ、まどかはタイムオーバーで死ぬな。
ちなみに俺も。
死因は多分、餓死か過労死だね。
あ~参ったなぁ……
口の中でブツブツと溢しながら、トボトボと肩を落として歩く。
ただただ、歩く。
まさに苦行…
こんな事態は想定していなかったぞ。
「しかしさっきの鎧武者は一体……」
腰に差している貰った剣に視線を動かす。
あれは魔界の住人……なのだろうか?
なんかこう、イメージと違い過ぎる。
それに何で、俺にアイテムをくれたり道を教えてくれたり、しかも唐突に……
実に分からない事ばかりだ。
ま、ここへ来たこと自体が、一番分からないんだけどね。
「お?」
黒々とした岩の大地の先に、何かしら見えた。
「お?お?」
目を凝らすと、何か建造物のようだが……
「や、やっと……数時間歩いて、やっと岩と空以外の景色を見た……」
それだけで泣きそうだ。
もしもアレが幻だったら、俺はもう歩く気力が尽きるぞ。
「と、ともかく、あそこに向かって歩こう」
★
段々と見えて来たその建造物は……なんちゅうかこう、浮いていた。
いや、物理的な意味ではなく、周りの景色から完全に浮いている建物だった。
「……殺風景な岩の大地に佇む二階建てログハウスとは……」
悪い夢を見ているようだ。
がしかし、今は行くしかない。
誰かいればフレンドリィーに接し、いなければ少し休ませてもらおう。
「でも、ここ魔界なんだよなぁ……」
もしかして、物凄いモンスターが住んでいるのかも知れない。
俺がもしアニメの主人公だったら、住んでるのは間違いなく女の子魔族とかなんじゃがねぇ……
ま、希望的観測は止めておこう。
現実とのギャップで心が折れるかも知れんし。
「そもそも言葉が通じるかどうか分からん状態だしねぇ…」
俺は軽く鼻を鳴らし、その建物に近付いて行く。
もし、敵意を向けられた場合は……
この剣を振り回し、勇気を振り絞って逃げ…もとい、転進しよう。
だって多分、勝てねぇーし……
「しかし見れば見るほど、場違いな建物ですねぇ」
どこぞの高原の別荘地に建っている様な、モダンな建物だ。
場所が場所でなければ、ペンションとして営業できるかもしれない。
「むぅ…」
ピカピカと磨かれた木造の建築物……
ツルリとして光る丸太……
新築なのか?
経年劣化しているようには見えない。
そもそも、この木を何処から運んで来たのやら……
周りは岩の大地ばかりだし……うぅ~ん、謎が多い建物ですねぇ……
「え~と、入り口はと……」
ログハウスの周りを軽く見渡す。
正面に小さな階段があり、そして扉。
右を回った所にも扉はあるが、アレは多分、裏口…勝手口だろう。
そして左には一区画ほど突き出て扉。
倉庫か何かだろうか。
「しかし殺風景な扉ですねぇ……やっぱ誰も住んでないのかな?」
呼び鈴等は見当たらないので、軽やかにノック。
……反応は無し。
もう一度、強めにノック。
……やはり反応は無し。
「んじゃ、お邪魔しまーす…」
ゆっくりとノブを廻し、扉を開ける。
「む……」
中は結構、広かった。
暖炉があり、そしてテーブルに椅子。
左には扉があり、そして二階へと続く階段。
中央と右にも、別室へ続くであろう扉。
床に埃や塵は積もっていないし、何かしら食事したであろう食器やカップもテーブルの上には置いてある。
生活感が……あるな。
やっぱ誰か住んでる?
そう思った時だった。
いきなり右壁に面した扉が開くや、
「リステイン?早かったわねぇ…」
下着姿の女の子が姿を現した。
「…ッ!?」
――チリーーーン…
ふと、金属で出来た鈴ののような音が、耳に鳴り響いたのだった。
★
「な゛ッ……」
下着姿の女の子は、目を何度も瞬かせ、俺を凝視していた。
もちろん俺も、色んな意味でガン見。
やや青み掛かった長い銀髪をした、かなりな美少女だ。
どこか……まどかに似ている。
ってゆーか、魔界にも下着ってあるんだなぁ……
しかも中々に魅力的な下着と言うか、デザインも凝ってるし……
「キ…キャーーーーーッ!!」
「うぉうッ!?」
女の子の悲鳴に我に返る、俺。
さぁ、どうしよう?
俺は即座に脳内CPUをオーバークロックさせ高速演算。
瞬時に導き出された選択肢は、
1・逃げる
2・謝罪する
3・開き直る
さぁ、どれを選ぶ?
うむ、1番と2番は却下だ。
逃げれば罪を認めた事になるし、謝罪って言っても、俺は何も悪くないしな。
と言うわけで俺は轟然と腰に手を当て胸を張り、
「女の子が下着姿でウロつくのは宜しくないですな。慎みを持ちなさい」
「何トンキチなことヌカしてんのよーーーーッ!!」
怒声と共に、ブゥンと風を切る強烈な顔面パンチ。
「プロォォォォーーーッ!?」
まともに喰らった俺は、そのまま扉をぶち破る勢いで表まで吹っ飛んでいた。
な、何て野蛮な女なんだ……
顔も似ているけど、性格もまどかと一緒だ。
つまり、口より先に手が出る腕白な女。
最早なにを言っても時間の無駄だ。
ここはブチ殺される前に退散するとしよう。
俺は打たれた鼻頭を押さえながら踵を返してダッシュしようとするが
「……何者だ?ここで何をしている?」
目の前に、別の女が立っていた。
やや赤み掛かった短い金髪の女の子が、腕を組んで立っている。
長衣と言うのか、どこか和装に通じる不思議な服を着ていた。
これが魔界のスタンダードな衣装なのだろうか?
「リステインッ!!そいつは痴漢よッ!!レイプ魔よッ!!快楽殺人者よッ!!」
「ね、捏造してんじゃねぇーーーッ!?」
しかもどんどんレベルUPしているじゃないか。
「貴様、何者だ」
指をバキバキと鳴らしながら、そのリステインと呼ばれたボーイッシュな女の子が近付いてくる。
見ると彼女は、真咲の姐さんに似ていた。
つまり、先の女同様、言葉が通じ難い女の子と言うことだ。
どどど、どうする?
どうするよ俺?
と、ともかく……ここは最善の選択肢を選ばなければ……
出でよ選択肢ッ!!
1・土下座
2・土下座
3・土下座
……だよね。
「誤解なんですーーーーッ!!」
俺は額を地に付け、
「全ては誤解から生じた、不幸な事故なんですーーーーッ!!」
全力全開で弁明を開始。
「何が誤解なのよッ!!私の下着を嘗め回す様に見てたじゃないのッ!!」
「ととと、とんでもねぇッ!?全く身に覚えが無いッスッ!!」
「……プルーデンス。コイツに下着を見られたのか?」
「そうよリステイン。いきなり部屋に押し入って来て、嫌がる私を無理矢理……」
「良し。殺そう」
「ギャーーーーッ!!?えええ、冤罪だッ!!弁護士を呼べッ!!俺は無実だッ!!」
神代洸一、魔界で大号泣。
何で俺ばかり、いつもこんな目に遭うのだろうか……
★
ログハウスの中……
俺は正座しながら、これはあくまでも事故だと必至に弁明を繰り返していた。
まどかに似た銀髪の少女は、俺を鬼のような形相で睨み付けているが、金髪ショートの真咲姐さんに似た女の子は腕を組み、軽く頷きながら
「プルーデンス。話と大分違うぞ」
「違わないわよ。だってコイツに下着を見られたんだもん」
「……どうせまた下着姿でウロついていたんだろ。違うか?」
「そ、それは……違わないけど……でも、こいつは怪しいわ」
言って俺をビッと指差す、プルーデンスと言う名の女。
「そもそもこの狭間の地に居るって言うだけで、充分に怪しいわよ」
「む…それもそうだが……」
「あ、あのぅ…」
俺は恐る恐る手を挙げ、
「狭間の地って何ですか?ここ、魔界じゃないんですか?」
初ワードでですよ、それは。
「はぁ?なに言ってるのよアンタ?そんな戯言で私が騙されると思ってるの?」
「……待て、プルーデンス」
と、リステインと言う名の女の子がおもむろに片膝を着き、俺の顔をマジマジと見つめて来た。
ま、間近で見ると結構……いや、かなり美人な女の子だなぁ……
「……おい、プルーデンス。この男……人間だぞ?」
「え?ウソ……本当に?」
まどかに良く似たプルーデンスと言う女は、おもむろに俺の顎を掴むや、グイッと持ち上げ、
「…あ、本当だ。この気配……人間じゃないの。初めて見たわ」
「あ、あのぅ……顎とか首とか、ちょっと痛いんですけど……」
「お黙り」
プリーデンスはそう言って目を細めると、
「なんで人間がこんな所に居るのよぅぅぅぅ」
それは俺が聞きたいぐらいだ。
「いや、話せば長い事ながら……」
「短く言いなさいよ。簡潔に」
「え、えと……魔女に送り込まれまちた」
「はぁ?魔女?もっと詳しく言いなさいよ」
「え~~……簡単に言えって言ったじゃんかよぅ」
「うっさい」
プールデンスは鼻息も荒く俺を軽く小突くと、背を伸ばし、
「どうする、リステイン?」
「ん?まぁ、害は無さそうだし……話を聞いたら解放しても良いんじゃないか?」
「……そうね。どうせ人間が、この世界で長く生きられるわけないし……」
な、なんか嫌な言葉を聞いたぞ。
……
聞かなかった事にしよう。
健康に悪いし。
「あ、あのぅ……」
「ん?なによぅ」
「すんません。話を聞く前にどこか寝床を貸してくれませんか。実はむっちゃ疲れてて……物凄く眠いんです」
俺様の体内時計的には、今は真夜中だしな。
「……まぁ、別に構わないけど……」
「あと、出来れば飯も用意して欲しいなと。あ、風呂も欲しいでちゅ」
「な、なんか…いきなり図太いわね、アンタ」
「ふふ、面白いじゃないかプルーデンス」
リステインはクックックッ…と小さく笑うと
「良いだろう。少しは退屈凌ぎになるかもな」
「……それもそうね」
プルーデンスはそう言って小さく溜息を吐くと、玄関から向かって左側の扉を指差し、
「あっちの部屋が開いてるから、勝手に使って良いわよ」
「ありがとうさんですぅ」
「あと、次に私の下着とか見たら、問答無用で殺すからね」
「や、だからそれは事故だって言ってるのに……」
「あ゛?」
「……肝に銘じたでちゅ」