ミッション・クリア?
――チリーン……
何か金属が擦れ合う様な音が頭の中に響いた。
耳障りな感じはしない。
むしろ懐かしい感じがする。
あぁ、そっか……アイツがいつも手首に巻いていた……
「――ぬはッ!!?」
いきなり目が覚めた。
視界に映るは満天の星空と、俺の顔を覗き込む髪の長い美女が二人。
プルーデンスと、もう一人は俺達を助けてくれた、頭からちょいと禍々しい角の生えた美女だ。
……あれ?リステインは?
「やっと起きた、洸一?」
と、プルーデンス。
俺は両の腕で体を支えながら起き上がる。
ん?両の腕って……
「あ、あれれ?左腕がある?え?何で?また生えた?」
「生えるわけないじゃない」
何処か呆れた口調でプルーデンスが言う。
「リステインが回復魔法を使ってくれたのよ」
「そ、そっか。そいつは感謝だ。で、そのリステインは…――ぬぉッ!?」
彼女は、直ぐ近くにいた。
ただし、片膝を着いて荒い息を溢している。
かなりお疲れ、と言うか軽く瀕死状態って感じだ。
「だ、大丈夫かリステイン!?」
「案ずるな。と言いたい所だが、どうにもダメだな。ふふ、どうやらこれで暫しのお別れだな、神代洸一」
額に大粒の汗を浮かばせながら、力無くリステインは笑った。
「ふん、あの女の姦計に嵌り、魔力を使い切ってしまうとは……私もまだまだだな。神代洸一、プルーデンスを頼むぞ」
「や、頼むぞって……」
「ふ……短い間だったが、中々に楽しかったぞ。蘇ったら、また色々と話を聞かせてくれ」
リステインは微笑む。
と、彼女の体が淡い光を放ち始め、そしていきなり、ポンッとまるで弾ける様に小さな光の粒へと変わった。
それはまるで蛍のように辺りをフワフワと漂い、やがてそれらが集まり、ソフトボールぐらいの大きさの塊となった。
淡いピンク色の光を放つそれは……え?まさかリステインの魂?
え?え?ちょ、ちょっと待ってくれ!!
彼女は……死んだのか?
「ったく、仕方ないわねぇ」
プルーデンスがボヤく。
「お、おいおい……ま、まさかリステインは……」
「さてと」
プルーデンスはおもむろに、その光の球を鷲掴んだ。
しかも、ムンズッて擬音が聞こえるような、そんな無造作な感じでだ。
「うぉーーーいッ!?」
「な、なによぅ?」
「や、何よって……それ、もしかしてリステインの……アイツ、死んじゃったのか?」
「はぁ?なに縁起の悪いこと言ってんのよ。リステインはここにいるじゃないの」
言ってプルーデンスは、掴んでいる光の球を俺の眼前に突き出した。
「え?え?ん?んん?」
「あ、そっか。洸一は人間だから、良く分からないか」
プルーデンスはそう言って、そのリステインの魂的な球をポンポンとお手玉のように手の上で弄びながら、
「さっきも確か言ったと思うけど、上級魔族や神族は魔力を限界まで使うと、長い昏睡状態に陥っちゃうの。でも、ここでそんな事になったら大変でしょ?だからリステインは自ら肉体を消滅させたのよ。どう?分かった?」
「サッパリ分からん!!」
だから生きてるのか死んでるのか、どっちだよ。
「なによぅ……本当にアンタは馬鹿ね」
「なにぉう!!ってか、お前の説明が下手なんだよ!!色々とショートカットし過ぎなんだよ!!」
「うっさい。長く説明しても洸一には理解できないでしょ。それに悠長に話してる時間も無いわ」
「ぐ、ぐぬぅ……それは確かに。で、詰まる所だ、リステインは死んでないんだな?」
「だからここにって……あ、落っちゃった」
「うぉい!?落とすなよ!!」
「うっさいわねぇ」
プルーデンスは軽く頬を膨らますと、リステインの魂らしきピンク色の球体を両の手に包み込み、そして目を閉じるや大きく息を吐き出した。
「む……」
徐々に、光る球がプルーデンスの体に溶け込むように沈み込んで行く。
何が起こっているのかは、正直、良く分からない。
分からないが、リステインが完全に死んでないと言う事だけは分かった。
ちょっとだけ、ホッとした。
万が一リステインが、俺を治療する為に自らの命を懸けたとかだったら、俺はもう、どうやって償ったら良いのやら……
「……良し。終わったわ」
フゥ~と溜息を吐き、プルーデンスが微かに額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
「リステインは……」
「へ?同化したわよ。このままグライアイの所へ行って、蘇らせてもらいましょ」
プルーデンスは親指で後ろを指しながら、そう言った。
彼女の指先には、黒いマントを羽織ったおっかないぐらい美人な姉ちゃんが佇んでいた。
ニョキーンと生えた角からして、一見して『異界の住人で御座る』と言うのが良く分かる。
彼女がグライアイか……
「そう言えば洸一。アンタ、グライアイに用があるんでしょ?」
「へ?用?」
「……なに?本気で忘れてるの?」
「――おおぅ」
俺はポンと手を打った。
「アンタねぇ……」
「う、うっせぇ。こんだけ色んな事が起これば少しぐらい失念するわい。俺様のハイエンドな頭脳でも、さすがに処理が追いつかんぞ」
常人なら発狂間違いなしだね。
俺はコホンと咳払いを一つし、グライアイなる女性に向き直る。
そして自己紹介の後、この世界に来た理由を、涙を交えながら説明。
魔神グライアイは、目を瞑り、微かに首を傾げながら俺の話を聞いていた。
聞いていたのだが……なんちゅうか、忘れてないかい?
初耳ですぞ、と言う感じで首を捻っているし、もしかして俺、のどかさんに謀られた?
「……以上、話は終わりです。あのぅ……そこで単刀直入にお願いしますけど、まどかの魂を解放してくれませんかねぇ」
「ふむ……」
グライアイは目を開け、夜空を見上げながら何か物思いに耽るような顔をしていた。
「……一つお尋ねしますけど、よもや心当たりが無いとか本気で忘れてたとか、そーゆー事はないですよねぇ?」
「あ、当たり前じゃ。良く憶えておる」
「……」
いや、嘘だ。
絶対に、忘れてたって顔してたじゃんか。
「ふむ……その者の魂を自由にする事は吝かではない」
「おおぅ」
「が、しかしじゃ。一度契約を交わした者を、無償で解約すると言うのはな」
「何か条件があると?」
どうしよう?
替りに誰か他のヤツの魂をくれとか言ったら……い、いかん。俺、穂波とか豪太郎の魂を差し出しそうだ。
しかもちょっと喜んで。
「ふむ……」
と、グライアイは考え込むように軽く腕を組むが、ふと、目を大きく見開くと、
「ん?そなた……」
何故かジッと俺の顔を見つめてきた。
「え?え?な、何でしょうか?」
いきなり美人の姉ちゃんに見つめられて、洸一チン、ちょいとドキドキ。
や、もちろん違う意味で。
なんちゅうか、真咲さんやまどかに意味も無く見つめられた時の感じ?
具体的に言うと、その場で土下座しちゃいたくなる意味でのドキドキだ。
「目を逸らすでない」
言ってグライアイは、おもむろに両の腕を伸ばし、俺の顔を挟み込むようにして押さえつけた。
そして顔を近付け、俺の目を真剣な眼差しで見つめる。
え?え?何ですか?
何がしたいの?
そんなに顔を急接近させて……
――ハッ!?ま、まさか……狙いは俺様の唇か?
まどかの魂を解放させる交換条件として、俺様の唇を奪う気なのか!?
ど、どうしよう?
俺、初めてですよ?大変貴重なファーストチッスをここで捧げちゃうのか!!
「く……や、優しくしてくれぃ」
俺はそっと目を閉じた。
「こら。何故に目を閉じるのかえ?」
「へ?や、だって……キスする時は普通は閉じるんじゃね?それとも開けたままするのが魔界の流儀?」
「はぁ?」
グライアイは瞳を瞬かせ、呆れた声を上げた。
見るとその後ろで、プルーデンスが額を押さえながら溜息を吐いている。
え?なに?何か俺、間違った?
「何故に妾がそなたに接吻をしなければならぬのかえ?」
「ふへ?や、だってどー見ても、チュウまで後一歩って感じだったじゃん。ちなみに言うけど、俺初めてだからね。それを捧げるのだ。感謝しくれ給へ」
「……プルーデンスよ。人間種と言うのは、皆こうなのかえ?」
「うぅん。多分、そいつだけ特別なのよ。ちょっと可哀想なのよ」
「……であろうな」
グライアイは軽く溜息を吐くと、俺のプリティな顔を両の手で挟んだまま、
「妾の目を見つめるのじゃ」
「へ?」
「黙って見つめるが良い」
俺のほっぺに物凄い圧力が加わった。
なんだ?一体、何なんだ?
良く分からんが、取り敢えず言う事を聞こう。
だって顎の関節がミシミシッて嫌な音を立てて来たし……
「……むッ!?やはり……どうも妙な気配を発していると思うたが……」
「なに?どうしたのグライアイ?その馬鹿に何かあるの?」
「プルーデンス。こヤツ、媒介者じゃぞえ」
「――えッ!?うそ……」
はへ?媒介者ってなに?
「あ、あのぅ……」
「ふむ、なるほど。異界より転移した者が冥府の門の番人と出会う……些か偶然が過ぎると思うていたが、媒介者ならば……何かしら造物主の干渉があると?ふむ、ならば妾の城を訪れたあの者も何か関わりが……」
「え、え~と……一体、何の話でしょうか?いきなり媒介者とか造物主とか、そんな厨二ワードが飛び出しても、僕チンにはサッパリなんですが……」
「ん?ふむ、何と言えば良いのかのぅ」
「洸一みたいな馬鹿チンには理解出来ないと思うから、何も言わなくて良いわよ」
「うむ、そうじゃな。時間が勿体無いか」
「じ、じぇづめいじでぐれぇぇぇぇッ!!」
「何も泣かなくても良いではないか。困った人の子じゃな」
グライアイは何処かヤレヤレな溜息を吐くと、少しだけ眉間に皺を寄せながら
「物凄く簡単に端折って言えばじゃ、造物主とは文字通り、全てを創造した者。そして媒介者とは、造物主が自ら創造した世界を観察する為に創り出した者……と言った所じゃな」
「む、なるほど」
「洸一。アンタ分かってないでしょ?」
「う、うっせ。何となく分かったから良いんだよ。特に俺が選ばれし戦士だって事がよっく分かったわい」
「全然分かってないじゃない……」
「で、グライアイさんよ。その媒介者とやらの俺は……何か特別な力とかあるわけ?」
「無いぞよ」
と、素っ気無くグライアイ。
「媒介者は言わばただの観察者じゃ。そなたの目を通して、造物主は想像した世界を愉しむ。そもそもかの方々は基本、次元世界に干渉はしない。ただ見守るだけじゃ。ま、時に例外はあるがな」
「ちぇ、なんだ……」
何か主人公的パワフルな力でもあると思ったのに……そうすりゃ、リステインの仇も取れたのにねぇ。
「しかし、ふむ……なるほど。これ人の子よ」
「にゃに?」
「取引じゃ。まどかなる者の魂を解放する代わりに、そなたは何時の日か、妾の手伝いをせぃ」
「え?手伝い?」
「そうじゃ」
「ち、ちょっとグライアイ。洸一に何をさせる気なの?洸一は弱いわよ?しかも頭も弱いわよ?」
「ぼぼぼぼ僕に今すぐ謝って下さいッ!!」
「ふ、確かに人間種は弱いが、この人の子は媒介者じゃ。あのプロセルピナとて、さすがに造物主に挑む事は出来ぬ。つまりは、この者は何かしらの抑止力となるであろう。ふふ、どうじゃ人の子よ?妾に協力するかえ?」
「ん~……僕ちゃんの命の保障は?」
「もちろん、あるぞえ。特に危険な事はさせぬつもりじゃ。媒介者が我が陣営におると言うだけで、それなりに効果はあろうて」
「ん、ならOK」
俺はアッサリ了承した。
何をしたら良いのか分からんが、そもそも俺はまどかの魂を助ける為に、わざわざこの異界の地までやって来たのだ。
だから自分の命とか誰か他の魂が身代わりになるとか、そーゆーのでなければ、どんな条件でもイエスの一択のみだ。
はぁぁぁ~…しかし良かった。
これで、まどかの命は助かった。
のどかさんの依頼も終了……つまり、メインクエスト達成と言うわけだ。
ただねぇ……サブクエスト、つまりプルーデンスをグライアイの城まで連れて行ってリステインを蘇らせる、ってのが残ってるんだよね。
そもそも、そうしないと俺様、元の世界に帰れないし。
ってか、こっちの方がメインクエストより難しくないか?
「で、これからどうするのよグライアイ?」
言ってプルーデンスは夜空を見上げる。
「ふむ……夜道を進むのは得策とは言えぬな。今日の所は夜が明けるまで、ここで休んでいた方が良かろうて」
「ここで?」
「今しがた戦闘した場所に留まっているとは、敵も思うまいて」
俺もそう思う。
「それにじゃ、あ奴……アリアンロッドは用意周到な者じゃ。今日の今日で仕掛けてはくるまい」
「アイツを知ってんの、グライアイ?」
「プロセルピナの腹心の一人じゃ。魔姫の二つ名を持つ上級魔族での、その辺の魔神や魔王より遥かに強いわえ」
「ふ~ん……そうなの」
プルーデンスの声が、少し低くなった。
「ま、今度遭ったら、この私が直々に引導を渡してあげるわ」
「ふむ、リステインのこともあるし、気持ちは分からぬではないが……迂闊に手を出さぬ方が良いぞえ?いくら番人とて、この狭間の地では少々厳しかろうて」