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俺様日記~魔界行~  作者: 清野詠一
17/27

かもーーーん・マイハウス



★5月26日(木) 


放課後は驟雨。

部活は中止。

と言うわけで、俺はいそいそと家に帰ろうと思ったが、

「ちょいと待ちーや」

火の玉委員長の美佳心チンに、いきなり呼び止められた。


「んにゃ?なんじゃいミカチン?」


「ミカチンって言うなやッ!!」

ジロリと俺を一瞥し、美佳心チンは『そこへ座れ』と言わんばかりに顎をしゃくる。


な、なんじゃろう?

少し鬼気迫るモンがあるんじゃが……またしばかれるのかな、ボク?

「あ、あのぅ……何か僕チャン、悪いことをしたんでしょうか?」

椅子に腰掛けながら、おずおずと切り出す俺。


「あん?何を言うてるか分からんけど、先ずは教科書とノートを出しーや」


「……はい?」


「分からんやっちゃなぁ。ウチが勉強を見たると言うとんのやッ!!ほれ、さっさと支度するッ!!」

美佳心チンはそう言って、ペシンと俺様の頭を手で叩いた。


「い、痛ぇーなぁ……って言うか、勉強ぐらいは一人で……」


「あぁん?洸一君が一人で出来るわけないやろーが。つべこべ言わずに、さっさと支度せんかいッ!!」


「イ、イエスマム!!」

何がどーなっているのか分からんが、逆らうとブン殴られそうなので、俺は素直に机の中から教科書とノートを取り出した。


「ったく、何で机の中にあるねん。家に持って帰らんで、何をどうするつもりやったんや」


「た、偶々だ。って言うか美佳心チンよ、何故に急に勉強なんか…」


「あん?しゃーないやろ。担任に頼まれたんや。アホの洸一クンが赤点を取らんよーに、面倒見たってくれっちゅうてな。ウチかてエエ迷惑やで、ホンマ」


チッ、ヒゲの谷さんの差し金か……

「そ、それはまぁ、とんだ災難で」


「なに他人事みたいに言うとるんや?ウチは貴重な時間を潰して洸一クンに付き合うんや。意味、分かるな?赤点取ったら、マジ殺すで?」

六甲の赤い稲妻は、目がマジマジのマジだった。

殺気まで溢れている。


「りょ、了解ですぅ。で、先ずは何のお勉強を…?」


「せやなぁ……最初は数学や。ほれ、教科書を広げんかい」


「はいはい…」

俺はそそくさと教科書を広げた。

未知の数字や記号が、びっしりと書かれている。

まるでエニグマで作った暗号みたいだ。


「テスト範囲は分かっているやろーな?」


「……何となく」


「あぁん?」

目の前に座る美佳心チンが、ズイッと身を乗り出してきた。

「何となく、やとぅ?」


「い、いえ。分かっておりますです、はい」

今学期最初の中間テストだからね。

取り敢えず、教科書の最初のページから今まで習った所までだ。

それぐらいは推察できるさ。

問題はだ、今何処まで進んでいるかサッパリ知らんって事なんじゃが……


「……ならエエ。さて……今回の中間のポイントは、微分積分や。それぐらいは分かってるやろ?」


「あ、当たり前だ。俺様だって曲りなりにも高校二年だぞよ」

もちろん嘘である。

ビブンとかセキブンってなんじゃろう?

三国志に出てくる武将の名前かな??

あ、でも世界史じゃなくて数学だったな、これは。


「ほな、先ずはこの例題を解いてみーや」

美佳心チンは教科書を指差した。


「え、え~と、なになに……『∫∫( x2 + y3 x ) dx dy』……は、はい???」

なにコレ?

意味が分からんと言うか、どこの国の言葉?


「ほれ、さっさと解きーや」


「う、うむぅ……全く分かりませんなッ!!ハッハッハッハッ…」

と笑うや否や、美佳心チンが何時の間に手にしていたのか、長い定規で俺の手の甲をペシンッとぶっ叩いてきた。

問答無用のスパルタだ。

「笑うなやっ!!」


「――ハゥッ!?」


「エエか洸一くん。ウチは心を鬼にして、アンタを鍛えてるんや。アンタも男なら、見事期待に応えんかいッ!!」


「しょ、しょんなこと言ったってぇ……そもそも僕ちゃん文系だし、数学はあまり得意じゃないんだよぅ」


「……ほか。なら先ずは現国からやろーか」

美佳心チンは薄笑いを浮かべた。

「ただし、しょーもない間違いを犯したら……そん時はコンパスで目ェ突くで?」


ひぃぃぃッ!?

いかん、マジですよこの人。

「ま、まぁ待て、美佳心チン」

俺は目がテンパっている委員長を手で制した。

「ぶっちゃけた話、俺は勉強が得意ではない」


「そないな事は分かっとる」


「だ、だから、ここはもう少し、ふ○ろう博士か赤○ン先生ばりにマイルドに教えてはくれないだろうか?正直、あれを解けこれを解けでは、なーんの意味もないと言うか……全く分からん」


「は、アホか。今日は木曜やで?そしてテストは来週の月曜や。悠長に教えとる時間がどこにあんねんッ!!」


ぬぅ……

「だ、だから……あ、そうだっ!!だったら今度の土曜、俺の家で勉強しないか?もちろん泊まりで……」


「……へ?」

美佳心チンが分厚いメガネの奥で、大きく目を見開いた。

「泊まりでって……洸一クンの家でか?」


「うむ。その方がゆとりを持って勉強が出来ると思うんじゃが……どうでしょうか?」


「ど、どうでしょうかって……こ、洸一クンも大胆やなぁ。と、泊りに来いなんて……驚きや」

少しだけ引き攣った笑みを浮かべる美佳心チン。

その頬が少し赤らんでいる。

「せやけど、まぁ……洸一くんの為なら、しゃーないか」


「うんうん、しゃーないです。と言うわけで、お勉強は土曜日にじっくりしようではないか。わはははははは」

ってな感じで、本日は何とか美佳心式スパルタお勉強塾から脱出できたが、問題は土曜日だ。

口から咄嗟に出てしまったが、これはちと拙い。

美佳心チンと二人っきりと言うのは、世間体も拙いし、何より悲惨な勉強会になる恐れがある。

うぅ~む……

こうなったら致し方なし。

他の皆にも、一応は声を掛けておこう。

毒を制するには毒を使うのが一番だからね。



★5月27日(金)


今日も朝から雨。

憂鬱な天気ではあるし、俺の心も少し憂鬱だった。


「あ~~…テストが近づくと、自然に溜息の回数が増えるぜ」

休み時間、そんな事を呟きながらブラブラと廊下を歩く。

「もっとも、一番の問題はテストそのものより、明日の勉強会だよなぁ」


そうなのだ……

明日は美佳心チンと俺様の家で勉強をする事になったのだが、かなり不安だ。

泊まりで勉強会と言うのは、年頃男女的にはちょいと問題が有り過ぎるイベントだ。

いや、別に俺的にはどーってことはないのだが、さすがに世間一般及び僕の周りの女傑の皆様の事を考えれば、首筋が物凄く寒くなる。

余計な誤解を招かない為にも、誰かもう2~3人に声を掛けた方が良いと思うのだが……はて?誰を呼ぼうか?

取り敢えず、穂波と智香は却下だな。

あの二人を呼んだら、それこそ勉強じゃなくなるし……


そんな事を考えていると、ばったりと真咲姐さんと出くわした。

「ん?洸一じゃないか」

何やらプリントの束を抱え、ショートな髪に凛々しい顔が実におっとこ前な真咲さんが、お機嫌が宜しいのか、微笑みながら立っていた。


ふむ……

真咲様なら、誘っても良いかな?

「よぅ、真咲。ちょいと唐突で悪いんじゃが……明日、ヒマか?」


「ん?明日か?」

幾度か瞬きを繰り返し、真咲は軽く頷きながら、

「そうだな、これと言って別に予定は入ってないが……」


「そうか。だったら学校が終ったらさ、俺の家で一緒に勉強をしないか?」


「ん?洸一の家でか?」


「おうよ。俺様の家でテスト勉強よ。それでだ、明日は土曜日だから、ついでに泊りでって事で……」


「――えッ!!?」

真咲の手から、ザザーッと音を立ててプリントの束が落ちた。


「お、おいおいおい……」

俺は苦笑を零しながら、廊下に散らばったプリント用紙を集める。

真咲姐さんは、まるでトーテムポールの如く、直立不動のまま固まっていた。

「あ、あのぅ……真咲さん?一体どーした?」


「へ?べ、別に……ど、どうもしてないッ!!」


「そ、そう?まぁ、それなら良いけど……で、明日はどーなんでしょうか?」


「うっ…べ、勉強は良いけど……いきなり泊まりと言うのは……まだ私と洸一はそーゆー関係じゃないッ!!」


「……はい?」

真咲姐さん、何を言っているのでしょうか?

「あ~~…真咲しゃん?俺的には、単に一緒に勉強をしようと言ってるだけでして、泊まりといっても実は美佳心チンも一緒なワケでして……」


「でも洸一がどうしてもと言うのなら、それでも良いッ!!」


「……僕の話、聞いてます?」


「二人っきりと言うのが些か問題だが、洸一が望むのなら私にも覚悟はあるっ!!」


何の覚悟???

「いや、だから、そもそも二人っきりじゃなくて……」


「良しッ!!学校が終わったら洸一の家に行こうッ!!」


「え?それはどうもありがとう。でもね、明日は二人っきりじゃなくて…」


「ちゃんと部屋とかは綺麗にしておけッ!!じゃ、じゃあ……私は行くぞ」

真咲姐さんはそう言い残すと、ぎこちない歩き方で俺の前から去って行った。

手と足が同時に出ている。

器用な歩き方だ。


むぅ…

真咲しゃん、何か思いっきり勘違いしているんじゃが……

「ま、何とかなるか。真咲の思考が直線的なのはいつもの事だしな」

それよりも、この集めたプリントどうすりゃ良いんだ?



さて……

取り敢えず真咲姐さんの参加は取り付けたし、これで美佳心チンと二人っきりと言うのは無くなった。

これで世間的にも、また俺様の貞操的にも、何ら問題は無い筈だ。

ただ気掛かりなのは……真咲姐さんと美佳心チンと勉強する、と言うことだ。

何だか凄く、暴力の匂いがする。

問題を少し間違えただけで、ブン殴られる恐れがある。

ここはもう少し、人数を集めて脅威を分散させるのが得策だろう。


うぅ~む、ならば後は誰を誘うか……

「はゃ、洸一しゃん?」


「むっ?」

振り返ると、そこにはお団子頭のラピスがニコニコと、良く言えば愛くるしい笑顔、悪く言えばだらしのない笑顔で佇んでいた。

「よぅ、ラピス。こんな所で何をしてるんだ?」


「ふぇふぇふぇ、別に何もしてないでしゅ。ただ雨を眺めていただけでしゅ」


「そ、そうか」

ふむ……

「なぁラピス。ちと尋ねるが……お前さん、勉強は得意かね?」


「はゃぁ?洸一しゃん、なにトンキチな事をヌカしてるんでしゅか?」


「ト、トンチキ?」


「そうでしゅよ。ラピスを何だと思ってるんでしゅか?スーパーハイエンド・プロトタイプのメイドロボなんでしゅよ?勉強なんてものは余裕のよっちゃん食品工業株式会社なんでしゅ。ラピスがその気になれば、三次元的衛星軌道の計算だって出来るんでしゅからね。NASAもビックリでしゅよ」


「そ、そうか。なんか限りなく虚偽報告みたいな気がするんじゃが……ラピス、良かったら明日の土曜、俺の家で一緒に勉強しないかい?」


「はゃぁぁ?洸一しゃんの家でお勉強でしゅか?」


「うん。泊まりで勉強会を開こうかと……」


「はゃーーーーーーッ!!?」

ラピスは奇声を発しながら小さく飛び上がった。

「と、泊まりででしゅか?アッチョンブリケでしゅッ!!」


「お、落ち着けラピス。泊まりと言っても二人っきりとかじゃなくて……」


「洸一しゃんっ!!洸一しゃんは神の摂理に反してましゅ!!背教徒でしゅ!!」


「……は?」

何か言い出したぞ、このアカン子は。


「メイドロボとの禁断の愛でしゅッ!!や、やばい性癖でしゅぅぅ」


「あ、あのなぁ。だからそーゆーのじゃなくて…」


「洸一しゃんの未来の為にも、ラピスはしょんなこと出来ましぇんッ!!」


「へ?何か良く分からんが、駄目ならしょうがねぇーか…」


「でも行くでしゅ」


「……どっちだよ」


「行くでしゅッ!!」

ラピスは叫んだ。

「ラピスは……ラピスは洸一しゃんの為なら、メイドとしての義務を果たすんでしゅッ!!」


「メイドの義務って、なに?」


「しょ、しょんな事は恥ずかしくて言えないでしゅぅぅぅ」

ラピスは手で顔を覆うと、そのまま走り去って行った。


むぅ…

これでラピスも参加と。

それはそれで良いのだが、どうしてみんな、泊まると言うだけでそんなに妄想を膨らますんだ?

ってゆーか、メイドの義務ってなんじゃろう?

なんか、メイドさんに対して物凄く間違った解釈をしてないか?



「さて…」

授業終了のチャイムが鳴るや、俺は急いで教室から飛び出した。

あのまま居残っていたら、また美佳心式スパルタ教育(文部科学省非推奨)の犠牲になるかも知れないからだ。

「とは言っても、今日も雨だからTEP同好会の方は開店休業だし……偶にはのどか先輩の所にでも顔を出してみようかな?」

そんな事を独りごちりながら、オカルト研究会の部室へ向かって歩き出す。


しっかし、明日は勉強会か……

取り敢えず、あれから優チャンと姫乃ッチにも約束を取り付けた。

取り付けたのだが……どうも全員、俺様と二人っきりでの勉強会と勘違いしている。

しかも二人だけでお泊りで何かこう青春的な……

何故だ?

俺は純粋に、テスト勉強をしようと言ってるのに……どうして色々と邪念と言うか妄想を抱くのだろうか?

思春期だからか?

確かに、俺も少しはそーゆー事を考えないではないが……それも時と場合による。

現時点における俺様の立場、及び世界情勢とミリタリーバランスを鑑みるに、誰かとねんごろになった瞬間に、物凄い勢いで無縁仏になる可能性が大なのだ。

いくら無鉄砲が枕詞な俺様とて、そんな青春は真っ平ごめんこうむる。


「あ~~なんちゅうか、こう……心からトキメク恋愛がしてぇーなぁ……背中に冷や汗が浮かぶのじゃなくて」

俺は力無く苦笑を溢し、部室の扉を開けた。

「ちぃーーース…」


「…洸一さん」

椅子に座っていたのどかさんは顔を上げ、相変わらず分かるような分からないような……そんな微妙な笑顔を向けた。

机の上には、参考書や教科書、ノートと言った類の物が並べられている。


「おや?先輩、テスト勉強の最中ですか?」


「……です」

のどかさんはコクンと頷いた。


「なるほど…」

さすがのどかさんだ。

何がさすがなのかは分からんが、それよりも……机の上に座っている酒井さんが気になる。

魔人形酒井さんは、小さなメガネを掛けていた。

手にはこれまた小さな教鞭。

もしかしてのどかさんの家庭教師……なんて事はないよね?


「ふむ、なら勉強の邪魔をしては拙いので、僕ちゃんは退散しましょうか…」


「キーーーッ!!(お待ちなさい洸一)」


「な、なにかな酒井さん?」


「キキーーー(ついでだからのどかに少し勉強を見てもらいなさい)」


「え?いや、俺は別に……」


「洸一さん。さ、どうぞ」

と、のどかさんは椅子を勧めてくれた。

問答無用と言った感じでだ。


ま、まぁ……美佳心チンに教えてもらうよりは、ずっと気が楽だから良いか。

「では、失礼して……」


「はい。それでは洸一之さん。先ずは何のお勉強しましょうか……」

のどかさんは少しウキウキだ。

何でじゃろう?


「そうですねぇ、僕ちゃんは理数系が少々弱いので、今日は物理なんぞ軽く教えて下されば幸いです」


「了解です。では教科書を開けて下さい」


「は、はぁ…」

俺は言われた通り、鞄からほとんど新品の物理の教科書を取り出し、テスト範囲の箇所を開ける。

「いやぁ~、全然サッパリと言うか、全く分からんですのぅ」


「……では、最初から教えしましょう」

そう言って、のどかさんはスッと椅子から立ち上がるや、何やら戸棚を物色し……


「あ、あのぅ……のどか先輩?つかぬ事を御伺いしますが……その手に持っている黒くて長いものは、一体なんでしょうか?」


「……鞭です」


「と、棘棘がいっぱい付いてるんですが……」


「……とても、とても痛いです。当たれば皮膚は切り裂かれ、肉が飛び散り、辺りは血の海です」


「そ、それをどーするんです?」


「使います」


「……誰に?」


「洸一さん」


「……申し訳ありませんが御嬢様、小生、ちと急用を思い出しまして……はい」

俺は席を立ち、そそくさと部室から退散しようとするが、

――ヒュンッ!!

と言う甲高い風切り音と共に、手を伸ばしたドアノブ辺りに鋭い鞭の一撃が走った。


「……お座りなさい、洸一さん」


「で、でもでも…」


「これも帝王学の一つです」


「……は?」

また病気が始まったぞ、このお嬢様の。


「洸一さんは将来、喜連川を背負って立つ人間です。拠って人並み以上に、勉学を修めなければなりません」


「な、何を言うてるのか、じぇんじぇん分からないですよぅ。ってゆーか、僕的には赤点取らなきゃそれでOKと言う感じでして……」

自慢じゃないが、志は低いのだ。


「……しゃらっぷ、です」

ヒュンッと再び鞭が唸り、俺の足元のピータイルが砕け散った。

巧みな鞭捌きだ。

どこで覚えたのだろうか?

「さぁ洸一さん。席に着くのです」


「あぅ…」

俺は言われるまま、椅子に座り直した。

何とか隙を見て逃げ出さないと、あの鞭で叩かれて酷い事になってしまう。

世間一般で言う所の、鞭打ち症になってしまうではないか(ちと違う)。


「……大丈夫です、洸一さん。鞭だけではなく、飴も差し上げます」


「飴…ですか?」


「ちゃんとお勉強が出来たら、洸一さんの好きな物をプレゼントします」


「え?マジですか?」


「マジマジです。それで、何が欲しいですか?」


「そ、そうですねぇ……僕ちゃん的には、先輩のおっぱいが欲しいでちゅ♪」

と戯言を言った瞬間、僕は鞭でしばかれたのだった。


うぅぅぅ痛いよぅ痛いよぅ……

あれから陽が落ちるまで、俺はのどかさんに勉強を教えてもらった。

不真面目な態度を取ったり少しでも解き方を間違うと、問答無用で鞭が飛んでくるもんだから、こちらも真剣だ。

ま、先輩の教え方は実に懇切丁寧で、アホの俺にも分かり易かったのだが……

それでも学生服及び下着、そして靴に至るまでズタボロになってしまうのは、どうかと思う。

尻に至っては、便器に腰掛けただけでも飛び上がるぐらい、傷付いてしまった。

うぅ~む、これだから魔女様は……

中世の恨みを、俺様で晴らそうとしているんじゃなかろうか?



★5月28日(土)


ぽにゃーんといつも通り目が覚め、相変わらず勝手に家の中へ入って来る穂波と共に学校へ向かう。


「ねぇねぇ洸一っちゃん」

と、春になってめっきり心の病が進行している穂波が、ニッコニッコとヤバイ笑みを溢しながら俺の制服の裾を引っ張り、

「来週から中間テストだけど、ちゃんと勉強している?」


「……まぁ、それなりにはな」

俺は無難に答えた。


「ふ~ん、本当かなぁ?」


「あぁ、本当だ。尻が痛くなるぐらい勉強をしておる。ってか、何故に疑いの眼差しを向ける?」


「だって洸一っちゃん、二年になってから部活とか始めたでしょ?ただでさえ怠け者で趣味がゴロ寝と言ってる洸一っちゃんだもの、部活で疲れて勉強する気なんか全く無くなっちゃってると思うんだもん」


「くッ、相変わらず俺様を舐めた発言をしやがって…」

部活で疲れて勉強する気が無くなるだとぅ?

アホかッ!!

そもそも勉強する気なんか、最初から無いっちゅーねんッ!!


「と、ゆーわけで洸一っちゃん。今日は土曜だし、一緒にテスト勉強しようよぅ~♪」


「何がと言うわけか分からんが、甘い声を出しやがって……断固として、俺様は断るッ!!ノーサンキュウだッ!!」


「……刺すよ?」


「それが女子高生の言う台詞かッ!?」

俺は穂波の側から一歩跳び退り、そう叫んだ。


な、なんちゅう恫喝の仕方だ……

全く、これだから何をしても罪に問われない特殊な人間(具体的に言うと心の中が応仁の乱状態な奴)は困るわい。


「ねぇねぇ、洸一っちゅわぁぁぁん」


「……悪ぃが穂波。実は先約があるのだ」


「先約?」

穂波はキョトンとした顔になり、次いでクワッと般若のお面みたいな表情になると、

「よもや、他の女の子と一緒じゃないわよねぇぇぇ?」


「……滅相もありません」

何故か俺は敬語だ。

「実はその……金ちゃん達と、勉強する予定になっているのです、はい」

もちろん、嘘である。

美佳心チンや真咲姐さん、ラピスに優チャンに姫乃ッチと勉強会、なんて事が知られたら……家に火を付けられてしまうではないか。

ここは何としても、穂波の介入を防がなければ。


「本当かな?かなぁぁぁ?」


「……ホントウデス」


「ふ~ん、目が泳いでるのが気になるけど……うん、洸一っちゃんを信じるよぅ」

穂波は微笑んだ。

その笑みに、ミジンコより小さな罪悪感と海よりも広い安堵感が広がる。

助かった。これで心置きなく、他の可愛い子ちゃんとイチャつく……もとい、勉強をする事ができるわい。


「でも洸一っちゃん?もし嘘だったら……どーゆー結果になるか、分かってるよね?」


「ふっ、俺が嘘を吐く人間だと思っているのか?」


「うん」

穂波は満面の笑顔で断定した。

な、何と言う失敬な……ま、嘘は吐くんだがね。


「洸一っちゃん、もし嘘吐いて……他の女の子とかと仲良く勉強してたりしたら、その時は足首に鉄アレイ括り付けて川の底へ沈めるからね♪水中クンバカの刑でポア決定だよぅ」


「……お前のダーリン浮気はダメだっちゃ的攻撃には、生死がつきまとうのか?」



穂波の厳しい追求をのらりくらりと躱しながら学校に到着。

過度の緊張に因って尿意を催した俺は鞄を穂波に託し、取り敢えず便所へと向かうが、

「あれ?コーイチ?」

バッタリと、智香の馬鹿と出くわした。

「相変わらずアンタは、呑気そうな顔してるわねぇ」


「貴様、いきなり朝からそれか?朝は先ず、おはよう御座います洸一様、だろーがッ!!」

全く、これだから躾の悪い子供は……


「相変わらず、頭の中も膿んでる男ね」

智香はカッカッカッと馬鹿にしたように笑いを溢す。


「ふんっ、そこを退け智香。俺は貴様と遊んでいる暇はねぇ。具体的に言うと、猛烈に放尿したいのだ」


「そんなこと具体的に言わないでよ」

少しだけ嫌そうな顔をする智香。

「それよりもコーイチ、アンタに少し聞きたいことがあるんだけど……」


「ンだよぅ、早く言え。出ちゃうじゃんかよぅぅぅぅ」


「アンタさぁ、今日ラピスと泊まりの勉強会を開くって、本当なの?」


「――ハゥッ!?」

あ、ちょっと出ちゃった。

「どど、どうして貴様がトップシークレットを???」


「あ、本当なんだ…」

してやったり、な笑みを智香は溢した。

「ラピスはねぇ、この智香ちゃん、つまり風早派の女の子なんだよねぇ。だからラピスの秘密は私の秘密なのよ」


「何を言ってるんだお前は?」

ってゆーか、派閥が存在したんだ……何かおっかねぇなぁ。


「しかしまさかラピスをねぇ。コーイチがそこまでマニアックだとは……」


「それは誤解だ」


「この智香ちゃんが何を誤解してるって言うのよ?」


「いや、お前でなくてラピスだ。つまり――」

と、俺は小便を堪えながら、今までの経緯を簡潔に説明する。

「――と言うわけで、確かに泊まりの勉強会だけど、やって来るのはラピスだけじゃないんだよ」


「へぇ~……つまりコーイチは、ハーレムエンドを目指しているってワケね」


「そんな夢みたいなフラグが存在していればな」

生憎と、現時点でバッドエンドしか存在していない所が、ゲームと現実の違いってところだね。

ふふ、本当に現実は辛いよ。


「ふ~ん……でもコーイチ。肝心な女の子を誘ってないじゃないの」


「肝心な女の子?」

はて?誰だ?

俺の周りに、俺の希望する理想の女の子なんか存在したか?

ディスプレイの中にしか存在してない筈なんじゃが……


「いるじゃない、すぐ近くに」

言って智香は、自分を指差した。


「……」


「え?な、なによその物凄く嫌そうな顔は?」


「あのなぁ。勉強会なんだぞ?俺はお前と遊んでいるヒマはねぇーんだよ」


「そんな事を言わないでよぅ。この智香ちゃんもやる時はやるんだよ?それに今度のテストはちょっと不安だし…」


「テメェはいつも不安だろーがッ!!」


「ね?お願いコーイチ。智香も勉強会に混ぜてよぅ」


ぬぅ……

「し、しかしなぁ……お前が来ると、俺、遊んじゃうような……」


「……誘ってくれないと、この一件を速やかに報告するわよ?クマ好きな子に」


「智香!!喜んでお前を迎え入れようッ!!」


「本当に?」


「もちろんさッ!!」


「しょうがないなぁ。コーイチにそこまで頭を下げられちゃったら、智香ちゃんとしては行くしかないかなぁ」


「……ナメんなよ?」


「やっぱり報告を……」


「三顧の礼で智香を迎え入れるさっ!!」


とほほほ……

ってなワケで急遽、智香も参加することになったが……

こいつがいると、本当にゲームとかで遊んじゃうんだよなぁ。

TVゲームの対戦とか、俺と同じぐらいのレベルだから、やってて面白いし……

でもまぁ、今回の勉強会はお目付け役みたいな女の子が多いから、何とかなるかな?



さてさて……

授業終了後、俺は大ダッシュで帰宅。

そして昼飯を食うのももどかしく、取り敢えずはお掃除&勉強の仕度。

家の中には年頃少女達には決して見せる事の出来ないゲームとかDVDとか本とかフィギア(爆)などが散乱しているので、先ずはそれらを隠しつつ、汚れ物は洗濯機の中へ放り込んで、次いでにお風呂とおトイレもピカピカにお掃除。

もちろん全員でちゃんと勉強出来るように、居間に小机を運んだりお茶の仕度したりと、こーゆー事は意外にマメな僕ちゃんなのだ。

さすがB型人間。怠け者の一時仕事とは、こんな感じだ。


「っと、もうこんな時間か」

彼女達が寝泊りするであろう空き部屋を掃除していた俺は、時計に目をやり呟いた。

時刻は間も無く15時になろうとしている。

ちなみにこの部屋……

以前、喜連川のメイドロボ研究所との抗争中にのどかさんが使用していたのだが、部屋の隅に何やらワケの分からん、ちょいと禍禍しい雰囲気のオリジナル祭壇が設けられたままになっている。

これって撤去しても良いのだろうか?

物凄い勢いで祟られたりはしないだろうか……ちと不安だ。


「ってゆーか、のどかさんって神秘主義だけど、基本的には無宗教なんだよなぁ……いや、何でも有りって言った方が良いか」

そんな事を独りごちりながら苦笑を溢していると、玄関方面からピンポーンとチャイムの音。

どうやら見た目は乙女だけど中身はちょっとカオス寄りの皆様方がお見えになったようだ。

さてさて……

俺は階段を駆け下り、玄関の扉を開ける。

そこには世間一般で言う所の美少女のカテゴリーに分類される同級生及び後輩の女の子達が、ムスッとまぁ……物凄い仏頂面で佇んでいた。


ぬぅ……

不安と恐怖で、胸がパチパチするほど騒いじゃうが、僕はHEAD-CHA-LAだ。

何故なら、正義(?)は我にあるからね。

「や、やぁ、良く来たね♪」

片手を挙げ、気さくに挨拶。

そんな俺をジロリと睨み付けながら、六甲の赤い稲妻が口を開く。

「洸一クンや。これは一体、どーゆーこっちゃ?」

返答次第では今すぐ埋める、とでも言わん気な美佳心チンの迫力に、ビビッておしっこ的なモノが迸りそうだ。

「ど、どーゆー事とは、如何なる意味でせうか?」


「何で皆がここにおるねんっ!!ウチは…ウチだけやと思うたから、気合入れて下着まで新調したんやで!!ちゃんと説明せんかい!!あぁん?」


「な、何を言ってるんだか…」


「そうだぞ洸一」

と、真咲姐さんがズイッと一歩踏み出し、

「私なんて、美容院にまで行って来たんだぞ」


「い、いや、だから……」


「そうですよ先輩ッ!!」

と優ちゃん。

「せっかく新しいパジャマを持ってきたのに…」


うぅ~む…

「取り敢えず、落ち着けみんな」


「返答次第では暴れるでッ!!」


それは勘弁。

「え、えと……何かみんな、誤解してないかい?」


「何がでしゅかッ!!」

ラピスがフンガーと鼻から蒸気を噴出した。


「だ、だからぁ、俺は勉強会を開くと言ったんだ。あくまでも勉強会だ。浮ついた気持ちはないのだ。あってはならんのだッ!!それにだ、勉強はみんなでやった方が捗るんじゃないのか?俺はそう愚考し、皆に声を掛けたんだ。……以上、俺様の主張は終わり。何か文句があるかね?」


「う゛…」

皆は皆、お互いに顔を見合わせ、返答に窮する。


「ズルイです、神代さん」

姫乃ッチが恨めしげに呟いた。


あぅ…

「い、いや…その…悪かった。別に騙すつもりじゃなかったけど、言い難かったと言うか、単に皆が自己完結しちゃったと言うかねぇ……」


「チッ、ウチとした事が……洸一クンにそないな度胸がない事ぐらい分かっていたのに……こーゆー展開も読めた筈なのになぁ」


「ま、まぁ、そう言うな美佳心。こうなったら、皆で楽しく勉強をしようではないか。ささっ、先ずは家の中へ入ってくれぃ♪」

俺はにこやかな笑顔(ただし背中は冷汗でびっしょり)で、皆を家の中に招き入れようするが、

「でもちょっとだけ、待ってくれぃ」

一旦それを手で制した。


「ん?なんだ洸一?」

と真咲姐さんが訝る。

美佳心も優チャンも姫乃っチもラピスも穂波も、首を傾げて俺を見つめた。


「……この中に一人、呼ばれていないのに混じってる者がいる」


「えっ!?だれだれ?」

と、穂波。


「貴様だろーがッ!!?」

何故にオドレがここに???


「(チッ…)洸一っちゃん、酷いよぅぅぅぅぅ」


「黙れ気狂い!!何故にお前がこの場にいる!!ってゆーか、智香の馬鹿はどーしたッ!!」


「その智香から聞いたんだよぅ」

穂波はクスクスと笑った。


チッ、あの野郎……もしかして情報を売ったのか?


「智香がね、なんかウキウキしていたから、ちょっと聞いてみたの。そしたら洸一っちゃんとお勉強するって言ったんだもん。私、凄く驚いちゃったよぅ」


「あぁ、俺も驚いたよ」

ったく、ここまで来たら追い返すことも出来ねぇーじゃねぇーか……

「で?その智香の馬鹿はどうした?また遅刻か?」


「え?智香は……少し遅れてから来るよぅ」

穂波はまたクスクスと嫌な笑みを溢した。

「智香、意外に口が硬かったら、ちょっとやり過ぎちゃったの。だからね、病院へ行ってから来ると思うの」


「……智香になにをした?」


「言えないよぅ♪……クスクスクスクス」


ク、クレイジーベアめ……

「そ、そうか。まぁ、哀れな智香は追っ付けやって来るだろう。……命が無事ならな。さっ、それよりもこんな所で突っ立ったないで、ズズィッと入ってくれぃ」

俺はがっくりと項垂れ、皆を家の中へ誘う。

「取り敢えず、居間で勉強できるように準備はしてあるけど…――ってギャアッ!!?」

廊下から居間へと続く扉を開けた瞬間、思わず心の臓が喉から飛び出し、ついでに腰まで抜けた。


「洸一さん。こんにちは」

そこには偉大な魔女様が、相変わらず無表情でチョコンと座っていた。


「の、のどか先輩ッ!?な、何故にここにッ!!?」


「私も一緒にお勉強……したいです」


「そ、そうなんですか。ってゆーか、あのぅ……どこから入って来たんですか?」

もしかして湧いたの?


「……二階です」


「に、二階??」


「具体的に言うと、祭壇を通ってやって来ました。……少々難しい呪法ですが、慣れると便利です」


「……なるほど」

俺は大きく頷いた。

「全く分からないですけど、さすが先輩ですなッ!!わははははは」


「おほほほ……です」


「わはははははは……でもこれからは、ちゃんと玄関からやってきて下さいね?わはははは」

俺は笑いながら、心の中で誓った。

来週中にでもあの祭壇は破壊しておこう、と。



取り敢えずお茶などの仕度をしている内に智香の馬鹿がやって来た。

一言文句を言ってやろうと思ったのだが、穂波を見てガタガタと震える彼女を見ると……もう何も言えない。

一体、何をされたのだろうか?


さて、そんなこんなで全員が揃ったので、そろそろ本格的に勉学に取り掛かろうと思った俺様ちゃんなワケなんじゃが…

「ぬぅ…」

皆は皆、和気藹々としながらも既に真面目に勉強に取り組んでいた。

のどかさんは懇切丁寧に、穂波と智香に勉強を教えており、真咲姐さんは優チャンに熱血指導。

美佳心チンはラピスと姫乃ッチに、優しく説明している。

なんちゅうか、微笑ましくもあり、また頼もしい感じがするのだが……

「あ、あのぅ……僕ちゃんは一体、どーすれば良いのでしょうか?」

何故か主催者が置いてけぼりだ。

超ロンリネスである。


「あん?」

と、ペンを休めて美佳心チンが俺を見やる。

「せやな、洸一クンは取り敢えず、これでもやってりーや」


「……漫画で分かる簡単な算数」

美佳心チンから問題集を受け取り、俺は暫し固まる。

「あ、あのぅ……これ、小学校高学年って書いてあるんじゃが……」


「基礎や基礎ッ!!洸一クンはこれぐらいから習い直さな、こっちも教えれへんのやッ!!」


な、何という無体な……

テストは明後日だぞよッ!!

「ち、ちくしょぅぅ」

滂沱と流れる涙を如何ともし難く、俺は鼻を鳴らしながらテキストに取り掛かる。

・・・

意外に難しい。

なんちゅうか、屈辱的だ。

しかしまぁ……なんだな、女の子がいると華やかで良いねぇ……

可愛い私服に身を包んだ年頃美少女達がいるだけで、味気ない居間が何だか妙に華やいで見える。

それに何だか、香りも良いし……

洸一チンとしては堪らんッ!!

一人女の子バブル状態の僕ちゃんとしては、思わず歓喜の声を上げたくなってしまう。


「……洸一君や。鼻の下伸ばしてニヤニヤしてからに……問題集は出来たんか?」

美佳心チンがひょいっと俺の手元を覗き込んできた。

「なんやっ!!まだ全然やないけッ!!」


「あぅ……い、今からやるんだよぅ」


「全くこれだから洸一君は……」

美佳心チンはヘッと鼻を鳴らした。

智香の馬鹿がニヤニヤと笑う。


ぐぬぅぅ…

「あ、ところで一つ皆に尋ねたいんじゃが……」


「あ?何やねん?」


「いや、その……いくらテスト勉強とは言え、野郎の家に泊まると言うのは結構アレなことだし、親御さん達には何と言ってきたのかなぁ~と、ちょいと責任者としては気になって……」


「ウチの家は放任主義やからな」

と、美佳心チン。

「クラスのアホに勉強を教えに行くっちゅうて、出て来たわ」


「アホって……もしかしてそれ、僕ちゃんのこと?」


「それ以外に誰がおるねん?」


ぐぬぅ……でも、まだ何も教わってないんじゃが……

「真咲は?ちゃんと言ってきたのか?」


「う゛…優貴に勉強と空手を教えると言って出て来た。さすがに、男の子の家に泊まるとは……言えん」


まぁ、普通は言えんわな。

「ふ~ん……で、優チャンは?」


「私はまどかさんの所へ行ってくると……」


「なるほど。姫乃ッチにラピスは?」


「私は、優貴さんやラピスちゃん達と勉強すると言って…」

「ラピスはのどかしゃんのお供をしましゅと言って出て来たんでしゅ」


「なるほどなるほど。で、生粋のお嬢様であるのどか先輩は?って言うか、良く外泊なんか許してくれましたねぇ?」


「……神のお告げがありました、と書置きを」


つまり無断外泊ってことなのね?

しゃーねぇ、あとでロッテンの爺さんに連絡を入れておくか。

「で、智香の馬鹿は?」


「誰が馬鹿ですって?」


「貴様だッ!!貴様はなんと言って出て来た?」


「ふんっ、別に……穂波と一緒に勉強するって言って出て来たわよ」


「……なるほどな」

よもや本当に穂波と一緒になるとは思ってもみなかっただろうなぁ。

「で、穂波は?」


「私はちゃんと、洸一っちゃんのお家にお泊りするって言ってきたよぅ」


「……お前、凄いな」


「え?そうかなぁ?お母さんも、ようやくに受入先が出来たって喜んでいたよぅ♪」


「……受け入れる気は全くないがな」



小学生用問題集を苦労して解き、その後で美佳心チンや真咲姐さんからテスト範囲の問題について手解きを受ける。

美佳心はともかく、真咲姐さんもそれなりに頭が良いのには、少々不謹慎ながら、驚いてしまった。

文武両道と言う言葉は、まさに彼女の為にあるようなものだ。

それはともかく、二人ともスパルタ式な教え方は止めて欲しいと、切に願う。

既に俺の頭は瘤だらけだ。

一体、何発頭を叩かれた事か……

これでは折角教えてもらった勉強も、脳障害を引き起こしてパーになるではないか。

ま、そんなこんなで、思ったよりも集中して勉学に勤しむこと数時間……

気が付けば、何時の間にか外は薄暗くなり始めていた。


ふにゅぅぅ、お腹が減ってきたにゃあ……

と俺が思っていると、真咲が表を見つめ、

「勉強も一区切りついたし、そろそろ夕飯の仕度をした方が良いんじゃないか?」


その言葉を待っていました。

「そうだな。腹も減ったし、スーパーだと丁度特売の始まる時間だしな」

俺はそう言ってペンを置き、う~と軽く背筋を伸ばす。

肩の辺りがポキポキと小気味の良い音を立てた。


「ねぇねぇ洸一っちゃん。今日の晩御飯、何が食べたい?」

と、穂波が「うひひ」と笑みを溢して尋ねてきた。


「そうだなぁ……って、別に何でも良いぞ?」

皆で食べるからこそ、飯は美味いのだ。

独りで飯を食っていると、何だか食事と言うよりは餌を摂っている気がして、それほど美味しくは感じないのだ。

「ま、そんな訳で御飯なんじゃが、本日の夕飯は誰が作って……」


「私に任せろ」

真咲姐さんがスクッと立ち上がった。

「私もッ!!」

と、穂波も立ち上がる。

「ラピスも作るんでしゅッ!!」

余計な者まで立ち上がってしまった。


「あ~~……ラピスは遠慮しておけ」


「な、何故でしゅかッ!?」


「何故って……」

テスト勉強で疲れている上に、生命の危機すら感じる料理を食べたとあっては、本当にどうにかなってしまうではないか。

「ラピスにはその……あ、そうだ!!出来ればお風呂を入れて欲しいんじゃが……」


「お風呂でしゅか?任せるが良かでしゅッ!!」


「それは有難い」

これで一安心だ。

「だったら、お買い物は真咲と穂波と、あと姫乃ッチにお願いして、お風呂担当はラピスと優ちゃんだ。その他の者は色々と後片付けと飯が食える準備をしよう」



そんなこんなで、真咲達は買い物に出掛け、優チャンとラピスはお風呂のお掃除。

俺は俺で色々と片付けているのだが……

「君達は一体、何をしているのかな?」

智香の馬鹿はごろごろ寝転がって、俺の愛読しているゲーム雑誌を読み耽っていた。

更に美佳心チンはテレビを点け、夕方のニュースに見入っている。

そしてのどかさんは……いない。

いないけど、二階から何やら物音が聞こえてくる。

恐らく、例の祭壇に祈りでも捧げているのであろう。

やれやれ……

俺は苦笑を溢し、美佳心チンの隣へ腰を下ろした。

「何か面白いニュースでもやっているか?多摩川でシーラカンスが釣れたとか」


「ん?別に……大したニュースはやってへんな」

美佳心チンは気の無い返事を返す。

テレビ画面には、仏頂面をしたコメンテーターが、何やら小難しい言葉を並べていた。


「そう言えば美佳心チンが俺の家に来るのって、先の大戦以来だよなぁ」


「せやったか?」


「確かな。それにしても、前の戦いは酷いもんだったのぅ」

そう言えばあの時、美佳心チンは公園でズブ濡れになっていたんじゃが…

何があったのかは、まだ詳しくは聞いてなかったけど、確か神戸の友達が何たらとか言っていたような…


「せやなぁ。あれからもう一ヶ月が経ってるんやなぁ」

美佳心はいつもみたいに、どこか自嘲気味的にヘッと鼻を鳴らした。

「あの時はホンマ、めっちゃムカついたで」


「ムカついた?」


「そや。ムカついて、それで呆然として……気が付いたら、公園で独りぼっちや。あの雨の中、洸一クンが来てくれへんかったら、ウチどないなっていたやろなぁ」


「ハッハッハッ、俺様は悩める子羊を救済する男だからな。で、結局のところ……あの時は一体、何があったんだ?」


「別に、大したことやあらへん。前にも話したけど、神戸にな、親友がおるねん」


「あぁ……確か男と女、だったな?」

俺は脳をフル回転させ記憶を辿る。

「確かいつも3人でつるんでいたって聞いたけど……」


「そや。ウチが転校して高校は離れ離れになったけど、大学は一緒にって言うてな。ウチはその為に一所懸命、勉強してたんや」


「ほぅ…」

博士になりたい為だけじゃなかったのか。


「せやけどな、あの日……電話が掛かってきたねん。向こうにおるそいつ等、付き合う事になったんやと」


「ほ、ほぅ…」

ふむ、よくある話だな。

仲良しグループと言っても所詮は男と女、そーゆー事があってもおかしくはないのぅ。

・・・

俺と穂波に関しては未来永劫そんな日は訪れないがなッ!!

「ん?でも待てよ?その電話が掛かってきて美佳心チンが正気を失ったということは……よもや美佳心チン、その神戸の男に想いを……」


「あ~……ちゃうちゃう」

美佳心チンは苦笑いで手を振った。

「前にも言うたけど、ウチ等はそーゆー関係やないねん。……ま、今となってはウチがそう思うとっただけやがな」


「ん?つまり……なんだ、美佳心チンがいなくなってから、向こうに残った野郎と彼女が付き合い出したって事なんだろ?友達的には目出度い事だとは思うが……」


「……だったら何で、ウチがおる間に付き合わないねん」

食い縛った歯の隙間から漏れる、怨嗟の声。

「ウチがおらんくなってから、これ幸いにと言わんばかりに付き合いだしよってからに……まるでウチが邪魔者やったみたいやないかッ!!何の為にウチは……ずーーーーーーっと、誰とも仲良うせずに一人で勉強してきた思ってるねんッ!!」


「お、落ち着け美佳心チンッ!?そ、そーゆーのを、考え過ぎと言うんだよ。きっと向こうに残っている友達も、色々と思う所があったと言うか何かフラグ的なモノが立って……」


「あ、あかん。思い出したら、ごっつムカついてきたわ……」

美佳心チンの拳がブルブルと震え出した。

どうやら赤い稲妻が覚醒しつつあるようだ。


「あ、そうだッ!!僕ちゃん、ロッテンマイヤーの爺さんに電話を掛けなきゃ…」

俺はワザとらしくポンと手を打ち、寝転がりながら熱心に雑誌の大作RPGの攻略情報を読んでいる智香の横腹を足で小突いた。


「な、なにすんのよぅ」

THE馬鹿が頬を膨らませて睨み付けてくる。


「智香。お前……少し美佳心チンの話を聞いてやってくれ。男女間の事については、お前の方が詳しいからな」


「へ?」


「そーゆーわけだ。頼むッ!!」

言って俺は、そそくさと居間から飛び出した。

あ、危ねぇ危ねぇ……

美佳心チンはカッとなると、常軌を逸するというか見境がなくなるからなぁ……

疲れた笑みで安堵の溜息を吐いていると、居間の方から、

「聞けやーーーーーーッ!!ウチのソウルをッ!!」

と言う美佳心チンの怒声と、

「ヒィィィッ!?」

と言う智香の悲鳴が響いてきた。


うむぅ……

美佳心チンにも、色々とあるんですねぇ。


「風早さんッ!!アンタになら分かるやろッ!!」

「な、なんのこと???」

「ウチの気持ちやッ!!魂の慟哭やッ!!」

「――ヒィッ!?」


……智香の馬鹿は、今日は散々だな。

穂波に続いて委員長にまで責められるとは……

少し悪い事をしちゃったかのぅ。



さて……

居間から逃げ出してきた俺は、キッチン脇にある電話機(親機)を取り、ロッテンの爺さんの携帯番号に掛ける。

取り敢えず、のどかさんの事を伝えておかなければ……

捜索願いとか出されていると、後々面倒な事、具体的に言うと私設軍隊が動き出しかねないからね。


――プルルルル…

と言う短い発信音の後に

『ん?何か用か小僧?』

相変わらず俺様に対して無礼千万な態度を取る爺ィの声が、受話器から響いてきた。


「おぅ、爺さん。実はのどか先輩の事で……」


『ん?お嬢様か?お嬢様はただいま勉学の最中だ。後にせいッ!!』


「……はい?」

勉学の最中??

「じ、爺さん。勉強中って、どーゆーこと?」


『笑止ッ!!小僧、貴様は日本語すら満足に理解できぬのかッ!!』


「い、いや、そーゆーワケじゃなくて……」

チラリと廊下へ視線を走らせると、お祈りが済んだのか、のどかさんが相変わらずボーッとした表情で、階段を下りて来る所だった。

「あ、あのよ爺さん。のどか先輩……本当にそこにいるのか?」


『何をワケの分からぬ事を。お嬢様はちゃんとワシの目の前で、机に向かって勉学を修めておる。貴様と違ってなッ!!』


ぬぅ……

どーゆー事だ?

これものどかさんマジックか?

それとも単なるドッペルゲンガー??

「爺さん、ちょいと待ってろ」

俺は受話器を手で押さえながら、

「のどか先輩」

と、小声で魔女様を呼んだ。


「……はい」

トテトテと駆け寄って来る、のどかさん。

「何か御用でしょうか?」


「先輩。尽かぬ事をお尋ねしますけど……ロッテンマイヤーの爺さんに、何か幻覚でも見せてるんですか?」


「???」

魔女様は首を傾げた。


「いや、その……爺さん、先輩は目の前にいるって言ってるもんだから……あ、もしかして、実は爺さんの方が既に脳軟化症を起こして心がユニークになっちゃったとか?」


のどかさんは暫くボーッと何やら考えていたが、不意にゆっくり手を合わせると、

「影武者一号」


「か、影武者ですか?」


「……です」

コクンと小さく頷いた。

「こんな事もあろうかと、密かに造っておくように命じました」


こんな事ってどんな事だ?

「つ、造ったと言うと……」


「メイドロボの試作機をベースに、二階堂が製作しました。名前はSR-MH666セリカ。通称スープラです」


それはギャグなのか?

「なるほど」

俺は苦笑を溢し、再び受話器を耳に当てる。

「おう、爺さん」


『なんだ小僧ッ!!用件を早く言えッ!!』


「ん~~……なんちゅうかよ爺さん、その目の前に座っている、のどか先輩的な奴はよ、実は……」


『――んんッ!?』


「ど、どうした爺さん?」


『いや、何やらお嬢様が小刻みに震えて……ぬぉうッ!!?』


「どど、どうした?」


『お、お嬢様の耳から煙が…』

震える爺さんの声。

その刹那、受話器の向うから『チュドーーーーーン』と、とってもファンタスティックな爆発音が響いてきた。

『お、お嬢様ッ!?お嬢様が爆発四散ッ!!?』

その言葉を最後に、電話は切れた。


う~む……

「のどか先輩。どうやらまだまだ改良の余地がありそうですねぇ」


「……みたいです」

のどかさんは淡々とした口調で言った。


にしても、ロッテンの爺さん驚いただろうなぁ。

何しろ目の前で先輩が爆沈したのだ。

歳が歳だけに、心臓とか止まっちゃってるんじゃねぇーのか?

そんな事を考えながら、俺はツーツーツーと電子音の漏れる受話器を戻す。

と、受話器を置くや否や、今度はリーーーンと甲高く鳴り始めた。

ぬ、ぬぅ……爺さんかな?

受話器を再び取り、

「も、もしもし、俺様だ」


『洸一ーーーーーーーーッ!!』


「――ハゥァッ!!!?」

受話器、及び鼓膜を破壊しそうな大音量。

この声は紛れも無く、喜連川さん家の暴れん坊の声だった。



ンヒィィィッ!!?

心胆、寒からしめる凶悪な怒声に、俺は思わず受話器を壁に投げつけたくなったが、そんな事をするワケにもいかず、ガタガタと震えながら涙声で、

「ご、ごめんなさい」

取り敢えず謝ってみる。

「あのぅ……僕ちゃん、何か悪い事をしましたかぁ?」


『へ?何言っての?』

受話器の向うから、キョトンとしたまどかの声が響いてきた。


「いや、だって……なんか今から殺すぞって言わんばかりの物凄い怒鳴り声が……」


『え?え?別に……洸一の名前を呼んだだけだけど、アンタなに言ってんの?』


「あ、そうでしたか」

俺はフゥ~と安堵の溜息を吐き、そして大きく息を吸い込んで、

「このドアホーーーーーーッ!!」

肺活量の限界まで叫んでやった。

「どこの世界に、電話でいきなり名前も告げずに怒鳴る奴がおるかッ!!ビビって心臓が止まりそうになったじゃねぇーかッ!!」

ちなみに少しだけ漏れてしまったのは言うまでも無いことだ。

もちろん、何が漏れたのかも言うまでも無い。


『な、なによぅ。ちょっと大きな声で呼んだだけじゃないのぅ。尻の穴の小さい男ねぇ』


「き、貴様ッ!?俺様の尻穴を愚弄する気かッ!!……謝れ。俺の菊座に、今すぐ謝れ!!」


『相変わらず頭がパープーな事を……』

呆れたまどかの声が響いてくる。


お、おのれぇぇ……いつか必ず復讐してやる!!

その時に、俺様が尻穴の小さい男かどうか分からせてやる!!

ついでに、貴様の尻穴も見てやるんだからなッ!!

・・・

おっと、想像したらちょいとドキドキしてきたぞよ?

「ったく……んで?何か用か、まどか?」


『用があるから電話したんじゃないのぅ。アンタ馬鹿?』


「相変わらず弐号機パイロットばりに俺様を馬鹿呼ばわりしやがって、返す返すも失礼な奴ですなッ!!一度貴様のご両親に、その辺の所をキッチリと言っておきたいぜッ!!」


『えっ!?洸一……親父様とお袋様に会ってくれるの?』


「じょ、冗談に決まってるじゃねぇーか…」

ってゆーか、何故にそんな嬉しそうな声を出す?

「で、用件は何なんだよぅ」


『え?ん~とねぇ……洸一、明日ヒマ?』


「……はぁ?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


『暇でしょ?暇だよね?だったらさぁ……一緒に遊びに行こっ♪ちょっと遠いけど新町の所に新しくスポーツセンターが出来たんだって。そこへ行って遊ぼ♪え~と、待ち合わせの時間は……』


「……断る」


『はい?』


「あのなぁ、どーしてお前はいつも、そう自己完結して話を先に進めるんだ?俺様は忙しい。だから無理。以上である」


『……私の誘いを断る気?』


――ハウッ!?

受話器を通して、何やら小宇宙(別名:殺気)めいたものを感じた。

「い、いや、その……実は月曜日から中間テストなんですぅ」


『はぁ?それがどーしたのよぅ?』


「そ、それがどーしたって……どんなアカン子でも、普通は勉強するだろ?テストの前日だぞ?」


『へぇ~……洸一でも、一応は勉強はするんだ?』


「でもとはなんだ、でもとは。俺様を何だと思ってるんだか。ってゆーか、貴様の学校はどうした?そっちもそろそろ中間テストだろ?』


『え~と……水曜日からかな?それとも木曜だったかなぁ?』

まどかはテストの日すら認識していなかった。

何てかぶいていらっしゃるのか……


「お前……少し凄いな」


『テストなんて簡単だもん。チョチョイのチョイよ』


くっ、これだから天才系は……

「へぇへぇ、さいですかい。まどかお嬢様は何を為されても上手く出来て良う御座いましたな。庶民である俺様は才能も何も無いので、人一倍努力しなきゃならないので御座いますよだ」


『はぁ?アンタが一倍で済む訳ないじゃない。最低、人の五倍は勉強しないと駄目なんじゃないの?』


ぐ、ぐぬぅ……

「ま、まぁそーゆー訳だ、まどか。悪ぃが、俺様はテスト勉強に勤しんでいるので、お前と遊んでいる時間はない。以上であるっ!!」


『あ、ちょっと待ちなさいよぅ』

電話を切ろうとした俺を、まどかの声が止めた。


「ンだよぅ…」


『だったらさぁ……私が勉強、見てあげようか?』


「……謹んで、お断り申し上げます」

当たり前である。

今、もしこの場にまどかが現れたら……それはもう勉強会どころではなく、戦争だ。

そのぐらい、何となく想像がつく。


『なんでよぅ。この私が、洸一より数百倍頭の良い私が、勉強を教えてあげるって言ってるのよ?何で断るのよぅ』


「何でって、その……なんちゅうか、お前の教え方は厳しいような……」


『鉄は熱い内に打て、よ』


「何を言うてるんですか?」

ってゆーか、やっぱりスパルタじゃないか。

「ともかく、まどかの好意は有難いが、男としての意地、及び守護霊様が首を縦に振らないので、今回は遠慮しとくよぅ」


『え~~…』

まどかの不満の声が受話器から耳に響く。


「わ、悪いな、まどか。また今度、一緒に遊んでやるから…」

これ以上話していると何だかロクな展開にならないと判断した俺は、そそくさと電話を切ろうとするがその時、

「せ、せんぱぁ~い」

バスルームからひょっこり顔出しながら、優チャンが俺を呼んだ。


『……あれ?優の声?』

まどかのトーンが急激に下がると同時に、俺の心臓はバックンバックンと不整脈を起こし始めたのだった。



『ねぇ洸一。……どーゆーこと?』

まどかの超不機嫌な声に、ただでさえ弱い俺の心臓および神経は、あっと言う間に崩壊しそうであった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

俺は受話器を押さえ込み、

「ど、どうしたのかな、優チャン?」


「は、はい。あの、お風呂の入れ方は……前に泊まった時と、少し機械が違うみたいで……」


「あぁ、あの大戦で少し調子が悪くなったからな。それで新しい給湯器(追い焚き機能付)に変えたんだよ」

もちろん、費用は全て喜連川持ちだ。

「で、点け方だけど、電源スイッチを最初に入れて、次にボイラーって書いてあるスイッチを押すだけ。分かった?」


「分かりましたぁ♪」

優チャンはニッコニッコと微笑み、踵を返してお風呂場へと戻って行った。


うむ、相変わらず元気一杯で素直な女の子じゃのぅ……

思わず目尻が垂れ下がり鼻の下も伸びてしまう。

洸一チン、ちょっと幸せな気分だ。

っと……

「あ、悪ぃまどか。んで、何だったけ?」


『何で優がいるのよぅぅぅぅぅぅ』


――うひっ!?

幸せな気分はあっと言う間に吹き飛び、物凄く不幸な気分になった。

「い、いやあの……テスト勉強……そう、テスト勉強を一緒にしてるんだよぅ」


『テスト勉強~?』

訝しげなまどかの声。

『なによぅ。アンタみたいな馬鹿が優に勉強を教えているわけ?……ちゃんちゃらおかしいわッ!!』


酷い言われかただ。

「べ、別に俺が教えているわけじゃないと言うか……そう、実は委員長の美佳心チンも呼んであるんだよぅ。だから勉強は主に彼女が…」


『……他には?まさか、真咲もいるんじゃないでしょうねぇ』


「後はラピスだけデス」

俺は咄嗟に嘘を吐いた。

何故なら、正直者が馬鹿を見そうな気がしたからだ。

「真咲しゃんは、誘おうと思ったけど、何だか怖そうだから止めまちた」


『本当でしょうねぇ?』

まどかの声は疑惑の色に満ちている。

『もし嘘だったら、その時はバニッシュデスを食らわすわよ』


「そ、そんな昔のバグ技を使われてもなぁ……」

俺は額に冷や汗を浮かべ、ぎこちなく笑う。

とその時、カチャリと音を立てて玄関の扉が開き、

「帰ったぞ…」

真咲姐さん達が戻って来てしまった。


――ンゲッ!!?

俺は慌てて受話器をギュッと手の平で押さえ込んだ。

「よ、よぅ……お帰り」


「うん、ただいま」

真咲はニッコリと微笑み、手にしたスーパーのビニール袋を掲げ、

「今日は鶏肉が特売だったから、夕飯は唐揚げにしようと思うんだ」


「え?唐揚げ?」

思わず「ヒャッホゥー」と万歳だ。

何故なら、鶏ちゃんの唐揚げは俺様大好物の一つなのだ。

「あ、でも今から味を漬け込んで、間に合うのか?」


「30分もあれば充分だろう」

真咲はそう言うと、どこか鼻歌混じりにキッチンへと消えて行った。


うむぅ、今日の晩御飯は、久々に堪能出来そうじゃのぅ。

何せ独り暮らしだから、レパートリーが狭いというかワンパターンと言うか面倒臭いと言うかねぇ……

俺はウキウキしながら、再び受話器を耳に当てる。

「おぅ、悪ぃ悪ぃ。んで、何の話だったけ、まどか?」


『……なんで真咲がいるのよぅぅぅぅ』


あっ、しもうた。

「い、いやっ、その……ちょっと優ちゃんの様子を見に来ただけって言うか……」


『晩御飯が唐揚げって、どーゆー意味なのよぅ』


「そ、それは……なんちゅうか、ついでに作ろうと言う事になって……」


『ふ~ん、私を除け者にして、皆で楽しく晩御飯か』


「べ、別に除け者になんかは……」

何とか言い訳を考える俺。

とその時、またもやトテテテテテっと廊下を走る軽快な足音と共に、

「洸一しゃん♪お風呂はいつでもOKでしゅッ!!任務完了でしゅッ!!」

ラピスの弾んだ声が響いて来た。


『……お風呂?お風呂ってどーゆーこと?』

受話器の向こうのまどかの声は、いっそう険しいものになっていた。


「い、いやっ、だから……そう、ついでにお風呂も入ろうと言う事になって……」

どんなついでだ?


『……洸一。もしかして……みんな、アンタの家にお泊りする気じゃないでしょうねぇ?』


「いやいや、そのような大それたイベントは……」


『……正直に言いなさいッ!!』


うひぃぃぃぃッ!?

「だ、だから、お泊りとかじゃなくて、テストも近いから夜通し勉強しようかと……」

つまりは泊まると言う事だ。


『……取り敢えず、アンタを殴るわ』

まどかの冷徹な声。


「しょ、しょんなぁ。俺、別に悪いことは…」


『嘘吐いた罰よッ!!』

まどかの怒声と共に、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。


「ちょ、ちょっと待ってろ。こんな時間に誰か来た。ア○ゾンかな?」

俺は震える手で受話器を置き、ガクガクと膝を震わせながら玄関まで行って扉を開ける。

――フギャッ!!?

腰が抜けた。


そこには、スマホを耳に当てたまどかが、それはもう……鬼のような形相で立っていた、と言うことだったそうな。







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