まる、さんかく、刺客
――それは本当に偶然だった。
リステインを背負って歩いている時に、少し大きな石に足を取られ、体がグラつくと同時に、脇を掠めて行く小さな黒い影。
「――ッ!?」
「防御シールドッ!!」
前を歩くプルーデンスが叫ぶや、キンキンッ!!と甲高い、何かが弾かれる音が夕闇の中に響く。
――て、敵襲ッ!?
え?追い付かれた?
いや、攻撃は前からだったし……まさか、既に先回りされてるッ!?
馬鹿な……こっちの動きを読まれていただと?
前方の岩陰から、フードを被った暗殺者が数名、音も無く姿を現した。
数は……むぅ、20人前後はいる。
「やられたな…」
リステインは呟き、俺の背中から降りた。
プルーデンスは剣を抜き、臨戦態勢を取る。
俺もぎこちない動きで腰から剣を引き抜いた。
と、他の者とは違う漆黒のフード付きのローブ纏った輩が少しだけ前に出て、
「……ふん、ヴァルナの想定通りの動きだな」
――え?この声……女?
「何か余計な者までいるが……まぁ良い。番人の諸君に恨みは無いが、これも主命だ。申し訳ないが、今ここで鍵を渡して貰おうか」
「アンタ一体、何者よッ!!」
プルーデンスが吼える。
リステインも軽く鼻を鳴らし、
「大方、プロセルピナの番犬の類だろう。ふん、暗殺者風情が……我等番人に手を出した以上、プロセルピナも只ではスマンぞ」
「そうだそうだっ!!お前の母ちゃんデベソだ!!」
取り敢えず俺も強がってみせるが……
相手は全く意に介してないのか、軽く肩を竦めてみせると
「鍵さえ手に入れば、誰もプロセルピナ様には逆らえまい。例え他の魔神や大神でもな」
「言質を取ったわ。やっぱあの性悪女の差し金ね」
「はは、だからどうだと言うのだ?お前達番人はここで死ぬ。それだけだ」
言うやその正体不明の女暗殺者はサッと手を挙げた。
同時に、周りの連中が音も無く襲い掛かって来た。
さぁ、いきなりバトルの開始だ。
もちろん俺は、邪魔にならないように隅っこで自分の安全だけを考えちゃうのだ。
だって俺、ただの人間だもんね!!
え?情けないって?
ふ、アホか……
分かるか?
敵の動きの速さ、その攻撃力……例えるとしたら、虎だ。
例え剣を装備してようが、何匹もの虎を相手に人間が戦えるか?
しかも普通の高校生がだ。
これがラノベやアニメなら、ご都合主義の主人公が、何か特殊な力を発動してブブイーンと倒しちゃうのだろうが……生憎と俺が発動しているのは尿意だけだ。
ってか、既にパンツは濡れておる。
敵に襲われ漏らしちゃうような男は、既に主人公ではないのですよ。
にしても……
リステインはホンマに強いなぁ。
群がる敵を軽やかに切り伏せて行くよ。
でも大丈夫か?
思ったより、敵の数が多い。
魔力がどうとか言ってたが……ホンマに大丈夫じゃろうか。
で、プルーデンスも……うん、こっちがチビるぐらいに強いよ。
笑いながら敵をぶっ殺しつつ、あのボスらしき敵に肉薄してるよ。
うん、おっかないね。
ま、幸いな事に、あの二人が圧倒的過ぎて、誰も俺に注意を払ってないから安心なんだけど……
それはそれで、少し寂しいですな。
「うぉりゃーーーっ♪」
何故か楽しげな声を上げ、プルーデンスが華麗な剣戟で敵を一刀の元に屠って行く。
「油断するなよ、プルーデンス」
「分かってるわよリステイン」
手にした剣が煌く度、敵は切り裂かれ血飛沫が上がる。
何やら僕の目には見えない飛び道具も、彼女のシールド魔法によって難無く跳ね返されて行く。
圧倒的だ。
がしかし……少し妙だ。
敵のボスらしき女だが……何か余裕な感じが透けて見える。
フードを被っているから素顔は分からないが、その身からは焦りの気配を感じない。
マズイ……
何か分からんが、マズイぞ。
どうする?
や、別に俺は何も出来ないんじゃが……
取り敢えず、陰ながら応援だけはしよう。
みんな頑張れ!!
「遂に追い詰めたわよ。正体を見せなさい!!」
プルーデンスが女暗殺者に向かって剣を水平に振る。
が、そヤツは腕を軽く振り上げ、その剣を弾き返した。
――なにぃッ!?
腕だけであの剣を……いや、違う。
何だアレは?
フードから伸びる二本の腕。
そこには手首から肘に掛けて、まるで鎌のような形状の鋭利な刃物が取り付けられていた。
「こ、この……」
「……ふん」
女暗殺者は腕を振るい、プルーデンスに襲い掛かる。
その攻撃の速いこと……まるで竜巻だ。
もちろん、プルーデンスも負けていない。
敵の攻撃を巧みに躱しつつ、敵に剣を受け止められないように斬撃から刺突へと攻撃パターンをチェンジ。
「おらおらおらぁぁぁ!!」
女の子とは思えないような雄叫びを上げ、その謎の女の懐に入り込むや、おもむろに豪快な直蹴りを相手のボディに放った。
何て荒々しい戦法なんでしょうか。
「く…」
女暗殺者は蹴りの衝撃で吹き飛び、更にそこからもう一歩、大きく跳び退る。
プルーデンスの優勢だ……
だが、嫌な胸騒ぎは消えない。
それどころか強くなる。
俺様の鍛え抜かれた危機探知能力が、何かしらの危険を感知している。
「くそ…」
俺は舌打ちを交え、手にしている剣を強く握り締めた。
「貰ったわよ!!」
プルーデンスが更に突っ込む。
女暗殺者はローブを靡かせつつ、
「ふ、まだだ…」
「いや、どうかな」
その声はリステインだった。
敵を屠り、いつしか彼女はその女暗殺者の後背に回り込んでいたのだ。
――ッ!?
俺の背中に戦慄が走った。
何故なら、女暗殺者のフードの下に見え隠れする口元に、微かな笑みを見つけたからだ。
「危な――」
「ふ、掛かったな」
刹那、女暗殺者の周囲に閃光が走り、爆音が響く。
――トラップッ!?
最初から仕掛けていたっ!!?
後退したのは、その場所に誘い込む為か!!
「く…」
「チッ…」
「終わりだ、番人」
静かな声と共に、暗殺者は風の如き速さで何かしらのトラップ魔法で体の動きが鈍くなっているプルーデンスの間合いに入り、そして腕に装着している鎌を振るうが―――
「やらせはせんぞーーーっ!!」
華麗に神代洸一、推参。
手にした剣をただ純粋に、我武者羅に振るいながら間に割って入る。
――むむッ!?手応えありッ!!
俺の剣は僅かであるが、女暗殺者のフードを切り裂いていた。
おおぅ、俺もやれば出来るじゃないか!!
「ざ、雑魚がッ!!」
「はへ?」
何が起こったのか分からなかった。
ただ一瞬、何か光る物を視界の片隅で捉えたと同時に俺は大地を転がっていたのだが、そのまま回転回転(ローリング洸一)、その反動を利用して即座に立ち上がり、戦闘態勢を取る。
そのつもりだったのだが……
「洸一ッ!!」
とプルーデンスの声が響く。
――おろ?なんだ?体のバランスが……何だか妙に軽いような重いような……
「ンげっ!!?」
自分の体に視線を走らせると同時に、俺は素っ頓狂な声を上げた。
そりゃそうだろう……
何しろ無いのだ。自分の左腕が。
肘の辺りから先が、綺麗に消失しちゃっているのだ。
「マンボっ!!?お、俺の左腕が!?生まれた時から一緒だった左腕が!!悲しい時も辛い時もずっと一緒だったのにぃぃぃ」
取り敢えず慌ててみる俺だが……不思議と、痛みはあまり感じない。
それに肘から下が無くなっているにも関わらず、何となく腕があるような錯覚すら覚える。
うむ、これぞ人体の不思議なり。
「く、くそがぁぁ……ま、右腕じゃなくて良かったけどなッ!!色々な意味で!!」
しかしこれだけスパッと切られたって事は……今なら簡単にくっ付くんじゃね?
ってか俺の腕ちゃんは……
俺の左腕は、女暗殺者の足元に転がっていた。
すんませーん、それちょっと取って下さい……と言うとした矢先、その暗殺者は俺の左腕を踏みつけながら、
「ゴミの分際でよくも……」
俺が切りつけたフードの奥から、少し赤み掛かった瞳と、夜の海を思わせる深い紺碧色の髪が見える。
まだ良く分からないが、中々の美人とみた。
や、それはどうでも良いのだが……
参ったなぁ、もう左腕が使えないよ。
無茶苦茶に踏み付けられているよ。
どうしよう?
これは元の世界に戻ったら、取り敢えずのどかさんに頼んで最新の義手を……
いやいやいっその事、二階堂博士に頼んで、何かスペシャルなビーム銃とか着けて貰うのが良いんじゃね?
そしたら俺も今日から赤いタイツと葉巻の似合う男になれるかも……
――って、そんな馬鹿なこと考えてる場合じゃねぇーーーっ!!
何しろ女暗殺者が、既に俺の眼前で鎌を振り上げている所だからねッ!!
洸一滅亡まで、あと3秒ってところですよ。
辞世の句を詠む暇すら無いとは……実にトホホですな。