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俺様日記~魔界行~  作者: 清野詠一
14/27

その出会い


★5月22日(日) 


日曜日。

一般人ならば安息の日ではあるが、勤労学生の俺にとっては、生活費を稼ぐ日だ。


あ~~……体中が痛ぇ……

本日はいつもの遊園地のバイト。

欠員が出たので急遽出て欲しいと言われ、今日は着グルミの中に入って遊園地を訪れる人に愛想を振り撒いている。

にしても、体の節々が痛むぜ、全く……

昨日の練習と言う名の拷問は、熾烈を極めた。

さすがの俺様も、生きてること事体が奇跡だと思うぐらい、悲惨だった。

むろん、それなりに良い事も少しはあった。

のどかさんを抱きしめる事が出来たし…

姫乃ッチの張りのあるほっぺにチュウは出来たし…

優チャンの小さなお尻は撫でられたし…

真咲の予想外に大きいおっぱいは少し揉めたし…

まどかにはディープなキスもしたし…

だけどね、それは全部俺の意思じゃないわけよ。

あくまでも、のどかさんマジックに掛かっている状態、即ち心神喪失状態で不可抗力なワケなのよ。

そんな状態なのに、殴るわ蹴るわの惨い仕打ち。

いくらドキドキチュッチュなスキンシップを堪能したとは言え、肉体損傷率を差し引けば大幅な赤字だ。


あ~~…ほんと、女運がないと言うか何と言うか……

着グルミの中で俺は溜息を吐く。

ったく、さっさと家に帰って、新作美少女ゲームを堪能したいぜ……

だってディスプレイの中の女の子は僕を殴らないからねッ!!

そんな事を考えながら親子連れのお客さんに風船などを手渡していると、俺の目の前を見知った女が通り過ぎて行った。


お…おいおいおいおい……

思わず声が漏れてしまう。

ヌイグルミな俺の前を通り過ぎて行ったのは、馬鹿の前に『THE』と言う定冠詞が付く智香だった。

しかもその隣を歩いているのは……え?多嶋っ!?

うぉーい、おいおいおい……マジか?


さすがの俺も、これには驚いた。

あの細胞分裂で口から先に誕生したTHE馬鹿の智香と、穂波が好きと言う常人では考えられない特殊な性癖を持つ多嶋が、日曜日の遊園地に一緒にいるとは……これは一体、どーゆーことだ??

もしかして付き合ってるのか??

ぬぅ……

取り敢えず、後を尾ける事にした。

気になるとかそーゆー事じゃなく、単に面白そうだからだ。


しっかし、意外な取り合わせじゃのぅ……

智香の馬鹿はどーか知らんが、多嶋は穂波にベタ惚れだった筈なのにねぇ……

やはり奴の本性に気付き、身を引いたのかな?

・・・

智香も見た目は可愛いが、限り無く穂波と同じ属性なんじゃがのぅ。


智香と多嶋は、人気の少ないベンチに腰掛けた。

俺はこっそりと裏へ回り、聞き耳を立てる。

途中、小さな子供が、ヌイグルミを着込んでいる俺様に喧しく纏わり付いて来たので、その腹にパンチを3発ほど入れてやって沈黙させたが……さてさて、一体何を話しているのかな?


「……こんな所に呼び出して悪いね、早風さん」

「ん?別に?今日は暇だったから良いわよ。それに多嶋君の奢りだしね」

「そ、そうか…」

「で、話って何よ?」

「実は……早風さんに相談したいことがあって……」

「……穂波の事?」


――ブッ!!?


「し、知ってるのか?」

「……まぁね」


ンだよぅ…

多嶋の馬鹿、今度は智香に相談か?

確かに、将を欲すれば先ず馬から射よ、とか言うけど……しっかし多嶋も情けない男じゃのぅ。

ってゆーか、智香なんぞに相談したら、後々笑い話になって校内に広まると言うのにねぇ。

あの馬鹿の口は水素より軽いんだぞ。

ま、俺的には面白いから良いけどな。


「そ、そうか。早風さんが俺の気持ちに気付いているんなら早いよ。俺……榊さんの事が好きなんだ」

「……ふ~ん」


……痛いな、多嶋。

智香の馬鹿も、少し引いてるじゃんか。


「色々とアプローチしてるから、榊さんも俺の気持ちを分かってると思うけど……早風さん、彼女から何か聞いてないか?」

「へ?何も聞いてないわよ?」


……痛すぎるな、多嶋。

俺も聞いてて、少しお腹が痛くなって来たよ……笑いを堪えてるからね。


「そ、そっか。榊さん、思ったよりも鈍いのかな」

「いや、そーゆー事じゃなくて……多嶋君には可哀想だけど、穂波には既に心に決めた人がいるのよ」

「そうなのかいッ!?」


え?マジか!?

……って、まぁ薄々は分かっていたよ。

分かっていたけど、理解したくなかったんだよねぇ……

取り敢えず、可哀想な俺に乾杯ッ!!


「そーよ。穂波はその人の事で、頭がいっぱいいっぱいなの。ただでさえちょっとアレなのに……だから多嶋君の事なんか、最初から眼中に無いって感じね」


おいおい、智香もまたキッツイことを……

ってか、アレのどこがちょっとなんだ?

常に大盛りだぞ、アイツは。


「で、でも……そいつとは付き合ってないんだろ?だったら俺にもまだ脈が……」

「無理ね」


え~~無理なのかぁ……


「そ、そんな……あ、もしかしてそいつも、榊さんの事が好きとか……実は両想いとか……」

「え?あ~~う~~…何て言うのか……好きだけど好きじゃないというか……」


ふふ、正確に言えば、怖いだ。


「良く分からないけど……そいつって、誰だい?」

「ん?多嶋君も良く知ってると思うけど…」

「もしかして田中?それとも鈴木か……山田か……あ、もしかして伊藤か?」


誰だよ、そんなポピュラー奴……


「コーイチ、なんだけど」

「コーイチ?コーイチって……もしかして神代ッ!?」


もしかしなくても、俺だ。

やれやれ、現実は厳しく辛いねぇ……


「そんな馬鹿なッ!!」

「うわっ!?何よ、いきなり大きな声で…」

「だって神代は、榊さんの事は何とも思ってないって言ったぞっ!!むしろ俺に頑張れと言ったぞっ!!」


……そりゃ言うわ。

アイツを引き取ってくれるのなら、俺はサルにでも頭を下げるね。


「まぁ、コーイチだったらそう言うわねぇ」

「な、なんてこったッ!!神代の野郎……俺を騙しやがったなッ!!」


い、いやいやいや、なーんにも騙してないんじゃが……


「く、くそぅ……アイツも心の中では榊さんの事が好きだったんだなッ!!なのに俺様をけしかけて…――ハッ!?もしかしてこれは全部、神代の差し金!?俺をピエロに仕立て、自分と榊さんの仲を縮める作戦かッ!?ち、ちくしょーーーーーーッ!!謀れたッ!!」


お、面白過ぎる程はっちゃけているのぅ……

あ~しまったなぁ……何か動画的なものでも録れれば良かったなぁ……


「ちょっと多嶋君っ!!あまりコーイチを馬鹿にしないでねッ!!」


…おっ!?


「コーイチは確かに馬鹿でスケベで怠け者で性格も破綻してるけど、決して卑怯な男じゃないわッ!!」

「は、早風さん…」

「コーイチはねぇ……きっと心から多嶋君を応援したのよッ!!」


……まぁな。

しかも応援どころか、神にまで祈ったからな。


「だからそんなコーイチに対して、自分がダメだからって、そんな言い方はないでしょッ!!」


ぬ、ぬぅ…

智香のヤツ、珍しく熱くなってるにゃあ……

うむ、その熱さに免じて、特別に5点をやるか。

洸一ポイントを65550点貯めると、なんと俺様が頭を撫でてくれるんだぞ。

ちなみに現在の智香のポイントは13点だ。

うむ、頑張れ。


「そ、そうか。ごめん早風さん。俺……少し思い違いをしてたみたいだ」

「……分かれば良いのよ」

「そうだよなぁ……神代は、そんな事をする男じゃないもんな」


……当たり前だ。

穂波のいない世界へ行く、と言うのが将来の夢である俺様が、何故に貴様を利用して穂波との仲を縮めなきゃならんのか……


「しかし、そうか……榊さん、神代のことが好きなのか……」

「……」

「……良し、決めたっ!!」


え?何を?


「俺……神代と榊さんが上手く行くように、色々と頑張るよッ!!」


――ッ!!?

その瞬間、俺は背後の叢から勢い良く飛び出し、恐ろしい事を平然と言い放った多嶋の後頭部へ、クマでも殺せそうなパンチを叩き込んでやったのだった。


いやはや……

速攻で逃げたから俺と言う事はバレてないと思うけど……

多嶋の野郎、諦めが早いっちゅーねんッ!!

穂波に惚れたんなら、最後まで頑張れっちゅーねんっ!!

俺は応援を惜しまないぞ。



★5月23日(月)


本日、我が校はスポーツテストの日。

この神代洸一、普通の授業は問答無用で休む、まさに授業料をどぶに捨ててるダメ人間ではあるが、こーゆーイベント等には積極的に参加するナイスガイな一面も持ち合わせておるのだ。

ま、ウチの学校の場合、このスポーツテストで全国平均を上回る高成績を出した場合、無条件で体育成績に5が付くと言うナイスシステムを採用しているので、運動機能的に難がある奴以外は全員張り切っておるのだがね。


「うぅ~む、我ながら大したもんだ」

俺はスポーツテストの成績が記されたペラ紙を見ながら、独りごちた。

昔から、それなりに運動は得意な方ではあったが……

今回はこれまでの所、自分でも驚くぐらいの素晴らしき成績を残している。

よもや高2になって更に運動能力が発達するとは……

やはりこれは、TEP同好会での日々の鍛錬(もしくは拷問)の成果と言えるだろう。


ふむ、と言うことは、さぞかし優チャンも好成績を……

そんな事をグランドの片隅でぼんやりと考えていると、

「ん、洸一か」


「ふにゃ?」

目の前に、恐らく校内で最も運動能力、即ち脳内で運動野が極端に発達しているであろう真咲姐さんが腕を組み、僅かに首を傾げて佇んでいた。

相変わらず、世界で一番ジャージ姿が似合っている。


「そんな所でボ~と突っ立って、何をしてるんだ?」


「ん?いやなに……ちょっとこれまでの成績をな、確認していたところだ」

俺は頭を掻きながら答えた。

「真咲はどうだった?……世界記録を塗り替えたかい?」


「何を言ってるんだか…」

真咲は苦笑を零した。


ま、確かに、スポーツの世界記録は、あくまでも人間が対象だからね。

既にスーパー非人類の域にまで達している真咲姐さんには、世界記録よりも宇宙記録だもんね。

「どりどり、ちょっと見せてみろよぅ」

俺は彼女の手にしている成績表を、首を伸ばして覗き見る。

「……握力とか背筋が、計測不可って書いてあるんじゃが……」


「ん?あぁ、それは計測器が壊れて……」


……あれって壊れるモンなのか?

「懸垂も、タイムオーバーって書いてあるし…」


「ん?懸垂ぐらいは、その気になれば半日は出来るからな」


「そ、そうなんだ」

ぬぅ、真顔でそんな事を言われると……何だかこっちは恫喝されているような気分だねッ!!

理由は無いけど、思わず土下座とかしちゃいそうだよねッ!!

「100メートル走とかは……ぬぅ……真咲のお父さん、もしかしてエイ○マン?それともフ○ッシュ?」


「洸一はマニアックだな。そういうお前は……どうなんだ?見せてみろ」


「ん?ん~…」

俺は自分の記録用紙を真咲姐さんに手渡す。

彼女はざっとそれを読み流すと、

「ふむ……思ったより普通だな」


「ふ、普通?」

あれれれ?

俺的には、かなり好成績だと思うんじゃが……

こーゆー時は、宇宙規格じゃなくて一般ピープルの基準に沿って判断して欲しいよなぁ。



「さて…」

一通りテストを終え、ぶらぶらとグラウンドを歩いていると、隣のクラスにいる、俺様とはダメ人間共同体機構と言うダメ以外の何物でも無い協定を結んでいる金ちゃんと、バッタリと出くわした。


「よぅ、洸一。スポーツテスト、どうだった?」

と、気さくに声を掛けてくる、ファッションでは無くただ単に無精なだけのロン毛なマイ・フレンズ。


「ふふん、今回はかなり良いぞ。ま、あくまでも地球人類的にはな」


「はぁ?」


「それよりも、金ちゃんはどうだった?」

俺がそう尋ねると、推理小説研究会代表であらせられる金ちゃんは微かに眉根を曇らせ、

「ふ、探偵に運動神経はいらない」


「そ、そうなのか?」


「そうだ。考えてもみろよ。コ○ンボが犯人相手に大立ち回りをするか?しないだろ?」


「……いや、そもそもコロ○ボは探偵じゃねぇーし……」


「ま、そーゆーことだ、洸一」


どーゆー事かちっとも分からんが……

とにかく、さすが金ちゃんだ。

何がさすがなのかも、良く分からんがな。


「ところで洸一」

と、金ちゃんは不意に真面目な顔になると、少しだけ声を潜め、

「お前……あの小山田さん達に、何かしたのか?」


「へ?小山田さん達って……トリプルナックルの事かにゃ?」


「そうだ。彼女達、何だか知らんけどやたらお前の事を色々と尋ねて来たぞ。趣味は何なのかとか付き合ってる女の子はいるとかどーとか……」


「ぬぅ…」


「なぁ洸一。お前、彼女達に何をしたんだ?」


「ん?ん~~……別にこれといってはな。ま、強いて言うなら、モテ技会得の練習台になってもらったと言うか、テキトーに口説いてみたという感じかな?」


「また馬鹿なことを…」

金ちゃんは呆れた声を上げながら眉間に指を当てる。

「洸一に悪気は無いと思うんだが、もし彼女達に本当の事がバレてみろ……物凄いイヂメが待ってるぞ?」


「そ、そうかなぁ?」


「そうだよ。朝、学校に着いたら、上履きにみっちり粘土が詰まってらどうする?あまつさえ自分の机に花とか遺影が飾られてあるかも知れんぞ?」


そ、それは嫌だなぁ。

「でもまぁ……大丈夫だろ。俺の周りには、穂波と言う人を刺しても罪に問われないタイプの人間もいるし……ある意味、アレが充分、抑止力になっているからな」

そもそも俺は、小山田達に悪意があってあんな真似したわけじゃないし……恨まれる筋合いはないね。

多分だけど。


「……なるほどな」

金ちゃんは妙に納得した笑顔で笑った。

「そう言えば洸一。少し小耳に挟んだんだが…」


「んにゃ?なんだ?」


「お前、白凰の御子柴って奴と、モメたんだってな?」


「ほっ…」

俺は僅かに目を見開いた。

「さすが、金ちゃんは情報に敏いねぇ」


「おいおい……さすがのお前でも、今度ばかりは相手が悪いぞ」


「知ってるのか、あの野郎のこと?」


「調べてみた」

言って金ちゃんは、ジャージのポケットから愛用の黒革の手帳を取り出す。

御子柴伸爾みこしばしんじ。格闘一家で有名な御子柴3兄弟の真ン中で、白凰鶴端学園の2年。中学の時は空手のジュニア選手権も制しているし、去年のTEP格闘大会の新人王で、全国大会3位の猛者だ」


「それは知ってる」


「付いた渾名が、白凰の白い悪魔。噂によると、12機のリッ○ドム……じゃなかった、12人の不良を3分と掛らず全滅させたとか何とか……まさに化け物だね」


「けっ、それがどーした。俺はこう見えても、喜連川の特殊部隊と遣り合った男だぜ?御子柴シンジなんちゅう、昏睡状態の女の子の前でナニしちゃいそうな名前の野郎に、負けるわけがないっちゅーの」


「でも、やられたんだろ?」


「くっ……偶々な。あン時は、ちょっとお腹が痛かったんだよ」


「……」


「そんな哀れそうな顔で見るなよ、金ちゃん」

俺は友の肩を軽く叩いた。

「ところで御子柴3兄弟って……そんなに有名なのか?」


「格闘界ではな」


「格闘界かぁ。そんなディープな世界の事なんか、どーでも良いぜ」


「御子柴の両親も、空手と柔道でそれなりの選手だったみたいだ。で、一番上の御子柴沙姫は知ってるな?ウチの空手部の主将で、一番下が、今TEPの世界では期待の新人として噂されている、御子柴みなもだ。梅女に通っている一年だ」


「……それも知っている。ウチの優チャンが、闘志をボゥボゥと燃やしているからのぅ」


「なるほど。ま、ともかく相手は血統的にも生粋の格闘家と言うことは憶えて置いた方が良いぜ」


「心配御無用だぜ、金ちゃん。本気になったこの俺様の強さ……金ちゃんなら知ってるだろう?」


「いや、知らんぞ?」


「……」


しかし白凰の白い悪魔か……

ふっ、相手にとって不足無しッ!!

この俺も、この界隈ではちょっぴり赤くて3倍の憎いアンチクショウと呼ばれた男……

やつを必ず、叩きのめすッ!!

・・・

ダメだったら、その時はその時で偉大な魔女様に頼んでやるッ!!



★5月24日(火) 


今日も今日とて、格闘技の練習。

が、本日は早々に切り上げだ。

陽が赤く染まり始める頃には、練習はお終い。

もちろん、我がTEP同好会のみならず、全ての部活は終了である。

それは何故か?

答えは簡単、来週からいよいよ中間テストが始まるので、今週はテスト勉強週間として、全ての部活は短縮されているのだ。

ま、学生の本分は勉強だからそれは致し方なし。

俺にとっては本分ではないが、少しは勉強もしておかないと、夏休みとかに補習を受けるのは嫌だからね。


「さて…」

着替えを終えた俺は、優チャンと姫乃ッチに声を掛ける。

「ったく、何も大会間近にテストを行うことはねぇーのに……ま、そんな事を言っても詮無いことだけど、みんな、テスト勉強は進んでおるかね?」


「はい!!全然です!!」

優チャンが元気に答えた。


「なるほど。俺も全然だ。がははははっ……って、笑ってる場合じゃねぇーよなぁ」


「そ、そうですね」


「優チャンや姫乃ッチは、今回がウチに入学してからの初テストだけど……正直、勉強の方はどうよ?」


「……多分、大丈夫です」

と、姫乃ッチ。


…なるほど。

確かに姫乃ッチは、ある程度勉強できそう的な感じがするけど、問題はだ、

「優チャンは?」


「あぅ…」

優チャンは俯いてしまった。


ぬぅ……

確かに優チャンは、脳味噌の半分が筋肉と根性で出来ている感じがするからなぁ……

「だ、大丈夫、大丈夫」

俺は優チャンの肩を軽く叩く。

「ウチの学校のテストは、それほど厳しくないからね。取り敢えずちゃんと授業を聞いていれば、赤点は取らん。授業を聞いてない俺が言うんだから、間違いない」


「そ、そうですか。でも、もしも赤点を取ったら…」


「期末に懸ける。期末の点数との平均値が30点以上ならば、何の問題も無い」


「でもでも、期末も悪かったら……」


「その時は補習だ。補習して再テストだ」


「でもでもでも、その補習テストも悪かったら……」


「その時は夏の特別スパルタ授業で、再々テストだ」


「それもダメだったら……」


「……その時は俺に言え。職員室に忍び込んで成績を改竄してやるから。ガハハハハハッ」



いつもと変わらぬ物静かな姫乃っチと、テストが近くてちょっぴり憂鬱気味な優ちゃんと別れ、俺は帰り道をぶらぶらと歩いていた。

そしていつもの公園に差し掛かり、思わず足を止める。


「ほぅ…」

目の前に、見事な夕焼け空が広がっていた。

淡い柿色の大きな夕陽が、辺りを朱に染めながら沈み込んで行く。

何だか、郷愁を誘うような光景だ。


うぅ~む、思わず立ち止まって見惚れてしまう程の夕焼けじゃのぅ……

なんちゅうか、男の浪漫を感じさせるねッ!!

良く分からんけど……


俺は独り苦笑を溢し、ポリポリと頭を掻く。

と、何時の間にか自分のすぐ脇に、ちょぴりショートなヘアーの見知らぬ女の子がボーッと立っており、思わず、

「――ぬぉうッ!!?」

と奇妙な声を上げてしまった。


び、びっくりしたぁ……

全く気付かんかったけど……誰?

その女の子――俺の直ぐ隣でボーッとまるで夕陽を神の如く見上げている少女は、梅女の制服を着ていた。

あどけない横顔……と言うか、かなり幼い感じがする。

背も小さくて、優ちゃんとラピスの中間ぐらい、俺様アイの計測したところ150センチあるかないかぐらいだ。

梅女の制服を着ているから、最低でも俺より一つ下だとは思うが……

もし赤いランドセルを背負っていても、殆ど違和感は感じないであろう。

もちろんの事ながら、全く面識は無い。


ぬぅ……

しかし、なんか不思議な娘だなぁ……

興味を惹いたのは、その瞳だ。

なんだかちょっと、良く言えば不思議……悪く言えばアレな人の目つき。

ボーッとしていると言うか、僕の知らない世界かはたまた別次元を見ているというか……

ともかく、ちょいとこの辺りでは見掛けない女の子だ。

うぅ~む、雰囲気的にはのどかさんにラピスと跡部を足した感じだが……何してるんじゃろ?

思わず、彼女の横顔をジィ~と見つめてしまう。

と、その少女は俺の視線に気付いたのか、ゆっくりと振り向き、小首を傾げながらその不思議な瞳で俺を見つめ返して来た。


おっとっとっ……俺様としたことが、ついつい凝視を……

さすがにちょいと、恥ずかしい。

ってか、怪しいだろ。

無言で見つめるって、どこの不審者だよ、俺は。

取り敢えず俺は

「ガハハハハハハハハハッ!!」

笑って誤魔化す事にした。


「……」

女の子は更に首を傾げる。


ぬ、ぬぅぅ…

「あ~~…お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは何をしているのかな?待ち合わせ?それとも……迷子?」


「……」


ぬぬぬぅ…

「あ~う~…えと、その……」


「……夕焼け」

その女の子はポツリと呟き、また夕焼け空に視線を戻した。


「夕焼け……そっか、夕焼け空を見てたんだね。うん」


「……オレンジ」


「うむ、オレンジ色じゃのぅ」


「……カラス」


「うむ、カラスも飛んでおるのぅ」


「……今日の晩御飯はカレーライス」


「なるほど。全く分からんが……もしかして君、詩人?」

なんて事を言いながら戸惑っていると、どこからともなくタッタッタッと軽快な足音が響いてきた。

刹那、背中方面に戦慄みたいなものが走る。

―――ハッ!?しばかれる予感がするッ!!?

慌てて振り返る俺。

と、目の前に飛び込んで来たのは、綺麗な手の平だった。



グンッと迫る白くて小さな手の平。

そして響く、既に聞き慣れたどころか深層意識にまで刷り込まれた、

「この馬鹿洸一ーーーーーーーッ!!」

と言う、野蛮人の怒声。


「プロォォォォーーーッ!!!?」

俺は吹っ飛ばされ、地面をゴロゴロと砂煙を上げて転がった。

「な…なにしやがるまどかッ!!」

そしてすぐに復活。

既に殴られるのにも慣れているので、蘇るのも早いのだ。


「お黙り洸一ッ!!」


いょーーーーーーーし、俺は寛大だし、ここは黙ってやるかなッ。

って、そうじゃなくて……

「ば、馬鹿野郎ッ!!ワケも分からず殴られて、何で俺が黙らなくちゃならねぇーんだよッ!!」


「うっさいッ!!ウチのみなもにまで声を掛けて……どう見てもナンパしてたじゃないのッ!!このロリコンッ!!」


お、おいおい……

「ア、アホかッ!?ちょっと話をしてただけじゃねぇーかッ!!異星の鬼娘だって、もうちょっと考えてから電撃を出すぜッ!!」


「大丈夫、みなも?あの馬鹿に変なことされてない?」

まどかは俺様をまったく無視していた。

な、泣けるほどムカツク……

しかしあの童女、みなもチャンと言うのか……

ふむ、みなもねぇ……

はて?どこかで聞いたような…


「いいこと、みなも。あの馬鹿とは喋っちゃ駄目よ?あの馬鹿と喋ると、妊娠しちゃうかも知れないからね」


ぬぉーーーーいッ!?

「馬鹿言うなッ!!この硬派と呼ばれた俺が、そんな事するかっちゅーねんッ!!」

ってゆーか、喋っただけで妊娠って……俺は子作り祈願の神様か?


「ふん、何が硬派よ。アンタは見かけ以上にスケベじゃないの」

まどかがプゥ~と頬を膨らませ、俺を睨み付ける。


「どこがやねんッ!?俺ほど男女のそー言った事に関してストイックな男はいねぇーぜッ!!」


「あっそう?ふ~ん、いきなり人の唇を奪ったクセに……」


――くはッ!?

「と、時にはそーゆーこともあるッ!!」


「ふ~ん、時にはねぇ…」


チッ、まどかの野郎……

まだ土曜日の事を根に持っているのか?

あれは全て、のどかさんの所為なのに……

「あ~~…それよりも、まどか。その妙にちんまりとした女の子は……後輩か?」


「そーよ」

まどかは何故か誇らしげに言った。

「我が梅女の格闘技倶楽部の誇る、期待の新人よ」


期待の新人?

「――ぬぉッ!?と言うことは、彼女があの……」


「そう。御子柴みなもよ」


ぬ、ぬぅ…

御子柴みなも……

我が怨敵、既に『少年Aと呼ばれる内に殺ってしまおうリスト』の筆頭に書かれている、あの白凰のクソ野郎の妹……

・・・

全然、似てねぇ。

むしろ小さくて、ちょいと不思議で可愛い。

こーゆー女の子ならば、是非とも我が妹としてお家に連れ帰って育ててしまいたい。

そんなヤバい衝動に駆られてしまう。

「そっか。あの野郎の妹か」

俺は小さく頷き、腰を屈めて、みなもチャンなる女の子を見つめた。

「あ~~…みなもチャン?一つ言っておくぞ?」


「……」(コクン)


「君のお兄さんは、一言で言うとウンコだ。二言で言うと排泄物だ」


「ちょっと洸一ッ!!なんて事を言うのよっ!!」

まどかがフンガーと吼えた。


「い、いやだって……ここはありのままを言うべきかと……」


「ったく、この馬鹿は…」

まどかはブツブツと文句を溢しながら、みなもチャンとやらの肩に手を回し、

「みなも。この馬鹿の言う事は真に受けちゃダメよ?馬鹿は伝染うつるからね」


「……主将」

みなもチャンはポツリと呟いた。

背も小さいけど、声もまた小さめだ。

「この人……誰?」


「へ?あぁ、単なる馬鹿よ。春先に多いの」


「ぬぉーーーーいッ!!返す返すも無礼なヤツめッ!!」

俺はまどかを睨み付け、それからみなもチャンにはまるで大黒様かと言わんぐらいにニッコリと微笑み、

「俺の名前は、神代洸一だ。この界隈では狂犬とか野獣とか第六天魔王とか呼ばれてるけど、全然そんな事は感じさせないフェミニストのナイスガイなのさ」


「……」

みなもチャンはジィーッと、その何かを超越しているような瞳で俺を見つめていると、不意に顔を上げるや、まどかに向かって、

「主将……の恋人?」


「へッ!?ちち、違うわよッ!!?」

まどかは妙に慌てたように手をぶんぶんと振った。

「な、なんで私が洸一なんかと……誤解も甚だしいわッ!!ね、そうでしょ洸一?」


「ふっ、当たり前だな」


「なんですってッ!!」


な、何故に怒る???

「ま、まぁ……なんだ、まどかとは友達と言うか……分かり易く言えば、かなり親しい部類に入る友達と言う感じ。分かったかな、みなもチャン?」


「……強い?」


「は?」

俺はまどかと顔を見合わせた。

「強いって……俺の事?」


「……うん」


「まぁ、この辺りでは敵無しだな。ノロイと呼ばれた俺様にしてみれば、この辺りの馬鹿どもは所詮ネズミと同じよ。尻尾を立てようが敵じゃねぇーぜっ!!がははははははははッ!!」


「……」

みなもチャンはスッと手を差し伸べてきた。

ふにゃ?

友達になろうよ、の握手かな?

俺も思わず手を伸ばす。

と、まどかがいきなり叫んだ。

「――ダ、ダメよ洸一ッ!!?」


「へ?何が?」

俺の手は既にみなもチャンの小さな手を握り締めていた。

そしてその瞬間、世界が回ったのだった。



御子柴のみなもチャンの、小さな、本当に小さな手を握った瞬間、何をどうしたのか俺の体はまるで無重力状態の如くフワリと浮かんだ。

体を包む奇妙な浮遊感。

そして目の前で回る世界。


こ、この感覚は……

それはついこの間味わったばかりの、嫌な感覚だった。

そう、神代洸一、痛恨の記憶……

あの時――御子柴の野郎の差し伸べてきた手を握った瞬間、これと同じような感覚を味わい、俺は不様に地面に叩き付けられた。

完膚なきまでに、打ち負かされた。

そしてまた今日、俺は同じような目に……

以前と同様、またまどかの見ている前でだっ!!


――く、くそったれがーーーーーーーーーッ!!

ブッチンと音を立て、脳の中で何かが弾き切れた。

二度も同じ手を食らうかよッ!!

宙に投げ飛ばされている俺は強引に身を捻って握っている手を振り解くや、そのまま団子虫のように体を折畳んで辛うじて着地。

そして間髪入れずに地を滑るように彼奴との間合いを詰め、その足を払うかのごとく水平蹴り。

もちろんこの程度の攻撃、彼奴は軽く飛び上がって難無く躱す。

――はっ!!読み通りだぜッ!!

飛び上がった彼奴の胸元へ向かって、高速の掌底突き。

無防備なクソ野郎は軽やかに吹っ飛んだ。

勝機ッ!!マウントを取ってタコ殴りにしてやるッ!!

吹っ飛び、コロンと地面に転がっている彼奴に止めを刺そうと俺は襲い掛かるが……

「――ぬぉッ!!?」

視界に入るは、捲れ上がったスカートに可愛いウサちゃんのイラストがプリントされたパンティー。


あ?あれれれ?

ふと我に返ると同時に、

「馬鹿洸一ーーーーーーーーッ!!」

お約束の言葉と共に俺は後頭部を殴られ、次はト○ーダー分岐点、と言わんぐらいに吹っ飛ばされて公園の大木に頭からダイレクトにダイブした。


「ぐ、ぐぉぉぅ……あ、頭が割れるぅぅ」


「この馬鹿ッ!!みなものお茶目になに本気出してるのよッ!!」


「……へ?」

頭を擦りながら振り返ると、まどかが倒れているみなもチャンを引き起こし、スカートに着いた汚れを払ってやっている所だった。


「――ぬおぅッ!!?」

な、なんたる失態ッ!!

この超硬派、超フェミニストの俺様が、こともあろうに婦女子、と言うか幼女に向かって手を上げるとはッ!!

意識が軽やかに吹っ飛んでいたとは言え、これは決して許されない暴挙だッ!!

「う、うわぁぁーーーんッ!!ごごごごゴメンよぅ」

俺は慌ててみなもチャンに駆け寄った。

「だ、大丈夫か?どこか怪我してないか?痛いところはないか?」


「……大丈夫」

みなもチャンは呟くようにそう言った。


「そ、そうか。それは良かった」

ホッと安堵の息が漏れる。

このような童女に怪我をさせたとあっては、神代家末代までの恥になるところだった。

「いや、しかし本当にゴメンなぁ。突然のことで、お兄さん、体が過剰に反応しちゃったよ」


「本当にこの馬鹿は……いくらキレたからって、少しは手加減しなさいよ」

と、まどかが唇を尖らす。


「う、うるせーよ」

俺はそんな彼女をジロリと一瞥するが、

「ん?」

みなもチャンが俺の制服の袖を摘み、クイクイッと引っ張った。

「ど、どうしたのかぁ?」


「……強い」

みなもチャンはそう言って、ニコッと微笑んだ。

天使の笑みだ。

「お兄ちゃんより……強い」


「お、お兄ちゃん?お兄ちゃんって……あのクソ野郎のことか?」


「うん。クソ野郎のこと」

みなもチャンはあっけらかんと言う。


「そ、そうか。あの野郎より俺様の方が強いか…」

ぬぅ、何て素直で可愛い娘なんじゃろう。

今すぐに彼女を小脇に抱え、お家に連れて帰りたい衝動に駆られる。

もちろん、そんな事をすれば犯罪だ。

未成年者略取誘拐だ。

だけどせめて、彼女の頭を撫でてその柔らかそうなほっぺをプニプニするぐらいは……


「ちょっと洸一。アンタ何しようとしてるのよぅ」


「へ?い、いや別に…ちょっと……」

まどかの不機嫌な声に、俺は慌てて手を引っ込めた。

むぅ……

「あ、みなもチャン。もし良かったら、今から何か甘い物でも食べに行かないか?さっきのお詫びに、俺様が奢ってやるんじゃが……」


「甘いもの?」

みなもチャンの目がキュピーンと光った。

「……ケーキ?」


「おう。ケーキだろうがドーナツだろうがクレープだろうが、この兄……じゃなかった、心優しきナイスガイの洸一様が、腹一杯食べさせてやろう」


「……行く」

みなもチャンは笑顔を零し、俺の制服の裾をキュッと掴んだ。


ぬ、ぬぅ…

何てあどけないんだろう。

素直だし可愛いし小さいし……って言うか、とても高校生には見えないが……


「ちょっと洸一ッ!!なに鼻の下を伸ばしてるのよぅぅぅ」


「へ?い、いや別に俺は……」


「それよりも早く行くわよッ!!」

まどかは怒鳴りながら、みなもチャンの手をキュッと握り締め、

「この先にクロクロバーって美味しいケーキ屋さんがあるの。そこのチーズケーキが逸品なの。そこへ行くわよ」


「うわぁーい♪」

と、嬉しそうにみなもチャン。


俺も同じく、違う意味で、

「うわぁーい」

と声を上げた。

「おいおいおーーーい、何故にお前が仕切る?って言うか、俺はみなもチャンに奢ろうと…」


「あん?何か言った?」


「うぅん」

俺は高速で首を横に振った。

「なにも言ってないよぅ。取り敢えず、そこでオヤツを食べようか」

ま、そんなこんなで、何故かまどかにまでケーキを奢る羽目になったが……

しかし、みなもチャンか。

彼女があの御子柴の妹だとは、とても信じられん。

それに優チャンのライバルというのも、今一つ実感できない。

まどかが言うには、あの糞野郎よりも、実力も潜在能力も上だと言うが……

うむぅ、あんなに幼くて可愛いのにのぅ。

・・・

って言うか、本当に彼女、高1か?

ロリな兄さん大喜びな風貌なんじゃが……

ちなみに俺は、違うぞ。



★5月25日(水)


いつものように授業の終わり間近に目が覚め、臨席の美佳心チンに厭味交じりのお小言を頂戴しながらテスト範囲などを聞き出した放課後、俺はぶらぶらと社へ向かって裏山の石段を上っていた。

境内の方からは、いつものようにズドバンッと景気の良い破壊音が響いて来ている。


「うぅ~む、優ちゃんは今日も張り切っておりますなぁ」

俺は一人感心して頷きながらも、

「でもなぁ……テスト勉強の方は良いんじゃろうか?」

ちと心配だ。

優チャンの成績がどの程度かは知らないが、どうも彼女は頭脳の回路的に、少々難があるような気がする。

格闘技の練習も大切だけど、少しは勉強しないと……

「ま、俺も人のことは言えないがな」

そんな事を呟き、社の裏へ回る。

ズドバンッと、優チャンがサンドバッグ相手に、何か恨みであるかのような蹴りを放っていた。

そのすぐ近くでは、テスト勉強だろうか姫乃ッチが教科書を広げ、一人黙々とそれ読み耽っている。


「……よぅ」

気さくに声をかける俺。


「あ、先輩♪」

「神代さん。こんにちはです」

優ちゃんと姫乃ッチが、手を休めて笑顔を向けてきた。


「うむ、二人とも相変わらず可愛いのぅ。がははははははッ!!」


「あ、あぅ……神代先輩、今日は何だかご機嫌ですね」


「ん?いつも通りだと思うが…」

俺は優チャンに笑いかけながら、社の縁へと腰を下ろし、鞄から教科書を取り出した。

既に2年になって一ヶ月も経とうと言うのに、何故か折り目すら無い真新しい教科書だ。

我ながら、実に天晴れな感じである。

さて、取り敢えずテスト範囲だけでも確認しておかないと……


「あのぅ……先輩?」


「んにゃ?」

顔を上げると、優チャンがどこか不安そうな表情で俺を覗き込んでいた。

「どうした?」


「今日は……練習しないんですか?」


「ん~~……後で軽く体を動かそうとは思うけど、それよりも先ずはテスト勉強をしておかないとな」


「そ、そうなんですか…」


「優チャンも、練習も大切だけど少しは勉強しておかないと、後々大変なことになるぞよ?実際、大変なことになった俺が言うのだから、間違いない」


「う~~……分かってはいるんですが、私、あまり頭が良くないから……」


「心配するな。物凄く頭が良くない俺でも進級は出来たんだ。優チャンなら、少し勉強すれば充分さ」


「そ、そんな事はないですよぅ。それに神代先輩は、前の期末テストで学年2番を取ったって…」


「……何故にそれを?」


「え?二荒先輩がそう言ってましたけど?」


ぬぅ…

何故に他クラスの真咲姐さんがその事を知っているのだ?

って言うか、あれは単に美佳心チンのテスト用紙を盗み見しただけなんじゃがのぅ。

しかも職員室に忍び込んでな。

「ま、まぁ……あれは偶々だ。切羽詰った状況で、偶々超神秘的に脳が活性化されただけの話だ。俺の実力じゃねぇーよ」

本当に実力じゃないしね。

「ま、何にせよ、少しは勉強もしておいた方が良いぜ」


「は、はい。分かりました」

優チャンはにこやかに頷く。


うむ、大変素直でよろしい。

「あ、そう言えば優チャン。俺……昨日さ、御子柴のみなもチャンに出会ったぜ」


「……はい?」

優チャンは笑顔のまま、固まった。

「御子柴みなもサンに……会ったんですか?どこでですか?どうしてですか?」

そして同じく笑顔のまま、ズイズイと詰め寄ってくる。

ちと怖い。


「い、いや……学校の帰りに、いつも通る公園で……」


「公園で……みなもサン、何をしてたんですか?」


「な、なにって……夕焼け空を眺めていたぞよ。ちょっとアカン子のように」


「夕焼けを」


「うん。って言うか優チャン、笑顔なんだけど目がマジな感じがして怖いんじゃが……」


「怖くありませんッ」

優チャンはニコニコ笑顔でガォウと吼えた。


ぬ、ぬぅ…

みなもチャンの名前を出した途端に、性格までもが変わったような……


「それで?それで先輩はどうしたんですか?なぜ夕焼けを眺めていた彼女を、御子柴みなもサンだと分かったんですか?」


「え?そ、それはそのぅ……ちょいと声を掛けて……」

俺はビクビクと答えながら、彼女の鋭い視線から逃れるように教科書に目を落とすが、

「……声を掛けた?」

優チャンはそう言って、俺の教科書を取り上げた。

「いきなり、見知らぬ女の子に声を掛けたんですか?」


「う、うん。何となく気になって…」


「――気になってっ!!?」


「う、うん。あ、あのぅ……そんな事よりも僕の教科書、なんかいきなり真っ二つに裂けちゃっているんじゃが……」


「そんなことはどーでも良いんですッ!!」


「い、いや……良くはねぇーだろ?」


「神代先輩……見損ないましたッ!!みなもサンの色香に惑わされるなんて……この軟弱者ッ!!」


「そ、そんな金髪さんみたいな台詞を吐かれても困るんじゃが……それにそもそも、みなもチャンに色香なんてモノは存在しないような気が……」


「神代先輩ッ!!」

優チャンはいきなり俺の両肩を掴み、

「彼女は私のライバルですッ!!先輩にとっても、宿敵の妹なんですよッ!!」


「お、落ち着け優チャン」


「落ち着けません、勝つまではッ!!」


「あ、あらまぁ…」


「だいたい神代先輩は、可愛い女の子に甘過ぎますッ!!まどかさんがいつも怒ってるのも無理ないですッ!!」


「いや、アイツの場合は単なるカルシウム欠乏症だろう。それにだ、昨日はそのまどかも一緒だったんじゃが……」


「――まどかさんもッ!!?」


「う、うん。まぁ……色々とあって、何故かケーキを10個も奢らされたが……」


「……」


「あ、あのぅ……優チャン?何か顔が仁王様みたいになってるんじゃが……少し落ち着け。みなもチャンはまどかの学校の後輩だし、だから一緒にいて可愛がるのも道理と言うか……だけど決して優チャンを蔑ろにしているわけじゃないんだよ?ただね、優チャンもまどかにとっては可愛い後輩だけど、みなもチャンは同じ部活なワケだし……」


「ちくしょーーーーーーーーーッ!!」


「お、おやまぁ。全然僕の話を聞いてないね」

俺は泣きそうな顔で姫乃ッチに助けを求める。

「ひ、姫乃ッチ。君からも、優チャンに何か言ってあげてよぅ」


「……私もケーキ、食べたいです」


「ギャフン」


その後、何だか精神が遠い世界へ旅立っちゃった優チャンを宥めつつ、姫乃ッチを交えて3人でケーキを食べに行った。

もちろん、何故か俺様の奢りだ。

しかし優チャンが、あそこまでみなもチャンに敵愾心を燃やしているとは……

あの二人の間に、何かあったのだろうか?

もしかしてもしかすると、俺と糞野郎である御子柴との間みたいに、何か心に期するイベントがあったとか……

うぅ~む、分からん。

あのポヤーンとしているみなもチャンが、優チャンに酷い事するとは思えないし、優ちゃんもまた然りだ。

今度まどかにでも、聞いてみるかな?





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