表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺様日記~魔界行~  作者: 清野詠一
13/27

恋の呪文と問われて直ぐに答えが出る人はマニアです



★5月19日(木)


「ぬぅ…」

とある休み時間……

朝、HRの時間に配られたプリントを前に、少し思案の洸一チン。

進路希望の調査用紙……

なるほど、俺様も高校2年、少しは真面目に将来の事を考えなければならない時が来たという感じだが……

「なぁなぁ、美佳心チン」

俺は臨席の、以前、将来の夢は博士とアホな子のようにのたまわった委員長様に声を掛ける。

「進路希望……何て書いた?」


「あん?」

本を読んでいた我がクラスの委員長様は、面倒臭げに振り向いた。

「なんや、まだ提出してないんか。相変わらず、しょーもない事で悩んでからに……希望だから、テキトーに書けばエエやんけ」


「何を言うか。こーゆーモンは、もっと慎重に考えるべきだと……」


「あくまでも希望調査やろーが。三者面談やあるまいし……」

言って美佳心チンはヤレヤレと溜息を吐いた。


「むぅぅ……で、何て書いたんだ?」


「あん?取り敢えずウチは、東京大学の理Ⅰ類か理Ⅱ類、それか文Ⅰ類と書いたな」

美佳心チンは日本の最高峰に挑むみたいだ。


「……果てしなく大きい希望だね」


「は、アホか。ウチなら余裕なんやで?」


「なるほど。俺もそう書こうかなぁ……」


「あぁん?」

美佳心チンが凄い目で睨んで来た。

「洸一クンや……舐めたらアカンぜよッ!!」


くっ、怖い……

「だ、だってだって、さっき希望だからテキトーに書けって…」


「アホか。テキトーにと言うたけど、冗談を書けとは言わなかったで?そもそも洸一クンが大学に行きたいなんて……何て大それた発言や。臍で茶が沸くわッ!!」


「ひ、酷ぇ…」


「酷くない。だいたいや、大学に行きたいんなら、もうちっと普段から真面目に勉強せーや」


「いや、俺様ほどのナイスガイ、どこぞの大学が特別推薦とかで拾ってくれはしまいかと……」


「妄想は布団の中だけにしーや」

と、美佳心チンはここぞとばかりに俺様に説教を垂れる。

しかも言う事がかなりもっともな事なので、何も言い返すことが出来ない。

洸一チン、哀れなりける。


うぅ~む、しかし大学か……

もうそんなに先の話じゃねぇーし、これは少し、俺も真面目に考えないと……

・・・

真面目に考えると、知恵熱が出てしまうんじゃがな。

と、美佳心チンにブーブー言われながら思案してると、

「ねぇねぇ、何の話してるの?」

大学どころか明日さえ定かでない可哀相な穂波が、チョコチョコと俺様の机の前にやって来た


「ん?進路希望の事だよ…」

俺は答える。

「穂波。お前は何て書いた?」


「え?私?えへへ~……え~とねぇ、第3希望が白凰大の商学部」


「白凰…」

一瞬、嫌な野郎の顔が浮かぶ。

「なるほど、白凰か。でもあそこって、それなりに偏差値が……」


「いいモン、頑張るモン」


「……で、次は?」


「第2希望が、喜連川大の文学部」


「喜連川大……」

そう言えば以前、のどかさんに進路をそれとなく尋ねたら、喜連川大学の神秘学部・西洋魔術専攻科と、ダン○ルドア先生も腰を抜かすようなお言葉を戴いたが……

なるほど、喜連川大学か……俺も行こうかな?

ちなみに現在、喜連川大学には、神秘学部なんてモノは存在しない。

来年、出来るそーだ。

文部科学省が、よく認可したもんだ。

「なるほど。で、本命は?」


「決まってるよぅ」

穂波がニコニコッと、無気味に笑った。

「洸一っちゃんと同じ学校って書いたよぅぅぅ……うひっ♪」


うむ、アカン子じゃのぅ……


「で、そーゆー洸一っちゃんは、何て書いたの?」


「……取り合えず、東京大学の理Ⅰ類を……」

言った瞬間、美佳心チンに頭を叩かれた。


しかし大学ねぇ……

どうしよっかなぁ?

別に、どうしても行きたい、と思ってるワケじゃないし……

かと言って、卒業してすぐ働くってのも、何だか世間が狭くなるようで、なんだかなぁ~と言う感じだし……

うぅ~む、悩んだ時は、カウンセリングの先生のところにでも行って来るかな?

・・・

ウチの学校にそんな先生はいないけどなッ!!



★5月20日(金)


今日は雨。

まるで細い銀の針の如く降り頻る雨を教室から眺め、俺は溜息を混じりに呟く。

「今日の練習は、お休みかぁ」

数ある武道系クラブの中で、雨が降るとお休みになる部活は、我がTEP同好会ぐらいなものだろう。

筋トレする場所すら確保できないとは……実に哀れだ。


ま、そんな事は今更言っても、詮無い事なんじゃが……

俺は窓から離れ、頭を掻きながら室内を見渡す。

教室内は、なんとな~く、少し殺気走った雰囲気に包まれていた。

男子生徒が物も言わず、ただ黙ってジッと座っている。

異様な緊張感……

女の子の姿はない。


やれやれ……

廊下から僅かに漂ってくる甘い香りに、俺は苦笑を溢した。

女子は本日、調理実習でクッキーを焼くとの事だ。

穂波が朝、そう言っていた。

そして教室で、ただ黙って待つ男子の姿……

焼き立てのクッキーを貰うと言う、バレンタインデーにも引けを取らない、男子のモテ度を測るだけの非情なスクールイベント。

甘く切なく、そして人によっては残酷な現実。

女の子にどれだけクッキーを貰えるか、ただそれだけで男としての格、サルの如きクラス内の序列が定まってしまうと言っても過言ではないだろう。

故に男達は皆、緊張している。

無論、俺様は違う。

その辺のしょっぱい野郎どもと違い、既にクラス内で腫れ物に近い地位を確立しているナイスガイであるからにして、クッキーがどうのこうの……実にアホらしい。

アホらしいが……

そこはそれ、男はプライドで生きているようなもんだ。

こんな事で男の優劣は競いたくはないが、他の男子から嫉妬されるのも、また一興。

如何に俺様がモテるか……見せ付けるのも悪くはないだろう。

・・・

でも、貰えなかったらどうしよう?

いやいや、そんな事はねぇ……

無いと思うが……少し不安かな?


なーんて事を考えている内に、廊下から女の子達のワイワイとはしゃいだ声が響いてきた。

そして教室の扉が開き、

「こここここ洸一っちゅわーーーーーーんッ♪」

ヤバイ生物が入って来た。

「クッキー、焼けたよぅ♪」


うへぇ…

と思いながらも、他の男子の殺気走った視線が、少し気持ち良い。

誇り高い俺様としては、今日に限っては穂波を少し誉めてやろう。

「ンだよぅ…」


「はい、ほなみん特製クッキーだよぅ」

穂波はニコニコと、いつにも増して何か異様に輝いた瞳で俺を見つめている。

「暖かい内に食べてよぅぅぅ」


「お、おう…」

手渡されたピンクの包みを開けると、仄かに香る甘い香り。

丸やら四角やら、薄茶色のクッキーがゴロゴロと入っている。

実に美味そうだ……見た目は。


さて……

クッキーを貰うと言うイベントは、終了した。

正直な話、俺は食いたい為に貰ったのではない。

あくまでも、プライドを保つためだ。

そしてそのプライドが保たれた今、俺の手の中にあるこいつは……危険物と同じだ。

「多嶋ッ!!」


「なんだよ…」

本命の穂波からは貰えず、クラス内の二級線女子から山ほどクッキーを貰っている多嶋は、ブン殴りたくなるような嫌な顔で振り返る。


「……ほれ」

俺は穂波のクッキーを一摘み、放り投げる。

――パクッ!!!

多嶋は華麗に宙を舞いながら口でキャッチ。

まるで盗賊カモメのようだ。

「……どうだ?美味いか?」


「……」

多嶋は満足そうな顔でグッと親指を突き立て、そしてそのまま、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。

いきなりオブジェだ。

うむ、やはり致死性の毒物が混入されていたか……


「ぶぅぅ……酷いよぅ、洸一っちゃん」


「たわけーーーーッ!!酷いのは貴様だろーがッ!!」


「なによぅ、ちょっと痺れ薬を入れただけなのにぃ」

穂波は唇を尖らせ文句を言うが、『バター+卵+砂糖+小麦粉+薬物=台無し』と言う公式が目の前で成り立った以上、何がちょっとなのか、僕には全く分からないや。


「ったく…」

取り敢えず、例え危険物でもその辺に捨てるのは忍びない、と言うか他の人に迷惑なので、穂波クッキー(食べられません)を鞄の中に仕舞っていると、

「洸一君や」


「ん?」

委員長が、水色の包みを放って寄越して来た。


「伏原美佳心謹製のクッキーや。有難く召し上がるんやで」


「お、サンキュー」

と、包みを受け取り礼を述べる。

うむぅ……

かようなイベント何ぞは、鼻先で笑っているだろうと思っていた美佳心チンからクッキーを貰えるとは……これは純粋にちょいと嬉しい。

しかも彼女の手作りの品を食べるのは、これが生まれて初めてだ。

美佳心チンは洋菓子の本場、神戸生まれだし……

何より、才女だ。

きっとクッキーも、飛びっ切り美味いのだろう。


「では、早速……」

俺は包みを開ける。

やや濃い目の星型をした茶色のクッキーだ。

まるで某スタンド使い一族のアザのような型をしているそれは、ちょっと独特の香りがした。

「……紅茶クッキーかな?」


「食べてみぃ」

美佳心チンはキシシシと笑った。


……何故だか分からんが、洸一ちょっと不安。

俺はクッキーを一つ、パクリと口の中へ放り込む。

「モグモグモグ……ん?んん?これは……まさか味噌?」


「へ?な、何で分かったんや?」

美佳心チンは驚きの声をあげた。

「隠し味に味噌を入れたんや。洸一君や……顔に似合わず、明敏な味覚を持ってるやないけ」


「ま、まぁな」

俺は笑顔で頷くが……

隠し味?

お、おかしいなぁ?

隠し味なのに、味覚の最前線に投入されていたぞよ。

食った瞬間、味噌汁みたいな味が口の中に広がったもん。

思わず御飯が欲しくなってしまったわい。


ま、そんなこんなで、どーゆー風の吹き回しか、その後、トリプルナックルの面々にもクッキーを戴いた。

長坂のクッキーは、実に普通な感じで……跡部のクッキーは、味はともかくジャム入りのちょっと凝った感じのクッキーだった。

そして何より驚いたのは、あのツインテール小山田のクッキーが、一番美味かったのだ。

どうやら性格と料理の腕は、あまり関係が無いらしいと言う事が身を以って分かった。

よく考えれば、穂波は心が病んでるけど料理の腕はピカ一だもんな。

ただ作る物の半数にトラップが仕掛けられているのが致命的だが……



★5月21日(土)『燃えろ洸一』


今日は土曜日。

つまりは半ドン。

授業後、いつもの角店で俺様大好きメニューの上位にランクされている鳥唐海苔弁当(タルタルソース付き)を買い、裏山の神社で味わう事無くそれを掻っ込み、そして練習。

筋トレの後にサンドバッグを一心不乱に叩く。

調子は良い……

のどかさんの催眠術によって潜在能力が解放された俺は……今ままでの貧弱な洸一様とは、一味どころか味覚そのものが違うのだッ!!

良く分からんが、そうなのだッ!!


「ハァハァ」

やってやる……

鍛えて……鍛え捲くって、あの野郎をしばき倒してやる……


「……先輩?」


「ハァハァハァ…――ん?」

荒い呼吸のまま振り返ると、優ちゃんと姫乃ッチが、ちょっと不思議そうな顔で俺を見つめていた。

「ど、どうした?」


「い、いえ…」

と優チャン。

「ただ先輩、一昨日あたりから、妙に気合が入っていると言うか……」

姫乃ッチも無言で頷く。


俺は呼吸を整えるように大きく息を吐き出し、

「まぁ……なんだ、色々あってな」


「色々ですか?」


「……簡単に言えば、ようやく俺は、戦う理由と言うやつを見つけたって事さ」

正確に言えば、単なる個人的復讐なんだがね。

それでも理由は理由だ。


「そ、そうなんですか……」

何の事だか分からない、と思うが、優チャンはそれでも笑顔で頷いた。

そしてちょっとだけ驚いたように、

「先輩、体の動きが前とは段違いです。かなりレベルアップしてますよ」


「だろ?」

俺はフフーンと笑みを溢した。

「ま、眠っていた獅子が目覚めたと言うか、地域最強と呼ばれた俺様がガチでやる気になれば、あっ言う間にこのぐらいの高みには昇れるのさ」

ま、本当はのどかさんマジックのお陰なんじゃがね。


「さすが先輩です。その……良かったら、少し手合わせしてみませんか?」


手合わせ……

優ちゃんとスパーリングかぁ。

暫し考え、俺は苦笑を溢しながら首を横に振った。

「いやいや、今日の所は俺は一人でやるよ」


「そ、そうですか…」

優チャンは少し残念そうだ。


むぅ……許せ、優チャン。

いくら強くなったとは言え、まだまだ俺様のレベルでは、君の練習相手は務まらないだろう。

普段は根拠の無い自信に裏打ちされている俺様ではあるが、そこまで無謀ではないし、自惚れてもいない。

優チャンに比べたら、俺なんて本当にまだまだ……

世紀末暗殺拳の兄弟で例えたら、優ちゃんが長兄なら俺なんてせいぜい途中で破門された「キム」ぐらいのレベルだよ。


「ま、そーゆーこった」

俺は呟き、再びサンドバッグを叩く。

優チャンは優チャンで、姫乃ッチを相手に練習を再開するが、ふと耳を済ませば、社の階段方面から、ワイワイギャーギャーと聞き慣れた声。

どうやら本日は、ゴッドハンドの持ち主、既に強さは野菜星人並と言う人類の規格から外れている闘神様が二人、御降臨あそばされたようだ。

ふむ……

丁度良いや、まどかにあの野郎のことを、もう少し詳しく聞いておくか……


「ほぅ……良い音を出していると思ったら、洸一か。……うん、気合が入っているな」

いつもと変わらない空手着姿の真咲姐さんがヒョイと顔を出し、些か驚いた声を上げた。

もちろんまどかもいるが、彼女はちょっとだけ気まずそうな顔で、

「洸一……もう大丈夫なの?」


「……ん?」

サンドバッグを叩いている手を休め、俺は彼女達に振り向く。

「大丈夫って、何がだ?」


「ん?ん~~……ほら、この間のこと……」

まどかは俺様のプライドに慮ってか、言葉を濁しながらそう尋ねてきた。

彼女は彼女なりに、天晴れなぐらいに叩きのめされた俺の事を気にしているのだろう。


「あぁ……あの事か。あんな事ぐらい、どーって事はねぇ」


「そ、そう?」


「……ただ、遂に俺様は本気になっちまったがな」

フッと不敵な笑みを溢す。

と、真咲が気になったのか、まどかに向かって、

「一体、何の話だ?」


「ん?ん~~……ちょっと……」

まどかは複雑そうに笑みを浮かべた。

どうやら、俺様とあの野郎の事は、誰にも話してないらしい。


「なに、大した事じゃねぇーよ」

と、代わりに俺が口を開く。

そして少し自嘲気味に、

「ついこの間な、ちょっとした喧嘩で、為す術なく俺様がボコボコにされたのよ。フッ……神代洸一、一生の不覚だぜ」


「ほぅ…」

真咲姐さんの目が細まった。

「誰にやられたんだ洸一?貴様の代わりに、私がそいつを粉微塵にしてやろう」


ぬ、ぬぅ……

「い、いや、真咲がそう言うと、とても冗談には聞こえないような……」


「冗談ではないぞ?」


それは尚更ダメでしょう……

「ま、まぁ……それは置いといてだ。それよりも真咲、お前の所の空手部のキャプテン……確か御子柴先輩だったよな?」


「うむ。そうだが……それがどうした?」


「弟がいる筈だが、そいつは強いのか?」


「弟……」

真咲は少し考えた後、ポンと手を叩いた。

「あぁ、確かいたな」


「知ってるのか?」


「以前、私の通っている道場に出稽古に来た事があった。それで知っている」


「ふ~ん……それで?」


「ふむ、中々に強かったぞ。それに少し生意気だったから、私もつい本気を出してしまって……奴の肋を3本ほど折ってしまったな。あれは少し悪い事をした」


さ、さすが真咲姐さん、容赦は全くないぜ。

「なるほど。優ちゃんは、御子柴って野郎を知ってるか?」


「は、はい。え~と……去年のTEP全国大会の高校生男子部門の3位だったと……確かそうでしたよね、まどかさん?」


「う、うん…」


「その話は聞いたな」

俺は笑った。

そして笑いながら、

「俺様をボコにした野郎が、実はそいつだ」



★『燃えたぜ、洸一』★


「……それは本当か、洸一?」

と、低い声で真咲。

優チャンも驚いた顔をしている。


「まぁな」

俺は頷いた。


「ふむ……そうか。良し、分かった。ならば今すぐに、奴を粉砕しに行こう」

真咲姐さんはあっさりとそう言うと、拳を固めながらいきなり踵を返した。

その行動に、些かの迷いも躊躇いもない。

なんて恐ろしい……


「――ま、待て待て待てッ!!」

俺は慌てて、彼女を引き止めた。

「真咲しゃんが行っても、しょうがねぇーだろう…」


「何故だ?」


「いや、何故と真顔で言われても……」


「そーよ真咲」

と、まどか。

「御子柴君にやられたのは洸一なの。だから洸一が復讐しなくちゃ、意味がないのよ」


「うむ、そう言うことだ」


「で、洸一。いつ闇討ちするの?」


「――くはッ!?お、お前はお前で、何を真顔で……」


「違うの?てっきり洸一の事だから、人知れず復讐を企むと思って……そうなった時には、陰ながらサポートしようと思っていたのにぃ……」


ぬぅ…

こ奴は俺様を、何だと思っているのだろう?

「馬鹿なことを……」

俺は苦笑を溢し、サンドバッグを叩いた。

「今回は今までとは違い、さすがの俺様もちょいとピキピキドカーンという感じだからな。闇討ちなんて……そんな甘っちょろい事は考えてねぇーよ」


「だったらどーすんの?ネットに怪情報でも流して社会的に抹殺するの?」


「だから、そーゆーダーティーな発想は止めれ」

これだから喜連川は……

「奴は全国大会3位なんだろ?と言うことは、今年の全国大会にも出るんだろ?出場権があるんだし」


「まぁ…」


「だったら俺も、出る。全国大会に出て、公衆の面前で奴を叩きのめすッ!!そうでもしなきゃ、俺という男の一分が立たねぇ」


「……」

「……」

「……」

「……」

まどかも真咲も、そして優チャンや姫乃ッチまでもが、ポカーンとアホな子みたいに口を開け、俺を見つめた。

ぬ、ぬぅ……

ちょいと大言壮語が過ぎたかな?


「な、なんだよ…」


「う、うぅん」

まどかがどこか照れ臭そうに首を軽く振った。

「何て言うのか……洸一もやっぱ、男の子なんだなぁ~って思って……」


「そ、そうだな」

と真咲。

「その意気込み、男らしくてちょっとだけ格好良いぞ」


「そ、そうかなぁ?」

いやぁ~、なんか照れるにゃあ……

「ま、なんだ、兎にも角にも、全国大会に出るには先ず新人戦だ。殆ど素人みたいな俺様だが、出るからには勝つッ!!」


「その意気よ洸一!!」

「そうだぞ洸一ッ!!」

「頑張って下さい、先輩!!」

「お、応援しますっ!!」


「あ、ありがとう。みんな、ありがとぅッ!!」


「私も応援します…」


「――んひぃぃッ!?」

小さな、それでいて何故か心と言うか深層意識に響く声に慌てて振り返ると、そこには何時の間に来ていたのか、学園の黒歴史を胸を張って歩んでいる偉大な魔女様が、黒猫と市松人形を従え、ひっそりと佇んでいた。

相変わらず、おっかない登場の仕方だ。


「ね、姉さんッ!?」

まどかが驚きの声を上げた。

「どど、どうしたの?」


「実験結果を……いえ、洸一さんの様子を見に来ました」

のどかさんはそう言うと、俺をジッと見つめ、

「洸一さん。強くなりましたか?」


「へ?え、えぇ……まぁ、何となく」


「……なるほど。さすが洸一さんは単純……もとい、素直な御方です」


「は、はぁ…」


「では、もう一つの術は上手く掛かっているかどうか……」

そう呟き、のどかさんはトテトテと俺の目の前までやって来ると、耳元で何やらゴニョゴニョと聞き取れないほど小さな声で囁いた。

その瞬間、俺はガバッ!!と彼女を抱き締めていたのだった。



★『洸一、灰』★


あ、あれ?

俺はのどかさんを、ギュッと抱きしめていた。

彼女の小さな頭を胸に押し抱くように、肩に腕を回している。

もちろん、己の意思ではない。

二人っきりならともかく、皆の前でかような事をする勇気は俺にはないからだ。

むしろそんな勇気が欲しいぐらいである。

「の、のどか先輩?あ、あの……これは一体……」


「洸一さん…」

偉大な魔女様は、俺の胸元でポッと頬を赤らめた。


あ、可愛い……

と思った瞬間、俺は分身出来るほどの速度で吹っ飛んでいた。

「――プロォォォォォッ!!?」

頬にパンチ、腰に蹴りを入れられ、そのまま真っ直ぐ横に吹き飛び、社に激突。

意識は少しだけ現世からバイバイな状態だ。

「あ…い、痛てててて……」


「洸一ッ!!」


「――ハウァッ!?」

目の前に、まどかと真咲姐さん、その後ろに優チャンと姫乃ッチが、夜叉のような形相で佇んでいた。


「あ…あ、あんた一体、何を考えているのよッ!!」


「お、落ち着けまどか!?ドイツ軍人はうろたえないッ、と半分機械になった軍人も言っていたではないか!!」


「お黙りッ!!」

まどかは怪光線すら発射しそうな物凄い目つきで俺を睨み付け、

「やる気になってるから、少しは見直していたのにぃぃぃぃ」


「い、いやいやいや、だから俺にも一体、何が何だか……」

とその時、パチンと手を叩き合わせる音が境内に響き渡った。

皆、何事かと振り返る。


の、のどかさん…?

彼女はもう一度パチンと手を鳴らし、そしてボソボソと何か呟いた。

その声が耳に響くや否や、俺の体まるで狐でも憑いたかの如く華麗に飛び跳ね、まどか達を突き飛ばしながらのどかさんの元へと一直線。

そして彼女の柔らかい体をギュッと抱き締めた。


――ひぃぃッ!?一体これは、どーゆーことッ!!?


「洸一さん……」

モジモジと、俺の腕の中で照れる魔女様。

俺はそんな彼女の頭を優しく撫で回していた。

もちろん、これも俺の意思ではない。


「のの、のどか先輩?あ、あのぅ……」


「洸一さん。もっと強く…」


あ、凄く可愛い…

と思った瞬間、またもや俺は強烈な衝撃を受け、今度はサンドバッグを吊るしてある大木に頭から激突した。

ぐ、ぐむぅぅ…

お、俺は今日から、サッカーボールを神として崇めるね。

だってどんなに蹴られても、文句の一つも言わないもんねッ!!


「洸一ッ!!」


「――ハゥッ!?」

顔を上げると、今なら余裕で人を殺せる、と言わんばかりの目をした乙女達が佇んでいた。


「あ、あんたと言う男は、一度ならず二度までも……」

ワナワナと震えるまどか。

真咲も指をバキボキと鳴らしながら、冷ややかに俺を見下ろしている。

洸一チン、おしっこどころかスカトロマニアが喜びそうなモノまで漏れそうだ。


「ま、待て皆の衆!!少し冷静に考えてみろッ!!」


「何をよッ!!」


「い、いやだから……おかしいだろ?ね?おかしいでしょ?」


「あんたの頭がッ!!」


「違うッ!!そーじゃなくて……いくら無鉄砲が信条の俺様とは言え、いきなり先輩を抱き締めるなんて……そもそもこれは俺様の意思ではないッ!!」


「……あん?どーゆー事よ?」

眉根を寄せ、やぶ睨みのまどか。

本当にこの娘は、世界的財閥の御令嬢なのだろうか?


「そ、それは俺が聞きたい」


「……姉さんッ!!」

まどかは振り返った。

「一体この馬鹿に何をしたのよっ!!」


「……え?実験ですが?」

魔女様はしれっと、まるで他人事のように言った。

「洸一さんに、事後催眠を掛けておきました。初めての事なので、ちゃんと掛かっているかどうか心配だったのですが……さすが洸一さんです」


「い、いやぁ~……照れるにゃあ」


「このド馬鹿ッ!!なに嬉しそうな顏してんのよッ!!」

言ってまどかが、俺様のボディに蹴りを入れる。

死者に鞭打つとは、まさにこの事だ。

「姉さんッ!!洸一に何をしたのよ!!事後催眠って何なのよ!!」


「……特定のキーワードで発動する催眠術です。洸一さんにある言葉を聞かせると、愛の篭ったスキンシップをしてくれます。……えっへん」

のどかさんは自慢気に胸を張った。

「と言うわけで、洸一さん……」


「へ…?」

何か囁き声が聞こえるや、俺の体はまたもや全自動的にまどか達を飛び越え、魔女様を抱き締めていた。

ギュッと抱き締め、頭を撫で撫でし、頬を擦り擦り、そして……

「――プロォォォォッ!?」

もう少しでチュウと言うナイス展開を目前に、脳天に直撃を食らい、半回転しながら地面に頭から減り込んだ。

あぁ……もういっそのこと、殺してくれ……


「ね、姉さんッ!!洸一を早く元に戻しなさいよッ!!」

「……え~~~」

「え~~……じゃなくてッ!!」

とその時、激昂するまどかの肩を真咲が掴んだ。

「落ち着け、まどか」

「な、なによ、真咲……」

「洸一を元に戻す前に、少し喜連川先輩に聞きたいことがある」

言って真咲は、のどかに向き直った。

「先輩。……特定のキーワードって、一体なんですか?」

「……恋の呪文です」

「恋の呪文…」

「なに考えてるのよ真咲ッ!!」

まどかが吼える。

「全く、アンタも結構、抜け目がないわねぇ」

「ち、違うッ!?別に私は……ただちょっと気になって……」

「ふんっ、どーだか。それに恋の呪文ってなによ。一昔前で言うと、スキトキメキトキスって言うヤツ?」


その瞬間、俺の体はまどかを背後から抱き締めていた。

「キャーーーーーーーーッ!?」


「――ぬぉうッ!!?」

腕を掴まれ、俺様はそのまま背中から豪快に地面に叩き付けられる。

い、息が……

こ、腰が…

そして命が!!


「な、何すんのよ洸一ッ!!」


それは俺の台詞だ。

「し、知らねぇーよ。か、体が勝手に…」


「ふむ。スキトキメキトキスか…」

真咲が呟く。

俺の体は即座に反応した。


「こ、洸一……」

俺にギュッと抱き付かれ、ポッと頬を赤らめる空手着姿の真咲さん。


ぬ、ぬぅ…

これはもしかして、役得というやつか?

と一瞬思うが、

「なに破廉恥な真似をしてるのよッ!!」

まどかにブン殴られ、そんな思いも消し飛んだ。


こ、殺される…

このままだと僕、殺される……


その後、何がどーなったのか、あまり憶えていない。

恋の呪文とやらに翻弄され、俺は俺の意思に反応して動いていた。

まどかを抱きしめ、真咲を抱きしめ、優チャンを抱きしめ、姫乃ッチを抱きしめ……

そしてその度に、

まどかに蹴られ、真咲に殴られ、葵チャンに間接を極められ、そして姫乃ッチに吹き飛ばされ……

気が付いた時には、俺はぼろ雑巾のような有様で境内に転がっていたのだった。

…………もしかして今日は仏滅か?



「……楽しかったです」

のどかは夕焼け空に赤く染まる裏山の階段を、微笑みながらゆっくりと下りていた。

その肩に乗っている魔人形の酒井さんが、どこか呆れるように口を開く。

「キーキキーー(楽しかったのは良いけど、どうしてあんなまどろっこしい事を……)」


「……洸一さんの為です」

のどかは呟いた。

「今日一日で、洸一さんはかなりレベルアップです。耐久力と反射速度が、格段に上がったことでしょう」


「キーーー(そりゃあ、あれだけ殴られたり蹴られたりしてたら、鍛えられるわねぇ)」


「そうでしょう」


「キーキキキー(でも……彼、途中から気を失っていたみたいだけど、それでも鍛えた事になるのかしら?私には単なるリンチにしか見えなかったけど…)」


「……気のせいです」


「キー(そ、そう?)」


「まどかちゃん達も、ちゃんと手加減はしてくれました」


「キ…(洸一、口から泡吹いてたんだけど…)」


「……何とかなるでしょう」















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ