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俺様日記~魔界行~  作者: 清野詠一
11/27

飛び出せ、青春




★5月15日(日)


男でも女でもそうだが、時として、何故にこんなモンを?と言うような買い物をしてしまう時がある。

その時は、これは必要だ、とか何とか思い、家に帰ってから後悔する品がそれだ。

もちろん、この冷静沈着な俺様と言えども、その呪縛から逃れる術は無い。

それを若さ故の過ちと言うのか……

単に、馬鹿だったと言うのか……


「か、買っちまった」

商店街の本屋から出た俺は、30%の期待と70%の後悔を胸に、本の入った紙袋を胸に抱いていた。

「よもや俺様ともあろう人類最後の硬派が、かような書物を購入してしまうとは……」

我ながら、ちと情けない。

まだエロ本を買った方がマシだと思う。

そう……

俺が何故か買ってしまった本、タイトルはズバリ、『NO1ホストも絶賛★今日から貴方もモテ男ッ!!~モテモテ街道をひた走れッ~』と言う、馬鹿以外は読まないであろう系のハウ・トゥー本。

昔から、『こんなダメ以外の何物でもない本、誰が買うんじゃろ?』とか何とか思っていたが、よもや自ら購入する日がくるとは……

これだから人生はワンダフルだ。


ちなみに、自己弁護するようだが、俺は最初からこの本を買うのが目的で、このうららかな小春日よりの日曜日に、わざわざ本屋に来たわけではない。

俺は今日、格闘技関連の本を買いに来たのだ。

そしてそれらを立ち読み中にこの本を見つけ……気が付いたら、何故か買っていたのだ。

魔が差したのだ。


うぬぅ……いかに思春期とはいえ、このような愚にも付かない本を購入してしまうとは……

何故だ?と問われれば、坊やだからさ、としか答える事しか出来ないが……

いやいやいや、ネガティブな考えはよそう。

もっとポジティブに考えようじゃないか。

現在、何故か不思議と俺の周りには美少女達が集ってくる。

まるで餌に集る小動物のようにだ。

他人から見れば、それはまさしく幸運だと思うのだろうが……

実際は違う。

彼女達は確かに美少女のカテゴリーに分類される女の子達だが、その属性は限りなく黒に近い灰色なのだ。

正直、毎日が武者修業と言うか軍事教練のようで、実に厳しい。

ちょっとした事で、殴られるわ蹴られるわ祟られるは衛星軌道まで吹っ飛ばされるわ……

肉体的損壊率が、半端じゃないのだ。

さて、そこで登場するのが、このハゥトゥー本です。

この本を読破し、モテモテになって女心を自由自在に操るのだ。

そうすれば危険も回避できるし、何よりこれぞ青春、と言ったような、夢にまで見た甘く切ないまるでゲームのような学園生活を送る事が出来るかもしれないではないかッ!!

うむ、我ながら天才的アイディアなり。


「わはははははは♪」

俺は高らかに笑い、買って良かったと言わんばかりに、本の入った紙袋をギュッと胸に抱く。

街行く人が、不気味な顔で俺を避けて行くが……まぁ、気にしないでおこう。

「何しろ俺は寛大だからなッ!!わはははは!!」


「……アンタ、道の真ん中でなに馬鹿笑いしてるのよ」


「――ハゥァッ!?」

不意に背後から響く聞き慣れたなれた声に、思わず喉から心の臓が飛び出してしまう。


「全く、陽気が良いからって変に浮かれていると、保健所の人に連れて行かれるわよ」


くっ……

「う、うるせーな、まどか……」

と、振り返り、

「フギャッ!!?」

と、またもや素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ゆ、優ちゃんに真咲しゃん……」

私服姿のまどかに、同じく私服の優チャン。

そして何故かジャージ姿と言う、おっとこまえな格好の真咲姐さんが、訝しげな表情で佇んでいた。

大相撲で例えると三役揃い踏み。

地獄で例えると赤鬼・青鬼・黄鬼の登場だ。

「な、なんだ……三人一緒とは珍しいな。どこかへ行ってきたのか?」

もしかしてこれから決闘ですか?


「今から行くのよ」

と、まどか。

「真咲と優の練習に、ちょっと付き合おうと思ってね」


「……なるほど」

うぅ~む、休みの日にも練習とは……

これは少し、僕も見習わないといけませんなッ!!

「そっかぁ。優ちゃん、頑張ってるなぁ」


「はいッ!!」

優チャンは元気よく頷いた。


「それに真咲も……」


「う、うん」

どこか気まずそうに、彼女は目を伏せる。

そして小さな声で

「洸一……昨日はすまなかったな」


「ん?あ~…いやいや、謝るのは俺と俺の愚息だって。真咲は被害者だって」

ま、俺が一番の被害者なんだがな。

「まぁ、なんだ、アレは不幸な事故というか……ぶっちゃけ、一番悪いのは髪の長い魔女様と言うことで……」


「ねぇねぇ、何の話?」

と、まどかが横から口を挟んできた。

「ひょっとして姉さん、また何かやったの?」


「……ひょっとしなくてもな」

俺は苦笑を零した。

「あの人も、悪気はないと思うんだけど……結果的にいつも、物凄く悪い方向へ流れるんだよなぁ……なんでだろう?」


「そっか…」

まどかは何故か納得顔だ。


彼女自身、過去に何かあったのかも知れない。

ま、あの魔女様と一緒に暮らしているのだ……

一週間に一度ぐらい、死ぬような目に遭遇していたりして。

おおぅ、累計すると物凄い数の死線を超えて来たんだね。

まどかの強さが、少しだけ分かったような気がするぞよ。



まどかはコロコロと笑い、ちょっとだけすまなそうに、

「まぁ、姉さんはちょっと不思議だからね」


……ちょっと???

どこがどう、ちょっとなんだ?

ぶっちゃけ、あの人はいつも大盛りですよ。


「それに洸一は、そんな姉さんのお気に入りだし……取り合えず、頑張ってね、としか言えないわ」


「ぬぅ…」

頑張るのは良いが、いつかうっかり死んじゃうような気がするぞよ。


「ところで洸一。アンタはこんな所で何してんの?」


「ん?あぁ……ちょいと本屋へな」


「ふ~ん、なに買ったの?」

まどかは気さくに尋ねてきた。


「……俺が更なる進化を遂げる為に必要な書物だ」

そしてお前達を俺様の魅力でメロメロ(死語)にして、平和を勝ち取る為の必須アイテムなのだ。


「ふ~ん、よく分からないわねぇ」

まどかが不思議そうな顔をし、ジロジロと俺を見つめる。


む?なんだ?何を企んでいる?


「……ねぇ洸一。ちょっと見せてみなさい」


「……はい?」


「だからぁ、何を買ったのか見せなさい」


「こ、断るッ!!」

当たり前だ。

何しろ、買った本がモテモテになる本だぞ。

ホモ雑誌とかSM雑誌とか恋の詩集とかと同列に語られるべき、禁忌に近い書物なんだぞ。

プライドの高い俺様としては、命に代えてもそれは勘弁だ。

「ふっ、悪いがまどか……貴様に俺の所有物を検閲する権限はないわッ!!」


「なによぅ。もしかして、見せられないような本なの?」

まどかの目がキュピーンと光った。


「そ、それはその……」


「もしかして……Hな本?」


「ち、違うわッ!!」

むしろそっちの方が良いぐらいの本だ。


「え、えっちな本…」

優チャンがちょっとだけ、厭そうな目つきで俺を見つめた。

真咲も真顔で

「洸一、そうなのか?」


「いやいやいや、違うって。マジで。本当に愚にも付かない、下らない本だよ……」


「怪しいわねぇ」

まどかがにじり寄って来た。

「必死になって隠すなんて、凄くヤバイ本ね」


「ち、違うッ!!その……なんだ、参考書みたいなモンなんだよ」

モテモテになる為のな。


「だったら何で隠そうとするのよぅ」

今日のまどかは粘着気質だった。

なんでだろう?


「べ、別に隠そうとなんて…」


「やっぱりHな本ね」

どこか咎める口調。

「洸一。正直に言いなさい」


「くっ…」

駄目だ、言葉が通じねぇ……

このままでは、強制的にまどかに見られてしまうのは必定。

それは俺様の沽券にも関わる大問題だ。

分かるだろ?

例えば超強面の如何にも反社会的活動に従事してます的なおっさんがだ、子猫の写真集とか持ってたら、ちょっと色々とアレだろ?

「わ、分かったよぅ。見せるよぅ」


「最初からそう言えば良いのよ」

まどかフッと笑みを零した。


―――今だっ!!

一瞬の隙を突き、洸一チン180度回頭、ブースター点火で戦線を離脱。

この状況を打破するには、もはや逃げるしかないッ!!

が、甘かった。

急速展開で戦域から離脱しようとしたのはナイス判断だったが、レーダーを見落としていた。

まどかの前から反転して逃げ出した瞬間、目の前には何時の間にいたのか、何と姫乃ッチが不思議そうな顔で立っていたのだ。

恐らく、今日の練習に付き合うためにやって来たのだと思うが……

急遽反転した俺は、そのまま彼女に突進してしまったのだ。

これが普通の女の子だったら、ドンッとぶつかり、

「あ、痛たたたたた……だ、大丈夫ですか、お嬢さん?」

「ご、ごめんなさい…」

「いやいや、僕の方こそ、ごめんなさい」

なーんて、漫画やアニメ、ゲームに至るまでの全宇宙的な共通イベントが発生する所なんだが、相手はサイキックソルジャーだ。

ぶつかる直前、彼女は反射的に防御シールドを張り巡らしたのか、

「うわぁぁぁーーーーーーーーーーーーーん」

大きく吹っ飛んだのは俺様の方だった。

「い、痛ててててて……」

軽やかな受身を取りつつ、商店街の道を転がる。


ぬかった……

よもや姫乃ッチがいようとは……

――ッて、本はッ!?

あ、ちゃんと持ってる……

俺は本屋の紙袋をしっかりと抱えているが、

「ンキャーーーーッ!?破れてるーーーーーッ!!」

袋の下が破れ、中は空っぽだった。

キャーーーーッ!?

慌てて中身を探す俺。

どどど、どこだ?

どこに行った我が心のバイブルはッ!!

それはすぐ近くの地面の上に落ちていた。

そしてその落ちている本を、無言でジーッと見下ろしている美少女が4人……


「アイヤーーーーッ!!?」

目の前が一瞬、真っ暗になった。

俺は尻から火を吹く勢いでその場に駆け付け、滑り込むようにしてその本をゲットし、そしてそそくさと隠す。

「え、え~と……これは違うんですよ?その……実は友達に頼まれて……」


「そ、そうなんだ」

と、ぎこちなく頷く真咲。

優チャンも姫乃ッチも、非常に複雑な表情で俺を見つめていた。


……え?なにその、憐れんだ瞳は?

もしかして、同情?

ライオンである俺様が、ウサギどもに同情されているわけ?

「え、え~とだなぁ……かなり誤解しているとは思うけど、その……この本は、あくまでも学術的探求心と、純粋で無垢なる好奇心に基づくものであって……」


「もう……いいよ」

まどかが静かに口を開いた。

「洸一……ごめんね」


「ま、まどか…」

――って、おいッ!?

ここ、こいつ……笑いを堪えてやがるッ!!


「いやぁ~…あーゆー本を買う人って、どんだけ残念な人かなぁ~ってちょっと気になっていたんだけど、まさかねぇ……ぷぷ」


「くっ…」


「まぁ、良いんじゃない。洸一らしくってさ」


「く、くぬぅぅ」


「とにかく、頑張りなさいよ。モテモテくん♪」


「ぐぬぬぬぬ……ち、ちくしょーーーーーーーーーッ!!」

俺は本を抱え、脱兎の如くその場から逃げ出した。

あぅぅぅ、ちくしょぅぅぅぅぅ……

まどかの野郎、俺様を馬鹿にしやがってッ!!

いや、こんな本を買うぐらいだから馬鹿なのは自分でも良く分かってるつもりだけど……

とにかく、許さんッ!!

こうなったら絶対に、モテてやるッ!!

この本を読破し、モテまくってやるッ!!

周りの女の子のハートを、ガッチリ鷲掴んでやるッ!!

そしてまどか……最後は貴様もメロメロ(死語)にしてやるぞッ!!

・・・

ちょっと無理そうだけどなッ!!



★5月16日(月)


今日の俺は一味違う。

いや、違うはずだ。

何故ならだ、俺は昨日は家に篭ってずーっと例のモテ本を読破し、爽やかな笑顔、愛に満ち溢れた瞳、気品ある立ち振る舞い等々、モテる男の行動原理を全て頭に叩き込んだからだ。

残すは実践あるのみ。


くっくっく……待ってろよ、まどか。

絶対に貴様を、落としてみせるッ!!

そして散々弄んだ挙句に捨ててやるッ!!

そして俺はボコボコにされてやるッ!!

・・・

それじゃあイカンだろッ!?

・・・

ま、何はともあれ、俺はお前を支配してやるぞッ!!

ゴメンナサイと言わせてやるぞッ!!


「……よし」

鏡の前で念入りにチェック。

久し振りに髪を梳かし、ナイスガイ度を上げる。

うむぅ、我ながら惚れ惚れするほどダンディーじゃわい。

高出力なルックスといい…

ニヒルな笑みといい…

これでもう少し運が良ければ、エロゲーの主人公を張ってもおかしくはないんじゃが……


「さて、そろそろか?」

居間に戻り、壁に掛けてある時計に視線を走らせながらそう独りごちていると、ピンポーンとチャイムの音。

そして響く恒例の、

「こここ、洸一っちゅわぁぁぁーーーーーん♪」

妖怪の声。

ふっ、来たな穂波。いやさ、練習台よ……

先ずは貴様を、俺様の虜にしてやろうぞッ!!


「ここ洸一っちゅわぁぁぁぁん……って、あれ?また今日も起きてる……」

相変わらず家の中に不法に侵入して来た魑魅魍魎の類は、木の芽時特有のヤバイ笑顔で俺を見つめている。


よっしゃ、練習の成果を、今こそ見せ付けてくれようぞ。

「やぁ、穂波。おはよう」

ちょっと低い、ダンディーなヴォイス。

そして続く、慈愛に満ちた笑顔。

どうよ、穂波ッ!!


「……光一っちゃん、どうしたの?顔の筋肉が痙攣したの?」


「くっ…」

こ、この妖怪変化め……

俺様の笑顔の素晴らしさを理解せんとはッ!!

・・・

いやいや、少し落ち着け、俺……

女にも色々とタイプがあるんだ。

あの本にもそう書いてあった。

ここは別の攻め口を見つけようではないか。


「ふふ、そうか?俺はいつものように振舞っているつもりなんだが……もし違って見えるのなら、それは穂波、君のせいだ。君のステキな笑顔が、俺を朝から困惑させるんだ」

――洸一は甘い言葉を繰り出したッ!!

――ナイス度15UPッ!!

――ダンディ度3UPッ!!

――馬鹿さ120UPッ!!


「こ、洸一っちゃん?」

穂波の目が、大きく開かれる。

頬も心なしか赤い。


い、いけるぞ……

「穂波。俺にとってお前は、掛け替えのない幼馴染だぜ」

よし、ここで一発、爽やかな笑顔で歯を光らせつつ……


「洸一っちゃん…」

穂波はマジマジと俺を見つめ、次の瞬間、

「ケェーーーーーーーーーッ!!」


「――ンヒィィィッ!!?」

な、何事だッ!?


「ど、どうしたの洸一っちゃん!?もしかして壊れちゃったの?」


「貴様にだけは言われたくねぇーーーよッ!?」


「……あ、あれ?いつもの洸一っちゃんだ」

穂波はキョトンとした顔をした。


ぬ、ぬぅ……

お、おかしいなぁ?

何で俺様のモテ技が通用しないんだ?


「っもう、今日の洸一っちゃんは、朝からちょっと変だよぅ」

と、毎日24時間変な穂波が言う。

誠に心外だ。


「ふっ、それはつまり、君の魅力が俺を狂わせ――」


「チュミミーーーーーーーーーーーンッ!!」


「ヒィィッ!?ま、またかよッ!!」


「ここ、洸一っちゃん!!びょ、病院へ行くよッ!!」


「だから、お前にだけは言われたくねぇーーーッ!!」


「あ、あれれれ?やっぱりいつもの洸一っちゃんだ?」

穂波は不思議そうな顔で首を傾げる。


ぬぅ……

これは一体、どーゆー事だろうか?

やはり付き合いが長い分、ちょっとした俺の変化に、こやつの脳の処理が追い付かないのだろうか?

それともやはり、俺の習得した技は対ヒューマン女性用だから、規格外の化け物には通用しないとか……


「どうしたの洸一っちゃん?」


「……なんでもねぇーよ。それよりも、ボチボチ行くぞ」

うぅ~む、取り合えず学校に着いてから他の女の子にも試してみようか……



学校に着くや、俺は鞄を置き、真っ先に臨席の委員長に声を掛けた。

「やぁミカチン♪おはよう♪」


「ミカチンって言うなやッ!!」

いつも通りの委員長様だ。


さて……

このメガネにお下げで成績優秀と言うプロトタイプ委員長に、俺様のモテ技が通用するかどうか……どりどり、早速に試してみるかな。

「委員長……」


「あん?なんや?」

美佳心チンは読んでいた参考書から顔を上げ、面倒臭そうに振り返る。


「……」

俺はそんな彼女を見つめた。

彼女の瞳を、真っ直ぐに見抜く。

想いを篭めた眼差し……

これぞ48のモテ技の一つ、洸一熱視線だ。


「……」


「……」(ジィィィ~)


「……」


「……」(ジジジィィィィィ~)


「……なんや?なに朝からガン飛ばしてんねん?」

委員長様の目が細まった。

「さっきから物欲しそうな目をしてからに……腹でも減ったんか?」


「くっ…」

お、おかしいにゃあ?

普通だったら、俺様の視線を受ければ照れても良い筈なのに……


「ん?なんや?何か言いたい事でもあるん?」


「いや、別に……美佳心ちゃんよ、一つ聞きたいんじゃが……俺の熱い視線、どうでした?」


「……はぁぁ?」

委員長はこれでもかと言うぐらい、思いっきり馬鹿にしたような顔になった。

そして深い溜息を吐くと、

「ったく、なに授業前から寝惚けてんねん。てっきり洸一クンは、ウチに喧嘩を吹っ掛けて来てるかと思うたやんか……」


「め、滅相もない」

赤い稲妻に喧嘩を売る度胸はないぞ。

ってゆーか、恋心とか抱かないわけ?

うぬぅ…

俺の眼差しが通用しないか?

何故だッ!?

もしかして美佳心チンは視線とか仕草ではなく、もっと直接的に攻めた方が良いのか?


「なんや?なにブツブツ言うてるねん?」


……良し。今度は言葉で行ってみようか……

「なぁ、美佳心チン」


「あ?なんや?」


「美佳心チンは今、付き合ってる人っている?」


「……はぁぁぁ?」


ぬぅ、凄く呆れている……

が、俺は負けない。

もっと渋く!!そしてもっとダンディにだッ!!

「ふっ、美佳心チン。いやさ美佳心」


「な、なんやねん」


「君のように知的でクールな女の子には……普通の男は似合わない」


「……」


「君に相応しいのは、そう……全てを受け止めてくれる俺様のような……」

と、俺が甘い台詞を言っていると、美佳心チンはヘッと大きく鼻を鳴らし、ポリポリと頭を掻くや、

「アホか」


「……え?」


「洸一くんや。今度は何に影響を受けたんや?」


「……え?あ、あれ?」


「洸一クンはアホやさかい、すぐに何かに感化されるんや。せやろ?今度はなんや?変なアニメでも見たんか?」


「ぬぅ…」

さ、さすがにIQが高いぜ……

俺様の行動をお見通しとはなッ!!

ってゆーか、俺ってそんなにアホに見えるのか?

「や、やだなぁ美佳心。俺は真面目に話を……」


「はいはい、戯言はえーから……少しは勉強せーや」


「は、はい?」


「そや。今月末から中間テストやで?洸一クンや、ただでさえアンタはリアルに馬鹿なんやから、人の何倍も努力せなアカンのやで?分かってるんか?」


「ま、まぁ……少しは」


「少しじゃアカンやろ……」


「う、うん…」

ってゆーか、口説いてる筈なのに、何故か説教受けてるし……

なんでじゃろう?

まだまだモテパワーが足りないのかにゃ?



「うぅ~む…」

休み時間、便所の手洗い場の鏡の前で、俺は俺自身を眺め、唸っていた。

お、おかしい…

何故に穂波や委員長に、モテパワーが通じないのだ?

ただでさえナイスガイの俺様が、わざわざモテ技を使ってやっていると言うのに……

何故にメロメロのメロにならないのだ?

こんな事ではいつまで経っても、夢のような学園生活……即ち、ゲームやアニメ、漫画などで見掛ける、ときめきロマンティックラブコメディー的な楽しき青春は、やって来ないではないか。


「うぅ~む、まだモテ粒子の濃度が薄いと言うのか?それとも……もしかしてもしかすると、俺は自分で思ってるより、最初からモテてないとか……実はカッチョ悪いとか……」

いやいやいや、そんな事はねぇ。

鏡の中の自分を見て言うのも何だが、俺様は好い男だ。

俺が言うのだから間違いない。

その辺の十把一絡じゅっぱひとからげ的男子生徒、ゲームで言うとヴォイスはおろか立ち絵すら許されず、小説で言うと「屯している人」とか表現されちゃうような野郎どもは違い、俺は出来る男だ。

ナイスガイだ。

俺が女だったら、絶対に放って置かないね。

しかし、しかしだ……

こうして思い返してみると、今まであまりモテた記憶が無いんじゃが……

いや、考えるな洸一。

感じるんだッ!!(…何を?)


「……まぁいいや。ともかく、考えていたって始まらねぇ。今は行動あるのみだ」



便所を出てしばらく廊下を歩いていると、トリプルナックルの面々を発見した。

うむぅ……

俺は本当に、モテるのだろうか?

あの本に書いてあることが間違いなのか……

それとも、最初からモテるどころか嫌われ者なのか……

先ずはそれを確かめなくてはッ!!


俺はコホンと小さく咳払いをし、何気を装ってクラスのダークサイドを取り仕切る彼女達に声を掛けた。

もちろんカッチョ良く渋い声にニヒルな笑みを装備してだ。

「よぅ、お参方お揃いで。何してるんだ?」


「あ、神代君…」

と、最近は何故かにこやかな笑みを溢してくれる長坂に、

「神代くぅぅぅん」

相変わらず心の病を抱えているであろう跡部。

そして小山田は相変わらずの仏頂面で、おそらくフラナガン機関辺りが開発したであろう特殊装備であるツインテールを俺に向かってワキワキ動かしながら、

「何よ神代。何か用?」


うぅ~む、相変わらずそれなりに可愛いけど、ヤバそうな女達だぜ……

さて、

「ハッハッハッ、小山田は今日も可愛いなぁ」

俺は取り合えず、先制のジャブを放つ。


「……へ?」

小山田のツインテールが、ピンッと天井に向かってそそり立った。

「な、なに?何よいきなり……」


「いやいや、長坂も相変わらず美人だし、跡部は……色んな意味でステキだな」


「……え?」

長坂が瞳を瞬かせ、

「ふにゃふにゃ?」

と、跡部が言語不明瞭になった。

ま、それはいつもの事だが。


「うぅ~む、やはり3人とも美少女ですなぁ。ハッハッハッ♪」


「ちょ、ちょっと神代。どうしたのよ?」

小山田が怪訝そうな顔で俺を見つめる。

頬が少し赤らんでいるのは……ふふ、照れているのかな?


「ふっ、俺は今日から素直に生きることにしたのよ。ジャスティス洸一になるのよ」


「素直?」


「そうだ。だから綺麗なものは綺麗、可愛いものは可愛いと素直に言っちゃうのだ」


「……」


「と言うわけで、小山田。……お前は可愛いぞ」

俺はそう断言してやる。


「ぁ…ぅ……」

彼女はツインテールを震わせ、真っ赤になって俯いてしまった。

なんだかちょっと、本当に可愛い。

これが所謂、嘘から出た真、と言うやつだろうか?


よし、ツインテール小山田の牙は抜けたみたいだな。

お次は……

「長坂」


「な、なぁに?」


「お前はとても綺麗だ。ビューテホーだ。俺がクリエイターなら、お前をヒロインにしたゲームを作っちゃうね」

多分、売れないけど。


「……」

長坂の目が大きく見開かれた。

口元が微かにわななき、何だかボーッとした感じで俺を見つめている。

多分、頭の中では俺様の誉め言葉が舞い踊っているのだろう。


うむ、長坂も沈黙したか。

さて、最後は……

「跡部」


「ふにゃ?」


ぬぅ……

「お前は……実に不思議っ娘だな。その瞳に何が見えるのかは分からんが、俺はそーゆーのが嫌いじゃないぞ」


「……コンクラーベ」

跡部はポツリと呟き、ジィーッとヤバイ目で俺を見つめる。

ところで、コンクラーベってなんじゃろう?


「ま、まぁ……ともかく、そーゆー事だ。どーゆー事か、ちと分からんがな。ガハハハハ」


「じ、神代。私って……そんなに可愛い?」

と、上目遣いで小山田。


「もちろん」

俺はグッと親指を立て、満面の笑顔で嘘を吐く。

なんか……

ちと自分が、女心を弄ぶ外道な感じで嫌になっちゃうが……

これも俺様の学園生活を豊かにする為だ。

許せ、皆の衆。


「そ、そう。その……神代も、ちょっと馬鹿だけど、その……いい線行ってると思うよ。ね、長坂?」


ぬぅ、小山田が俺を誉めている……なんと珍しい


「そ、そうだね。神代君は、や、優しいし……男らしいし……カッコイイと思うよ。そうだよね、跡部?」


むぅ、長坂も俺の事を……いやはや……


「神代洸一くぅぅぅん……アチョプマウマウ」


うん、意味が分からん。

もしかして本人ではなく、人面疽か何かが喋っているのか?

「い、いやぁ~、俺なんて別に……」


「そ、そんな事ないわよ」

「そ、そうよ。神代君は、その……昔から……その、えと……ステキだし……」

「神代君は神なのデス」


「そ、そう真顔で言われると、照れますなぁ。ハッハッハッ」

なんだよ…

やっぱり俺、モテるじゃん♪

自分で思った通り、好い男ジャンかよぅ。

ふっ、ふふふ……

待ってろよ、まどかッ!!

貴様を絶対にメロメロのメロにし、『ごめんなさい御主人様』って言わせてやるぜッ!!



放課後……

鞄を手に、取り敢えず裏山へと向かう。

いやはや、しかし参った。

何がって、トリプルナックルの事だ。

少々俺様のモテ技が効き過ぎたのか……

今日は一日、妙に熱い視線を送って来るのだ。

何だか、ちと悪い事をしてしまった。

美佳心チンはその気配から全てを察したのか、

「洸一君も、罪作りな男やなぁ」

とか言ってくる。

もっとも、

「ま、あの馬鹿3人が舞い上がってるの見るのは愉快やけどな。うけけけけけ」

と、本気で笑っているが……

むぅ、それにしても、本当に少しやり過ぎてしまった。

かと言って、今更『実はあれは予行練習なんです』なんて事は言えない。

言ったら最後、どんな懲罰が下ることやら……

ふむ、仕方がない。

今度お詫びに、デートでもしてやるかな。


「……あれ?優ちゃん達、今日はまだ来てないのか…」

社に着いた俺は、辺りを見渡す。

暖かな五月の木漏れ日が降り注ぐ境内は、シーンと静まり返っていた。

「珍しいなぁ。今日は委員会でもあるのかな?」

そんな事を独りごちりながら、取り敢えずはジャージに着替え、サンドバッグを吊るすなどの下準備。


しっかし、やっぱ部室とか練習場とか、欲しいよなぁ。

今の季節はまだ良いけど、冬になったらどうなる事やら……

「俺に何か権力があれば良いんですがねぇ」

今度、のどかさん辺りに、おねだりしてみようかしらん?


「さて、準備は出来たし、体でも解しつつ筋トレでもしますか」

軽く筋を伸ばしながら、先ずは腕立て伏せ。

仄かに冷たい大地に手を着き、ゆっくりと回数をこなす。

「1…2…3……4……」

筋肉が徐々に張って行く。

最初の頃は準備運動ですら息が上がっていたりもしたが……

このTEP同好会に入って早1ヶ月、さすがにもう慣れた。

むしろ心地良いぐらいだ。

元々、体を動かすのは嫌いな方ではないし、筋力が上がって行くのを実感出来るのは、楽しい事だ。

何より練習中は、ストレスが発散されると言うか……嫌な事を忘れてしまう。

黙々と練習をしていると、なんちゅうか、全ての事がどうでも良いやと思えてしまうのだ。

これが所謂、無我の境地と言うやつだろうか?


「15…16…17……」

まぁ……なんだな、昨日はちょいと酷い目に遭ったけど、まどかも悪気があったわけじゃないし……俺は何をムキになっていたんだろうねぇ?

俺は硬派だし、スズメどもにピーチクパーチクと何を言われたって、別に平気じゃないか。

そもそもだ、女をコマして身の安全を図ろうなんて……うむ、俺らしくはない。

むしろ不愉快だ。

美佳心チンにも言われたけど、俺は感化されやすいからなぁ……

「35…36……37……」

ふむ…

特別に、今回は許してやるかな。

元はと言えば、あんな本に躍らされた自分が馬鹿だった訳だし……

何より、俺は女の子に対して非情になり切れないと言うか、弄ぶなんてのは絶対に無理。

それにモテたは良いが、後で修羅場に巻き込まれる恐れも無きにしも有らずと言う可能性が……

「49………50っと」

腕立てを終え、少しだけ乱れた呼吸を整える。

優チャンは……まだやって来ない。

「取り合えず、少し走って来るか」



裏山の長い石の階段を軽やかなステップで下り、そのまま軽いランニング。

学校の周りを、規則正しいリズムで駆け抜ける。

もちろん俺以外にも、様々な部の連中が独特の掛け声を上げながら、同じように走っている。


むぅ……

柔道部や空手部は良いとして、剣道部の連中が防具を着けながら走るのは如何なものかと思うが……それも我が校の伝統の一つらしい。

あと、何故かアニメ研究会の連中もよく走っているが……あれは一体、何の為なんだろうか?

ま、どーでも良いが……

俺は呼吸を整えながら、少しスローなペースで走る。

躍動する、若く瑞々しい肉体……

頬に当たる爽やかな風が、実に気持ち良い。


「……ん?」

俺が校舎の周りを走っていると、「えっほえっほ」と、お猿の駕籠屋的声を出しながら目の前の角を曲がって来る白き集団と遭遇した。

学園最強の女子空手部だ。

主将である、3年の確か御子柴さんなる女の子を先頭に、全員が同じ速度、乱れぬ姿勢でこちらへ向かって走ってくる。

ちと怖い。


むぅ、まるで特殊部隊みたいだぜ……

そんな事を心の中で思いながら、少しだけ脇に逸れて道を空ける。

こんな所で因縁でも付けられたりしたら、洸一チン的には泣いてしまうではないか。


「……」


『えっほえっほ……』

段々と遠ざかって行く声。

俺はそのまま角を曲がらずに真っ直ぐ走ることにした。

校舎の周りを走っていると、また遭遇するかもしれないからだ。


……そうだ、角店で何かスポーツドリンクなどでも仕入れておくか……

と、僅かに走る速度を緩めると同時だった。

真後ろから、

「洸一…」

と響く聞き慣れた声。


「へ…?」

振り返るとそこには、白い空手着に身を包んだ真咲姐さんが、まるでオプションにように俺のすぐ後ろを走っていたのだった。



「ま、真咲……さん」

足を止め、彼女を見つめる。

ブワッと汗が額に浮かび上がるが、これは何も走っていたからだけではないと思う。

「ど、どうしたんだ真咲?僕チンに何か御用ですかにゃ?」


「ん……いや、なに……走っていたらお前を見掛けたからな。それでちょっと……」

と、真咲も汗を煌かせながら言う。


「ふ~ん…」

何がちょっとなのか分からんが、飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ。

俺様のモテ技で、真咲も虜に……

なーんて考えが一瞬だけ頭を過ったが、俺は苦笑でそれを追い払った。

運動によってストレスが発散された所為か、そう言う後ろ向きな事は、もうどうでも良いのだ。

たかが馬鹿か気合の入った醜男ぶおとこぐらいしか読まない最低の本を買った事が白日の元へと晒されただけじゃないか……

ちと屈辱的だったが、それはそれだ。

これもまた青春よ、と今の俺は既に菩薩のように悟ちゃっているのだ。


「な、なぁ洸一」


「ん?どうした?」


「その……昨日はすまなかったな」

真咲は視線を外しながらそう、呟いた。


「は、はい?」

突然謝られても……一体、何のことでせうか?

「あのぅ、真咲さん?何を謝っているのか、ちと分からないんですが……」


「ん……その……昨日の事だ」

真咲はどこか気まずそうに言う。

「まどかがした事とは言え、黙って見ていて悪かった。あの時、少しでもアイツに注意していれば…」


「や、やだなぁ真咲」

俺はポリポリと頭を掻いた。

「別に俺は怒ってないよ?最初からね」

嘘である。

本当は怒り心頭で復讐を心に誓ったが……

ま、それは言うまい。

既に過去の事だ。

「ってゆーか、真咲は何も悪くないような気がするんじゃが…」

悪いのは、全てあのインチキお嬢様だ。

それ以外にはいない。


「で、でも…」


ぬぅ…

なんちゅうか、真咲姐さんらしいと言うかねぇ……

「ハッハッハッ……いやいや、あの時は、俺もどうかしてたんだよぅ。一時の気の迷いとは言え、あのような愚劣な書物に手を出すとは、我ながら情けない限りですたい」


「……」


「あ~…だからもう、気にすんな」

言って俺は、真咲さんの肩に手を置いた。


「そ、そうか。……なら良かった」

彼女はホッとした笑みを浮かべる。

「実は……まどかのやつも、少し気にしてたんだ」


「まどかも?」


「うん。少し悪ふざけが過ぎたみたいで、洸一に謝らないととか何とか言っていたぞ」


「そっか…」

ほぅ、まどかの奴も、少しは反省しているのか。

うむ、殊勝な心がけではないか。

ならば今回だけは、特別に許してやるかな。



真咲はランニングをしている空手部員達の元へと戻って行った。

俺はそれを見送り、角店で何かドリンクを買おうと思ったが、良く考えたら今はジャージ姿で、財布を持ってない事に気付いた。

なんだかなぁ……と言う感じだ。


しかしまさか真咲姐さんに謝られるとは……

それにまどかも反省してるって言ってたし、俺は復讐だの何だの、何を怒っていたのだろうか?

我ながら、自分の狭量さが情けない。

ってゆーか……

トリプルナックルの面々には、悪い事をしちゃったなぁ…

それとな~く、何かフォロー的な事をしておかないといけないね。


「さて、そろそろ優チャンは戻ってきたかな?」

そう呟きながら境内へと続く裏山の階段を上がっていると、ズバオンッ!!と重く響くサンドバックの音。

「おっ、どうやら来たみたいだな」


TEP主催の新人格闘大会は、約半月後なのだ。

俺様のモチベーションは未だ低空飛行だが……それでも、出るからには良い成績を残したいと思う。欲を言えば、圧倒的な優勝、略して圧勝だ。

……欲を言い過ぎだがな。


「どりどり、今日はどんな練習をしようかのぅ」

俺はズバンッ!!と物凄い破壊音がしている社の裏手へ回る。

「よ~う優チャン。今日も精が出ますなぁ……って、あれ?」

そこに優チャンの姿は無かった。

見目麗しい、その筋の御方には堪らないであろうブルマ姿の美少女ではなく、そこにいたのは、梅女の制服に身を包んだ似非御嬢様だった。


「ま、まどか……」

ンだよぅ……あ、もしかして謝りに来たのかな?


「ん?」

特徴的なポニテを揺らしながら、内面はともかく外面だけは非常に可愛いと言うか美人なまどかが振り向き、微笑む。

「あ、どこに行ってたのよぅ……モテモテ君。ぷぷ」


「……」

前言を、撤回させてもらおう。

俺はこの女を……陥とすッ!!

あらゆるモテ技を駆使し惚れさせてやるッ!!

そしてゴメンナサイと言わせてやるのだぁぁぁぁぁぁッ!!



「ん?どったの洸一?顔が引き攣っているわよ?」


こ、この野郎……

まだか?

まだ俺様を愚弄する気かッ!!


まどかは腰に手を当て、不思議そうに首を傾げている。

その目はニコニコと……なんともまぁ、馬鹿を見るような目つきだ。


お、おおおおおのれぇ……どこが反省してるっちゅーねんッ!!

今こそ俺様の会得したモテ技を、性根の腐った貴様に叩き付けてやるッ!!

だが、待て。

落ち着け洸一。

相手はまどかだ……

美人なお嬢様だ。

言い寄って来る男もさぞ多い事だろう。

言わば百戦錬磨だ。

だからここは慎重に攻めないとねッ!!


俺は小さく咳払いをし、飛びっきりステキな笑顔、自分でも鏡の前で驚くほどのスマイルで彼女の元へと歩み寄る。

そして男らしく重低音を響かせた渋い声で、

「……やぁ、まどか。今日も一段と可愛いな」


「……へ?」

まどかはパチパチッと音が聞こえて来そうなほど、瞬きを繰り返した。


ふっ、驚いてやがる……

だが、これからだッ!!

洸一48のモテ技の一つ、『誉め殺し』を食らうが良いッ!!

「まどか……君はなんて美しい女の子なんだ。長く艶のある天使の輪がキラリと光る髪に、傷一つ無い端正な顔立ち。君こそはまさに、地上に降りて来た天女だ」

うへぇぇぇぇ~……

何だか言ってる自分が馬鹿みたいだぜ。


「こ、洸一……」

まどかは最初、眉を寄せ訝しげな表情をしていた。

だが俺様のシュガーなトークが功を奏したのか、ポッと頬を赤らめると、

「洸一も……好い男だよ」

と呟いた。


おっ?

早くも陥落か?

ふふ、呆気ないね。

それとも、やはり俺がステキ過ぎるのかな?


「洸一は普段はぶっきらぼうだけど、本当は誰よりも優しいし……優しくて男らしくてさっぱりとしていて、私が出会った事のある男の子の中では一番ステキなの」


「お、おぅ…」

な、なんか……背中がこそばゆいですなッ!!


「もちろん性格だけじゃなくて、見た目も好い男よ。強い意思を秘めた瞳の中に同居する思いやりの心が、私には分かるの。洸一の事を馬鹿にしたり悪く言う奴も居ると思うけど、決して嫌いになったりはしないわ。それは洸一が、本当は他の誰よりも優しいって知ってるからなの」


「ま、まぁな」

あ、あれ?

なんか心臓が妙にバクバクしてきた……


「私は……そんな洸一が好きよ。世界中の誰よりも好き」


「ま…まどか……」


「……な~んて言うと思った?」


「……へ?」


「あららら……思ったより簡単に騙されちゃうのね、洸一は。ぷぷ、チョロいわ」

まどかはフフーンな笑みを零し、長く垂れた鬢を指に巻きつけながら、

「どう?私の必殺技、誉め殺しは?」


「――ハゥァッ!!?」

ば、馬鹿な……

真似ただとッ!?

俺様のモテ極意を、一瞬で真似たと言うのかッ!!

くっ、さすが[天才]のアビリティを実装していることはあるぜ……

これが器の差と言うやつか?

「な、何を言ってるのか、分からないなぁ……まどか」


「ふん、アンタの行動パターンはお見通しなのよ。どうせ昨日買った本に感化されたんでしょ?」


「ぐっ…」


「そしてそれを私で試してみて、後で笑い者にする気だったんでしょ?」


「ぐぐっ…」


「全く、本当に洸一は脊髄反射だけで生きてるような男ねぇ」

まどかはそう言って、クスクスと馬鹿にしたような笑みを零した。


お、おのれぇぇぇぇ……

だが俺は、まだ負けたわけじゃないッ!!

「まどか…」

俺はさらに彼女に近づき、そっと手を伸ばす。


「な、なによぅ…」


「……えいっ」

掌で、まどかの豊かな胸を包み込む。

ぬぅッ!?す、凄いッ!!

これがまどかの……


「な゛ッ!?なにすんのよーーーーーーーッ!?」

バキッと顎方面から何か骨的なモノが砕ける音が響き、俺はクルクルと華麗に宙を舞った。

「こここ、このド馬鹿ッ!!いきなり何処を触っているのよッ!!」


「あぅぅぅ……お、おかしいなぁ?ちょっとしたスキンシップのつもりだったんじゃが……」

あの本にも、時には触れ合うことも必要だって書いてあったし……


「あ、あんた……本当に馬鹿ねッ!!」

胸を押さえ、まどかが俺を睨み付ける。

「ったく、何でもかんでも鵜呑みにして……この色魔ッ!!性犯罪者ッ!!」


「あぅぅ…」

どうでもいいが、物凄く顎が痛いんじゃが……もしかして、砕かれてる?


「はぁぁ~……これだから洸一は」

まどかはこれ見よがしな溜息を吐くと、既に半泣きで地面に跪いている俺を見下ろしながら、

「アンタ、何であんな本を買ったのよ?そんなに女の子にモテたいの?卑らしい男ねッ!!」


「ち、違わいッ!!ってゆーか、俺は生れ付きモテモテじゃわいッ!!それこそ運命の女神も嫉妬するほどになッ!!」


「あっそう。だったら何で買ったのよ?」


「うっ…」

それは言えない。

平穏な学生生活、即ち殴られたり刺されたりしない普通の学園生活を送る為に、お前達を手懐けようと考えた、等とは決して言えない。

言ったら最後、もっと酷い目に遭うような気がするからだ。


「なによぅ。なんで黙っているのよぅ」

ジロリと俺を睨む。


「うぅぅ……だってだって、僕ちゃんもお年頃だし……」


「洸一。アンタは何時ものようにしていれば良いの。変な事に感化されずに、普段通りに振舞っていれば良いのッ!!分かったッ!!」


「あぅぅ…」

それはつまり、いつものように黙って殴られろ、と言う意味だね?


「返事はッ!!」


「りょ、了解であります、大佐」

俺はガックリと項垂れた。


「ふんっ、分かれば良いのよ。洸一は……洸一らしくしているのが一番なんだからね。いつも通りでいいのよ…」


「そ、それはどーゆー意味でしょうか?」


「う、うっさいわねぇ…」

まどかは少しだけ頬を膨らませた。

そして座り込んでいる、ってゆーか顎に致命的なパンチを受けて既に足腰の立たない俺の顔を包み込むように手を添えると、

―――ンチュッ♪

唇に触れる、柔らかい感触。


「……へ?あ、あれ?」

なんだ?

な、何をされた俺は??


「な、なによぅ…」

マジマジと見つめる俺の視線から逃れるように、まどかはソッポを向いた。

「べ、別に……大した意味はないんですからねッ!!ただちょっと……昨日はやり過ぎたから……そのお詫びよッ!!」


「そ、そんなに怒鳴らなくても……」


「う、うるさいッ!!それより、いつまで座り込んでいるのよッ!!さっさと立つッ!!そして練習するッ!!」


「そ、そんなこと言ったって……腰から下が狂牛病かッてぐらいにガクガクとしてるし……勃つのはチ○コぐらいだよぅ」


「……」

―――ドゲシッ!!!

と、凄い蹴りを入れられた。


「うわぁぁぁぁーん、いつも通りに振舞えって言ったのにぃぃ」


「うっさいッ!!あんたの脳味噌は、少しぐらい叩いた方が治りが早いのよっ!!」


「そんな昔のテレビみたいに…」


「本当にアンタって男は、救いようの無い馬鹿タレなんだから……」

まどかは腕を組み、俺を見下ろしていた。

が、何故かその瞳は、少しだけ優しかった……ような気がしたのだった。


――PS

優チャンは、体育委員のお仕事で、少し遅れてやって来た。

ちなみに来た時には、俺はもう虫の息だった。

ちくしょぅぅぅ……

まどかの野郎、練習と称して俺を散々ド突き回しやがって……

いつか……

いつか必ず、俺様に服従させてやるッ!!

だって今日、帰りに本屋で『ジゴロも絶賛ッ!!今日から貴方もモテモテⅡ~モテモテ海、天気晴朗なれど波高し~』を買ったからなッ!!

これさえあれば、いつか必ず……









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