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俺様日記~魔界行~  作者: 清野詠一
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進め洸一、何処までも




 「―――リステインッ!!」

叫ぶと同時に、耳を劈く目覚ましの音。

俺は寝惚け眼を瞬かせ、枕元の時計のベルを止めながら、

「誰だよ、リステインって……」

思わず苦笑。

全く、叫びながら目覚めるって、寝惚けるにも程があるだろう。

って言うか、リステインって……

「アニメの見過ぎかな?」

どんな夢だか全く憶えてないけど、何かこう、面白かったような、それでいて凄く怖かったような不思議な感覚が残ってる。

「……ま、良いや。顔でも洗ってこ」

そう独りごち、俺はモゾモゾと布団から這い出たのだった。



★5月13日(金)



修学旅行も終わり、今日からいつも通りの日常。

これと言った事件も起きない……ような気がする、平穏な日々の再開なのである。


朝、何だか妙な夢で早くに目覚め、ボンヤリとした頭で朝食用にトーストなんぞを焼いていると、ピンポーンと間の抜けた玄関チャイムの音と共に、

「光一っちゅわーーーーーーーーん♪」

と、爽やかな朝を台無しにするようなキ印の声。

いつもと変わらぬ、俺の日常の始まりだ。


「光一っちゅわぁぁん♪――って、あれ?起きてる?」

玄関から、俺の承諾無しに勝手に作った合鍵で家の中に入って来た穂波は、キッチンで朝食を摂っている俺を見るや、不機嫌そうな声で、

「ンもぅ、私が起こしに来るまで寝ていなきゃ駄目じゃないのぅ」


「……何を言うてるのだ、お前は?」


「だってぇ……寝ている光一っちゃんを起こすのが、私の役目なんだもん。それは義務なんだよ」


そんな役目を授けた覚えは、残念ながら俺にはない。

「相変わらず朝からトンチキな事を……」


「なによぅ。もう私と洸一っちゃんは、ただならぬ関係なんですからね。うひッ!!うひひひ……」


「黙れ知恵遅れッ!!」

俺はがっくりと項垂れ、齧っていたトーストをコーヒー牛乳で流し込んだ。

「修学旅行の一件は、アレは全て無かった事なのだ。不幸な事故なのだ。拠って俺とお前の関係は今でも単なる幼馴染。もしくはアカン子とナイスガイと言う関係なのだ。理解したか?」


「洸一っちゃんは意外に純情なんだよね。照れ屋さんだよぅ」


はい、全然理解してません。

「困ったぐらいに人の話を聞いてねぇなぁ。ま、穂波らしいと言えば穂波らしいが……」


「えへへぇ、褒められたよぅ♪」


「……何をどうしたらそんなポジティブに解釈出来るんだか知らんが、それよりもぼちぼちと行くか」

俺はそう言って、鞄を手にしながら立ち上がった。

何だかやけに疲れてしまった。

思わず「あふぅ」と溜息が出てしまう。


「ん?どうしたの洸一っちゃん?今日は少し元気ないね?」


「朝一でお前の毒気に当てられたのと、ちょいと夢見が悪くてな。……それで早く目が覚めた」


「夢?夢ってどんな夢?」


「あん?ん~……良く憶えとらん。ただ、リステインって女の子がいて、俺は……むぅ、やっぱ思い出せん」


「良く分からないけど、光一っちゃんはエロゲーのやり過ぎだよぅ。だから頭の中が常に妄想でいっぱいなの。一度頭をカチ割って、中の味噌を洗浄した方が良いと思うな」


「朝も早くから容赦の無い罵詈雑言、有難う御座います」


ま、そんなこんなで穂波と共に学校へ。

途中で合流した智香も交えて、あまり為にならない話をしながら学校へ到着。

そして授業中は爆睡。

お昼ご飯の時に自然に目が覚め、午後からはまたもや爆睡。


臨席の美佳心チンは諦めにも似た表情で

「洸一君や。もうちっと真面目に生きた方が、エエんとちゃうんか?アンタこのままやったら、将来は確実にダメ人間で孤独死は確定やで?……ま、今でもかなりダメなんやけどな」

等と苦言を呈してくれるが、眠いモンは仕方があるまい。

俺は育ち盛りなのだ。

寝る子は育つのだ。


さて、寝ている間に放課後になってしまったので、俺は鞄を持って裏山へ直行。

今日からビシバシッと、来るTEP主催の総合格闘技新人戦の為に、頑張るのだ。

血の汗を流し、涙を拭かないのだ。


「とは言ったものの……」

俺は煌く青春の汗を流しながらズドバンッとサンドバッグを叩いている優チャンを見やり、小さく溜息を吐いた。

どうにもモチベーションが上がらない。

ついこの間まで、新人賞を取ってキスをゲットだぜ、とマイ・ソウルは熱く燃え滾っていたと言うのに、今ではすっかり鎮火してしまった。

真咲やまどかと既にチュウしてしまい、やる気が半減した……

と言うことも多少はあるかもしれないが、やはり一番の原因は、時が経った、と言うことだろう。

時間が経つにつれ、段々と熱血度が下がる一方で、それに反比例して冷静さを取り戻して行く。

確かに俺は、地域限定最強の戦士だ。

自慢じゃないがこの界隈では、神代さん家の洸一君と言えば、頭の悪そうな奴が黙って道を空けるほどの存在なのだ。

が、それでも……それはあくまでも、この狭い街の中だけの話。

喧嘩百段算盤3級と呼ばれた俺様でも、総合格闘技如きナンボのモンじゃい、と思えるほど、自惚れてはいない。

いやむしろ、ちょっとビビってる。

まどかや優ちゃんに鍛えられるにつれ、格闘技の奥の深さに眩暈がしそうだ。

そもそも、新人戦で戦うのは一年坊主とはいえ、そのキャリアは俺の何倍もあるのだ。

対して俺は、格闘技を習い始めてまだ一ヶ月の若葉マークどころか単なる仮免野郎。

しかもだ、大会そのものの経験がないのだ。

当然の事ながら、俺は他の奴等のように、空手や柔道と言った格闘系の大会に出たことはない。

せいぜい穂波や智香達と、クイズ番組の地区予選に出た事があるだけだ。

この差は大きいと思う。

会場の雰囲気に飲み込まれ、無様に負ける自分が想像できてしまう。

誇り高い俺様としては、そんな惨めな姿を晒すのは末代までの恥と言った感じ。

いっそのこと、見知らぬ親戚が死んだという事にして欠場してしまおうかしらん、とか後ろ向きな考えまで出て来る始末なのだ。


うぅ~む……困った。

俺だって、参加するからには勝ちたい。

が、現実的にそれは無理。

でも惨めな姿は見せたくない。

どうしたら良いのだろうか?

誰か触れずに相手を吹っ飛ばすようなお手軽な必殺技を伝授してくれないだろうか?

しかも厳しい修行抜きで。

……

明日、のどかさんにでも少し相談してみようかなぁ……

あの人なら、手っ取り早く俺を強くしてくれるような気がする。

けれど、なんか暗黒面に引き込まれる感じもする。

それでも、話すだけ話してみようかな?



★5月14日(土)


今日は土曜日。

つまりは半ドン。

んで、現国の時間に、修学旅行の思い出を随筆調で纏めろとか何とか言われ、原稿用紙に俺様の溢れんばかりの文学的才能を活かしてカキカキと書き込んでいると、臨席の美佳心チンこと赤い稲妻が、「なんや洸一君。珍しく、真面目に書いとるやないけ…」

不思議そうな顔で尋ねてきた。


「まぁな。あの旅行は、俺様の人生にとってかなりインパクトのある旅行だったからな。色々と、思う所もいっぱいあるわけですよ」


「……ほか。まぁ、何や分からんけど、真面目に書いとるのはエエことや」

美佳心チンは何故だかエラソーにそう言うと、不意に辺りを窺いながら声を潜め、

「ところでや、あの事は……書いてへんやろーな?」


「あの事?……あの事ってなに?」


「き、決まってるやないけ。その……ちょっとしたアクシデンツのことや」


「アクシデンツ?地元の少年に声を掛けていた豪太郎が通報された事か?」

さしもの俺様も、あれにはびっくりした。

何故なら、普通はたくさんのお巡りに囲まれるとビビっちまったりするものだが、豪太郎の野郎は『ウヘヘヘ~♪』と嬉しそうに、しかも乳牛ばりに涎を零しながら笑っていたからだ。

しかもその後で、『屈強な男の人達に囲まれるのって、凄く興奮するね』とか何とかヌカしていた。

ヤツの頭の中には、一体どんな未知のホルモンが含まれているんだか……


「あれはアクシデンツやなくて当然の結果やないけ。うちが言いたいのは、その……夜の事で……」


「ゴニョゴニョ言われても分からんが…」


「……まぁええ。洸一クンや、何を書いたのかちょいと見せてみぃや」


「断る。何故ならまだ書き上げてないから」

俺はそう言って、机の上の原稿用紙を腕で覆い隠した。


「なんや。変な所で小心者みたいな真似して……」


「う、うるせーな…」


「チッ、洸一くんはこれやから……まぁエエわ。ちょっとだけ読んでみい。タイトルは何や?」


「何を怒ってるんだか分からんが、タイトルは『北方冒険異聞・初めてのチュウ』……」


「……捨てろや」

美佳心チンは片眉を吊り上げ、低い声で唸った。

「今すぐに、破り捨てろや」


「ややッ!?検閲するのかッ!?表現の自由を奪うのかッ!?それは民主主義の原則に反するぞよ」


「ドアホゥ!!」

と、授業中なので静かな声で吼える。

「あの事は、他言無用やと言うたやろーが!!それとも何か?洸一クンは、あの一件をみんなに知られてもエエんか?」


「うむ、言いたい事は分かる。けどな、俺が書いてるのは真実なんだよ。俺が書かないと、真相は闇の中へ消えちまうだろ?」


「あ?どーゆー意味や?」


「つまり……」

と、俺が美佳心チンにワケを説明しようとすると、いきなりガガガッと椅子を引く音が響き、続いて、

「先生、書き上げたよぅぅぅぅ」

アカン子の大きな声。

「タイトルはズバリ、北海道・愛の旅/後編ッ!!ケェーーーーーーッ!!」


「……な?分かるだろ?」

俺はがっくりと項垂れた。

「あいつの文章は、恐らく現実と虚構が入り混じった死海文書なんだ。だから俺は、敢えて真実のことを書く。どうせ遅かれ早かれバレるんだ……だったら早い内に、ちゃんと真実を発表しておいた方が良い。そうは思わないか?」


「な、なんで榊さんはあの夜の事を……は、恥ずかしくないんか?」


「残念ながら羞恥心という高度な感情は、持ち合わせておらんのだ。ヤツの感情は昆虫と同じだからな」


「そ、そうなんか…」


「むしろ事実を捻じ曲げて発表し、それを既成事実とする魂胆だ。脳内の妄想を現実世界で捏造するのは得意だからな。そもそもアレだし」


「さ、榊さんって、恐ろしいなぁ……」


「ふっ、俺は生まれた瞬間から気付いていたわい」

俺はそう言って、再び原稿に取り掛かる。

「美佳心チンもこの際だ、不名誉なことだが、出来るだけ真実を書いておけ。や、別に不名誉じゃないけど」


「そ、そやな。ところで洸一くんや…」


「ん?」


「榊さんのあれ、後編って言うてたけど……前編はどないしたんやろ?」


「……さぁな。何しろ可哀相な子だからなぁ……精神科医でもない限り、何を考えているのか誰にも分からんわい」



授業が終わり、俺は購買で買ったパンをぶら下げ、オカルト研究会の部室へとやって来た。

「チィーーーーッス」

ドアを開けるとそこは不思議時空。

珍しく開いているカーテンの窓際で黒兵衛が日向ぼっこをし、酒井さんが藁人形のジュリエッタを補修している。

何だか校舎の中とは思えない凄い光景だが……

もう、完璧に慣れてしまった。

我ながら自分の環境適応能力が、少し恐ろしい。


「あれ?のどか先輩はまだ来てないのか…」

俺は椅子を出し、取り敢えず昼飯を食う事にした。

紙袋の中から、グレープフルーツ100%ジュースを取り出す。

俺のように常にストレスの溜まる環境に身を置いている戦士にとって、ビタミンCは必要不可欠な栄養素なのだ。


「……んにゃ?何か良い匂いがするんじゃが……なんじゃろう?」

鼻腔を擽る花の香りに首を傾げていると、酒井さんがギギギッと首を鳴らして此方を振り向いた。

「キーーー(分かる、洸一?)」


「へ?何が?」


「キーキーーーーーッ(シャンプーを変えたのよ。大島産の椿油を使った高級シャンプーよ)」

そう言ってフフーンな笑みを零し、サラサラッの髪の毛をサッと掻き上げる魔人形。


「な、何を言うてるのか良く分からんけど……突っ込みどころ満載のお言葉ですねぇ」


「キー(何よ洸一?)」


「いや別に……ただ酒井さんって、毎日お風呂に入っているのかなぁ~って」


「キーー(当たりでしょ?)」


「あ、当たり前なんだ……」

一体、どうやってお風呂に入るのだろうか?

やはり、のどかさんが入れるのだろうか?

……

一人で入っていたら、物凄く怖いなぁ……

「うぅ~む、なるほどねぇ。ま、酒井さんは綺麗好きそうだから……って、黒兵衛?貴様何をしている?」

床に視線を落とすと、相変わらず貧相な顔つきをした野良出身の馬鹿猫が、俺の足元に体を摺り付け、『ナ~ヴ~』とダミ声で鳴いていた。

おかげでズボンの裾は毛まみれだ。

「ンだよぅ。もしかして腹が減っているのか?」


「ナブゥ…」

黒兵衛は甘えた声を出した。


「ふむ。つまり貴様は、この俺のハムカツサンドが食いたいと、そう言うのだな?」

俺は手にしたサンドイッチを、黒兵衛の鼻面に近づけた。


「ナ~ブゥゥゥゥ」


「ふっ……誰がやるかボケ猫ッ!!」


「――ナブッ!?」


「そもそも人様の食いモンをねだるのが、大きな間違いだ。猫は猫らしく、表でスズメでも狩ってろ」

言って俺は、昼飯に買ったサンドイッチを頬張ろうとするが、

「ナブッ!!」

黒兵衛は短く気合を入れるや、軽やかなジャンプを披露。

それはまさに神業の如く、俺の手からサンドイッチをもぎ取って行った。


ぬ、ぬぅ……見事な早業だ。

今日から黒兵衛改め影千代と呼んでやりたいが……

「この駄猫がーーーーーーーッ!!」


「ナブゥゥゥゥ~ッ!!」


「おっ!?なんだ背中の毛をおっ立ててからに……やるのか?俺様とやろうって言うのか?」


「ナブゥゥ」

黒兵衛は俺様の昼飯を口に咥えたまま、挑発的に尻尾を振った。


「ふ、上等だ……表へ出ろクソ猫ッ!!今日という今日は貴様にペットとしての何たるかって言うのを、拳を持って教えてくれるわーーーッ!!」


「キ~…(畜生相手に何を本気で怒っているんだか…)」


「黙れ酒井さんッ!!これはもはや、人と猫とのプライドを懸けた問題なのだッ!!……良く分からんけどなッ!!」

言って俺は黒兵衛を睨み付ける。

黒兵衛もサンドイッチをもしゃもしゃと齧りながら、俺にガンをたれていた。


ぐぬぅぅ……

ハムカツサンドの恨み、如何にして晴らしてくれようか……


と、その時だった。

カチャリと静かに扉が開くや、

「……洸一さん」

この部室のあるじ様登場。

「一体、今日はどうして……」


「の、のどかせんぷぁーーーーいッ!!」

俺はチャンスとばかりに彼女に抱き付いた。

酒井さんが何やら金切声を上げてるが、そんなモンは無視だ。

「聞いて下さいよ、のどか先輩ッ!!」


「……承ります」


「先輩のクソ猫……もとい愛猫が、僕ちゃんの貴重なタンパク源を横取りしたんですよぅ。さすが野良出身の意地汚い奴です。僕としましてはカムバック・マイランチと言う気分ですよぅ。お~いおいおい…」


「まぁ…」

のどかさんは微かに驚いた吐息を漏らすと、悲しそうな瞳で黒兵衛を見つめ、

「アレクサンドル……めっ、ですよ」


「ナブゥゥ」

黒兵衛は後ずさった。


「……こちらへいらっしゃい」

スッとのどかさんが腰を屈める。


ふっ、愚かな馬鹿猫め……

のどかさんのネチネチとした説教を食らうが良い。


「アレクサンドル…」


「ナ~ブゥゥ」

分不相応な名前を付けられている黒兵衛は観念したのか、のどかさんの足元へとやって来るや、頭を垂れた。


「アレクサンドル。洸一さんはただでさえエンゲル係数が高いのですから、大事なお昼ご飯を盗ってはダメなんです。餓えに耐え兼ねて一揆を起こしかねませんから」


な、なんか、微妙に馬鹿にされているような気がするのぅ……


「分かりましたか、アレクサンドル?」


「ナブゥ…」


「そうですか。分かれば宜しいのです。では…」

のどかさんはゆっくりと手を挙げ、そしてシュゴッ!!と空気を切り裂く音と共にそれは振り下ろされた。

まどかばりの僕には見えない光速拳だ。

――ドゴンッ!!

鈍い音と共に、のどかさんの小さな拳が黒兵衛の頭蓋に激突。

「フギャンッッ!!」

黒兵衛はまるで車に轢かれた猫の如く、床の上に大の字でペチャンコになっていた。


―――ひぃぃぃぃぃぃッ!!?

お、おいおいおいおい……

し、死んじゃってるんじゃねぇーか?


「……体罰も時には必要なんです。これも躾なんです」

驚く俺をよそに、のどかさんは微笑みながらそう言うが……

小動物相手に、マジパンチは如何なモンなんでしょうか?


にしても、凄ぇパンチだぜ……

全然、見えんかった。

さすが、まどかの姉。

ってゆーか……

のどかさんって時々、本気で怖いよなぁ。



「く、黒兵衛……大丈夫か?凄い勢いで死んじゃってねぇーか?」

俺はピクリとも動かない黒猫の鼻先に手をやる。

……うむ、息はしているから大丈夫だろう。

「良かった。取り敢えずは生きてる」


「当たり前です…」

と、動物虐待でPETA辺りに目を付けられそうなのどかさんが、ちょっとだけ唇を尖らせた。

「ところで洸一さん。今日はどうしてここに?」


「へ?」


「洸一さん、格闘技の大会が近いから、オカルトなんてちゃんちゃらおかしいと言ってました」


「そんな事は言ってません」

な、何を言い出すんだか……

最近部室に顔を見せなかったから、いじけているのかな?

「実はですねぇ、のどか先輩。今日は先輩に、ちと相談と言うかお願いしたい事がありまして……」


「お願い…」

何を想像したのかは知らないが、のどかさんは微かに頬を赤らめ、もじもじとしながら、

「いつでもどうぞです…」


「いや、何を期待しているのか知りませんけど、実は格闘技のことで……」


「……」


「あのぅ……良いですか?話を続けて?」


「……どうぞ」

実に素っ気無い。


「え~とですねぇ……単刀直入に言いますけど、簡単に強くなれる方法はないでしょうか?」


「……」


「俺、自信が無いんです。格闘技なんて、習ってまだ一ヶ月ですし……けど、大会に出るからには勝ちたいんです。でも、努力とか根性とか、そーゆーものは俺には実装されてないんです。と、ゆーわけで、少々非合法な手でも良いですから、何かお手軽に強くなる方法はないですかねぇ?」


「まどかちゃんが聞いたら、怒りまくりです」


「……でしょうね」


「ですが洸一さんの気持ちも分かります。良いでしょう……協力します」

のどかさんは静かに頷いた。

「色々と方法はありますが……やはり一番早いのは、薬です」


「ドーピングですか?」


「はい。実はこんな事もあろうかと、既に用意してあるのです」

そう言って、ポケットから何やらピンク色をした液体の入った小瓶を取り出す。

見るからに妖しげだ。

ってゆーか、なぜ事前に用意を??

「これを飲めば、洸一さんは梁山泊クラスの猛者になれます」


「ほ、本当ですか?何か、自然界には存在しない超科学的な色をしているんですが……副作用とか無いですよね?」


「………はい」


「どうして目を逸らすのかは謎ですが、分かりました。飲んでみましょう」

俺は意を決し、薬を受け取るや、その限り無く毒薬に近い液体を腰に手を当て一気に飲み干した。

どうせここで躊躇しても、のどかさんのことだ、なんやかんや理由を付けて強引に飲ませるつもりだろう。

ならばいっそのこと、自らの意思で飲んだ方が気持ちが良いッ!!

それに怪しそうだけど、成功するかも知れないし……

「……おっ!?」

瓶の中の液体を飲み干した瞬間、いきなり心臓が大きく跳ねた。

ドックンドックンと重く、そして早く心臓が鼓動を打つ。

そしてそれに併せ、体の奥底から何か得たいの知れない力が沸いてくるようだった。

「ぬぅ、心臓が……」


「心臓が…」


「体温も上がって……」


「体温も…」


「それに、筋肉が段々と膨らんでいるような……」


「筋肉…」


「むぅぅ。これは何だか凄そうな……」


「……失敗しました」


「―――ブッ!?」


「おかしいです。そのような症状が現れると言うのは、想定していません」


「そ、そんなあっさりと…――ハゥッ!!?」

不意に腰の辺りに鈍痛が走り、思わずその場にしゃがみ込んでしまう。

熱い……

体が燃えるように熱い……


「洸一さん…」


「ぐぬぅぅぅ……って、あれ?」

突然、全ての痛みが収まった。

体温や呼吸も正常だ。

ただ、妙に腰の辺りに疼痛を感じるが……


「大丈夫ですか、洸一さん?」

心配気な顔でのどかさんが俺を見つめるが、次の瞬間、慌てて顔を背けてしまった。

酒井さんも両の手で顔を覆っている。


「どうしたんですか、のどか先輩?」


「ど、どうしたもこうしたも……」

「キキーーーー(自分の下半身を見なさいッ!!)」


「下半身?」

俺は視線を落とす。

そこは尖がっていた。

エレガントに聳え立つズボンの前は、真上から見下ろすと床すら覆い隠すように、見事な二等辺三角形を形成していた。

神代洸一、絶賛朝立ち中だ。

……いや、朝じゃないんだけどね。



「うひぃぃぃぃッ!?」

俺は慌てて自己主張をしている股間を押さえ、その場に蹲った。

の、のどかさんの前で何たる失態ッ!!

ってゆーか、どーして大きくなるんだ???

俺は何も興奮してないのに……

しかもいつもより大きいしッ!!(当社比25%UP)


「あ、あのぅ……先輩?これは違うんですよ?」

何が違うのか分からないがな。


「ぞ、存じてます…」

偉大な魔女様もさすがに恥ずかしいのか、目を合わせないように小さく頷いた。

「多分それは、先ほどの薬の影響です」


「そ、そうなんですか?」

ってゆーか、またですか?

また、やらかしたんですか?


「……はい。恐らくは、男性ホルモンの過剰分泌と自律神経の反応が原因だと……」


「な、なるほど」

俺は自分の股間を、繁々と見つめた。

確かに、通常の状態じゃねぇ……

手で押さえ込んでも、それを跳ね返すように立ち上がろうとする。

まさにフェニックスのようだ。

不屈のチ○ポと呼んでも良いだろう。


しかし、さすがの俺様もこれは恥ずかしい。

魔女だけどウブでネンネな生粋のお嬢様の前で大きくなってしまうとは……

しかも酒井さんと一緒に、時折チラチラッて見てくるし……

「あ、あのぅ……これ、元に戻るんでしょうか?」

まさか一生、立ちっぱなしって事はないよね?

それだと嬉しいんだか悲しいんだか、僕分からないよ。


「……精神を集中して下さい。薬の影響を精神力で押さえ込むのです」


「りょ、了解です」

よし、洸一チン……集中しろ。

萎える事を考えるんだッ!!

穂波の笑顔を思い浮かべろッ!!

「あ、小さくなった」

俺の股間は、一瞬でシオシオのパーになった。

ありがとうクマ女ッ!!


「薬の影響は……多分、半日ぐらいで収まります」


「そ、そうですか。そりゃ良かった」


「はい。その間に、トレーニングをする事をお薦めします」


「は?」


「今の洸一さんは、ホルモンが過剰に分泌されている状態です。鍛えれば通常より、何倍も効果がある筈です」


「なるほど。災い転じて福とするワケですね?」


「はい。ただし、常に精神を集中していて下さい。邪な事を考えると、また……その……なってしまいます」


「邪なこと……」

・・・・・・

「――ハゥッ!?」

股間に走る激痛に、俺は再び蹲った。


「集中です、洸一さん」


「りょ、了解了解」

いかんいかん……

考えるなと言われると、ついつい考えてしまうじゃないか……

思い出せ洸一ッ!!

辛い事や悲しい事をッ!!

「……あ、標準サイズに戻った」

ふぅ~、これで一安心だ。

ありがとう、ルーベンスの絵の前で死んだ少年と犬よッ!!


「大丈夫ですか、洸一さん?」


「な、何とか……」

パンツの中で暴れまくって、少々痛いけどね。


「良かったです。では、すぐにトレーニングを始めて下さい。私も別の方法で、洸一さんを強くする方法を考えますから…」


「はい、宜しくお願いします」

俺は礼を述べ、部室を後にしようとするが、

「キキキーーー(ちょっとお待ちなさい、洸一)」

酒井さんに呼び止められた。


「な、なにかな?」


「キーキキキーー(分かってるとは思うけど……出しちゃ駄目よ?効果が薄れるからね)」


「だ、出しちゃうって……ハゥァッ!?」

言葉が妄想を呼び、瞬間的に大きくなる。

「い、痛てててて…」

俺は股間を押さえながら、悶絶していた。


「キーー(ダメだわ、これは…)」


「あぅぅ…」



教室で体操着に着替えた俺は、やるせない溜息を吐きながらグランドの片隅で柔軟体操を行っていた。

本来なら、いつものように裏山で特訓をする所なんだが……

如何せん、股間が凶器と成り得るこの状況では、さすがにそれは難しい。

優チャンのブルマ姿なんぞを見たら、俺の剛棒は一体どうなってしまうやら……


「――ハゥッ!?」

い、いかんいかん……

ちょっと想像しただけで、股間がエレクトしてしまうとは……さすがのどかさん謹製の魔薬だ。

「痛ててて……」

こんもり膨らんだジャージズボンの前を押さえ、ちょいと前屈み。

大きくなる度に、愚息がダメージを受けてしまう。

そもそも薬の影響で、俺の股間はかなり面白い……もとい、おかしな事になっているのだ。

つまりそれはどう言う事かと言うと、通常『男が勃つ』と言うのは、なんちゅうか興奮度に比例して、徐々に大きくなる、と言うのが普通だ。

だが、ドーピングされたマイ・ジュニアは、まさに強化人間ばりにその反応速度が上がっている。

通常形態から臨戦態勢に入るまで、所要時間は僅か0.3秒。

残像すら見えるほどの速さで膨らんじゃう俺様の最終兵器は、その気になればビリヤードの球だって転がせそうなのだ。

これが所謂、人類の革新というやつだろうか?(全然違う)


「まいったなぁ……」

表情が変わるより速く股間で意志を表明してしまうとは……

薬の効果が切れるまで、女の子と会うことは絶対に避けなければならない。

婦女子の前でいきなりボンッと擬音すら聞こえそうな勢いで股間を膨らませてみろ……

最早そこには、どんな言い訳も通用しないではないか。

「ま、要は余計なことを考えずにトレーニングに励めば良いって事だよな。股間だって生物だし、ダメージも大きいからね」


そうなのだ……

実はちょいと、痛いのだ。

裸ならまだしも、おパンツの中でシャキーンと大きくなれば、限りなく本体そのものにダメージを受けてしまうのは道理だ。

このままではいつ何時、根元からポキッと折れてしまう非常事態になりかねない。

そうなったら、俺の青春はジ・エンドだ。

未使用のまま、哀れジュニアは鬼籍に入ってしまうのだ。


「さて、先ずは軽く準備体操だ」

そう独りごち、ストレッチで体の筋を伸ばし、次に地べたに横たわり腹筋運動。

良い感じだ……

特訓で痛めつける体の筋肉は、何かこう、清々しさを感じる。

Hな気持ちはスポーツで発散せよとは、よく言ったもんだ。

「良し、お次は腕立て伏せと……」

両の手を大地に着き、背筋を伸ばしながら顎が土に触れるまでの深くキツイ腕立て伏せを繰り返す。

「5…6…7……8……9……」

と、不意に目の前の地面に影が過ったかと思うと、頭上から聞きなれた声が響いて来た。

「こんな所で何をしている、洸一?」


「……へ?」

顔を上げると、そこには白い胴着。

視線を徐々に上に走らせ、

「よぅ、真咲」

空手部の打撃王にして学園の破壊大帝であり、しかも和的美人の真咲姐さんが、腰に手を当て、不思議そうな顔で腕立て伏せで汗を流している俺を見下ろしていた。


「洸一。なんでこんな所で練習してるんだ?」


「ん……別に……その……」


「優貴が待ってるんじゃないのか?」


「ん、んん~……」

はて、なんと言ったら良いのだろうか?

よもや、優ちゃんのブルマ姿で股間が膨らむ恐れがある、とは言えまい。

そもそも真咲さんには、修学旅行でもヤンチャ状態になったジュニアを見せてしまったし……

このままでは彼女に、洸一=股間がいつも臨界状態=頭の中もきっと臨界=性犯罪者、と言うような間違った印象を与えてしまうではないか。

そう言った誤解は、紳士な俺様としては甚だ不本意だ。

「え、え~と……今日は一人で練習しようかと……」


「一人で?」

真咲がさらに不思議そうな顔をした。

「一人で出来るのか?」


「も、もちろん、一人でだって――ハウッ!?」

腕立て伏せの態勢を取っていた俺の股間方面から、ズボッと鈍い音が響いた。

何だか良く分からんが、大きくなってしまったらしい。

危険ワードは、一体なんなんだ?


「い、痛てててててててッ!!?」

涙目でその場を転げ回る俺。

物凄く、下腹部の将軍様が痛い。

見ると地面に、ちょっとだけ穴が開いていた。

ぬぅ、勢い余って地面を突き刺してしまうとは……

母なる大地に突き刺した男、まさにプラネット・ファッカーと呼んでも良いだろう。

我ながら驚きだ。


「ど、どうした洸一?」


「ち、近寄るな真咲ッ!!」

見られないように股間を押さえ、俺は少し強い口調で言う。

「今の俺は………危険なんだ。研ぎ磨かれた刃のように、危険なんだッ!!(体の一部がな)」


「な、何を言ってるのか分からないが……」

困惑した表情で、真咲姐さんが近づいてくる。


く、くるな……


「洸一?」


くるなッ!!

今、お前に触れられたら……

今、お前に肩を掴まれたら……

俺は二度と……

俺は二度と……ッ!!

二度とお前を……


「洸一……」

真咲の手が、そっと肩に触れた。

「一体、どうしたんだ…―――ッ!!?」


「真咲しゃん……」

彼女の目は、俺様のビッグ・ガンに注がれていた。

肩に置かれた手が、わなわなと震えている。


「……」


「……お分かり、いただけただろうか?今の俺は危険なんだ。心も肉体も、ちとヤバイ事になっておるのだ」


「こ、洸一……」


「さぁ、帰れ真咲。そしてこの事は……忘れてくれ」


「……い、痛くないのか?」


「……へ?」

俺は真咲の顔をまじまじと見上げた。

彼女の顔は微かに上気しており、その瞳は潤んでいる。


「お、男の人は……そうなるモンだと知ってはいるが……い、痛くないのか?」


「……ちょっと痛い」


「そ、その……どうすれば、元に戻るんだ?」


「は、はい?」

俺は素っ頓狂な声を上げ、真咲を見つめる。

彼女の吐息が、少しだけ荒い。

もしかして……興奮しているのか?

え?なに?このエロゲ的展開は?


「洸一……」


「そ、その……なんだ、ここじゃなんだし……ちょいと場所を変えるか?」


「う……うん」

真咲は頬をこれ以上はないくらい真っ赤に染め、小さく頷く。

俺の終末兵器は、それだけでもう……

・・・

なーんて、思春期男子の馬鹿妄想みたいな展開にはならねぇーよなぁ……

俺は保健室のベッドに寝転がりながら、苦笑を零していた。

股間には、大きな氷嚢が押し付けられている。

あれから……何があったのかは、実はあまり良く覚えていない。

ただ、俺の肥大化した股間を見た真咲が、

「こ、この大馬鹿者ーーーーッ!!」

と、大地を震わす勢いで叫んだのと、シュゴーッ!!と風を切る爆音と共に、股間に走る激痛。

そして愛棒の根元から、ポキッと折れる破滅の音。

後は憶えていない。

気が付いたら、俺は保健室のベッドに横たわっていたのだ。


「……ちゃんと現役復帰、出来るんだろうなぁ」

それがちと、心配だった。


――PS

帰宅後、真咲姐さんから電話があった。

のどかさんの薬の影響であんな状態になった俺と俺の吶喊兵器に対して、申し訳の無い事をしたと謝っていた。

いやいや……

むしろ謝るのは、俺の方だ。

一度ならず二度までも、純な乙女である真咲さんの前で、レッドアラート・デフコン1状態になった俺様砲を見せ付けてしまったのだ。

間違い無く、犯罪者だ。

俺的には、是非とも何かしらのお詫びがしたい。

真咲は別に良いとか言うけど……それだと、俺の気が済まない。

ケジメは付けるべきだ。

「と言うわけで、中間テストとか真咲の空手の大会が終わったら、どこか遊びに行かないか?」

と誘うと、彼女は何故か瞬時にOKを出してくれた。

うむ、何だか分からんが、来月は真咲と初めてのお出かけだ。

デートだ。

ちょいと嬉しいぞ。

ただ……

これってお詫びになるのかな?







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