信じる序章-2
「うっとうしいんだけど」
「別に気にしなければいい」
「顔色悪いからさっさと保健室で寝てればいい」
「これが正常な顔色だ」
「うざぁ」
と昼休みのグラウンド脇にあるベンチに俺と志州は並んで座っている。学校敷地の西側には食堂が入っている新館がある。その南側にはバスケットゴールがある小さなスペースがある。そのコートの様子を見られるような感じにベンチは設置されている。あれから1週間ほど経った。志州がいつもここで飯を食べていることを知った俺はこうしてここにいる。臭いで嘔吐しないようにするために、志州の風上にいる。臭いはほのかに吹いている西風に飛ばされているために強烈な悪異臭の影響は小さいが、元が強すぎるだけあって俺の体調は常に絶不調だ。今日はすでに2回吐いている。これでも少ないほうだ。志州に付きまとうようになった初日は午前中だけで5回は吐いた。さすがにあれは堪えたが、信じるために覚悟していたことだ。今さっき胃袋の中身を空っぽにしたはずなのに食欲は微塵もない。だが、こうして志州の隣で昼食を取れる形になったので食べるわけにも行かず、購買で購入したメロンパンを食べならリンゴジュースを流し込む。昼休みの時間を使ってバスケットを楽しむする奴らを眺めながら俺たちをそれぞれの飯を食べる。
「弁当なんだな」
「・・・・・・だから?」
超不愉快そうに睨まれたが、気にしない。俺だって最初はそうだった。
それよりも俺の興味は志州の弁当だ。かわいらしい手のひらサイズの弁当箱の中には小さなおにぎりがふたつと卵焼きとミニハンバーグとブロッコリーとウサギの形をしたリンゴが詰められていた。なんとも女の子らしい中身だ。それで本当にお腹一杯になるのか?
「手作りか?」
「・・・・・・だから?」
どうやら、手作りのようだ。
「朝から作るなんて大変じゃないか?」
「・・・・・・だから?」
ちなみに俺は朝が弱いから絶対に無理だ。成木はそんなことないらしいが、あいつに料理をするなんていう知能は存在しない。一応、晩飯とは交代で作っているが、成木の場合は大抵適当に切った野菜と豚ばら肉をお得意の万能調味料で味をつけて完成という変化のないものばかりだ。それと比べたら少量ではあるがおいしそうだ。
「俺に一口」
「・・・・・・だから?」
「いや、その返しおかしいだろ」
「おかしいも何も、私はあなたと話したくない。さっさとどっかに行ったら?」
と不機嫌そうに卵焼きを一口でほおばる。
「志州が話したくなくても俺は話したいと思ってる」
胃袋の中身が逆流しなければ・・・・・・。
嫌そうな視線で俺のほうを見る。実際にこうして話しかけて話してもらえるようになっただけ、かなりの進歩だ。最初は口すら聞いてくれなかった。
「ずっと付きまとってうざい。ストーカー。変質者。変態。犬山」
なんで最後俺の名前なんだよ?
「いやいや、前も言っただろ。お前のことを信じるって」
あの時は大勢の前でかなり大きな声で叫んだことで志州が恥ずかしさで赤面した。それまで死んだ魚みたいに周りにはまったく興味のなさそうな表情を浮かべていた少女が俺の言葉で感情が湧き出てきたのだ。俺が最初に見た感情は悲しみだった。涙を浮かべていた姿だ。その次が恥ずかしさ。それで、今は怒っている。恥ずかしい思いをしたことで。
「そのセリフがうざいって言ってるの。マジでうざいし、キモい。しゃべりかけないで」
出たよ。女子高生の罵倒する言葉のテンプレ。うざい、キモい。それを強調するためのマジをつけるところを見ると死んだ魚みたいな目をしているも女子高生なんだなと、男子高校生が思うってなんか変じゃね?
「つか、私は別に信じてもらいたいなんて思ってないし」
「本当か?」
「本当よ。だから、付きまとわないで。それがあなたのためでもあるの」
「俺のため?」
小さなおにぎりをかじってそれを飲み込むと話の続きを待っている俺を見てため息をつく。
「私って嫌われ者なの。麻乃さんあたりに聞かなかった?関わるなって」
言われたが俺は首を横に振った。
「私って人が嫌いなの?」
「どうして?」
「・・・・・・・死んでしまった生き物をその瞬間から物みたいに扱うから」
ようやく、俺の知りたいことを志州は口にする。苦節一週間の成果だ。
「なんで?」
まじめなトーンで俺が聞くといいそうになった口元を一度閉じた志州はさっき齧ったおにぎりにかぶりついて食べきってミニハンバーグを割りながら少しずつ自分の心境を語り始める。
「道端に人が死んでいたら、すごい大事になるでしょ。それは人が死んでしまったことにみんなショックを受けているから。だから、人はその人が死んでしまった理由をがんばって探す。殺人なのか事故なのか自殺なのか。でも、人以外はどう?犬は猫は鳩は?」
たぶん、誰も興味ない。そこに犬猫の死体が転がっていても見向きもない。それどころか見たいとも思わない。生きているならば、誰かに拾われたかもしれない。可愛がられたかもしれない。だが―――。
「人以外の死体は死んでしまった瞬間、ゴミと同じ扱いになる」
悲しげな表情を浮かべて志州は呟く。
「あの子たちには私と同じ人生があるんだよ。家族がいて恋人がいて友達がいる。それを知りもしないでゴミみたいに袋に入れて捨てる。私にはその子たちの無念の声が聞こえるの。寂しい、苦しい、辛いって」
少しずつ語る声にも力が篭もってくる。
「死体は孤独だよ。死体には未練が一杯だよ。私はその子たちに寄り添うの。孤独を和らげて、未練をなくすために」
割ったハンバーグを連続で食べる。そして、掻き込むように残ったおにぎりをほおばる。
「・・・・・きっと、この気持ちは誰にも分からない」
「なんでそう思う?」
「誰も死体の声が聞こえないから」
それはまぁ、そうだな。俺の異常に良くなった鼻で嗅いだ臭いが分からないのと同じだ。
「そもそも、死体の声が聞こえるなんて言ったら、キモいでしょ」
ブロッコリーを齧りながら半分やけくそみたいな感じだった。
「だから、あなたもこんな私になんて無視していいの。私も人と関わってるよりも死体と関わってるほうが好きだから。好きでやってることだから文句言わないでよ」
今の感じだと、死体と関わること自体は嫌がっているわけじゃない。俺とは違って死体の声が聞こえることが苦になっているわけじゃない。逆に共存することを選んでいる。俺にもできただろうかと考えただけ無駄だ。絶対に無理だ。
あと、志州は自分が周りから孤立して嫌われていることを自覚していた。そして、そのことを心のどこかで不服に思っているように感じた。上辺では気にしていないように思えてもこの少女は孤独であることを望んでいない。
この1週間、志州に話しかけてきた人物は皆無だ。事務的連絡をするくらいだった。心のどこかで孤独であることを拒んでいた。だから、こうして俺が付きまとっても下手に抵抗しなかった。罵倒はしても正面から追い払うようなことはしなかった。
バカだな。分かりやすくて。
「分かったよ。文句は言わない。志州が死体好きの変質者だってことは分かったよ」
「なんかそう言われるとうざいんだけど」
自分で言ったんだろ。
「つか、なんで私が死体の声が聞こえるって信じてるの?聞こえもしないのに」
志州の言うとおりで俺には死体の声は聞こえない。だが、俺の鼻が告げている。志州は死体の声が聞こえている。その証拠に志州から発せられる強烈な悪異臭は死体と関わることで付いた臭い、死臭だ。体調をぶっ壊すことを覚悟して冷凍庫の奥で眠っていた1年前の豚のばら肉を解凍して臭いを嗅いだ。その臭いは腐った臭いだ。生臭い、腐敗した臭いは鼻をむっとさせて口に含む欲求を根ごそぎ奪い去る臭いだった。だが、志州のような重量のある思い臭いとは程遠かった。死体は生き血が残っている。その血が腐敗した鉄の臭いと腐敗臭と生臭さ、生き物が死ぬことで発する悪臭を大きな釜の中でぐつぐつと煮たような臭いを志州は携えている。
だが、それは死体の声が聞こえるということで揺れる感情が志州をその臭いをつけてしまう方向へと動かしている。死体と関わることを普通は選ばない。選ぶ理由がそこには存在するはずだ。
「別にいいだろ。信じたって」
確証はまだない。だが、志州には聞こえている。死体の声が。
呆れた志州は最後のリンゴを食べ終えると弁当箱を閉じる。
「なんで私のことを信じるのか知らないけど、もう関わらないで。迷惑だから」
「それは無理だな」
「はぁ?」
顔をゆがませて超嫌そうな顔をする。
「俺は誰にも信じてもらえない時期があった。それは本当に苦しい日々だった。だが、ある日のことだ。俺のことを信じてくれる人に出会えた。それで俺は救われて今ここにいる。死体の声が聞こえる。俺はその志州の言葉を信じる。信じてもらえることで救われる事だってある。俺にとって信じることは正義だから」
成木の言葉をそのまま使った。
「バカじゃないの?」
「バカかもしれない。でも、信じることは難しいことなんだ。信じてしまったなら信じ続けるしかない。だから、俺は志州のことを信じる」
改めて信じることを告げると始めて告げたときと同じように顔を赤面させて身を翻して駆けて行ってしまった。追いかけることはしない。いや、できない。今激しく動けば、胃袋の中身が飛び出してくる。さっき食べたメロンパンとリンゴジュースが出てきてしまいそうだった。これが落ち着いたら志州を探すことにしよう。臭いですぐに見つかる。
俺は志州のことを信じている。まだ、死体と話せることへの確証がつかめていない。それを掴むことで志州のことを知ることができる、信じることができる。それまでどうか俺の体よ、耐えてくれ。
ぐるっという音がして胃袋の中身が一気に収縮した。
「やべ!」
トイレに駆け込むためにその場を離れる。




