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8 婚約破棄の結末

「お前の継承権をシャルルの下にするという話が出ている。当分はフォートランで領地経営を学べ」


 父王に言われ、クラウスは軽く息を飲む。ある程度の覚悟はしていた。だが現実になるとやはりショックではある。


 エリーヌは学園内で事を収めたが、今回の愚挙はやはり王城に漏れていたのだろう。

 クラウスの王位継承者としての資質を疑問視する声が上がったと考えれば、この措置は納得がいく。だが。


 卒業後、クラウスは騎士に叙任され、父の元で国政を手伝うはずだった。

 フォートランへ行けという事はその話も流れたか。


 クラウスは夢が遠のくのを感じた。


 シャルルは王弟の息子だ。王家の子ども達の中では一番継承権が低い。彼より下になるという事は、王太子候補からほぼ外れることを意味する。


 第一王子の失脚だ。これから宮廷は荒れるかもしれない。

 フォートランへ行けということは、クラウスを派閥争いから避難させる意味もあるのだろう。

 そう察する事は出来たが、不甲斐なさは残る。

 ルシドラもシャルルも、派閥争いに対応できるほど成長していると判断されているのだ。

 クラウスだけが置いて行かれた。




「ルゼッタの娘との婚約だが。先方は継続してやってもいいと言っている」


 情けなさから俯くのを必死で堪えていたクラウスは、意外な事を聞いてハッとして視線を上げた。


 ルゼッタ公爵は今回の事に怒って婚約の解消を申し出てくると思っていた。

 元々クラウスの方から望んだ婚約だ。公爵は大事な娘を王家に嫁がせることに難色を示していた。


 ルゼッタ公爵の後ろ盾があれば、後継者争いから大きく退いたクラウスにもまだチャンスがあるかもしれない。


 だがルゼッタの思惑はどこにあるのだろう。

 リーンの態度を見ても、ルゼッタは第一王子派からは手を引くと思われたのだが。


「どうするかはお前が決めろ。エリーヌは多少傲慢だが、婚約者を蔑ろにするような女じゃない。それにだな」


 王は執務の手を止めて、じろりとクラウスを睨みつけた。


「婚約者に浮気をされて女が怒るのは当然だ。お前は学園になにを学びに行ったんだ」


 クラウスの暴走を眺めながら、父も言いたいことが山ほどあったのだろう。だがクラウスの好きにさせてくれた。


 考えてみれば、いくら学園内の事とはいえ、あれだけの事をしでかしたのだ。

 のんびり部屋に引きこもっていられた事の方がおかしい。

 きっと父が、手を回してくれたのだろう。


 クラウスの起こした不始末に対する後始末には、もちろん王も手を貸したが、主に奔走したのはエリーヌだ。

 王子の婚約者となってからずっと、エリーヌはそうやって影からクラウスをフォローしてきた。

 彼女の悪い評判は、そのせいで出来たものなのだ。


 クラウスが暴走したからといって簡単に見捨てるほど、エリーヌは安い女ではない。


 クラウスは完全に見当違いをしていた。


 だがそこまで教えてやるほど、王は暇ではない。


 かわいい息子ではあるが、分からないようならそれまでだ。

 国王は子どもに過剰な期待はかけないようにしていた。

 王様稼業など、損をする事ばかりだ。無理矢理させるものではない。





 叱責を受けて、クラウスは俯いた。


「申し訳ありません。王子として、自覚が足りませんでした」


 学園に行くと決めた理由は色々とあるが、人脈を作ることはそのうちの大きな理由を占めていた。

 ただ学ぶだけなら王城に学園の教師を招けばよかった。

 しかし国政は一人の力では動かせない。将来を見据え、一人では出来ない様々な事を支えてくれる側近を作るには、学園が最適だと思って選択したのだ。

 だが、今回のことで側近候補にと思っていた彼らには失望されてしまっただろう。

 リーンほど露骨ではないかもしれないが、失脚した王子としてこの先距離を置かれることは覚悟しなければならない。


 ツケを払うことの意味を、クラウスは感じはじめていた。


 学園は、クラウスに様々な事を教えてくれたが、いい事ばかりではなかった。

 学園でクラウスは自分の限界を知った。


 三つ上のルシドラ。

 クラウスが学園に入った時、彼女は学園に支配者として君臨していた。

 クラウスが入学してからも、それは変わらなかった。


 女であるにもかかわらず、姉には誰もが従わずにいられないカリスマ性があった。


 姉との違いをまざまざと見せつけられ、クラウスは王位継承者としての資質に疑問をもった。


 姉が在学中のうちは、姉が卒業さえすれば、と期待をもたずにはいられなかった。

 だが姉の卒業後、学園を支配したのはエリーヌだった。


 エリーヌの優秀さは知っていた。だが嫉妬せずにはいられなかった。


 己の小ささを知られたくなくて、周囲に認められたくてクラウスは時に暴走するようになった。


 第一王子としての虚像を演じ、次第に疲れていったクラウスにとって、飾らないリリアナの性格は癒しとなっていた。


 最初は変な女だと思っていたのだが。


 エリーヌと上手くいかず、相談に乗ってもらううちに、彼女に惹かれていった。


「ですが、リリアナは俺にとっての救いでした。後悔はしていません」


 父の前でクラウスは己の弱さを認めた。

 王子としては致命的な失態だったかもしれないが、後悔はない。

 いずれ明らかになったことだ。


「それがお前の選択だというなら、わしも、エリーヌも、なにも言わんだろう。お前の人生だ。好きに生きろ」


 父に見限られた。

 血の気が引く思いだったが、一方でどこか肩の荷が下りたようにも感じられた。


 不思議だ。自分は王子であることをそんなに重荷に思っていたのだろうか。


 あれほど、父の助けになりたいと思っていたのに。




 なんとか退室の挨拶を紡ぎだし、クラウスは覚束ない足どりで王城を後にした。

 普段は王子の一人歩きなどは許さない供のものも姿を現さない。


 外に出ると、青い空が広がっていた。

 ぼんやりと、その大きな青い空を見上げる。

 綺麗な青。リリアナの瞳の色だ。


「リリアナを迎えにいかなきゃな」


 だがその前に、やる事がある。


 クラウスは、公爵家のタウンハウスへ向かった。




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