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6 決闘。そして幕引き

 卒業パーティはお開きとなり、野次馬も引き連れて彼らは学園にある闘技場へと向かった。


 王都で武闘大会などが行われる時にも使われる立派な箱物だが、普段は騎士候補生が訓練に使う程度なので、闘技場は空いていた。


 使用には生徒会の許可がいるのだが、決闘の代理人が生徒会長なので手続きもすんなりと終わった。


 まるで卒業パーティの余興として用意されてでもいたかのように、闘技場には多くの野次馬たちが集まり、異色の決闘を楽しみにしていた。


 だが、生徒を立会人として行われた決闘は、呆気ないことに一瞬で終わった。


 二人の実力差をよく知っている騎士候補生達は、少しは遠慮してやれよ、と予想通りの結末を見て天を仰いだ。


 あれではきっと、しばらくは立ち直れず悪夢を見ることになるだろう。





「エリーヌ! 己の悪逆非道を後悔するがいい!!」


 訓練用の剣を持ち、クラウスはその剣先をエリーヌに向けて宣言した。


 幼い頃から騎士に憧れを抱いていたクラウスは、かつては騎士団長に稽古をつけてもらっていたこともあり、学園でも有数の剣の使い手だ。

 剣の講義でも高評価を取っており、その単位だけでも卒業の資格を得ていた。


 学園には様々な者たちが様々な理由でやってくるので、クラウスのように複数の講義の単位を取得するまで卒業試験を受けない者もいれば、剣の単位の取得だけで卒業試験を受け、王立軍に入る者もいる。

 騎士団に入るには剣の単位だけでは足りないので、騎士候補生達は慣れない礼儀作法の単位に四苦八苦しながら卒業試験を受けるのだが。

 意外にも礼儀作法の講義に苦労する騎士候補生を女子生徒が手助けする事で恋が始まる事もあり、礼儀作法の講義には密かな人気があった。


 クラウスと同じ剣の講義を受けている者はクラウスの実力を知っているので、事の経緯はわかっていてもその態度を大人気ないとも感じてしまう。


 相手は同年代の少女だ。扇より重い物は持った事もないように思われる華奢な少女だ。


 クラウスは卒業後は騎士として叙任される事も決まっている。

 一方エリーヌは、魔法の腕こそ賞賛されるものだが、詠唱に時間のかかる魔法が決闘に向いているとはとても思えない。


 魔法とは時間のかかる攻撃手段なのだ。

 治癒魔法のように詠唱に時間がかかっても問題のない魔法の使い手はいまでも貴重な魔法使いとして重宝されているが、エリーヌが使う攻撃魔法のようなものは、遠くからの援護射撃には向いていても、近中距離で一対一で行われる決闘には向かない。

 しかもその威力は、王家やルゼッタのような古い血統をもつ者なら実戦で使えない事もないが、ほとんどの場合は弓を射た方がダメージが大きいほど、しょぼい威力しか出ない。

 一番詠唱の早い、エリーヌの得意魔法でもあるウォーターボールは、その名の通り水の塊を相手に投げつけるものなので、当たっても軽い打ち身程度の威力しかないだろう。

 訓練用の剣とはいえ、とてもクラウスの剣を止める事は出来ないように思われる。

 とはいえ非力な令嬢に、訓練用の刃を潰した剣とはいえ、それなりの重さのある剣を薦めることもはばかられた。


 この異色の対決を前に、野次馬たちの多くは王子の勝利を確信していた。

 そして無残に打ち倒される公爵令嬢の姿を想像し、気の毒に思った。男なら婦女子相手にそう酷いことは出来ないはずだが、王子のあの勢いを止められる者はこの場にいない。

 せめて傷痕が残らないようにしてあげようと、治癒魔法の使い手が待機していた。


 エリーヌをよく知る騎士候補生たちは、みな申し訳なさそうに俯いていた。

 よく見れば、俯く事で彼らは気の毒そうな表情を隠していた。


 本物の騎士を目指す彼らなら、この異色の決闘を単純に楽しむことは出来ないのだろうと、野次馬たちは判断した。

 あたりまえだ。真面な神経の持ち主なら、華奢な少女が打ち倒されるところを喜んで見たいとは思わない。


 だが野次馬達の中で一部の者は、わくわくした顔を隠せないでいた。

 彼らはこの後に起こることの予想がついていた。

 




 始め、の合図と共に、王子が動く。

 剣を抜いてエリーヌに詰め寄り、斬りかかろうとした。

 訓練用の剣ではあるが、王子の力で斬りかかられてはか弱い令嬢などひとたまりもないだろう。


「覚悟!」


 距離を詰めながら剣を振りかぶった王子の瞳が驚愕に見開かれる。


 エリーヌは笑っていた。


 笑いながら、両方のてのひらを上に向けた。


 彼女の周りに三桁に及ぼうかという程のウォーターボールが浮かび上がった。

 その全てが、一瞬で四方八方から王子に襲いかかる。


 水の礫に殴られ続け、王子の身体がサンドバッグのようにぐにゃりと歪む。

 痛みに息を詰まらせ、息を吐き出すために、かはっと開いた口の中にも拳大の水の礫が連続して叩き込まれた。


 エリーヌの得意魔法ウォーターボール。その真価を知っていた騎士候補生たちは、あまりにも気の毒で王子の最後を見ていることが出来ず目を逸らした。


 無詠唱で単一ではあるが大量の魔法を一度に展開できる。そこがエリーヌが魔法の腕を賞賛されるゆえんであった。


 誰にでも出来ることではない。魔法の大家として知られるルゼッタの血統だからこそ出来る力業だ。


 口の中に溢れた水を吐き出すことが出来ず、窒息しかけて王子は倒れた。

 倒れた拍子に、その手から剣がこぼれ落ちる。


「いけませんわ、殿下。相手が女なら、勝てるとお思いになりましたか。貴方のその傲慢さが、貴方達を破滅に導くのです。リリアナ様には、一生をかけて償っていただきます。貴方の無謀に巻き込まれて、女が一人破滅するのです。その意味を、よくお考えになって下さい」


 倒れたクラウスの耳元に、エリーヌが囁く。遠ざかる意識の中で彼女を睨みつけると、不思議なことに彼女は痛みを堪えるような顔をしていた。無様なクラウスを嘲笑っていると思っていたのに。


 彼女の名前を呼ぼうとしてかなわず、クラウスは意識を手放した。

 その様子を見て、呆気にとられていた治癒魔法の使い手が慌ててクラウスに駆け寄った。


 エリーヌは闘技場内を睥睨し、リリアナの元に足を運ぶ。


「さぁ、リリアナ様。謝罪を」


 びくりと肩を揺らした後、おろおろと周囲を見回したリリアナはどこからも助けがこない事を悟って、後ずさりヘナヘナと崩れ落ちた。


「も、申し訳、ありませんでした。お詫びして済む事ではありませんが、私の浅はかさからご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした!」


「許します」


 泣きそうな顔で、エリーヌの足元に跪き、叫ぶように謝ったリリアナをエリーヌは許した。


「…え」


 なにを言われたのか分からず、リリアナがエリーヌを見上げる。


「許します。立ちなさい、リリアナ様」


 エリーヌは腰が抜けたようなリリアナの腕を取り、立ち上がらせると、その耳元になにごとかを囁いた後、彼女から離れ闘技場を睥睨した。


 エリーヌに威圧され、野次馬たちの空気が変わる。


「婚約破棄の決着はつきました。みなさま、くれぐれもこの決闘を汚すことのないように。お分かりですね」


 野次馬のつもりでいた生徒たちは、エリーヌの脅しに慌てて何度も頷いた。

 どれほど面白くても、王家のスキャンダルなど軽々しく口に出すことは出来ない。


 あわや王家と公爵家の全面戦争に発展しかけるところだった婚約破棄事件は、こうして、学園内のいざこざの一つとして静かに片付けられた。






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