3 国王への直談判 後編
幸いな事に、彼女は命まではとられずに済んだのですが、と続ける息子を、国王は執務の手を止めずにまじまじと眺めた。
おいおい、息子よ。さりげなく恋人とか、なにを言っているんだ、と国王は思った。
もっと深刻な話かと思って真面目に聞いていたのだが、途端に馬鹿らしくなった。
ただの痴情のもつれか。アホらしい。
王子は青春したいのかもしれないが、王の貴重な時間を無駄にした罪は重いぞ、と内心で呟くと、いくつかのお仕置きを検討した。
不出来な息子の泣き叫ぶ姿を想像するのは、目の前に積まれている書類を片づけるよりは面白い案件だったが、熟考のうえ、放置することにした。
多分それがもっとも効く仕置きとなるだろう。
「あんな女に王族としての権利を与えるわけにはいきません。婚約を破棄し、あの女をこの国から追放するべきです!」
「なるほど。おまえの言い分はよく分かった。よくよく考えての事なのだな」
「はい。この国のために、あの女を追放し、リリアナと国を支えていくつもりです」
リリアナって誰だい。いや言わずともいい。お前がこのところ入れあげている、男爵の娘だな。
彼女も評判の悪い令嬢だが、それでいいのかい。息子よ、お前は本当に女の趣味が悪いな。
馬鹿らしい戯言は聞き流すつもりだったが、国王はつい内心でツッコミを入れてしまった。
息子の将来が心配だ。
「リリアナは素晴らしい女性です。誰にでも優しく、人を思いやる心を持っていて、誰かの為なら骨身を惜しまず一生懸命になってくれるのです。リリアナならきっと、良き妻として僕とこの国を支えてくれると思います」
彼女の自慢話を始めた息子を他所に、国王は一通の書状をしたためた。
「よくわかった。しかし国王といえど、一方的に婚約を破棄するわけにはいかない。勿論、命令出来ないことはないが、軽々しく王命などを使えば国が乱れる元となる。それはわかるな」
「はい」
悔しそうに王子は頷いた。
「ですが!」
「よいよい。みなまで言わずともよい。お前にフォートランの領地を与えよう。もともと成人したらお前に与える予定だったものだ。フォートランの領主として、婚約破棄をかけルゼッタ公爵に宣戦布告することを許そう。己が意思を通したいならば、力を示せ。さすれば周りも納得するだろう」
にやりと笑って一枚の紙を差し出してきた父を、息子は愕然とした顔で見つめた。
領地を与えられるという事は、王族としてだけではなく、領主としての権利と義務を得る事でもある。
端的に言うと、諸侯と喧嘩が出来るという事だ。
この国には一つの掟がある。
王族は、諸侯同士の争いには不介入。出来るのは調停のみ。
この国を作った初代が定めた事だ。
この国の諸侯は血の気が多い上、王族なんて軽んじていたので、王族が諸侯とは一線を画する存在だと知らしめるために布告されたものだった。
だが時代が変わるにつれて、王族側も諸侯に言いたいことが出てくる。
領地の境や河川の使用権、鉱山の発掘権などなどだ。
不介入を貫いて鉱山の発掘権などを失ってはたまったものではない、と考えた三代目が方針を転換した。
王族は諸侯同士の争いには不介入。但し、領主として領地の権益を守る義務があるので、王族ではなく領主同士としてなら存分に争うことが可能だ、と。
とんでもない屁理屈だが、これが通ってしまった。血の気の多い国民性故である。
王族として諸侯と事を構えると国家の一大事になりかねないが、領主同士の喧嘩ならありふれている。
王は息子に、婚約破棄したいなら、ガチンコバトルで公爵に勝ってから言え、若造、と示したのだ。
フォートランの領主としてルゼッタ公爵と戦う。
もちろんこの場合、王族としての特権を使う事は出来ない。あくまで一領主として争うのだ。
王族としての特権に甘えている王子に出来る事ではない。
「ですが…」
しかもフォートラン勢は三千、対するルゼッタ勢はおよそ二万の数を動員できる。
まともにぶつかって勝てる相手ではなかった。
「ですが、こんなことに民を巻き込みたくありません。父上の協力が得られないのならば、僕は僕のやり方で婚約破棄をしてみせます」
いい感じに逃げた息子に、王は好きにしろ、と言った。
息子の引いた引き金は軽いものではなかったが、無理難題の後始末をするのも、この席に座るものの役目だ。
それに。王妃の方針で温室育ちのぼっちゃんとして成長した息子にとって、今回のことはいい薬になるだろう。