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2 国王への直談判 前編

 この一歩を踏み出せば、元には戻れない。


『初めまして、殿下』『ダンスには、誘って下さいませんの?』


 記憶の中の美しい女が冷たい笑顔で笑いかけてきた。


「お前とのダンスは、踊らない。エリーヌ、俺はもう」


 目を閉じて、クラウスは眼裏にこの世で最も美しい女の姿を思い浮かべた。


「お前のことは、忘れる」


 クラウスは唇を噛みしめた。俯いて表情を隠し、大きく深呼吸した後、国王の執務室の扉を叩いた。




「父上。協力してください。あの女をこの国から追放したいのです」





 突然訪ねて来て無理難題を言い出した息子を、王は咎めなかった。

 慣れているのだ。


 アポイントメントも取らず、この部屋に突撃してくる面子は、大抵無理難題を吹っかけてくる。

 無理難題を、無理でも難題でもない形で処理するのも、この席に座っている者の役目だった。


 クラウスの入室前、侍従が慌てて王子の来訪を知らせて来たので、側近や文官は下がらせてある。

 部屋には父と子、二人だけだ。


 アポイントメントも取らずにこの部屋に突撃するやつらの厄介ごとは、大抵外には漏らせない重大案件であることが多いのだと、王は経験から学んでいた。




「追放とは穏やかではないな。あの女とは誰のことだ」


「エリーヌです」


「お前の婚約者ではないか」


 突然こいつ、なに言い出したんだ、と国王は思った。


 エリーヌ・ルゼッタ。

 この国で、王といえど無視出来ない勢力を誇るルゼッタ公爵が、目に入れても痛くないほど可愛がっている掌中の珠だ。大切過ぎて、デビュタントの年まで婚約者を決めていなかったほどだ。

 社交界デビューを果たした娘を品定めする男どもを、公爵が舌舐めずりしながら眺めていた姿は忘れられない。


 国一番の美女との評判も高く、デビュタントの年、夜会で彼女と踊った男たちはこぞって彼女に婚約を申し込んだ。


 クラウスもその一人だ。


 そして彼女を射止めた。

 父王に懇願し、王子の婚約者としたのだ。


 その年、デビュタントを迎えた少女達の中で、エリーヌはひときわ美しかった。


 細く柔らかい銀の髪を複雑な形に編み上げ、国一番のお針子に作らせた豪奢なドレスを纏い、ドレスに負けない大粒のダイヤをあしらったアクセサリーを身につけた彼女は、大人びた化粧もあいまって、女神のような美しさだった。


 久しぶりに彼女に会うことを楽しみにしていたクラウスは、一目で心を奪われた。

 その美しさの前に跪き、欲望の目で彼女を見ている男たちを蹴散らしてやりたかった。


 だが『初めまして、殿下』と作り物のような顔で微笑む彼女の挨拶を聞いて、ダンスに誘う手が止まった。幼いころに会った時のことを、彼女は覚えていなかった。

 クラウスにとっては忘れることの出来ない衝撃的な出会いだったというのに。


『ダンスには、誘って下さいませんの?』


 まるで誘われるのがあたりまえだと言わんばかりの態度を前にして、クラウスは別の女の手を取った。


 王族への挨拶が終わった彼女を、欲望の目で見ていた男たちが取り囲み代わる代わるダンスに誘った。結局クラウスは最後まで軽やかに踊り続ける彼女から目を離すことが出来なかった。


 クラウスは彼女の姿形だけを愛したわけではないと思っていたが、それは幻想だったようだ。

 エリーヌの心などクラウスには分からない。

 分からないまま、決別の道を選ぶことにした。





「はい」


 束の間、想い出に囚われていたクラウスは、エリーヌの所業を暴露した。


「ですが彼女は酷い悪女でした。とても婚約者として認めるわけにはいきません」




 国王はクラウスを一瞥し、書類に目を戻した。


 エリーヌは評判の悪い娘だった。そのことは国王も承知していた。その理由も含めて。

 だから王子が表向きの噂に振り回されていることはすぐに分かった。


「お前も彼女のことは気に入っていたではないか」


「それは…」


 王子の我儘とも言える懇願が通ったのには、もちろん理由がある。

 第一王子の婚約者を、王子の一目惚れだけで決めるなどありえない。


 エリーヌの父、ルゼッタ公爵は権力のある諸侯の一人だ。

 王子の後ろ盾として申し分ない。

 またルゼッタ公爵のように影響力のある諸侯を放置して王家に対抗する勢力となられるよりは、味方として取り込んだ方がいいという意見が、王家でも大勢を占めた。


 元々エリーヌは王家の男の婚約者候補だったのだ。

 ルゼッタ公爵が難色を示していたため、それまで具体的な話は出ていなかったが。


 王子の懇願は、王家にとっても都合がよく、その我儘はすんなり通った。


 だが逆はありえない。

 一度公にされた婚約を破棄するにはそれなりの理由が必要だった。

 王子にそれがあるとは思えなかったが、国王は息子の言い分を聞くことにした。





「あの女の外見に騙されただけです」


 彼女の愁いを秘めた瞳に見つめられるだけで男たちは舞い上がった。

 クラウスも彼女に見つめられると無視することが出来ず、強引に彼女の手を引いた。


 でも中身は、最悪だった、と王子は呟いた。


「王子の婚約者という立場を笠に着て目下のものを虐げ、気に入らないものの人生を狂わせ嘲笑っているような女です。僕の恋人も、彼女の犠牲になりかけました」


 その言葉を聞いた国王の視線が、動いた。





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