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14 リリアナの帰郷2

 男爵の執務室は主人の堅実な性格を反映してか、落ち着いた趣味のいい家具で統一されていた。


 昼過ぎに領主館に着いた娘はすぐに男爵の元に案内された為、リリアナ達は執務机に着いたままの男爵の前に立っている。

 男爵の予定としては、娘を待って居間に移動するはずだったのだが、その予定はもろくも崩れ去った。


 執務室は静まり返っており、その中でたどたどしい説明をするリリアナの声だけがする。


 誰もが固唾をのんでリリアナの説明を聞いていた。


 声をかけたら、それだけで倒れてしまいそうな危うさがリリアナにはあった。




 同じ学園の生徒とはいえ、リリアナと王子では身分も生活圏も異なる。

 本来なら出会うはずのない二人だった。

 リリアナの説明は二人の出会いへと遡る。


 最初は偶然だった。

 講義に遅れそうになり、廊下を走っていたリリアナが、曲がり角で人にぶつかり、転びそうになったところを助けてもらった。

 その相手が王子だった。


 その時は王子と気づかなかったが、相手は学園の有名人だ。その後すぐに王子と気づき、二度と会うことはないと思っていたのだが、なぜかその後も何度か偶然出会うことがあり、気がつくと話をする仲になっていた。


 最初は高飛車な印象だった王子だが、偶然会ううちに彼の態度は和らいだ。

 次第に王子に信頼されるようになり、恋の相談まで受けるようになったのだと娘は言う。


 そもそもそんなプライベートな話をする仲になってしまうのがおかしいのだが、男爵は娘の話を聞き続けた。


 王子には婚約者がいた。彼女と上手くいかなくて、王子は悩んでいたらしい。


 女性ならではのアドバイスを欲していた彼に応えて相談に乗るうちに、二人は親密になっていった。



 そんな中、事故は起きた。


 ある日、リリアナは階段から足を滑らせて落ちた。

 誰かにぶつかったような気もするが、講義に遅れると慌てて階段を下りる途中だったのでよく分からない。

 ただ以前から嫌がらせを何度も受けていたので、これもその一環ではないかと思い、リリアナは怯えた。


 階段から落ちたショックも大きかった。

 全治一週間ほどの怪我で済んだので、治癒魔法の治療を受け怪我はすぐに治ったのだが、また同じことが起きるのではないかと怯えるようになり、周囲を気にするようになった。

 今回は大した怪我ではなかったので大事なく済んだが、幸運がそう何度も続くかは分からない。

 もし次があった時、無事でいられる保障はどこにもなかった。


 怯えていたリリアナを、王子が支えた。そして恋人同士になった。


 なんとも安易な展開だったが、男女の仲というのはそういうものなのだろう。

 父としては大いに文句を言いたいし怪我の事も気になったが、いまは最後まで娘の話を聞く事を優先した。


 別れが近いこともあって二人はどんどん恋にのめり込んでいき、ついに王子は婚約破棄を決意した、らしい。


 なぜ最後が疑問系になってしまうのか、よく分からなかったが、婚約破棄の前後からリリアナの記憶は曖昧になっていた。


 何度か促してみたが、それ以上の情報はないようだ。




 なんというか、言葉がないというか、なにをしていたんだと言うべきか。


 恋をすると人は愚かになるというが、なにも婚約者のいる相手に恋をすることはないだろう、と思う一方で、そういった理屈が通じないのも恋だ。


 恋に溺れていた、と言えばそれまでだが、その代償が大きすぎる。


 リリアナは、自らの過ちを消え入りそうなほど悔やんでいるようだった。


 だがその代償は、彼女一人で払いきれるものではないだろう。


 大方の事情が分かったので、男爵の絶望は具体性を帯びた。




「我が家は、おとり潰しか」


 呆然と漏れた父の声に、リリアナの青かった顔が紙のように真っ白になった。


「ごめんなさい、お父さま。私、修道院へ行きます」


 それだけで済むはずがない。


「それだけでは済まないだろう。恐れ多くも殿下を巻き込んでいるのだ。我が家の取り潰しだけではすまず、一族郎党全て斬首となるかもしれない」


「そんな…っ!」


「あるいは、公爵令嬢を陥れようとした罪で、ルゼッタ公爵に宣戦布告をされるか。大貴族と戦争という事になれば、この地は焼け野原になるだろう」


「うそっっっ。ごめんなさい、ごめんなさい、お父様」


 泣き崩れる娘を同じく泣き出しそうになっている使用人に任せ彼女の部屋へと下がらせると、男爵はこの苦境をどう切り抜けようかと頭を抱えた。


 一応、手段がないわけではない。だが出来れば使いたくない手段だった。そんな悠長なことを考えている場合ではないのだが。


 娘の愚行が学園内でとどまってくれたのは朗報だった。学園は大勢の生徒を預かる性質上、よほどの事がなければ不祥事を表沙汰にしない。

 もしこの事が公になり宮廷を巻き込む事態になっていたら、娘は二度とこの地に戻ってくる事は出来なかったかもしれない。


 起きなかった事を考えても仕方ない。男爵は気持ちを切り替え、娘を送って来てくれたレビンに声をかけた。





「すまなかったな、レビン。娘を送ってくれてありがとう。あの様子では、一人では無事に帰りつかなかったかもしれない」


「いえ。幼馴染ですから」


「そうか」


 言葉少なく答えるレビン。

 子どもの頃はお山の大将だったが、いい青年に成長したようだ。

 学園を卒業したのだから、彼も父のように騎士となるのだろう。


「あの、男爵。少し宜しいですか」


「ああ、どうしたのかね」


「先ほどのお話ですが、公爵令嬢は怖ろしい方ですが、約束を違える方ではありません。リリアナが謝罪した以上、公爵家が攻めて来る事はないと思われます。ですが、今回の一件で殿下がルゼッタ公爵の後見を得られないような事態になると、王位継承争いから遅れを取ることになり、その」


 そこまで言うなら、最後まで聞かせて欲しい。

 続きを促すと、レビンは何かを決意したような顔をした。


「怒った殿下の取り巻きの方々から、命を狙われる可能性はあると思います」


「そうだね。その可能性は否めないね」


 田舎の小さな男爵家の娘の命など、中央の権力者達は歯牙にもかけないだろう。


 最悪な予想より少しマシだが、娘を死なせるつもりも、男爵にはなかった。


「ですが、殿下がリリアナを諦めて公爵令嬢と和解されれば、今回の件は見逃されるかもしれません」


 その可能性はあるかもしれない。だが王家や公爵家の事は、一介の男爵にどうこうする事は出来ない。


「お願いです、男爵。リリアナは修道院に行くつもりですが、それで殿下が諦めるとは思えません。俺がリリアナを守ります。彼女を連れて、国を出る許可を下さい」


 レビンの発言に男爵は度肝を抜かれた。


 ここにも恋をして愚かになってしまった若者がいたらしい。

 その相手が娘というのは複雑なものがあったが、それは置き、男爵は愚かな若者の目を覚まさせることにした。


 若い者を破滅に巻き込むわけにはいかない。


 男爵は執務机の上で両手を組み、レビンを視線で黙らせた。


「それは許可出来ない。レビン、娘を送ってくれた事には感謝する。だが我が家の事情には関わらないで貰いたい。君は、リリアナの恋人という訳ではないのだろう」


「それは…」


 レビンは下唇を噛み、悔しそうに俯いた。


「ご家族が君の帰りを待っているだろう。もう帰りなさい」


 しぶしぶと頷いて、レビンは帰っていった。


 彼はそれでいい。

 だが男爵家は、このままではすまないだろう。

 まずは王都に行き、公爵家や王家の意向を確かめなければ、と思っていたところに、早馬が着いた。


「旦那様。ルゼッタ公爵令嬢様から、お手紙が届いております」


 ルゼッタの情け容赦のない、たたみかけるような攻撃を、娘も受け継いでいるらしい。

 男爵の脳裏に、忌まわしい男の姿がよぎった。


 執事が持ってきた一通の手紙がとてつもなく怖ろしいものに見え、男爵はごくりと唾を飲み込む。


 客観的に見れば、ルゼッタ公爵令嬢は娘の恩人にも思えるが、彼女のような立場の者が、なんの思惑もなくリリアナを助けるとは思えない。


 いくつか最悪の予想をしてから、男爵は手紙を開封した。





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