【読切短篇】異世界転生出来ない男の物語
男が一人、道を往く。
歳は10代半ばを過ぎ、体が出来上がってきた頃か。
髪は短く刈り上げ、顔立ちはどこか野性味に溢れている。
青空の下、陽射しの心地良さに軽くノビをした男は、耳朶を震わせる音に後ろを振り返った。
―――轟音
地響きを立てながら、黒塗りのアーマードハイエースが道路を疾走している。
速度制限などおかまいなし、見れば運転手は気絶しているのか、ハンドルに突っ伏していた。
「ひぅっ」
そんな声がすぐ隣から聞こえ、男は目を走らせる。
目の前には横断歩道。その途中には渡っている最中だったと思わしき少女がおり、ご丁寧にもハイエースの進路上で固まっている。
腰が抜けているのか、パニックを起こしているのか動こうとしない少女に男は舌打ちをする。ハイエースはもはや目と鼻の先までその歩みを進めていた。
引っ張り出すには間に合わない。辿り着き、掴み、引くという動作を行うには時間が足りない。
ならば、突き飛ばすしかない。
1歩で加速、2歩で最高速に、3歩目で辿り着いた勢いのままに少女をハイエースの進路上から突き離す。
男は呆然とこちらを見やりながら離れていく少女の行く先を見届けることはせず、此方へ猛進するハイエースへと向き直った。
―――衝突
そして辺りに響くグシャッという鉄のひしゃげる音。
そして訪れる間/静寂。
その場に残されているのは目を丸くした少女と、事も無げに立っている男。そして……フロント部分を盛大にへこませたハイエースの姿だった。
「あ、あのっ!」
男が後始末をどうしようか思案した矢先、少女はやっとの思いで立ち上がり男に走り寄ってきた。
「大丈夫ですか!?いえ、そんな平然と……あんな凄い速い車にぶつかって、痛くないんですか!?」
軽くパニックを起こしているらしい、微妙に言語中枢がおかしくなっているものの、内容は男を慮っての言葉に終始している。
「ああ、大丈夫だよ。毎朝青汁を飲んでいるからね」
少女を安心させるための言葉はしかし、余計な混乱を生むこととなった。
「青汁……ですか?」
目を丸くし、それから首をかしげて復唱する少女に、男は首肯する。
「そう、数種類の緑野菜を贅沢に使い、普段の食生活だけでは摂れない栄養を補うことが出来る健康食品……それが青汁さ」
「でも青汁って美味しくないんじゃないの?」
少女からの問いに男は健康的な笑みを見せる。
「それは昔の話だね、今では長い品質改良の結果、蜂蜜やフルーツ等で味を整えた美味しい青汁も普通にあるんだ」
男は懐からミネラルウォーターのボトルと緑色の包みを取り出した。
口を開け、水の中に粉末を入れて混ぜると、中の水は綺麗な緑色に染まっていく。
「さぁ、飲んでご覧。美味しくなければ残していいからね」
少女はボトルを受け取ると、おずおずといった調子で口をつけ……そして、声を上げる。
「……! すっごく美味しい!こんなに美味しいのに、飲むだけで健康になれちゃうの!?」
「流石に飲むだけじゃダメだけどね。正しい生活リズム、適度な運動。そしてそれに加えてこの青汁があれば、更なる健康への一押しはしてくれると思うよ!」
「私も青汁を飲んで車に負けない健康な身体を手に入れるわ!」
―――青汁って、すごい!少女は心に深く刻み込んだ―――
※青汁の効果には個人差があります。