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エピソード08 「子猫の勇気」

栞:「今、私、彼のお仕事を手伝ってるの、お土産屋さんよ。 日本の押絵はとても珍しがられるらしいわ。」


私は、健康的に鍛えられた青年の容姿を見上げながら、引きつった愛想笑いを浮かべる。


何故だか、体中が、強張った硬いモノでいっぱいに詰まったミタイに、ぎこちなくなる。…呼吸が、ぽろぽろと足元に、零れ落ちていく。



栞:「何時まで、こっちに居るの?」


正:「明日には帰るよ。 仕事があるからね。」


私は、作り笑いで、何とか胸の内の混沌を誤魔化して、…一刻も早く、此処を離れて、一人になって、好きなだけ、後悔するべきなのだと、観念する





栞:「ねえ、今晩、もし都合が良ければ、おじさんも一緒にフラメンコを見に行かない? 私、初めて本場のフラメンコを見るの。」


私は、青年の顔を盗み見て、…

彼は、ちょっと、苦手そうな、詰まらなさそうな顔色を浮かべる。


きっと、何かしら彼なりの計画があったのだろう。


もしも私が青年の立場だったとしたら、きっと感じた事を、彼は、感じているに違いなった。



正:「でも、お邪魔じゃないのか?」


栞:「あら、迷惑かけても、仕方が無いのが、友達なんでしょ。」


栞:「ねえ、良いよね?」



相変わらず、変則的で一方的なしおりのお願いに、…彼も、しぶしぶ、OKを出す。



栞:「この近くにパブがあるから、そこで、待っていてくれる? …後で、迎えに行くわ。」


正:「ああ、じゃあ、お言葉に甘える事にするよ。」





夜のとばりが下りて、坂の途中の洞窟住居を改造したレストランに、ネオンが灯り、

細長いトンネルの様な室内に、配置された幾つかのテーブルのひとつに、私達は席を取った。


しおりと青年は、仲よさそうに肩を並べ、

私は、青年の前に腰掛けて、作り笑いする。


ウェイターが注文を取りに来て、…



やがて、ギターを抱えた男、太った男、二人のドレスを着た女が、トンネルの真ん中を通り抜けて、正面のステージに登場する


軽快なフラメンコギターと、…

ややもすれば、ラップか、講談の様なボーカルのハスキーボイスと、…


颯爽と立ち上がって、原色のスポットライトの下で、…少しずつ、タップを早めて行き、そして行き成り変化して、情熱的に舞い翻る踊り子と、…


次第に激しさを増していくステージのテンポに合わせる様に、男と、楽しそうに会話するしおりの顔を見ている内に。


私は、どんどん、深い所へと堕ちていった。



しおりは、それなりに幸せそうだ、特に酷い事をされている訳でも無い


それが判っただけでも、良かったじゃないか


私は、一体何をしに、こんな処迄、来たんだろうか、



私が居なくても、しおりは上手に、しっかりと、人生を楽しんでいると言うのに、


私は、彼女が抜けてしまった、ぽっかり空いた穴を、未だに濡れた傷口の様に、途方にくれて眺め続けている。


私の知らない内に、何時の間に彼女は、それ程迄私にとって、支配的なモノになってしまったんだろう。





栞:「ねえ、今夜は何処に泊まっているの?」


ショーが終わり、レストランを抜け出した坂道の途中で、しおりが、人懐っこそうに私の腕に捕まって来た。



正:「宮殿の麓のホテルだよ。」


栞:「私、泊まりに行っても良い? ねえ良いでしょ? また、一晩中おしゃべりしたいな、」


正:「私は、構わないけど、…」


私が、ちらりと青年の顔色を伺うと、彼は、そ知らぬふりで、鼻歌を歌っていた。


しおりは、もしかして少し、酒に酔っている?ミタイだった。





青年は、ホテルのロビーまで私達を送ると、少し恨めしそうに私を見て、その侭、黙って帰って行った。


私としおりは、部屋に戻り、途中で買って来た飲み物と、生ハムをベッドの上に広げる。



栞:「ねえ、本当に、仕事だったの?」


正:「ああ、」


しおりはベッドの真ん中に陣取って裸足を伸ばし、それから、そのまま、コテンと寝転がる。



栞:「もしかして、私を連れ戻しに来てくれたのかなって、…一寸嬉しくなっちゃった、」


正:「そうだな、友達だからかな、…心配はしていたよ。」


栞:「ありがとう。」


しおりは「全てお見通しよ」と言わんばかりに、まるで大人の女ミタイに目を細めてみせる、…



正:「彼は、良い奴なのか?」


栞:「そんなに直ぐに、ヒトの事は判らないわ、」


珍しくしおりが正論を吐く。



正:「あいつと、一緒に住んでいるのか、」


栞:「ええ、部屋をひとつ、貸してもらってるの、」


私は、未練たらしく、繰り返し同じ事を確かめる。



正:「あいつと、その、…付き合うのか?」


栞:「そうかも知れない、きっと彼は、私と深い関係になる事を望んでいると思う。」


栞:「多分、本当なら、今晩、彼は、そうなる事を望んでいた筈。」


しおりは、ベッドの端に腰掛けた私の太腿に、後頭部を、コツンと、押し付ける。



栞:「でも、私、ちょっと、未だ、怖かったの、」


栞:「だから、おじさんは私にとって、助け舟って訳、」



どんなに冷めた事を言う様に見えても、しおりは、まだ、子供なのだ。


彼女の勇気と、彼女の不安が、痛い程にいとおしい。


私は、しおりの頭を鷲掴みにして、ガシガシと撫ぜてやる。

しおりは、何時もみたいに、されるが侭に、惚けて、ウットリと目を閉じる、…



栞:「でも、誰でもみんな、同じ風に出会って、寄り添っていくんでしょう? ママとパパも、きっとそうだった。 だから、きっと、ごく普通の、当たり前の事なのよね。」


私には、彼女の決意を止める権利など無い。


ましてや、それが、早いか、遅いかなんて、意見できる立場でも無い。


それが、自分とは関係の無い事だって事位、とっくの昔から、判っていた筈なのに、…



正:「君は、それで良いのか?」


栞:「どうだろう? でも、彼は、私を求めてくれている。それだけでも、私にはきっと良い事なんだと思うわ。」





正:「そうか、…」


きっと私は、この状況を、喜ぶべきなのだろう


友達が、漸く求めていた居場所を見つけようとしているのだ。


私には出来なくても、きっと、彼にならできるのだろう





それから、又、数時間をかけて、彼女はこの一週間の出来事を話し続け。


やがてベッドの上で、無防備に、安らかそうに寝息を立て始めたしおりに、私はそっと、シーツをかけてやる。

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