エピソード01「子猫の家出」
男と女は、お互い持ち合わせていないものに惹かれあい、探り合い、求め合い、やがて慣れ合って、蔑ろにされていると悩み、次第に触れ合う事を止めて、それでも追いすがらない事を裏切りと諦めて、そうなったら最早、それ程多くの選択肢は残されていないものだと、運命論者ならば、そう考える。
結局、彼女とは一言も言葉を交わさないまま、ウチを出てきてしまった。 お互いに忙しいし、彼女が私の日本出張のスケジュールに合わせて休暇を取るなんて簡単じゃない事位理解している。 それ以上に、最早、彼女は私にそれ程興味を抱いていないのだと言う事も、感じている。
成田から単身赴任先のイギリスへ向かう飛行機で、私(平居 正)は、奇妙な女の子と出会った。
既に飛行機はヒースローのターミナル3に着陸しており、頭上のコンテナから荷物を下ろそうとしていた私の隣で、背の低い女の子が一寸困った顔をして私の事を見つめていた。
私は女の子の荷物を下ろしてやる。
女の子:「ありがとう。」
女の子は、照れたミタイに顔を赤らめてから。それから上目使いで人懐っこそうに、ニコリと笑った。
まるで、子猫の様な女の子だ。
少ししゃがんだ緩めの胸元から、幼い胸の頂がチラリと覗いて見えた。 中学生位だろうか? どうやら一人旅らしい。
女の子:「おじさん、今、私の胸、見たでしょ?」
正:「見てないよ、」
一寸、見えただけだ。
女の子:「良いけど、別に、…その代わり、入国カードの書き方見せてくれない?」
それ位ならお安い御用だ、と、自分が書いたカードを見せてやる。 どうせ、列が動き出す迄には、まだまだ時間が掛かりそうだ。
女の子は熱心にカードを書き写す。
正:「見たところ、一人みたいだけど、学生なの?」
女の子:「高校生よ、高校二年生、それも聞けば、ああ、あの学校か、って直ぐに判る程の有名私立高校よ。」
そう言って、女の子は私に学生証を見せた。 確かに、誰もが一度は聞いた事がある超一流有名私立高校だ。 金持ちでなければ到底払えない授業料と、全国Topレベルの成績でなければ到底パスできない超難関校だ。
正:「成る程、頭良いんだな。」
女の子:「私、死ぬほど勉強したわ、それで主席で合格したの。」
正:「へー、主席とは、たいしたもんだ。」
女の子:「でも、死ぬ程勉強したら、もし明日死んだら、一体今迄の私って何だったんだろう…って思えてきたの、それって極普通の事じゃない?」
正:「もしかして所謂、燃え尽き症候群って言う奴か?」
女の子:「それで、世界に、私がまだ生きて体験しなければならない事が有るんだって事を知る為に「家出します」ってママに言って、家を出て来た訳。」
正:「よく、赦してもらえたな?」
女の子:「私は意外と自由なの。実を言うと「内縁の妻」の娘で「どうなっても良い子」って言う訳、パパの顔は見た事も無いわ。」
正:「いや、それにしたって、そんな簡単に海外になんて来れないだろう?」
女の子:「簡単よ、パスポートとチケットさえあれば大抵の国にはいけるのよ。知らなかった? それに「見た事も無いパパ」はお金持ちだから、幾ら使っても良いクレジットカードを私にくれたわ。 それで50音順で上から見ていって、取り合えずイギリスに来て見たって訳。」
正:「信じられない様な話ダナ、それでイギリスでは誰かが迎えに来てくれているのかい? それともツアーか何か?」
女の子:「別に誰も来ないわ。これは家出だモノ。極めて行き当たりバッタリよ。」
私は、不思議そうに女の子の顔を覗き込む。
正:「もしかして君は一人でイギリス旅行するつもりなの? 何だか全然平気ミタイだけど、幾らなんでも女の子一人の海外旅行は危険じゃないか? それに、英語は喋れるのかい? 学校の成績は優秀そうだけど、…」
女の子:「TOEICは800点を下回った事は無いわ、でも、多分そんな簡単には喋れないよね。」
私は、改めて女の子の顔を覗き込む。
何で、こんな可愛らしい女の子が、…
女の子:「おじさん、もしかして如何わしい事、想像してない?」
正:「してないよ。」
女の子は、くりくりした大きな瞳で、不思議そうに、私の顔を覗き込む。