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 俺にとって、嫌なことが二つある。

 まず、一つ目は昔から嫌だったことで、それは環境の変化があるたびにあれをしなければならないことだ。


「水越……亜希です。こんな名前ですが、正真正銘男です。趣味は特にありません。特技はこれから見つけていく予定です。よろしくお願いします」


 クラス中から視線が集まると、ざわめきが大きくなっていき、聞きたくないのに、「え? 亜希? 女の子みたい」なんて声まで聞こえてくるのだ。

 当然、俺はそんな声など無視して席へと座る。


 しかし、無視できるのも限度があり、「そういえば顔も女の子みたい」なんて言葉が聞こえ、無意識のうちに言ったやつを睨んでしまっていた。


 どちらも俺の人生で何度も見聞きしてきたような反応なのだが、慣れる気配は全くない。

 それどころか年々、「女の子みたい」という言葉に敏感になってきているような気がしてならないのだ。


 だから、俺にとって環境の変化、特に自己紹介というものが嫌で嫌で仕方がなかった。


 しかし、そんな嫌なものも終わってしまえば、なんということはなく、次へ次へと流れるように自己紹介が進められていくうちに、俺への視線は完全に薄れていく。


 特に視線が薄れる原因を作ったのは、「特技は寝ること! 好きなものは女の子! 大好物なのも女の子!」と馬鹿な発言を馬鹿そうな男が馬鹿みたいに大きな声で言ったことだろう。


 あえて、その男に文句をつけるとしたら、俺の真後ろで言ってほしくはなかったということだ。

 みんながそいつに注目していることはわかっているのだが、俺が見られているような気がしてならない。


 と、ここまでが一つ目の嫌なことだ。

 確かに嫌で嫌で仕方がなく、できることなら一生したくもないことないことだし、これがなくなるのならお金すらも出していいと思っている。


 しかし、そんな嫌だと思う自己紹介より、もっと嫌なことが昨日できてしまったのだ。


 カリカリカリ、カリカリカリ――


 耳障りで、ずっと聞いていたら発狂しそうな音。

 ざわめく教室でも、意識の隙間に入り込むように聞こえてきて、俺の豆腐で出来たような弱々しい精神を蝕んでいく。


 どこから聞こえてくるか、そんな疑問が脳裏をよぎることなどない。

 辺りを見渡すまでもなく、耳を澄ますまでもなく、音の出処がわかりきっているからだ。


 俺はあいつにバレないように、そっと視線を右へと移動させ、隣の席を窺った。

 まるで、機械のように一心不乱にメモ帳に何かを書き込む少女。

 そいつが、今までの人生でこれほど嫌だとは思ったことがないと感じていた自己紹介よりも、もっと、言うなれば生理的嫌悪とまで昇華した存在だった。


 そいつの名は――


「奥本かえで。趣味はないし、特技もない。でも、超能力にだけは興味があります」


 そいつ――奥本かえでが立ち上がり、周りを見渡しながら自己紹介をする。


 内心、「興味があるのは超能力じゃなくて黒魔術だろ」なんて思ったのは秘密だ。

 なにせ、あいつが持っているメモ帳には真っ黒に塗りつぶされたかのように、何かが書き込まれているのだ。

 まるで、呪詛のように。


 そんな女が俺の真横にいるだけでも嫌なのに、昨日の入学式から睨まれっぱなしなのだ。

 絶対あのメモ帳には、俺の名前が書き連ねられ、その後に「呪呪呪呪呪呪呪……」なんて文字が続いている。


 そう確信できるほどにこの女は異常だったのだ。


「はい。自己紹介も全員終わりましたね。んー……時間もまだあるようなので、少しだけ超能力についてお話しておきましょうか。確か奥本さんは超能力について興味があるって言ってましたしね」

「はいっ! お願いします! よろし、よろしくお願いしますっ!」


 どんだけテンパってるんだ。


 先生の言葉を聞いた奥本は、最初の自己紹介のような落ち着いた雰囲気はなくなり、ずれたメガネをカチャリと直しながら噛み噛みで叫んでいた。

 その後はジッと先生を見つめながら、シャーペンを握りしめているし、瞬き一つしていない。


 よく見ろよ。

 先生もドン引きじゃねえか。


 そう忠告したくなるほど、奥本は鬼気迫る様子だったのだ。


「奥本さんはその、えっと……ね、熱心ですね。みなさんもほんの少しでもいいので、奥本さんを見習いましょうね」


 先生の言葉にクラスメートは乾いた笑いを返す。

 そりゃそうだ。

 あれを見習うぐらいなら、俺は真後ろの馬鹿を見習う。


 いや、それもダメだ。


 後ろから、「奥本さんすげえな」なんて声が聞こえてくるし、馬鹿はどこまでいっても馬鹿でしかないのだろう。


「先生! 超能力についてはまだですか!?」

「あ……そうですね。それじゃ簡単にですが、説明させていただきます」


 奥本に急かされた先生が、そう前置きして、くだらない誰にでも知っているようなことを喋り始めた。


「みんなも知っている通り、世界では超能力というものが存在しています。それは誰にでも発現するものではなく、全くのランダムといっていいほど、規則性もなく、先天的に備わってしまうものです。普通の家庭で育った子どもに超能力者が生まれることもあれば、親が超能力者であっても、子どもは超能力が使えない場合もあります。まさにギフトと言っても差し支えはないでしょう。ですが、ギフトが天からの贈り物とは限りません。それはなぜかわかりますか?」


 先生はそこまで言ってから、奥本のほうを見て、続きを言えと目で促していた。

 しかし、名前を言われていないとはいえ、明らかに指名されているはずの奥本は、メモ帳に書き連ねるのに忙しいらしく、先生の視線に気づく様子もない。


 せっかく、先生がお前のために説明してやってんだから聞いとけよ。


 俺は呆れて、奥本から視線を外し、教壇のほう向いた。


「あー、じゃあ水越君、なぜかわかりますか?」


 全く視線の合わない奥本を諦めた先生が、ちょうど教壇のほうを見た俺を指名してくる。


 とばっちりもいいところだ。

 なぜこんな小学生でも知っているようなことを、わざわざ聞いてくるのか理解ができない。

 元はといえばお前が変なこと言うからだろ。


 そんな視線を奥本に向けるが、全く気づいていない。

 どんだけ鈍いんだ。


 仕方なく、俺は先生のほうを向き、何度も言い聞かされた言葉を言った。


「道具がいくらよくても、使う人物によって、それは善にも悪にもなり得るからです」

「その通り! だから君たちは能力を封じられ、高校に入ってからそれが解除されたわけです。この学校で勉強するのは、超能力の向上だけではありません。人としての能力、器というものも学んでいただきます」


 先生が締めくくりの言葉を言うと、タイミング良く、終業のベルが鳴り響く。


「ちょうど良かったですね。明日から授業に入りますが、くれぐれも学校外での能力の使用はしないようにしてください。もし、使った場合には能力の封印と退学処分に課せられます。それでは、また明日。起立、気を付け、礼」

「ありがとうございました」


 俺を含め、奥本以外の全員が立ち上がり、一斉に言った。


 一人だけ立ち上がらなかった奥本は、言うまでもなく、黙々とメモ帳に文字を書き続けていた。


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