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「諸君、入学おめでとう。そして、能力の解除されたことをめでたく思う」


 入学式というのはどこも一緒で、退屈なものだというのが一般的な認識だ。


 それは、俺――水越亜希だけの認識ではない。

 周りにいる生徒たちも固いパイプ椅子にだらしなく座り、あくびを噛み殺していることからもわかるだろう。

 しかも、視線を壇上より右手へと向けると、椅子に座った教師たちまでもあくびを噛み殺しているのだ。


 いかにこの時間が苦痛かわかっていただけるだろうか。


 こんな常識的な話をこんな隙間風が吹き付ける古臭い体育館で、同じ体勢のまま何十分も聞かされる身にもなってほしい。

 もし、身体を仰け反って筋という筋を伸ばしきったとしたら、バキバキという音を立てて、開放的な気分を味わえるだろう。


  しかし、入学式にそんなことができるはずもなく、校長らしき人物の話を聞き流しながら膝に手をおいた状態で背中を伸ばすだけにとどまる。

 それだけでも、強張った身体がほぐされて、ずいぶんと楽になった。


 ふぅと息をついて、また背を丸めた元の体勢に戻ると、右隣から無遠慮で非難するような視線が俺を見ていることに気づく。

 前を見ているため顔は見えない。

 だが、なんとなく、チリチリとしたような視線を感じるのだ。


 身体を伸ばす時に身体が当たったのかと考えたが、そんな感触はなかったし、そんなことで睨むようなら俺は何度も左隣のやつを睨まなければならない。

 今だって左隣にいる男が船をこぎ、肩に頭突きをしてきているのだ。


 それは置いておいて、短気すぎる右隣のやつの顔が気になる。

 隣ということは同じクラスでもあるわけだし、これから一年間クラスメートとして付き合わなければならないのだ。


 陰鬱なやつだったらと思うと気が滅入る。

 実際は同じクラスになったとしても関わらなければ害はないのだけども。


 こちらを睨んでいる気配を感じなくなり、俺は教師のいるほうに顔を向けながら、ちらりとそいつの顔を窺う。

 予想に反してそいつの顔は普通だった。

 いや、普通じゃない。

 普通よりももっと可愛らしい女子生徒だった。


 肩よりも少し長い髪は艶やかな色合いで、委員長と呼びたくなるようなメガネをかけ、その奥には長いまつ毛とくるりとしたつぶらな瞳があった。

 首元には赤いストライプ模様のリボンが結ばれており、着込んだグレーのブレザーには皺一つない。

 胸があるかもわからないほど皺一つない。


 胸以外は美少女なのに、無情な現実を突きつけられて、落ち込み気味に下を見た。


 呪い。


 鈍いではない。

 下を見ると、呪詛のようにみっちりと字を書き連ねたメモ帳が、膝の上にあったのだ。

 文字が小さすぎて何が書いてあるのかわからないことも、恐怖を感じる。

 罫線すらどこにあるのかわからないほど、真っ黒になったそれを見て、「ひっ……」と声が漏れた。


 女子生徒はそんな声など聞こえなかったかのように、メモ帳を一枚めくり、つらつらと文字を際限なく書き連ねているのだ。


 まさに常軌を逸したような行動。


 入学式の最中にメモするやつなんていないし、それが普通でないことぐらい誰にでもわかる。

 現にその子の奥にいる男子も異常な行動に気づき、見たら呪われるとでも思っているかのように不自然なほど真っ直ぐ前だけを見ている。


 俺もそうしよう、絶対に関わりたくない。

 同じクラスだとしても、こいつとだけは話さない。


 俺は決心した後、前を向こうとしたのだが……チリチリとした痛痒いような視線に気づく。


 見たくない。

 見たくないのだが、気になってしまう。

 顔も上げられない上に、そっと視線を外すこともできない。

 まさに蛇に睨まれた蛙のような状態だった。


「日々自覚を持って超能力に接し、ひいては学園のために、社会のために、その能力を最大限に活用していき、栄光ある未来に向かっていきましょう。そして――」


 校長のそんな口上がやけに大きく聞こえ、首筋からひやりとした汗が鎖骨へと向かって流れていく。

 チリチリとした視線は依然として感じるし、メモ帳に書き綴るために手は動きっぱなしだし、そのメモ帳が真っ黒になれば次のページを開いているのだ。


 入学初日に俺は殺されるかもしれない。

 呪い殺されるかもしれない。

 それもわけのわからない女子生徒に。


 たかが入学式で死の危険を感じていた俺だったが、女子生徒の止まることのない手が不意にピタリと止まったのだ。

 チャンスとばかりに顔を前に向けた。

 首筋がコキッとなるぐらいに勢い良く前を向く。


 もう見ない、絶対見ないぞ、と頭で繰り返しながら、校長を禿頭の睨みつけるようにジッと見つめる。

 左隣のやつが頭突きをかましてこようが、冷や汗のせいで冷たい首筋に視線を感じようが、校長の生命力のなさそうな髪の毛を見続けていた。


 視線と頭突き、左右からの攻撃に話を聞く余裕はなかったが。


 そんなひしひしとした緊張感に耐えながら、しばらく校長の髪を見続けていると、なんの前触れもなく、校長の髪が舞った。

 飛んだとかではなく、横に流した髪が隙間風に揺られ、校長の頭の上で舞うようにふわりふわりと揺れ動いたのだ。


 ご無体な……!

 せっかく、人が真剣に見続けていたのにも関わらず、そんなコントみたいなことやられては笑いを堪えるなんて不可能だ。

 真剣な表情で話を続ける校長の顔と舞う髪。

 俺は耐え切れず、鼻から息が抜けるように「ぶほっ」と笑ってしまっていた。


 しかし、女子生徒になにかされるかもしれないと、すぐに緩んだ口をきゅっと結んだ。


 ところが、それすらも女子生徒には気に食わなかったらしく、まるで視線が殺気の孕んでいるかのようになる。

 擬態語で表すなら「ぞわり」が適切で、全身の毛という毛が逆立つような感覚だった。


 ツン、ツンツン、ツンツンツンツン――――


 視線を感じた擬態語ではなく、擬音語だ。

 なんてことはない。

 膝に置いている手の甲をシャーペンらしきもので突かれているのだ。

 もちろん、突かれているのは右手で、前を見ているためわからないが、犯人は女子生徒だろう。


 冷静に分析しつつも、思考は明らかに動揺しており、その間にもシャーペン攻撃はとどまることを知らない。


 本当にどうしよう……。


 まだまだ続く校長の無意味な話にチリチリとした視線とシャーペン攻撃。

 そして、何より腹が立つのは左隣でさっきまで船を漕ぐたびに頭突きをしてきた生徒が、ついに俺の肩に頭を乗せて寝息を立て始めたことだ。


 ツン、ツ、ツンツン、ツン、ツンツン――――


 リズムとってんじゃねえよ!?

 人の手にシャーペンを突き刺しながらリズムをとる女子生徒をキッと睨みつける。

 初めて正面から見た顔は第一印象が蘇ってくるほど可愛らしく、それでいて恐怖も同時に蘇るほどにキツイ視線だった。


 ごめんなさい。

 でも、リズムとるから、つい睨みつけてしまったんです……。


 アイコンタクトで謝罪をすると、女子生徒の視線はキツイまま手をスッと上げる。

 胸がどこかわからないが、多分胸より少し下辺りだ。

 そこまで上げると、指で下を示した。


 下を見ろ、というジェスチャー。

 下にはあの呪詛を連ねたようなメモ帳があるので見たくない。

 しかし、このまま見つめ合っているのも寿命が削られそうで嫌だった。


 そんな事情もお構いなしに女子生徒は下を見ろとジェスチャーをしてきているし、俺は吸い込まれそうなほど黒く、全く濁りのない瞳に目が離せないでいるし。

 もしかすると、後ろの奴らには仲良さそうに見つめ合っているように見えているかもしれない。


 すると、女子生徒は突然苛立ったような顔をし、俺の手の甲にシャーペンをブスリと刺してきた。


 あまりに容赦のない攻撃。

 思わず叫び声が漏れそうになるのをグッと抑え、涙目で苦痛に耐える俺に向かって、女子生徒は悪びれもせず、同じジェスチャーをしてくる。


 下を見ればいいんだろ。

 呪いとかなら、どうせ俺の名前が書いてあるとかそんなオチだ。

 展開がわかってりゃ別にどうってことない。


 不安をひた隠し、呪文のようにポジティブな言葉を頭に思い浮かべながら、ゆっくりと下を見ると、膝の上にあるメモ帳にはなにかが大きく書かれていた。

 下手とも言えず、上手とも言えない丸みを帯びた文字のせいと、涙目になっているせいで、うまく文字が読み取れない。


 瞬きを繰り返し、涙が引いてからもう一度メモ帳をじっくりと見た。


『静かに!』


 理不尽にも程がある。

 誰のせいでこんなに騒いでいるのかわかっていないのだろうか。


「では、短いですが私の話はこれでお終いにさせていただきます。これからの学校生活理不尽なこともありますが、目を背けず、精一杯その問題に取り組んでいきましょう」


 今まさにそんな状況です、と叫びたい心境のまま入学式は終わりを告げた。


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