剣王の本②~秋博~
「ここが異世界」
『ようこそ、エルトラインへ。剣王、秋博よ』
図書室で待ち合わせした俺と剣王の本は、剣王の本に教えてもらった呪文で異世界に渡ってきた。俺は魔力はそんなにないらしく、題名通りに剣王、つまり剣技に秀でているらしい。魔法も使えるには使えるが、例えば野営の火熾しを火石で数回できる程度だとか。使えねえ。
当然、異界渡りなんて高度はことは俺単体では無理。だから、剣王の本に宿っている魔力を媒介にして渡ってきたというわけだ。
ところで、ここは剣と魔法の異世界。名前も欧米等、日本の名前なんてのはないそうだ。そこで名前を変えることにした。目立つ名前でいらぬ面倒ごとを起こすわけにはいかないからな。今はこっちに着たばかりで右も左もわからぬ状況だし。
「これから俺はアキアースと名乗ることにする。ついでに軽めのイケメン装うからそのつもりで」
ラノベや漫画でよくいる爽やか系イケメンでいいか。
『まあ、秋博という名はたしかに目立つな。だが軽めのイケメンとはなんだ』
そこ説明すんの。めんどくせえ。
……実は俺、イケメンなんだ。おっと、批判はなしだぜ。事実なんだから。俺は日本人とイラン人のハーフなんだ。イケメンなのになぜ、いじめられっこだったかというと、根暗で前髪を鼻下までのばして顔を隠していたからだ。そうして度なしのダテメガネもしていたから。じゃないと変な虫が湧いてくるからな。まあ、対策はそれだけでも十分だが、図に乗ったやつがちょっかいかけてくると、顔を隠していた意味もなくなる。前髪も上げられメガネは取られるからな。
だから俺は高校からは学習して、姉貴のアイブロウを拝借し、ほくろをたくさん描いた。そして祖母ちゃんのポリデンテでニキビを作った。毎日な。だからこうしてうるさい女共に騒がれずに済んでいるし、性根の腐った男共にも僻まれないで済んでいたんだ。
ほくろとニキビの顔を好んで触ろうとしたり見たりするやつなんていないからな。家族親戚、皆、美男美女揃いだから俺も洩れなくだったんだが、俺の性格には到底合わない顔だし。なもんだから細工のおかげで、高校では今まで何事もなく過ごせてよかったぜ。
だが、この異世界で俺は変わる。だから、前髪だって切るし顔出すし、それともっと世渡り上手な性格になれれば絶対ハーレムを作ることができる! そうしたらハッピーライフを満喫できるってわけ。
何故、元の世界でそれをしなかったかというと、そりゃそうだろ。元の世界じゃストーカーにヤンデレ属性が多いのなんのって。女なんか大半ストーカーだろ。けどさ、こっちの世界で旅してりゃ、ストーカーも湧きにくいしヤンデレからも逃げられやすいだろ。旅してるってことはどこへでも行けるってことなんだし。てことで、こっちの世界ではハーレムを目指すってわけ。
ああ、剣王の本に、カタカナ語の説明も少ししとくか。ついでに。この先いちいち聞かれんのもめんどうだしな。
『つまり、優男、二枚目、そういったものと同じということか』
「そそ。しかも剣王なんだろ俺。強くてイケメン。鬼に金棒。ぴったりじゃんか。それなのに秋博なんて名前でいたら変に目立つだろ。こっち風の名前にしといたほうがいいよ」
そのほうがおかしなヤツに名前覚えられづらいだろうし。
『ふむ。まあ、主の好きにするといい。ところで、その剣王の話なんだが、我は本だ。剣ではない。だが剣王というからには名剣がいる。それ相応の身のこなしも必要だ』
「だろうな。で、剣の当てはあるの」
『ある。だが、今の主には荷が重い剣だな。まずは刃渡りの短いブロードソードあたりでも十分だろう。鍛錬せねば宝の持ち腐れだからな』
「剣王っていってもすぐに名剣ぶん回せるってわけじゃないんだな。速攻でチートかと思った」
なんだ、拍子抜けだな。
『いや。身体能力は最強といってもいいだろう。主に足りないのは経験だけだ』
「ふーん。じゃあそれってアレ。レベル一だけど力とか体力、素早さとかカンストしてるってことか」
『まあ、主流に言うならば、うむ。そんなところだ』
へー。それって結局チートじゃん。やった。じゃあいきなり強い魔物とかに出会わなければ死ぬって事もないんだな。魔物がいるのかも知らないけど。この世界のことや、その辺も詳しく聞いておくか。
で、色々聞いた。説明はその都度ってことで。いちいち頭ん中で全部思い返すのもめんどうだしな。
「じゃあさっそく冒険者ギルドだな。その前に薬草でも採集して、剣買う金、貯めないとな」
『だな』
その後、剣王の本に聞いたら地図のページを出してきて、薬草の生息図や街へ行きかたを覚えた。夕方には街で無事換金して剣も入手できたし、冒険者ギルドにも登録できたし、宿も見つけられたし順調なで出しだ。
ちなみに服装は、そのまま私服。ジーンズに黒の長Tシャツに革の短ブーツ。それに道具屋で買ったマントを羽織ってる。そんなに違和感なくて助かる。もちろん、左腰にはブロードソードを差してる。あとは、もってきた革生地のバックパックを背負ってる。中身は文明の利器やら食い物や他色々だな。
『本に、つまり、我についてだが――』
「なにかあるのか?」
なんでも、剣王の本は、本シリーズのうちの一つで、ゆくゆくは全ての本を集めて、所定の本棚に埋めなければいけないそうだ。それが本らの使命なんだとか。
で、本を集めた者には世界の知識全てをゆだね、賢者の称号が贈られるらしい。
本シリーズを入れる本棚は、この世界中央にある魔の島。本シリーズを集めれば力はそのままで帰してくれるそうだ。時間は巻き戻るが、経験はつんだままでいられるらしく。
だったら俺も小細工せずに普通に生活できるかもしれないな。いじめっ子に勝ちたい。びくびくしないで生活したい。女共にだって強くでれるし。
「いいぜ。やる」
引き受けよう。俺に大きなメリットがあるのがわかればそれでいい。本の所持者は他にもいるらしいが、他はどうでもいい、と思う。たとえ、他の所持者を貶めてでも、奪って全て集めてやる。強いままなら元の世界に帰ってもいいしな。向こうのが便利だし。
『よろしく頼む。主』
「ああ。相棒」
『ならば、我も相応の形をとるとしよう』
相応の形? って、お。銀色の腕輪に変化したぞ。
『主、身につけてほしい。そうすれば本を読まずとも思念で会話ができる』
「マジで。じゃあつけっか」
『我は剣王の本。ゆえに、主が剣を持ち、我と共に使命を全うすること助力いただければ、所持者の証となろう』
「所持者の証? 腕輪がそうなのか」
へー。つまり剣を持ち、契約みたいのした後は腕輪の状態でもいいってことか。そうなるのが所持者の証らしい。腕輪で意思疎通できんのはいいな。邪魔にならないし。左腕にでもつけとこう。
(ところでさ、本シリーズを集めるっていってもどうすればいいわけ。探知機とかついてんのこの腕輪)
試しに思念ができるか脳内で思い浮かべる。
『本が近くにあれば、腕輪の青い石が近ければ近いほど早く点滅する。一度その本に反応した後は、その所持者に感づかれてもめんどうな場合がある。ゆえに主が念じれば再度点滅するようにしてある』
(なるほどね。じゃあ俺は旅しながら点滅する方へ向かっていけばいいわけだ)
『そうなる。そして、所持者の証となっている本も我と同じことができる。すなわち、敵対するということ』
(じゃあ証になってない本はカモで、なってのは俺と同じってことか)
ふーん。カモはともかくとして、俺と同じ場合は、出会ったその後どうやって奪うか、だな。せっかく剣を入手したんだし、経験積む必要もあるし討伐依頼を受けつつ進んだほうがいいな。
さっそく明日からはその方向性で行こう。