剣王の本①~秋博~
剣王になってみないか。
そう言われたらどう思う? 頭沸いてるのか。剣ってなに。中二ににもほどがある。お前いくつ。精神科いいところ紹介してやろうか。あの人に近づかないほうがいいよ。気持ち悪い。頭おかしい。ゲームのしすぎ。
他にはなにがあるだろうか。いや、何を言われたっけ。クラスメイトに。仕方ないじゃないか。実際言われたんだから、本に。
俺、安田秋博は虐められっこだった。朝はイタズラされないように朝一番で教室へ。授業合間の一〇分休憩は席を死守、便所飯は基本。昼休憩は図書室の目立たない奥まった席で暇を潰し、放課後は全ての荷物を抱えてそそくさと教室を後にする。これが学校での俺の一日。
移動教室へはさすがに全てを持っていけないため、鍵つきのロッカーを空き教室で見つけてあるためそこへ放り込む。もちろん人の気配がない時にだ。長時間教室に居ない場合もだ。だがそもそもそこまで執拗にいじめをする奴は高校になるといなくなるが。中学の時だといるんだよなこれが。
中学の時から始まったいじめ。用心に用心を重ねて今でもこうしていないと安心できなくなってしまった。まあ、中学での話は置いておくとして。それよりも今は最初の疑問についてだ。
今俺は誰とも知らぬ存在へ語りかけるように脳内で話しているが、それもさっき言ったしゃべる本の影響なんだ。自分でも頭がやばいのは自覚している。だが、リアルで起これば受け入れざるを得ない。よって、今もこうしているわけだ。
試しにクラスメイトの漫研部員に話してみたら、返ってきた返答が上で言われたものなんだが、何度も言うが、仕方ないじゃないか。実際言われたんだから、本に。
で、なぜそんなことが起きたかというと。
はあ、今日も明日も明後日も。俺ってなんなのかな。
いつもの便所飯を終えた俺は、日課である図書室の目立たない奥まった席に居た。遮光カーテンを半分閉めて日光から隠れているため、一般生徒から見たらホラーだろう。幽霊に見えるだろうな。だが暗いほうが落ち着くんだから仕方がない。
他人の目が気になって仕方がないのもある。自意識過剰だと分かってはいるが、俺のような根暗なゲーオタに分類されていれば、気持ちは理解してくれる人もいるだろう。
そんなことを考えつつ、今日も持参したラノベをひっそりと読みふける。
ちなみに、今読んでいるのはよくある異世界トリップもので、さえない男がハーレムを作りチートで俺TUEEEするやつだ。俺もこんなのになれたらな。この世界じゃないどこか別の世界で新しくやり直したい。
その時はもちろんゲームで培った戦闘センスでそこらにいる魔物をなぎ倒し、対人戦でも類を見ない強さを発揮させるんだ。で、女をたくさん侍らせて異世界ライフを満喫する。そんな状況になったらな。
『…… ……ないか』
ん?
『なら、その通りになってみないか』
ん、なんだ。
『異世界に行ってみないか』
なんだ幻聴か。
『異世界に行き、剣王になってみないか』
……。とうとうここまできたか俺。
図書室で暇つぶしの本を探していたら声を掛けられた。本に。最初は誰かのイタズラかと思った。でも違う。なぜなら周りを見回してみも誰も居なかったから。初日は幻聴だと言い聞かせた。
けれど次の日もきたら声がした。幻聴と言い聞かせ、いたずらの主を探してやろうと思い、声のする方の本棚へ行くと、一冊分厚い洋式の本が五センチメートルほど棚から飛び出ていた。それだけだった。またもや人はいない。その日は本を棚へと押し戻して帰った。
そして三日目。声がするほうへ行くとまた同じ本が飛び出していた。気味悪かったが好奇心を抑えきれずに本を開く。すると、文字がつらつらと浮かび上がり、本と会話することに。
本と会話することになった。
何を言っているかって? だから、本とか会話することになったんだ。……なったんだよ!
つまりだ。その本が言うには、俺は本の所持者に選ばれた者らしい。しかも、剣王の本という題名のその本に。
本は何冊もあり、本自身が所持者を見つけ出すために異世界を渡るそうだ。そして俺は何故か見出された。けれど、俺はそれに対して運が悪いとかは思わなかったんだ。むしろ、この居心地の悪い、俺を敵とみなしているようなこの世界から出て行けるほうが魅力的に感じたから。
俺は本の題名の通り、剣王となるべく人間らしい。本に選ばれたから、そうなのだそうだ。元々ゲーマーでロープレ好きの俺。心が躍るとはこういうことなんだと思った。この時はもう、すっかり毒されていたんだ。
「ああ。異世界に行って剣王になってやる」
『我が主。これからよろしく頼む』
「まかせとけ!」
二つ返事でそう言った俺は、とりあえずこのまま今すぐ行きたいといった心境だったが、ラノベも色々読んでいる為焦らない。何事にも順序ってものがあるからな。準備をしないと。
四日目。
「俺、異世界に行って剣王になってくる。今まで有難う。父さん、母さん!」
朝、俺は母さん父さんに最後の別れの挨拶をした。バックパックにサバイバル用品や携帯食料に水、換金できそうな日用品や文房具、その他諸々を入れたものを背負って。
「秋博、あんた親に堂々と家出宣言するくらいなら、学校にも言ってきなさい」
「退学届けは出しておくからな。男を磨いて戻って来い」
「え、なんでそんなフツーなわけ。フツー親なら止めるよねっ」
「なんだ。止めてほしいのか? 俺はお前が一歩進む為に考えて考えた結果だと思い、応援したんだが」
読んでいた新聞から顔を上げて言う父さん。母さんも横でうんうん頷いてる。えええ、ここはさあ、もっと感動的に引き止めたりするもんなんじゃないの? 大事な息子! とか。それか痛い子を見る目で相手にしないかだと思うんだが。そのどれとも違う反応に俺は戸惑った。
だから俺は、母さんの言うとおり学校にも行って、ついでに漫研部員にこれらのことを話してみた。自慢したかったんだが、帰ってきた返答は上にあるとおり。中二をこじらせて痛い子を見る目つきだった。そうそう、フツーはこういう反応なんだよ。それに安心した俺は、じゃ、と手をあげて制止してこようとした漫研部員をスルーして図書室へと向かった。
今日は金曜で学校がある。なのに私服でバックパック背負っておかしな言動をとる俺を、クラス中が見ていた。だがいいんだ。今日から俺は変わるんだから。いざ行かん、異世界へ!
……別に、いじめっ子から逃れる為にじゃないからな!