第三十三話
そんなの嘘だと思いたい。だけど、シグルドさんが話していたことにはどこにも嘘は感じられなかった。アキアース、私を騙していたの?
シグルドさんが廃墟の隠し地下室に私を閉じ込めて出て行ってから一日が経っていた。
シグルドさんの言うとおり棚の中には携帯食料が入っていて、この量だとたぶん一ヵ月くらいかな。でも、食事の心配はこれで大丈夫だったけど、トイレはどうしたらいいの。お風呂にだって入れないじゃない。私は悩んだ。
うん。やっぱりここからなんとしても出て行かなくちゃ。
「悪魔封じの呪って言ってたけど、本当に魔法使えないのかな」
もし魔法が使えないんだとしたら私は本当に悪魔の本の所持者になってしまう。怖いけど私は確かめてみることにする。
「土よ、土よ。隆起せよ!」
駄目、土は出ない。
「風よ、風よ。目の前を切り刻め!」
駄目、風も出ない。
「火よ、火よ。業火でもって焼き尽くせ!」
……出ない。
「水よ、水よ。扉を押し流せ!」
出ない。
やっぱり私は悪魔の本の所持者なんだ。悪魔って人を貶めたり堕落させてそれを笑って楽しむイメージなんだけど、私もそんなやつなの? ……違うよ。私はそんなやつじゃない。
私、どこかで聞いたもの。力そのものに善悪はない。あるとすればそれは人の心にあるって。それって使う人によっていいことに使ったり、悪いことに使ったりするってことだよね。
剣があったとして、人を殺して物を奪うか、誰かを守るために剣を振るうかはその人次第だもの。だったら私は守るほうに使いたい。
アキアースはどうしてアマンダさんを殺したんだろう。
シグルドさんはたしか、アキアースにも叶えたい望みがあるって言ってた。望みってなんだろう。人を殺してまで叶えたいものなんてあるの。アキアースに会ってそれを聞きたい。アキアースの望みが私、知りたいよ。
それに、五冊の本。悪魔に剣王、誘惑と天使に神の本。この世界にそんな力ある本があるなんて。ううん、でもそれは本当だった。
でも、クルスニクのどこかに点在しているって言ったって、悪魔の本は私の世界にいたんだよ? それもおじいちゃんが持っていたなんて。どうして私の世界にいたんだろう。今ここに悪魔の本があれば聞けたのに。悪魔だから本当のことを教えてくれるかどうかはわからないけど。
あと、五冊の本を集めて魔の島の本棚に戻すと、私たちがそれぞれ仕えている力を手に入れることができて、願い事が一つだけ叶えられる、か。
アキアースは剣王の力を持っていたからあんなに強かったんだ。その力があればもっと違うなにかができると思うんだけどな。どうしてその力だけじゃ駄目だったんだろう。あ、そうか。本が魔の島の本棚に戻ることを決めたんだっけ。だから集めてたのか。じゃあアキアースは剣王の本を助けるために集めていたのかな。うーん、それとも違う気がする。やっぱり会って話を聞かなくちゃ。
色々わからないことばかりだけど、悪魔の本をシグルドさんから取り返して、アキアースにあって話を聞けば全てがわかる気がする。だから会わなくちゃ。
どうやってここから出よう?
この木の扉、壊せないかな。なにかバールのようなものがあればこじ開けられるんだけど。なにかないか探してみよう。
布ナプキンとコップにお皿にたくさんの本。洋服掛けに靴べら? うーんどれもこれも金属製じゃないからなあ。お皿を割れば木の扉を削れそうだけど……蝋燭台……は駄目か。唯一の金属の鈍器だしいいかなと思ったけど、振り回したら火が消えちゃうもんね。あ、ナイフとフォークにスプーんがある! でも私の力でもなんとか曲げられる強度だから不安。
ん、火? そっか! 火だ。この蝋燭の火は魔法じゃないじゃない! これを使えば木の扉を燃やして外に出られるかもしれない。いちかばちかだけど試してみよう。もしかしたら煙で誰かが気づいてくれるかもしれないしね。
今まで見つけた物の中で使えそうな物は……、うん、本かな。一応お皿も割っておこう。よし、がちゃんと割れたお皿は真っ二つに綺麗に割れた。せっかくだから他の食器も貰っちゃおう。私のこと閉じ込めたのがわるいんだからね。入れられるものは魔法使いギルドの証に全部入れちゃおう。
そうして私は本の紙をびりびりやぶいて扉の前にばら撒いた。こんもりしてきたそれをみて、うんとひとつ頷く。このくらいでいいかな。
じゃあ、さっそく火をひけて、と。布ナプキンで煙を吸い込まないように鼻と口を覆い、木の扉が燃えるのを待った。火はどんどん燃え広がっていって、とうとう木の扉全体を覆う。
うん、いい感じに燃えているね。でも暑い。ううん、暑いっていうか、熱いよ! ちょっと火が強くないかな。部屋の中が白い煙で充満してきた。ちょっとやばいかも。もしかして私またやっちゃった?
「けほ、けほ」
余りの煙の多さに布ナプキンでもおいつかなくなってくる。どうしよう、もしかして部屋全体が燃えているのこれ。焼身自殺なんてしてられないから!
なにか、なにかないかな。扉は……扉は黒く焦げているみたい。衝撃与えたら扉が外れそうだけど、まだ燃えてるんだよね。
なにか。あ。私は視線を下におろすと絨毯を踏んでいた。これ、使えないかな。テーブルの下敷きになっている絨毯をめいいっぱいの力で引き剥がす。よし、取れた。
その後絨毯で体を覆った私は、木の扉の数歩後ろへと下がり勢いをつけて体当たりをした。
「あちっ」
火の粉が頭の上に降りかかる。木片も降りかかる。でもいけそう。もう一度数歩下がって勢いよく木の扉に体当たりをすると。
ばきんと蝶番が外れた音がした。そのまま木の扉と共に床にびたんと倒れこむ。
「あいたたた……」
でも、やった。外に出られた!
私はぽんぽんと服の埃をはたき落とすと後ろを振り返って部屋の中を見る。火はまだ燃え続けている。
「外に出た今ならできるはず。水よ、水よ、全てを洗い流せ!」
ごおおと流れる水が火もろとも押し流していく。使えたよ魔法、よかった。これ火事は収まった。他に燃え移る心配はなくなったね。
さてと、これからどうしよう?
まだそんなに時間は経ってないはず。シグルドさんがどこに行ったか誰か知ってないかな。教会に入るのも危ない気もするけど、情報がないとどうしようもないもんね。仕方ない、行ってみようか。
……アキアースがどうかいませんように。
だって、今あったら私なに言うかわからないもの。
そうっとそうっと教会の入り口に来た私は静かに扉を開ける。中は何も変わっておらず、祈りを捧げている信者の人たちが数人いるだけだった。アキアースもこの中にはいないみたい。
私は花瓶に花を生けているシスターを見つけて近づいた。
「あの、すみません」
「あら、あたなはたしか神父とお話をされていた方ですわね」
「え、ええ。そうなんですけど」
「なにかご用かしら」
シスターがにっこりと微笑んで私に問いかけてくる。
「あの、その、シグルドさんはまだいますか? 私聞きそびれてしまったことがあって……」
「残念ですけど神父はもう布教活動の旅に出ています。数リレ前にこちらを出ていまいしたし、旅車ももう今日はないでしょう。おそらく戻るのは二ヶ月後くらいかと思いますわ」
「そう、なんですか……あ、じゃあ、どこに行ったかはわかりますか?」
「そうですね、前回はサリダースとカンナブラでしたら、それ以外の国かと。キルトケンかポールアームだと思います。ですが逆方向にある国ですから追いかけるのは難しいですよ」
「わかりました。キルトケンかポールアームですね、有難うございます!」
なら私が行く場所は決まっている。




