悪魔の本②~佳奈~
誤字脱字報告、矛盾点の指摘や感想等は不要です。
「なに、ここ。どこなの」
ぺたりと座り込んだ状態の私は、本を胸に抱えたまま呆然と辺りを見る。
石壁の洋風な建物たちに一〇センチくらいの雪が積もっていて、周りに植えられている木々や舗道、街灯など、見える範囲全て雪で覆われていた。
まるで、映画やネット画像でみるような雪国にいるかのよう。街灯は舗道に定間隔で燈されていて、そこから少し外れると真っ暗だった。どうやら夜みたいで。
「え、よ、夜? だってさっきまでお昼過ぎ……な、なんで?」
こんな超常現象みたいなの、知らない。できればもう少し座っていたかったけど、当然私の座っているところにも雪が積もっていたため、じんわりと濡れて冷たさに気づいて、よろよろと私は立ち上がった。
お尻に付いた雪を片手でほろい、張り付いたお尻の布を指で摘んで離していると、ぎゅっぎゅっと雪道独特の足音が私の方へ近づいてくるのが聞こえる。
ここがどこなのか聞けるかも、そう思って足音の方へ体を向けると、一人の、服をたくさん着込んだおばさんが慌てた様子で話しかけてきた。
「ちょいと嬢ちゃん、ちょうどいいところに! こっちへ来ておくれっ」
「え、ちょっと」
私の格好を見て目を見開くと、そのおばさんは私の腕を掴んで来た道を戻り始める。ちょっと待って下さいと言おうとしたけど、おばさんは一刻も早くといった様子で急ぎ足。とりあえず着いてからでもいいかなと、私は言葉を飲み込んで、連れられるまま歩きにくい雪道の中、足を進めた。
「暖かい……」
「さあ、こっちだよ」
連れてこられたのは他の民家よりも数倍ありそうな建物で、中に入るとフロントやロビーといった感じの内装だった。
ホテルなのかもと思いつつ、奥にある暖炉の熱気で暖められた屋内の温度を肌に感じて、ほっと息をつく。
でも、フロントの奥にある部屋から、長方形の横幅が直径十五センチメートル程の木箱を抱えて戻ってくるおばさんに呼ばれて傍に寄ると。
「あんた、流れの魔法使いなんだろう。それ見ておくれ。管轄の魔法使いがもう何日も遅れていて火石が底をつきそうなんだよ」
「え、な? ……まほ? ひせき?」
木箱の蓋を開けて、私にずいっと差し出してくるおばさんに圧倒されながらも、私はその開けられた木箱の中を覗き込むと、中には赤い色の水晶らしき石が数個入っていた。
もしかして、これがひせきっていうのかな? 呼び方からすると火の石で火石かな。
一粒を指で摘んでみる。指先からほのかに暖かさを感じた。
「あの、これが火石ですよね? これをどうしろと?」
おばさんに聞いてみると、ああもうって顔をして一緒に入っていた個袋を取り出すと、紐を解いて数粒じゃらじゃらと手のひらに出して見せられる。
「この無石を火石にかえてほしいんだよ。譲ちゃんなら出来るだろう? 流れの魔法使いなんだろう」
「むせき? この水晶のこと? ……あの、流れってさっきから言ってますが、私は魔法使いじゃないですよ」
「何言ってんだい。嬢ちゃんみたいな格好、魔法使い以外いるわけないだろう。ああ、そうかい。報酬がってんならそうだね……今回は急な話だし、嬢ちゃんがこの街に来た際はあたしの宿に無料に泊まれるってのはどうだい? もちろん、連れがいればそいつも無料。おまけに食事も二食付で気合をいれるし、今回は金貨三枚もつける」
おばさんは全く私の話を信じてくれた様子もなく、一人で予想を立てて話を進めて言う。こうなるともう、何を言ってもだめなんだよね。まるで私のお母さんみたいに。金貨三枚がどくらい買える価値なのか分からないけど、今は無料で泊まれて食事もあるんじゃ、こっちのが魅力的だ。だって、宿があるってこと、安心感半端ないもの。
「……わかりました。ならその条件でお願いします。もちろんこれ、永続なんですよね?」
「女に二言はないよ! じゃあさっそく今日からだ。ついておいで。うちで一番の部屋に案内するよ」
「あっは、はい」
おばさんが私をせかしながら階段を登って行くから、その後を慌ててついていく。でもどうしよう? 私は本当に魔法使いなんかじゃないのに。そもそも、魔法使いなんて御伽噺でしょう。でも、今の私の置かれている状況は、御伽噺そのものだけど……。
この先どうなるのか、そしておばさんの勘違いを訂正しきれずにいる罪悪感。だけど、この寒い雪の中に放り出されないで済んだ安堵。それらが綯い交ぜになって私の心の中を巡る。
成り行きで火石を作ることになったけど、とりあえずフリだけでもしとかないと。それもどうかと思うけど。私は集中したいからと、おばさんに案内してもらった一室に篭る宣言。これで少しは時間をかせげたかな。
「火石ねえ……無石よあつくなれーって、なるわけないなるわけない」
案の定作り方なんて知らない私は、呪文ぽく唱えてみるけど掌の無石には何の反応もなく火石は出来なかった。一〇分くらいうんうん唸ってみたけど、やっぱり駄目で。
一息つこうとテーブルを見るとおじいちゃんの残した本。気分転換に読んでみようかとぱらぱらとページを捲る。
「えっとー、主人公は火石が出来ないことを当たり前と思っていたため、何をしてもつくられることはなかった」
ん、なんかこれ中途半端に話始まったけど今の私みたい。火石が出来ないことが当たり前。そりゃそうだよね、だって私魔法使いじゃないもの。じゃあ、たとえば私は魔法使いって思い込んだら出来るってこと?
「試しに主人公は魔法使いだと思い込むことにした。すると、手のひらに熱い何かを感じた。そして、気づくとそこには宿屋のおばさんに頼まれていた火石があったのだ」
え? んん? なんだろう、握ってた無石がなんだか温かいような。まさか、まさかだよね。そんなこと、あるわけ……ううん。違う。
――そう。私は魔法使いだから無石を火石に変えることが出来る。そして掌には火石があるんだ!
「出来た!」
本を膝の上に開いたまま載せて、掌を開けてみるとそこにはおばさんが見せてくれた火石があった。やっぱり思い込みが大事なんだ!
でもどうして私と同じ状況の話が本に書いてあったのかな。もう一度本を見ると、そこにはもう文字は見当たらなくて、真っ白なページがあるだけだった。ぱらぱらと捲っても、最後まで真っ白。どういうことなんだろう。
おじいちゃんが残した不思議な本と私の置かれている状況。そういえば、おじいちゃんは雰囲気が独特で、いつも周りから浮いていたっけ。もしかしたらこの、多分異世界なんだと思うけど、ここと私の世界が何かの原因かで繋がるかなんかして、おじいちゃん私の世界に来ちゃったってことなのかな。
だとすると、亡くなるまで居たってことは……。
「……そんな」
そんなの嘘。絶対帰れるはず。おじいちゃん、おばあちゃんとすごく仲睦まじかったもの。だから、こっちの世界に帰るのをただ単に止めただけだと思う。きっとそう。だから。
「だから私も帰れる」
帰れる。ううん、帰るんだ。だから、まずはその方法を探さないといけない。
でも探すっていっても……あ、そうだ。思い込みだっけ、魔法使いって。じゃあ、私は帰れることを当たり前だと思えば帰れるのかな。よし、やってみよう。
「…………れる。帰れるのは当たり前だから、私は今から元の世界に帰る!」
ぎゅっと目を瞑って、強く強く、強く念じた。そうっと目を開けると、そこはおばさんの宿屋の一室。なんで。なんで駄目なの。帰れないの。
あんなに強く帰るって思ったのに。なんでって思い出したらもう駄目だった。
一時間くらい焦って何度も試したけど、その度に思い込むことが出来なくなっていって、帰れないかもしれないって思うようになって。焦って失敗を繰り返す度に更に駄目での悪循環。
そうしているうちにコンコンと扉を叩く音がする。気がつけば更に一時間経っていた。それまで私は狂ったように「帰れる、帰る」と言い続けていたから、時間を見て我に返ると急に喉が渇いてきた。
「はい、どうぞ」
「調子はどうだい? 火石はどのくらいできたかい」
あ。忘れてた、火石のこと。しまった、という表情がまんま出てしまったみたいで、おばさんが腰に手を当ててテーブルの上の石を見た。
「なんだい、やっぱり魔法使いなんじゃないかい。しかも綺麗な火石だ。嬢ちゃん実は高名な魔法使いのお弟子さんかなんかなのかい」
「えっと、そんな感じです」
でも、私がどんなに必死な思いで帰るって思っていたか、おばさんにはそんなこと分かるわけもなく。火石1個を見て上機嫌。ほら、残りも火石にしとくれよ。と、笑顔で私に言って部屋を出て行った。
そんなおばさんを見送った私は、ベッドに身を沈めて腕で両目を覆い深々と溜息をつく。
駄目だ。前向きにいかないと。今はまだ帰れなくって、そして、帰る方法も違うってだけ。だから、今はこの無石を火石に変えないといけないんだ。そして、明日には報酬を貰って、地図とか旅行用のものを買って、旅に出よう。帰る方法を探す為に。
私の他にも魔法使いっているようだし、その魔法使いを探すのもいいかも。御用達って言ってたし、国の都とかに行けば何か分かるかもしれない。見たところビルとかと無縁の世界みたいだし、魔法使いとか火石とか思いっきりファンタジーだもの。きっと私の知らない魔法でぱぱっと帰ることが出来るんだ。
「よし。じゃあ、さくっと終わらせちゃおう」
ベッドから起き上がった私は、残りの無石を火石にどんどん変えていく。全部で五三個。すごい。しかももう二〇個くらいからは慣れきった感じで、このくらいから変えるときに気づいたんだけど、ぽうって温かい感じになる前、つまり火石が出来る前なんだけど。掌に集中してると淡く白い光が見えるの。
これ。魔力だ。そう確信してから、力加減も試してみたり。一〇個くらいはすごく綺麗な透き通った紅い火石が出来た。やばいよねこれ。なんか、おばさんに見せてもらった赤い水晶みたいな火石は、私の最初のころの三〇個まであたりと同じだけど、そこからだんだんグレードが上がってるのは誰でもわかるでしょうこれ。だって、赤っていうより紅で、くすんだ水晶っていうより綺麗な透き通った水晶になっていってるんだもの。
もしかしてこっちじゃ駄目なんてことないよね。心配になってきた。
「ふあ~ぁ」
でも、今日はもう寝て明日おばさんに聞いてみよう。集中し過ぎて疲れたし。眠くなってきた。お腹も少し空いてるけど眠気の方が強いや。
ここまで読んでくださった方、本当に有難うございました。