悪魔の本①~佳奈~
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『佳奈。これをお前にあげよう。おじいちゃんからの最後の贈り物だよ』
私は河辺佳奈。十六才の女子高生。おじいちゃん子だった私に、最後にくれたおじいちゃんの贈り物はひどく古びた鍵だった。
力をこめればポキリと折れてしまいそうな少し錆びついた古びた鍵。この鍵を見ているだけで、私の心はなぜかうきうきする。
きっと、とても素敵なものやことと出会うことができる。周りの人から夢見がちだと称される私だけど、これは絶対にそういうものなんだと確信できた。理由なんてないけど、そうに決まってる。
(でもこれ、どこの鍵なんだろう。おじいちゃん、それは教えてくれなかったんだよね)
学校から帰宅して自室のベッドに座った私は、制服のまま首からさげたチェーンを付けた鍵をつまむ。
大好きなおじいちゃんが亡くなってもう半年。
泣いてばかりだった私だったけど、いつまでも泣いてたらおじいちゃんが安心できないでしょってお母さんに言われて、その通りだって思った。だから今はもう泣かない。
本当は時々だけど、夜に布団に入って眠る前とかに、おじいちゃんのことを思い出すとじんわりするけど、そうなったらすぐに楽しかったことばかり思い出すんだ。そうしていると、いつの間にか眠ることかできるから。
亡くなる前、ゆっくりと私に手渡してくれた鍵。どこの鍵かはまだわからいけれど、探してみようかなってようやく思えるようになった。
(明日、学校半日だし、帰りに寄って探してみようかな)
そう思ったら、探さずにはいられなくなってきて。
私は宿題を終わらせてからお夕飯を食べて、お風呂に入って。明日は、今はもう誰も住んでいない、優しい思い出のいっぱいつまった、おじいちゃんの家に行ってみようと布団に潜りこんで目を瞑った。
(おやすみなさい。おじいちゃん)
まさか、おじいちゃんがくれたこの鍵で開けたところの中の物で、あんなことが起きるなんて、この時の私は想像もできなかった。
私の身に起きる不思議な出来事なんて――。
「全然見つからないなあ。どこの鍵かも、大きさも分からないし」
学校帰りにおじいちゃんの家に寄った私は、玄関を開けて中へと入る。久しぶりに来たけど、時々お母さんが来て掃除をしているから綺麗なまま。
居間の方から「佳奈」って私を呼ぶ声が聞こえそうで、鼻がつんとしたけど、少し視界が滲んだけど、私は頭を振って二階へと上がる。
目的の場所は物置になっている一番奥の部屋。物置部屋にはおじいちゃんの大切な思い出をしまってあるんだよって、縁側で私に懐かしそうに話していたのを思い出す。
だから、きっとそこにこの鍵で開けられるなにかがあるはず。胸元にぶら下がってる鍵を握り締めて、物置部屋へと私は入った。
「古いのがたくさんある」
年代物の家具や本に置物が並んでて、ぱっと見は鍵付きのものは見当たらない。
もう誰も住んでいない家に電気は通ってないから、ひとまず窓のカーテンを開けて中を明るくした私は、入り口左側から順番にそれっぽいものを探すことに。
黙々と探すこと一時間。この物置部屋もお母さんは掃除していたようで、埃もほとんどない。
陶器のスラリとした八〇センチほどの黒猫の置物や、少し錆びついたランプ。くるくる巻かれて敷かれることのない絨毯。ガラス窓付きの本棚には綺麗に陳列された古そうな本。
長い年月を感じさせる洋箪笥を開けると、何着もフォーマルなスーツがハンガーに掛けられていて、その下に置かれた箱の中にはシルクハットが入っていた。
「これって燕尾服ってやつだよね」
なんとなく取り出したスーツは後ろが長くなっていて、映画に出てくるような貴族の上流階級の男性が着るようなのと似ていた。
燕尾服を着てシルクハットを被ったおじいちゃんを想像すると、すごく似合う。
そういえば、おじいちゃんは七〇歳過ぎてたのに背筋もピッとしてて、物腰も穏やかでいつも優しそうに笑ってた。いかにも紳士って言葉がぴったり当てはまる感じ。
「おじいちゃんって昔なにかしてたのかな。うちは普通の一般家庭だし、なんかこの部屋の物ってお金かかってそうなのばかりだよね」
スーツを洋箪笥に戻して探し物を再開した私は、次に棚に並べられていた箱を開ける。
中には茶器一式。他の箱も磨かれてないくすんだ銀製品の食器が入っていたり、木製のパイプ、高そうな革靴、懐中時計とか羽ペンなんかもあった。
でも、鍵の付いたものはなくて、今度はアンティークの机へと目を向ける。机の板の端には細かい蔓草模様がずらっとあって、机の脚も細い部分と太い部分があって、その細い部分には金属の輪が二つ飾られている。
四つある引き出しを上から順番に引いたけど、中には何もなかった。
「本当にここにあるのかな。お腹空いてきた」
ずっと探しててお腹も空いてきたから時間を見ると、もう午後一時が過ぎていた。机とセットになっているアンティークの椅子に腰掛けて、学校のスクールバッグからペットボトルを取り出すと、私はその中身を一口飲んでほっと一息つく。うん。ストレートティーはやっぱり旨い。
もうちょっと探したら今日はもう帰ろうと、なんとなく机の下を見たら。あれ、なんか変。違和感を覚えて一番下の引き出しをもう一度引く。閉める。また開ける。数回繰り返してようやく気づく。
「奥まで短い」
上の引き出しも引いて比較すると、奥の幅は同じなのに三センチくらい下の方が短い。これってもしかして隠し引き出しみたいな。
私はとりあえず一番下の引き出しを引き抜いて床に置くと、それを見てこれだ、と思った。引き出しの内側と同じ色の木の板を外すと、その板はコの字になっていて、空いた空間には一冊の本。その本は留め金で閉じられていて、鍵穴があった。心拍数が上がったのかどきどきしてくる。
その本は黒い革張りで文字が片側しかない。そちらが表紙なのだろう。右開きらしい。表紙の文字は灰色の糸で縫われていた。元は白糸だったのかな、なんて思いながらその文字を指でなぞる。書かれている文字は読めなかった。学校で習った象形文字に似てるけど、さっぱりだ。
首から下げていた鍵を鍵穴に入れて回すと、カチャリと開いた音がしたので留め金を外し、右開きの表紙を捲ると目次があった。
少し黄ばんだ紙に書かれている文字も、表紙と同じ象形文字みたいで、なんだ読めないじゃんとがっかりした私。
「――冬の国?」
その文字を眺めながらふっと浮かんだ言葉を口にする。
その瞬間。
ぶわっと私の周りに風が吹いた。その風には雪が混じっていて頬に当たると冷たかった。風はどんどん強まって吹雪のよう。
本が濡れる、と思った私は、とっさに胸に本を当てて吹雪から守る。そのうち目を開けていることも辛くなって目を閉じると、物置部屋から私は消えたのだった。
なぜ消えたと分かるのか。だって、吹雪が収まったのを感じて次に目を開けたら。
「冬の国」
そこは一面銀世界だったのだから。
ここまで読んでくださった方、本当に有難うございました。