入口での歓談
「本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げれば「やめて~。ホントやめて~。」と首と手を振る真優君。
「・・・・っぷ、あははははは。」
そんな彼を見ていたら、なんでか笑えてきてしまった。
恩をあだで返す、とはこのことだろうな。
でも仕方がないことのなのだ。
なぜなら、箸が転がっても笑えるお年頃だから。
「え~。なんで笑うの~。神音ちゃんのツボよくわからないよ~。」
本気で困惑しているのが、顔を見ればわかる。
けれど、その顔すらも面白くて。
あれ。こんなにツボに入ったの久しぶりかも。
「・・・ご、ごめんなさい、っぷ・・・くく。いや・・・あの・・・ふふ。」
あまりにも笑いが止まらないので、息を思いっきり吸って深呼吸を一つした。
笑いのツボなんてあっさり外れるものである。
「あー、面白かった。」
「俺は全然面白くないよ~。何がそんなにおかしいの~。」
「真優君ですよ。絶対人に『天然』って言われますよね?」
「え~。なんでわかるの~。」
「髪も頭ん中もふわふわだな、って言われたことありますよね?」
「え~。なんでわかるの~。」
あ。やばい。
またツボに入る前に、さっさと分かれよう。
「あのままだったら夜まで森で彷徨うところでした。助けてくれてありがとうございます。それでは、またお会いできたら。」
そう言ってもう一度会釈をして、足を進める。
いや、正確には進めようとした。
腕をつかまれ、その動作を阻まれてしまったのだ。
「・・・・あの?」
腕をつかんだのは、真優君だ。
まあ、近くには彼しかいないので当たり前だが。
「その制服うちのじゃないよね~?もしかして職員室行くんじゃない~?」
「え?あ、はい。よくわかりましたね、転入生だって。」
「え、そうなの~?転入してきたんだ~。」
「あれ?転入生だから職員室行くんだろうな~ということでは?」
「ううん~。他校の制服着てる人は絶対職員室行くでしょ~?」
絶対ってことはないんじゃないかな。
とは思いつつ、この会話を続けても時間を削ることにしかならないと気付き、空気読みモードにシフトチェンジした。
「そうですね。」
「職員室まで案内するよ~。最近この辺、多いからさ~。」
「・・・・幽霊、ですか?」
「うん~。神音ちゃんほっとくとまた遊ばれちゃいそうだから~。」
この数十分彼と会話をしただけだが、段々彼の抜けてる言葉を脳内で補う能力が身についてきたようだ。
必要な能力かは考えるのをやめておこう。
「では、お言葉に甘えて。お願いします」
「は~い。」
断るとまた長ったらしい会話が始まりそうだ。
人間、時には素直に従うことも大事である。
真優君について、校舎に入ろうとしたとき、目の端に青いものが映った。
「あの、真優さ・・・君。あのブルーシートって何ですか?」
危ない危ない。
気を抜くとすぐに『さん』呼びに戻ってしまう。
『真優さん』なんて読んだ日にゃ、またあの日が明けそうな問答が始まる。
それだけは避けたい。
「あ~。あれね~。三、四日前~?より前かな~?忘れちゃったけど、窓ガラス割れちゃったみたい~。」
適当だなおい。
という突っ込みは、そっと心の中で。
「やっぱりここは不良学校ですか。」
もちろん声に出す突っ込みもありますが。
「違うよ~。こっちじゃ有名な進学校だよ~。」
真優君が必死になって首を振る。
「ですよね。編入試験難しかったですもん。」
高校受験の二ヶ月後にあんな難題を解かされて、両親を恨んだ試験当日が懐かしい。
「神音ちゃんって時々いじわるだよね~。」
「え!?そんなことないですよ!何を根拠に!」
「推測だけどね~、あれね~、きっと生徒の仕業じゃないよ~。」
あ。話変わった。
「先生ってことですか?」
「ううん~。」
「えと、じゃあ、部外者ですか?」
「う~ん。まあそうなるかな~。」
「犯人知ってるんですか?」
「知らないよ~。推測~。あの窓ガラスのとこで、すごく楽しそうにしてる『子たち』がいるんだよね~。」
それは、つまり。
「幽霊さんたち、ですか?」
「推測だけどね~。だって、窓ガラス割れる前は『あんな子たち』いなかったもん~。」
また寒気が走る感覚が戻ってきた。
真優君には、今の景色がどう見えているのだろうか。
私が彼の瞳をもらい受けたら気絶してしまいそうだ。
「また、手~つなぐ~?」
「遠慮させていただきます。」
転校前に、こんな金ピカボーイと手なんて繋いでたら、そんなところを目撃されたら、
私の学校生活は始まる前に、終了する。
きっと真優君モテるだろうし、一緒にいるだけで有名になってしまいそうだ。
「あ。」
「ん~?どうしたの~?」
そうだ。
何、のうのうと職員室まで送ってもらおうとしてるんだ。
手を繋いでいなくたって、肩を並べているだけできっと注目されてしまう。
これは過信ではない。確信だ。
あ。なんか今の名言っぽい。
「って、そんなことはどうでも良くて!」
「ん~?どうした~?神音ちゃんって面白い子だね。」
考えてきたら細かい部分がどんどん気になってきた。
名前呼びもどうなんだ。
いや、チャラ男さんなら女の子はみんな名前呼びにするもんなのかな。
でもでも、遠巻きに見てる子の名前は覚えてないよね。
つまり、名前で呼ばれてるイコール、関係者。
それはまずい。
「私、目立つの好きじゃないんです。」
「唐突だね~。」
お前に言われたくない。という突っ込みは、そっと心の中で。
「『神音ちゃん』って呼び方どうにかなりませんか。」
「え~。じゃあ~・・・・『神音』」
やばい。
悪化した。
「あの、そういう方向じゃなくて・・・」
「あれ?真優じゃん。何してんの。」
入口でたむろしていたところに、真優君の名前を呼ぶ声が聞こえた。
しかも女の子の。
恐る恐る目を向ければ、そこには美人なお姉さんが立っていた。
これは修羅場フラグでしょうか。
とりあえず黙っていれば助かるのでしょうか。
「あ~と、何してたっけ~?」
「え!?私に振らないでくださいよ!」
しまった、と口を塞ぐ。
思わず心の声を出してしまった。
「え~。じゃあ、忘れた~。鼎が話しかけてくるから忘れた~。」
「は?・・・てか誰その子?」
あ。あ。あ。
やっぱり修羅場ですか。
やめてください。私は無実です。
「あの、道案内をしてもら」
「神音って言うんだよ~。俺と手~繋いでくれないから、職員室まで案内することにしたんだ~。」
火に油を注ぐ男、河戸川 真優。
言葉が足りないのはわかっていたけど!
わかっていたけどー!!
そんな誰が聞いても誤解されるような言い方しなくても!
しかも人の言葉をさえぎって、言わなくても良いんじゃないかなあ!
私の学校生活、完。
「真優ね。私には良いけど、他の奴らの前でそういう言い方しないでよ?」
「鼎にしかこういう話しないよ~。」
「あ、そう。何、真優まだ『祠』のこと気にしてんの。」
「別にそういうわけじゃないんだけどさ~。“増えてきてる”のは事実だから~。神音“好かれやすい”みたいだし~。」
「・・・・・・・。」
二人の会話の内容がよくわからないので、黙って聞くことに徹する。
というか、呼び捨てにするな、河戸川 真優。
などと念を送っていたら、突然、美人お姉さんの目がこちらに向いた。
「えっと、神音ちゃん、だっけ。」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて声が裏返る。
美人お姉さんに、怒ってる様子はない。と思う。
修羅場フラグは回避成功。
・・・・・・だと良いなあ。
「真優と手なんて繋いだ日には、上級生のこわーいお姉さんたちに目つけられるから気を付けた方が良いわよ。」
美人お姉さんの注意はありがたいのですが、時すでに遅しです・・・。
「ごめんなさい・・・。さっきもう繋いでしまいました・・・。」
半泣きでそう訴えると、お姉さんはにっこり笑って、
「今は大丈夫よ。授業中だから。」と私の頭に手を置いた。
その笑顔に、全私が惚れました。
・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?
授業中?
「・・・やっぱり不良じゃないですか。」
「違うよ~。今日だけだよ~。」
ぼそっと呟いただけなのに、どうやら聞こえてしまったようだ。
「でもそうねぇ・・・。“好かれやすい”のなら、いくら真優が側にいるからって、一人で歩かせるのは心配だわ。」
美人お姉さんが、鞄を持っていない方の手を、顎にあてて目を横に向ける。
美人さんは考えるポーズも様になるなあ。
それはそうと、さっきから二人が言ってる“好かれやすい”というのは、やはり、もしかしなくても・・・・。
考えたくない。考えたくはないけれど・・・・・・・『幽霊さん』のことだろうか。
今日は背中がすーすーしっぱなしだ。
そんなところにモテ期がきても嬉しくもなんともない。
「でしょ~。だから俺と手~繋ご~よ~。」
「それはダメだって言ってるでしょ。」
「手を繋ぐのだけはご遠慮させていただきます。できれば一生。」
「え~。それはひどいよ~。」
「あ。そうだ。」
突然思いついたように、美人お姉さんが声をあげる。
何やら、肩にかけた鞄の中をごそごそと漁りだした。
何が出てくるのかは全く持って想像がつかない。
「はい。」
あったあった、と差し出されたのは・・・・・・・・・・紙切れ?
「あの、これは・・・。」
「うちさ、実家が神社なの。だから、お札。ってそう大層なもんじゃないけどね。無いよりましだと思うから。」
お札。
って、初めてもらった。
それ以前に初めて見た。
「か、かっこいいですね!」
「あはは。ありがとう。」
その笑顔で落とされた男は多いのではないだろうか。
かく言う私は、さきほど落ちましたけれども。
「あ」とまたお姉さんから声が上がる。
「私は本宮 鼎。真優とは幼馴染なの。よろしくね。」
片手で鞄を肩に担ぎながらの自己紹介とかかっこよさしかないです。
私は一生本宮さんについていきます。
心の中で誓いを立てると、私も自己紹介を返した。
「わ、私は、佐倉 神音と言います!ありがとうございます!よろしくお願いします!」
お札を胸に握りしめながら、頭を下げると本宮さんが「ふふ」と笑った。
ああ。美人さんのほほ笑みはこんなにも心惹かれるものなのか。
「手を繋いだってことは、神音ちゃんは、」
「あ、あの、神音で、良い、です。」
なんか照れる。
言葉が途切れ途切れになってしまって、より恥ずかしい。
「りょーかい。じゃあ私も鼎で良いよ。」
首を傾けて、ニッと笑う。
何をやっても様になる人だなあ、この人は。
「いやいや!そんなことできないです!か、鼎さん!」
「あはは~。そんなに緊張しないでよ。『さん』は嫌かなー。」
ニヤニヤしながら、顎に人差し指をあてる鼎さん。
ああ。
遊ばれてる感がひしひしと伝わってくる。
鼎さんはきっとドSだ。
そして鼎さんも、真優君と同じことを言うんですね。
「真優にも言われたでしょ。折れて呼び捨てにしちゃった?」
真優君といい、鼎さんといい、この辺で育った人はみんな心を読む能力が備わるのだろうか。
「いえ・・・。『君』で譲歩してもらいました・・・。」
「へぇー。やるねぇー。じゃあ私も『ちゃん』で譲歩してあげる。」
私どうやら鼎さんのドSスイッチを押してしまったようです。
どんどん彼女のテンションが上がっているのが目に見えてわかります。
こうなったら呼ぶしかないですよね。
よし、と勇気を絞って彼女の名前を呼ぶ。
「か、かな、ちゃん・・・で、どうで、すか、ね。」
きっと顔は真っ赤だろう。
自分でもなんでこんなに緊張してるのかはわからないけれど。
さっき真優君の笑顔を見てた時と似た感覚が。
美男美女と対峙するのは、私にはまだ早い。
「真優。」
「ん~?やっと俺も仲間に入れてくれるの~?」
「神音、頂戴。」
「え~。ダメ~。」
「この子可愛すぎる。真優の魔の手から私が守ることにしたわ。」
「え~。俺何もしないよ~。」
「馬鹿ね。真優を取り巻く魔の手、からよ。」
「え~。え~。何それ~。」
二人は身長が高く、私よりも少し離れたところで会話しているため、何を話しているのかさっぱり聞こえない。
小さな音となって聞こえてくる会話に、私は二人を見つめることしかできなかった。
これは『かなちゃん』でOKが出たのだろうか。
それとも却下?
「あ、あの・・・合格、ですか?」
「あ、ごめんね。合格合格。『かなちゃん』でOK。・・・と、そうそう。さっき言いかけた話だけど、」
いきなりかなちゃんが真面目モードに入った。
「手を繋いだってことは、神音は、真優の力を信じたってこと?」
「はい。嘘をつくタイプにも見えなかったので。それに、私が森で迷っていたのは事実ですし、真優君と手を繋いだらすぐに校舎に辿り着けたので、さっき本当だと確信しました。」
「そっか。そのお札、身に着けておいてくれるだけで効力あるから。ポケットにでも入れといて。」
さっきまで見せてた笑顔とは全く違う、優しい表情を見せられて、また、恥ずかしさに顔を俯ける。
「引き留めてごめんね。私は真優の隣のクラスだから。いつでも遊びに来て。」
「は、はい!」
さよならの合図に、急いで顔を上げ、彼女を見送る。
立ち去る姿すらかっこいい。
あれは将来絶対キャリーウーマンだ。
社長秘書とかでもいいけど。
と、私の妄想ストップ。
「あ~あ~。鼎ばっかりずるい~。」
「何がですか。」
「俺より神音と話してる~。」
「あの、そういうのは・・・」
「ん~?」
言いかけた言葉を飲み込んだ。
この人に対して、言葉を飲み込んだのは今日だけで何回目だろう。
今日だけで、というより今日しか会ってないのだけれども。
真優君には、『不良』『チャラ男』の称号の他に『天然タラシ』という称号も与えよう。
かなちゃんの言っていた『こわーいお姉さんたち』は、彼の責任無い言葉に落とされた面々なのだろうと、容易に想像できる。
「なんでもないです。」
「職員室行こっか~。」
「あ、お札もらったので、一人でも大丈夫です。」
「う~。ひどいよ~。でも神音急いでるんでしょ~?」
「そう、ですけど。」
あまりあなたと肩を並べて歩きたくないんです。
とは言えないよなあ・・・。
「授業あと20分くらいで終わるからさ~。職員室混む前に行った方がいいんじゃないかな~?」
そっか。
さっきかなちゃんも言ってた。今は授業中。
彼と並んで歩いても、目撃されなければ良い話なわけで。
ここで案内を断って授業が終わってしまって、知らない生徒に会うより、彼に案内してもらって早く手続きを済ませた方が良いか。
手続きは遅くとも15分くらいあれば終わるし・・・
「じゃあ、お願いします。」
「は~い。」
まったく、そうやって楽しそうに返事なんかするから、女の子たちに勘違いという名の恋の種を植え付けてしまうんじゃないかね。
とか思ってる私はポエマーかね。
真優君に案内され、職員室には5分もかからず着いた。
高等部の校舎は、初等部・中等部の合同校舎より狭くて、職員室への道もわかりやすかった。
まあでも、狭いといっても、合同校舎に比べて、というわけで、一般的な学校よりは広い。
そう考えると、真優君に案内されないで辿り着くには10分以上はかかったかもしれない。
彼についてきて正解だった。
「いろいろありがとうございました。」
「ううん~。じゃあまたね~。」
「・・・・・・・」
またって、学年も違うし会う機会はもうないんじゃないかなあ。
とは思いつつ、今日最後になるであろう、声を飲み込むという作業を行う。
「はい。では、また。」
私は彼に一礼すると、職員室をノックし、ドアをスライドさせた。