高等部はすぐそこです
私は今、猛烈に説教したい。
三十分前の自分に説教したい。
過去に戻れるなら、今ここに正座させたい。
「はあ・・・はあ・・・一体ここは、はあ・・・どこ?」
入口からずーっと、目的地は見えている。
あのいかにも学校っぽい白い建物だろう。
地図に描かれている位置的にも合っているはず。
が、しかし。
「なんで辿り着けないの・・・?」
誰か偉大な魔法使いが時空を歪めてるんじゃないだろうか。
実は私がこれから行く学校は魔法学校で、これは学校の入学試験とか。
「ははは・・・馬鹿か。」
自分の妄想に思わず自分でつっこんでまった。
だって、そう思わずにはいられない。
三十分前から何度も同じ景色を見ている気がする。
確かに、水町先生は「道が複雑だ」と言った。
確かに、学校の説明でも「森を越える」と言われた。
確かに、高等部は遠いから、という理由で編入試験は別会場で行われた。
が、しかし。
「地図を簡略化させすぎなんじゃ・・・」
私はもう一度地図に目を落とす。
そこには入口から学校まで、まっすぐな一本の道が描かれていた。
「あぶりだし?あぶりだしなの?実は隠された道が・・・」
「ありゃ~?迷い子がいる~。」
地図を見ることに必死になっていた私は、すぐ近くに人がいるのに気付かなかった。
声の方を向くと、制服を来た金髪男子が立っていた。
不良だ。
「あ~、不良だって思ったでしょ~。違うんだって~。間違ったの~。間違ってこんな色に。」
抑揚のない声でそう言うと、金髪男子は自分の頭を指差した。
まるでピストルをむけているようだ。
その親指はなんだ。立てる必要があるのだろうか。
・・・と、いうか!心読まれた!
不良じゃないとすると・・・・・・チャラ男か。
髪ふわふわだし。
「今度はチャラ男って思ったでしょ~。だから~間違ったんだってば~。」
「あの」
「俺天パなの。天パにチャラ男はいないよ~。」
人の話を聞かず、めちゃくちゃな理屈を淡々と述べているこの金髪男子は、
ここの生徒だろうか?
制服を見るに間違いないと思うけど・・・。
髪を金色にしちゃうぐらいだから二年生か三年生だな。
「あの、高等部に行きたいんですが、迷ってしまって・・・こちらの生徒さんですか?」
「そうなんだ~。俺は、河戸川 真優。」
「よろしくおね」
「あ、河戸川は書店じゃなくて、かわ二つの河戸川ね~。よろしく~。」
あれ。
会話が成り立たない。
上に、こちらの受け答え関係なく話してくる。
上に、質問の答えが返ってこない。
どうしたもんか。
これはもう一度聞いてみて様子を見るしかないかな・・・。
「あの、こちらの生徒さんですか?」
「あ~。そうそう。三年生だよ~。三年一組~。」
良かった。
会話は成り立たないけど、人の話は理解できる人だ。
話はちゃんと聞いてくれる人だ。
解決。
ただのマイペースさんだ。
「迷っちゃったんだっけ~。あ~、え~っと・・・名前は~?」
「あ!はい!すみません!私、佐倉 神音と申します。」
「神音ちゃんね~。神音ちゃん“好かれそう”だもん。遊ばれてるんだね~」
好かれそう?
誰に?
遊ばれてる?
誰に?
金髪男子、もとい河戸川さんの言っていることがいまいち理解できない。
理解できないというか、話が見えないというか。
「あ~。ごめんごめん。うんとね~、信じるか信じないかはあなた次第ってやつ~?」
河戸川さん、ごめんなさい。
益々理解できません。
恐らく彼はヒントを出してくれているのだろうけど、全くもってわからない。
でもここで「わかりません」なんて言ったら、彼を傷つけてしまうかもしれないし・・・。
一か八か答えてみるか。
「ええと・・・・おわかりいただけだろうか?的なものですかね・・・。」
「お~。正解~。このヒント通じたの神音ちゃんが初めてだ~。」
そりゃそうだ。私が理解できたのも奇跡というか偶然というか・・・。
という言葉は飲み込んだ。
私は『世渡り上手』『八方美人』の二つ名を持っている佐倉 神音だ。
特技、空気を読むこと、の佐倉 神音だ。
思ったことはすぐに口に出さないのがモットーである。
「それは、つまり幽霊、的なものですかね・・・。」
「大正解~。俺見えるんだよね~。信じるか信じないかは」
「信じます。」
河戸川さんの言葉をさえぎったことについては謝罪します。心で。
けれど、この人のペースに合わせて会話をしていたら、日が暮れてしまう。
心音を迎えに行かなきゃならないし、人参も買って帰らなきゃいけない。
そのためにも、私は早く高等部に辿り着かなくてはならないのです、河戸川さん。
「わ~うれしいな~。信じてくれたのも神音ちゃんが初めてだよ~。」
河戸川さんがびっくりするぐらい満面の笑みを浮かべるものだから、
何故かこちらが恥ずかしくなってしまって、顔を伏せた。
「あの、つまり私は幽霊さんたちによって、この森を彷徨ってる、ということですか?」
「うん。うん。」
「時空をゆがめてる、とか?」
先ほどの妄想を口に出してみる。
「そんな大層なことは『この子たち』にはできないよ。『もっと力のある悪い子たち』じゃないとね~。」
いつの間にか指にかかっていた鍵をくるくる回しながら、河戸川さんは少し怖い笑みを浮かべた。
「私、同じところ何度も歩いてる気がするんですが・・・。」
「うんとね~。『この子たち』が“通せんぼ”してるんだよね~。」
「“通せんぼ”?」
「神音ちゃん、さっきから『この子たち』にぶつかって、全然“前に進んでない”んだよ~。」
「幽霊って透明で、すり抜けたりするもんじゃないんですか?」
「あれは想像上というか~。う~ん。実際そういう風に見えたりする人もいるだろうけど~。」
「河戸川さんは違うんですか?」
「あ~。苗字やめて~。書店みたいだから。名前で呼んで~。」
これは話がそれるフラグ。
面倒くさい問答なんてしていたら、本気の本気で日が暮れる。
今の私には河戸川さん以外頼れる人がいない。
とりあえず、彼に従っておこう。
「真優さんは違うんですか?」
「『さん』もやめて~。俺敬われるような人間じゃないから~。」
あー。
回避失敗。
「あの、でも私一年なんで・・・真優さん年上ですから・・・。」
「年とか関係ないよ~。やめて~。『さん』やめて~。」
しまった。
どんどん話がそれる。
「じゃ、じゃあ、『真優君』でどうでしょう?」
私には年上を呼び捨てにする勇気はない。
「え~。う~ん。『さん』よりは良いかな~。でも」
「これで手を打ってください。」
時間が。
時間がどんどん削られていく。
私は頭をフル回転させて、母が料理をし始めるであろう時間から、
心音を迎えに行くためにここを出なければいけない時間を逆算する。
「わかったよ~。真優君でいいよ~。」
助かった!
この手の人間は、自分が納得できない事象が起きると、次の問題に手をつけてくれない。
心音が割とこのタイプに近い人間だから、よく知っている。
「真優君は、幽霊は透明に見えないんですか?」
この機会を逃すもんかと、すかさず話題の軌道修正を試みる。
「そうだね~。俺には普通の人間と変わらないように見えるよ~。」
やったー!
軌道修正成功しました!
「さっきから気になってはいたんですけど・・・」
「なに~?」
「『この』子たちってことは、そんなに近くにいるんですか?」
「うん。ここにいるよ~。」
そう言って真優君が指をさしたのは、文字通り私の目と鼻の先で。
一瞬にして背筋が凍りついた。
後ろに逃げたいが、足が固まって動かない。
「大丈夫、大丈夫~。さっきも言ったけどこの子たち、“遊んでる”だけだから~。」
私の顔色を見て、真優君が背中をさすってくれた。
人の体温に触れて安心したのか、足に感覚が戻ってくる。
「神音ちゃん、手かして~。」
「は、はい!」
突然、真優君がそう言って手を差し伸べてきたので、言われるがまま、彼に手を差し出してしまった。
私の手をぎゅっとつかむと、彼は普通に歩き出した。
何か技が出るのかと思ったけど、違うようだ。
もしくは、走って逃げるのかとも思ったけど、それも違うようだ。
「あ、あの?」
「俺ね~。見えるし、あの子たちの『思い』みたいなのはわかるんだけど~・・・。」
「けど?」
「話せないんだよね~。だから説得?とかできないの~。今も話せれば「どけて」って言えるんだけどね~。ごめんね~。」
ああ。
再度襲来。
真優節。
それがどうして手をつながることにつながるんだ。
「あ~。そうか~。なんで手をつないでるかってことだよね~。」
「そうです!わかってくれましたか!」
会話が成立しない人が、自分の言いたいことを汲み取ってくれることほど、嬉しいことはない。
「なんでか俺、幽霊回避能力、っていうのかな~?あの子たちのいたずらとか効かないんだよね~。だから、俺と手~つないでれば、幽霊の影響受けないんだよ~。」
幽霊回避能力・・・。
「か、」
「ん~?」
「かっこいいですね!その文字列!なんか特殊能力って感じで!」
「あはは~。そうかな~。ありがとう~。」
「お礼を言われることでは。」
「この特技ほめてくれたのも、神音ちゃんが初めて。」
なんというか。
さっきも思ったのだけど。
この人は、本当に神々しく笑うなあ・・・。
「は~い。とうちゃ~く。」
真優君の笑顔に見惚れている隙に、目の前に大きな建物が現れていた。
「ここが、高等部校舎だよ~。ようこそ~。」
真優君が校舎に向けて手を広げる。
当たり前だが、遠くで見るよりも大きい。
迫力があるなあ・・・。
校舎を見ていると寒気がして、背中が震えた。
風が冷たいせいだ。
そう思いながら、私は真優君の手を離した。