楽園
20年ほど前に『電撃hp』のショートショートコンテストで載せていただいた作品です。
「タイムリミット」「花園」「先生」のテーマを入れるという2千文字小説でした。
幻だと思った。
食料も水も、体力も気力も尽き果てた敗残兵の脳みそが作り出した妄想だと。ここは荒野の真ん中なのだ。
色鮮やかな花園があり、その周りに実り豊かな畑があり、家が立ち並ぶ。そんな平和そうな集落があるはずがないのだ。
だが他に向かう場所もなく、そちらへ向けて足を引きずっていく。
近づいてもその光景は消えない。家々も、畑や果樹も、そして綺麗な花園もそこにある。そして、ぞろぞろと人が出てきたではないか。
見ると、小太りの中年男を除けばあとは少年少女たちばかりだった。どう見てもボロボロの敗残兵がやってきたというのに。つまり、この村には少なくとも今は、屈強な大人たちはいないということか。
僕は銃を構えた。
「おとなしく水と食料をだせ! 悪く思うなよ、戦争が、時代が悪いんだ」
だが彼らの反応は、予想とは違っていた。
向けられた銃を見てびくりとはしていたものの、どこか驚きと、そして喜びを感じさせるような様子でしゃべりあっていた。
「いいんじゃない?」
「でも兵隊さん、怪我してるよ?」
「まだ時間はあるよ、間に合うって!」
などと言いあっている。
「よかったね、先生!」
少女の一人が小太りの中年男に言う。皆が笑いさざめいた。どうやらこの中年男が子供たちの先生らしい。それはいいが、この反応はどういうことだ?
するとその先生が、困惑している僕ににこやかに言った。
「ああ失礼、兵隊さん、水も食料も差し上げますよ。空いている小屋もあります。そこで養生なさるといい」
「え、あ、ああ」
間の抜けた返事をしてしまった。いつの間にか、主導権を彼らに握られてしまっている。先生に示されるままに後をついていく。子供たちも僕を少し遠巻きにしてついてきたが、飛び掛かってくるようなそぶりもない。好奇心と喜びに満ちているようにしか見えなかった。
小屋に案内された。簡素だが、野宿よりよほど素晴らしい環境だ。子供たちが簡単に掃除をこなし、ホコリを落としてくれた。
やがて水と、作りたて食事が運ばれてきた。
「大したものはありませんが」
質素だが暖かい、人が作ってくれた食事。警戒などする余裕もなく、がっつくように貪り食う。
「おいしい?」
「たくさん食べてね!」
僕を嬉しそうに見守る子供たち。やがて食事が終わると子供も先生も出て行った。僕は「警戒はしないと」と思いながら、疲れと満腹のためか、そのまま深い眠りに落ちていった。
うっすらと意識が戻ってくる。小屋の中、ここは……?
昨日のことを思い出し、慌てて飛び起きた。しかし、寝首をかかれるようなこともなかったようだ。拘束もされていないし、銃も部屋の隅に立てかけたままだ。念のため調べてみたが、誰もいじってはいないようだ。
やがて子供たちと先生が訪れた。
「怪我の具合を見せてくれますか。専門ではありませんが、簡単な手当ならみなできますよ」
僕はうなづき、彼らに任せることにした。軽い傷しか負っていないので、傷口を洗い、包帯で巻くくらいの手当てで十分だった。
「よかった、大したけがじゃなくて!」
子供たちはわがことのように喜び、先生もニコニコしていた。
油断してはいけない。僕は常にそう言い聞かせていた。だが彼らは毎日食事を運んでくれて、手当てをしてくれ、そして僕の体を気遣ってくれる。
そんな日が続いた。僕は彼らに疑い銃を向けた自分を恥じ、一人で泣いた。
こんな時代に、こんな優しい人たちがいるなんて。こんな場所があったなんて。
この村はまさに楽園だ。
ノックの音がして、ぼくは慌てて涙をぬぐう。先生と、子供たちが入ってきた。
「どうも、体の具合はどうですか」
「はい、おかげさまでもうすっかり良くなりました」
それを聞いて喜ぶ一同。僕もつられて笑顔になる。気になることを聞いてみた。
「ところで僕が来たとき、『まだ間に合う』とか『時間が』言ってましたよね? 何か問題が起こってるのですか、この村に」
一同に少し緊張が走った。僕の推測は外れてはいなかったようだ。豊かな実りがあり、だが屈強な大人たちがいない村。ならず者たちが目をつけても不思議ではない。
「何か僕にできることがあるのなら、遠慮なくいってください。この身に代えてもこの村を守って見せます」
「おお、ありがたい……。では、ついてきてください」
先生と子供たちに連れられて、僕は銃を背負って小屋を出る。村の出口の方へ向かう。連れてこられたのは、あの日真っ先に見つけた色とりどりの花園だった。
だが、怪しいものたちの姿はどこにも見当たらない。話を詳しく聞こうとすると、皆はいつの間にか僕から離れたところに立っている。先生が口を開いた。
「常に豊かな実りがあり、水も枯れることはない。ここはまさに楽園です」
僕は戸惑いつつもうなづいた。先生は続ける。
「『それ』がバイオ工学の産物なのか、未知の自然物なのかはわかりません。それでもその恩恵は確かです。ただ、やはりタダとはいかないようでして」
何の話なんだ? 僕は彼らの方に近づこうとしたが、足が動かなかった。
「『養分』がいるんですね。それも、ある程度大きくて活きのいい個体が」
「本当は先生の番だったのよね、次は」
少女の一人がそう言って笑う。だが僕は、足から腰に伸びてどんどん体に巻き付いてくる植物の枝や蔓に、いや、そう見える「何か」の感触でそれどころではなかった。
本能的に銃を取ろうと必死にもがいたが、体ごと地面に引きずり倒された。
必死にもがいたが、動けない!
「兵隊さんくらい若くて元気なら、今度はかなりもつよね。良かったね、先生!」
「ええ全く。ああ、悪く思わないでくださいね。戦争が、時代が悪いのですよ」
色とりどりの花弁が一斉に僕を覆いつくす。
子供たちの笑いさざめく声が遠くに聞こえた。




