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第2話 シャワー借りていい?



外はすっかり日が暮れていた。


カーテンを開ければ、点滅する信号機の灯りが見える。


線路を流れていく終電の電車。


1日の終わりを告げる、夜のニュース番組。



「…ほんとに、アカリなのか?」



俺はまだ、信じられずにいた。


目の前のいる彼女が、俺の知っている「子」だっていうこと。


“約10年ぶりの再会”だってこと。


不死川アカリは、中学時代に付き合っていた彼女のことだ。付き合ってたって言っても、たった「一週間」だけだけど。訳もわからず付き合って、訳もわからず別れたっけ。当時のことが、急に記憶の中に蘇ってきた。


まるで、学生に戻ったような気分だった。



「そうだよ。ね、シャワー浴びていい?」



…は?


シャワー??



…待て待て


まだ話は終わってない!



アカリ?


ほんとにアカリ??


当時と見た目が変わりすぎてわからなかった。肌の色も違うし、髪の色だって…。


ただ、顔は当時のままだった。まじまじと見ると、確かに「アカリ」だった。髪型や雰囲気が違っているせいで、なんとなく“誰かに似てるなぁ“って感じだった。最初は。



けど、表情でわかった。


声の質でわかった。


うまくは言えないけど、不意に思い出したんだ。


「彼女」だっていうことが。



俺の話も聞かず、アカリはシャワーを浴びにいった。


…いったい何が起こってる?


彼女が本当にアカリだとして、何しにここへ…?


っていうか、なんでこんなことを?



整理しようにも、どっから整理すればいいかわからなかった。


…えーっと、…なんて言ってたっけ?


追われてるとかなんとか



…追われてる?


匿ってくれって言ってたよな?


匿うったって、…なんで?



とりあえず警察呼んだほうがいいかな?アカリに違いはなさそうだけど、ナイフを持ってんだぞ!?状況が状況だけに、どうすればいいかもわからなくなっていた。そもそもどうやって侵入したのかもわかってない。鍵を持ってる様子もなかったし、窓はやっぱり割れてなかった。ワンチャン開いてた可能性もないことはないが、基本的に開けないんだよな。よっぽど暑い日とか、ベランダに行く時とかくらいしか。



…とにかく、もう一回話を聞こう。


シャワー室から出てきた彼女は、濡れた髪をバスタオルで拭いていた。入るのは構わないが、自分の立場を分かってる…?


…言っとくけど、絶賛「不審者」であることに変わりはないんだぞ??それと、銃刀法違反。ポケットナイフは多分規制に引っかからないかもしれないが、俺にそれを向けた時点ですでに“犯罪”だ。悪いけど、没収させてもらう。俺は身構えるだけ身構えていた。一瞬逃げ出そうとも思った。…ただ、どうしてもその気にはなれなかった。


そりゃ怖いよ?知り合いとは言え、勝手に家に入り込んだヤツがナイフを持ってたんだ。しかも「警察を呼ぶな」ときた。どう考えてもおかしいし、野放しにしておくのは危険すぎる。だけど、相手はただの知り合いじゃなかった。あの「アカリ」だった。学生の頃は、ずっと彼女のことを考えていた。“ずっと”って言うと語弊があるか…?いや、そうでもないな。彼女は初恋の相手、…であると同時に、一躍「時の人」になった有名人だった。「有名人」って言うと、なんか変な感じだな。少なくとも、いい意味での有名人じゃない。なにかすごいことをやったとか、そういうニュアンスじゃなくて。


10年前、彼女が“失踪した”って聞いて、少なくとも旭川市は大騒ぎだった。


全国ニュースに載ったくらいだった。


周りの友達も、知り合いも、みんな気が気じゃなかった。


俺もその1人だ。


街の捜索隊の人たちと一緒になって、何日も歩き回った。


ずっと変な噂が飛び交ってた。


誰かに攫われたとか、犯罪に巻き込まれた、——とかで。


「げ!」


思わず、声が出る。よく見ると、彼女は俺のTシャツとパンツを履いていた。脱衣所の棚に畳んでいたものだ。サイズは全然違うし、見るからにブカブカだ。自分の服は全部脱ぎ捨てたようだった。それをさも当たり前のように、彼女は振る舞っていた。


「カーテン閉めてもいい?」


「…え?」


「カーテン」


…あ、ああ


いいけど…


誰かの目を気にしているような感じだった。俺ん家のアパートは新築で、まだ3年くらいしか経ってない。ボロいアパートに住むのが嫌だったから、少し高いけど綺麗な場所にしようと思ったんだ。ただ、市街地だとバカ高いから、少し離れた場所にと思ってここを見つけた。だから周りは市街地に比べると閑散としていた。あるとしたらスーパーとかコンビニくらいで、交通量だってそんなにない。閉めようが閉めまいが、誰も見る奴なんていないぞ?ここら辺の住人はみんな寝るのが早いんだ。向かい側の早川さん家なんて、10時になったら電気が消えてる。夜勤にでも行ってんのかと疑うくらい静かだ。物音だってしないし。


カーテンを閉め、身を埋めるようにソファに座る。プシュッと言う音が部屋に広がった。ビールを開ける音だ。


「おいおい!」


何?と、彼女はやはり平然としている。それ、俺のビールな?何勝手に持ち出してんだ??人ん家の冷蔵庫を勝手に漁るなって親に教わらなかったか?


…って、その前にこの人は不法侵入者だった。冷蔵庫を漁るとか以前の問題だった。


ぷはぁっという快楽の声が聞こえる。寛ぎの度合いが半端じゃない。俺は気が気じゃないってのに。


「…なあ、もう一回話を聞かせてくれないか?」


「そうだね。何から聞きたい?」


…何からって


そりゃ、色々だろ


聞きたいことがありすぎて逆に困る。整理しようにも整理できない。まず、彼女が本当に「アカリ」なのかっていうことは、疑問の残るところではあった。俺の記憶が正しければ、彼女はアカリに違いはない。顔はもちろん、声や雰囲気も。身分証を見せて欲しいと言ったが、断られた。だから何か証明するものは?と聞いたんだ。目の前で起きていることが、どうしても信じられなかったから。


「証明するもの?」


「…おう。なんかない?」


「信じられないの?」


「信じられないっていうか、…まあ、そうだな」


「…うーん。じゃあ、“初体験”の話は?」


…は、初体験!?


声が詰まる。喉から何かがこぼれ落ちそうになる。


「初体験」。


その言葉の意味を、すぐに理解することはできた。そうだ。俺は齢14歳にして、“童貞”を失った。中3の時だった。彼女と付き合って、一週間が経とうとしていた時だった。


彼女の家に呼ばれて、それで…


「…ちょ、ちょっと待て!」


「何?」


「…いや、そのッ」


急に恥ずかしい気持ちになるのはなんでだろう。


“童貞を失った”


ただそれだけの話じゃないか。…ただ、あんまりいい思い出じゃなかった。…いや、まあ失敗したっていうか、不甲斐なかったっていうか


「…プッ」


「…なんだよ」


「いや、変わらないなーと思って」


彼女はそう言いながら、クスクスッと笑う。変わってないはずがない。あれからもう10年も経つんだ。この10年間、色々あった。良いことも悪いこともあれば、人生が変わるようなこともあった。


とにかく、数えきれないほどの出来事があった。


高校じゃ悔しい思いもたくさんしたし、初めて、自分の「夢」がなんなのかって考えてしまう時期もあった。進学して2年目を迎える頃には、料理人を辞めてしまおうかって思うこともあった。


“自分には才能がない”って気づいたんだ。


俺は親父のように、料理が好きで好きでたまらないってわけでもなかった。


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