病人の希望は断りづらい件④
上の空でお粥を完成させた頃に脱衣所の扉から出てきた玲衣はテーブルの椅子に座り、風呂上がりのケアを始めた。
風邪による発熱にと風呂でしっかりと温まったことで体が火照っている。長く伸ばした綺麗な黒髪は湿って纏まり、普段とは違う輝きを放つ。
病人に掛ける言葉ではないのは重々承知しているが……弱っているからこそ普段の元気な姿とのギャップがあって魅力的である。
体調が優れない中でもケアを怠らない姿勢に感心しながら近づき、声をかけた。
「玲衣、ドライヤーできる?」
体調が良い時でもドライヤーを持ち上げて髪を乾かすのは普通に腕が疲れる。病人ならば相当大変だろう。少しでも助けになりたい。
「んーん、おねがい」
上目遣いでこちらを見た後に短く答えた。
玲衣曰く「1日やらなかった習慣を取り戻すには3日は掛かる」そうだ。それを常に実行しているのは尊敬する。勉強も同じと言っていたのは聞かなかったことにしたが。
ドライヤーを持ってきて、ソファに座って待つ。
しばらくしたらよく手入れされた綺麗な黒髪が視界を占領する。膝の間に玲衣が座ってきて背中を預けている。
濡れた髪が首筋に当たり、ハリのある背中が俺の上半身を押す。ほのかに漂うシャンプーやボディソープの香りが鼻を抜ける。自分の太ももに触れる玲衣の柔らかい太ももが丁度良い密着感が触覚を刺激する。
「おっかかられると髪乾かしにくい」
髪を乾かしにくい事を口実に玲衣を少し離した。それでもまだ距離は近い。
定期的に髪を乾かしているが、こんな密着するのは初めて…。
これはちょっと色々まずいかも。どうすれば…。はっ!こういう時の対処法は妹持ちに聞こう!
イマジナリー佐伯歩夢を召喚して尋ねる。
「歩夢!こういう時どうしてる!?」
「はっ?兄妹仲良くて良いですなぁ?あ?」
あっダメだ。コイツの妹さん、絶賛反抗期も中で歩夢は役に立たない。
脳内の親友に縋るも手段を得られなかった俺は無理矢理煩悩を振り払って無の境地で髪を乾かし始める。
「にい、おねがい」
「分かったよ」
ドライヤーのスイッチを入れて少し離したところから温風を当てる。
均等に乾かすため、頭を触れると見てわかるほどに力が抜けた。
玲衣は家族以外だと親友である内村相手にも頭を触られたくなさそうなのがはっきり感じられるが、俺が頭を触ると毎回頬が緩んで力を抜く。
緩くなる玲衣はいつものことではあるが、見る度にいじらしさと優越感が湧き上がる。が、それはそれでこれはこれ。インフルエンザの影響かより甘えっぽい玲衣には違う感情も溢れる。
それにに玲衣の髪は長い。という事は乾かす時間がかかる。早く終わってくれ!
(はぁ、はぁ、これ以上は…)
「これで良い?」
肩で息をする満身創痍の気分で出来を聞いた。
「ありがと」
髪の状態を確認しないでお礼を言う。短い言葉ではあるが、感謝の気持ちがひしひしと伝わる声で答えた。
乾かし始めてまだ日が浅い、小学校低学年位の頃はダメ出しされていたが、何回もやっているうちに分かるようになってきた。その信頼もあって確認せずにお礼を言ったのだろう。
玲衣に体が当たらないようにゆっくりと足を抜いてドライヤーを片付けようと立ち上がる。
「にい」
ドライヤーを戻すために歩き出したところ、服が引っ張られるのを感じる。
目線を下げると玲衣が子供のように俺の服を掴んでいた。
離さない玲衣はキュルキュルした目で見上げて言葉を発する。
「おなかすいた、ごはんたべさせて」
とてつもない破壊力を本能で察知した俺は咄嗟にちょっと横を向きながら焦点をずらし、心臓の高鳴りがバレないように答えた。
「そうだね。すぐ準備するから待ってて」




