第6話:月の魔法と追撃者の夜
森の静寂を裂くように、焚き火がぱちぱちと音を立てていた。
リディアとヴァルグは、〈節制〉〈月〉のカードを手に入れた今、次なる目的地への準備を進めていた。
「この先に港町がある。そこから交易路を辿れば、次のカードの手がかりが見つかるかもしれない」
リディアは地図を広げながら言う。
「だが、我らの動きは魔族に知られている。油断はするな」
ヴァルグの声は低く、警戒を滲ませていた。
そのとき、風が変わった。
空気が張り詰め、森の静寂が不自然に途切れる。
「……来るぞ。気配が三つ。魔族の精鋭部隊――“Dハンター”だ」
ヴァルグが立ち上がり、耳をそばだてる。
木々の間から現れたのは、黒い外套に身を包んだ三人の魔族。
鋭い眼光、魔力を帯びた武器――彼らは魔王直属の追撃部隊だった。
「漆黒の魔獣ヴァルグ。そして契約者リディア。カードを渡してもらおうか」
隊長格の男が冷たく告げる。
「……渡す気はないわ。カードは私たちのものよ」
リディアは身構える。
「ふん、ならば奪うまでだ。カードは我らの主にこそふさわしい」
ヴァルグは一歩前に出て、静かに言い放つ。
「愚かなことを。カードは我とリディアにしか出せぬ。契約の力がなければ、ただの紙切れだ」
魔族たちは一瞬動きを止めた。
その言葉が意味するもの――カードの力は、契約者と魔獣の絆によってのみ目覚める。
そして、戦闘が始まった。
ヴァルグが炎を纏い、突撃する。
「《焔牙・カルドレア》!」
炎の牙が地を裂き、敵の一人を吹き飛ばす。
だが、Dハンターは連携が取れていた。
二人目が瞬時に魔法陣を展開し、ヴァルグの動きを封じる。
「速い……!」
リディアは咄嗟に〈月〉のカードを取り出す。
「月よ、幻を編め――《幻影結界・ルナティス》!」
周囲に霧が立ち込め、月光のような幻影が森を覆う。
敵の視界が歪み、リディアの姿が複数に分裂して見える。
「何だ……どれが本物だ!?」
Dハンターの一人が叫ぶ。
「今よ、ヴァルグ!」
リディアの声が幻影の中から響く。
ヴァルグは霧の中を駆け、封印魔法を破壊。
「《黒爪裂破・ヴァルグロア》!」
爪が闇の刃となり、魔族の防御を切り裂く。
一人、また一人と倒れていくDハンター。
だが隊長格の男は、最後まで冷静だった。
「……なるほど。月の魔法で撹乱か。だが、次はそうはいかん」
「我が力を使うか、逃げるか――選べ、リディア」
ヴァルグの瞳が赤く光る。
「逃げましょう!今は戦う時じゃない!」
ヴァルグはリディアを背に乗せ、森を駆け抜ける。
幻影の霧が追撃を惑わせ、魔族たちは足止めを余儀なくされた。
港町に辿り着いたふたりは、夜間出航を控えた小型船に乗り込む。
船主は事情を聞く間もなく、ヴァルグの威圧に従い出航する。
「魔族の追撃はしばらくは海を越えられぬ。だが油断はするな」
ヴァルグは甲板に立ち、遠ざかる陸を見つめていた。
リディアは船の縁に座り、静かに呟く。
「月の魔法……ちゃんと使えた。私、少しだけ前に進めた気がする」
「汝の力は、まだ成長の途上だ。だが、確かに“契約者”としての道を歩み始めている」
夜の海は静かだった。
波の音だけが、ふたりの逃走を包み込む。
そして、船が辿り着いたのは――巨大な壁に囲まれた城塞都市グラディア。
新たな地、新たな試練。
令嬢と魔獣の旅は、次なる章へと進む。