第5話:遺跡と記憶の断片
〈アステリオの石碑〉――それは、森の奥深くに眠る古代遺跡だった。
苔むした石柱が並び、空気はひんやりと澄んでいる。
リディア、ヴァルグ、そして情報屋リュカの三人は、封印された扉の前に立っていた。
「準備はいいかい? 呪文を唱えれば、扉は開くよ」
リュカが言う。
リディアは深く息を吸い、詠唱を始めた。
「――《開門の詠・エル=ノヴァ》」
石碑が震え、扉がゆっくりと開く。
中は薄暗く、壁には古代契約者たちの記録が刻まれていた。
「ここに……私と同じような人がいたのね」
リディアは指で文字をなぞりながらつぶやく。
奥へ進むと、円形の部屋にたどり着く。
その中心に立った瞬間、リディアの視界が白く染まった。
──幻影が広がる。
そこには、幼いリディアがいた。
泣きながら森を彷徨い、黒い魔獣――ヴァルグと出会う。
「……友達になって。怖いの、ひとりは嫌なの」
幼い声が響く。
「我は契約を交わす。汝を守ろう」
ヴァルグの声が重なる。
幻影が消え、リディアは膝をついた。
「……あれが、最初の契約。私が望んだものだった」
壁に刻まれた最後の文が、彼女の目に留まる。
> “契約者は、世界の均衡を保つ者。魔獣はその盾となり、共に歩む者。”
「……よくわからない、どういうこと?」
リディアは思わず声に出す。
リュカが静かに答える。
「君は“鍵”なんだ。タロットカードはただの魔具じゃない。契約者と魔獣が揃ったとき、カードは真の力を発揮する。〈月〉のカードは、記憶と幻影を司る。君が触れれば、過去の真実が見えるかもしれない」
その瞬間、部屋の中心に黒銀の光が集まり、タロットカード〈月〉が姿を現す。
カードはゆっくりと浮かび、リディアの手元へと吸い寄せられる。
「これで、汝は〈月〉の魔法を使えるようになる。だが、幻に惑わされるな」
ヴァルグの声は、静かに警告を含んでいた。
リディアはカードを見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。
「私は……ただの令嬢じゃない。契約者として、この世界を見届ける」
リュカは微笑む。
「これで、君の旅は“逃げ”じゃなくなった。使命を果たす旅になる」
遺跡を後にした三人。
空は晴れ渡り、風は優しく吹いていた。
そして、令嬢と魔獣の旅は、新たな章へと進む。