第2話:契約の再確認と旅の始まり
夜の森は静かだった。
焚き火の音だけが、冷たい空気をやわらげている。
リディアはヴァルグの隣に座り、炎を見つめていた。
その瞳には、王都での出来事がまだ焼き付いている。
婚約破棄。妹の裏切り。両親の冷酷な言葉。
すべてが、彼女の心を深く傷つけていた。
「……私、本当に呪われているのかしら」
ぽつりと漏れた言葉に、ヴァルグは答えなかった。
代わりに、彼は静かに立ち上がり、リディアの前に座る。
「リディア。契約を交わしたのは、お前が五歳のときだったな」
「ええ。森で迷子になって、あなたに助けられた」
「そのとき、お前はこう言った。『友達になって』と」
「……そんなこと、言ったかしら」
「言った。だから俺は契約した。お前を守ると」
リディアは小さく笑った。
「子供の約束が、こんな形で続いてるなんてね」
ヴァルグは炎を見つめながら言った。
「だが、契約には続きがある。お前が望むなら、俺は“力”を貸す。だが代償もある」
「代償……?」
「お前の命の一部だ。契約を深めれば深めるほど、俺とお前は同じ運命を辿る」
リディアはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「それでも、私はあなたと旅をする。もう誰も信じられない。でも、あなただけは違う」
「……ならば、契約を再確認しよう」
ヴァルグは前足を地面に突き立て、魔法陣が浮かび上がる。
リディアはその中心に手を伸ばし、静かに言葉を紡ぐ。
「我が名はリディア・ヴェルシュタイン。魔獣ヴァルグと契約し、共に歩むことを誓います」
「――《契約再結・ルクス・ファティリス》」
魔法陣が光り、ふたりの間に淡い紋章が浮かぶ。
それは、絆の証。
契約の光が収まったあと、ヴァルグは静かに言った。
「カードには魔力がある。手に入れたカードにちなんだ魔法を、お前は使えるようになる」
「……魔法が使えるようになる?」
「そうだ。お前の力は、カードによって変化する」
リディアは驚きと興味の入り混じった表情でヴァルグを見つめた。
「そんな力が……私に?」
「お前は契約者だ。カードを目覚めさせる鍵でもある」
「……よくわからないけど、やってみる価値はあるわね」
「次の目的地は、辺境の村エルダン。〈節制〉のカードが眠っている可能性が高い」
ヴァルグの声に、リディアは頷いた。
夜が明ける頃、ふたりは歩き出す。
それは、タロットカードを巡る旅の第一歩だった。