第1話:婚約破棄と追放令嬢
第1話:婚約破棄と約束の時
王都セレフィアの宮廷は、今日も華やかな装飾と貴族たちのざわめきに包まれていた。
だがその中心、大広間の玉座前には、冷たい沈黙が支配していた。
「リディア・ヴェルシュタイン。貴様との婚約は、ここに破棄する」
王太子レオンの声が、空気を切り裂くように響いた。
その言葉に、貴族たちはざわめき、侍従たちは目を伏せる。
リディアは、静かにその場に立ち尽くしていた。
彼女の隣には、妹・エミリアが立っていた。
美しいドレスに身を包み、勝ち誇ったような微笑みを浮かべて。
「姉さまは、魔獣と契約した呪われた令嬢です。王家に災いをもたらすでしょう」
エミリアの声は、甘く、しかし毒を含んでいた。
リディアは何も言わなかった。
その瞳には、怒りも涙もなく、ただ静かな絶望が宿っていた。
両親――公爵夫妻も、彼女を庇うことはなかった。
「お前は家名の汚点だ。今すぐ出ていけ」
父の言葉は冷たく、母は目を逸らした。
こうして、リディアはすべてを失った。
婚約、家族、名誉、そして居場所。
──雪の降る山道。
誰もいない、誰も迎えに来ない場所で、リディアはひとり歩いていた。
ドレスの裾は泥にまみれ、指先は凍えていた。
それでも、彼女は歩き続けた。
「ふふ……これが、令嬢の末路ってわけね」
誰に向けるでもない言葉が、冷たい空気に溶けていく。
そのときだった。
背後から、低く、獣のような声が響いた。
「……リディア」
振り返ると、そこには漆黒の魔獣――ヴァルグが立っていた。
金色の瞳が、静かに彼女を見つめている。
「あなた……来てくれたのね」
リディアは、かすかに微笑んだ。
それは、誰にも見せたことのない、心の底からの安堵だった。
ヴァルグは静かに言った。
「約束の時が来た。カードを探しに行こう」
「カード?」
リディアは眉をひそめる。
「タロットカードだ。まずは、最初の一枚を見つけに行くぞ」
その声には、確かな決意が宿っていた。
「……まだ、何も見つけてないの?」
「ああ。だが、お前がいれば見つけられる。契約者としての力が、封印を解く鍵になる」
リディアはしばらく黙っていた。
雪が頬を打ち、風が髪を揺らす。
そして、ゆっくりと頷いた。
「わかった。行きましょう。私にはもう、帰る場所なんてないから」
ヴァルグは背を向け、雪の中を歩き出す。
リディアはその背を追いかける。
こうして、令嬢と魔獣の旅が始まった。
目的は、世界に散らばる78枚のタロットカード。
まだ何も見つかっていない。
だが、ふたりの絆が、すべての始まりだった。
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