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第46話 【籠城戦の準備】

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 湯ノ花の里に、張り詰めた空気が満ちていた。

 

 石を積んだばかりの城壁の上では、カッサ村領主代理カルネが指示を取り、若者たちが弓を構え、北の森を睨んでいる。彼らの任務は、補給路を見張り、敵が背後に回らぬようにすることだ。夜になると、森の中をすり抜けて情報を取ってくる。隠密の才を持つ彼らは、籠城の影の眼となる。


 広場にはシルヴァン村の人々が集まり、大鍋を前に炊き出しの準備をしていた。麦を挽き、乾燥肉を刻み、湯気の立つ鍋を次々と並べる。戦うよりも、兵糧と医療こそが自分たちの役割だと心得ているからだ。女たちは薬草をすり潰し、子どもまでもが水汲みを手伝っている。


 城壁の見張り台には、緑の髪を靡かせたエルフの弓隊が並んだ。陽光にきらめく長弓を携え、まるで森そのものの化身のように凛として立つ。遠距離の矢雨を浴びせれば、敵兵は近寄ることすら難しいだろう。


 そして城門前には、ゴブ太郎とゴブ次郎の姿があった。片腕に布を巻いたゴブ太郎が笑いながら門の支柱を叩く。

「よし、夜になったら俺たちが交代で見張るぜ。抜け穴の警備も任せとけ!」

 次郎も腕を組んで胸を張った。

「あぁ、奇襲も得意分野だ。あいつらにゴブリンの恐ろしさ、忘れられないようにしてやる!」


 中央の指揮所では、カイルが地図を前に動員をまとめていた。羊皮紙に描かれた城と周辺の地形を指で押さえながら、的確に人員を振り分ける。その横でエルナが頷き、医療班の配置を確認する。薬草の在庫、止血布の数、負傷兵を寝かせる小屋、、戦を想定した用意は、冷ややかな現実を突きつけていた。


 元村長は杖を突きながらゆっくりと歩き、食料庫の前で村人に指示を飛ばしている。

「塩漬け肉は三日に一度。水は一人桶一杯まで。火を絶やすなぁぁ、煙は抑えろ。籠城は腹と水で決まるのじゃ!」老練な声に、人々は真剣に頷いた。


 まさに、湯ノ花は一つの城塞国家へと変貌しつつあった。


 その光景を見ながら、広場でミサトは唇を噛んだ。

「……ねぇ、やっぱりさ〜…」

 リリィが言葉を返す。

『はい。ミサト。どうしましたか?』

「私の理想は、、敵も味方も、誰も傷付かないで終わらせたいんだよ」


 その声は広場に集まった仲間たちへ届き、瞬く間にざわめきが走った。

「ミサト…。そりゃあ、無理だ」カイルがきっぱりと言い切る。「戦えば死人は出る。それが現実だ」

「ふふっ!ミサト甘いな」ゴブ太郎が鼻で笑う。「俺たちが血を流す覚悟をしてんのに、敵に情けをかけるなんて、、」

「そうじゃなぁ〜…夢物語じゃな」元村長でさえ首を振った。


 広場に重苦しい沈黙が落ちた。

 ミサトは言い返せず、ただ俯くしかなかった。


 その時、リリィが静かに言った。

『はい。ミサト。……もしそれを実現できる人がいるとしたら、、それはミサトですね』


 耳に響く澄んだ声。

 その瞬間、全員の視線がミサトに集まった。

 呆れ半分、不信半分。しかしその胸の奥には「もしかして」という微かな期待が宿っていた。


 ミサトは拳を握りしめて言う。

「うっしっ!戦じゃなくて、経済で攻めるんだよ。湯ノ花が止まれば、物資も金も多少なりとも止まる。国中が困る。それを見せつけるの」

『はい。ミサト。私の計算なら多少では済まないはずです。さらに籠城中はミサトたちが毎日どんちゃん騒ぎをしているように見せかけるのです。実際には節約しながらも、笑い声や楽の音を外に響かせる。そうすれば敵兵はこう思うでしょう。“なぜ奴らは余裕なのだ?”と』


 ゴブ次郎が目を丸くした。

「……なるほど。兵糧攻めをしてるのは向こうのはずなのに、逆にこっちが楽しんでるフリをすれば、、本当に楽しんじゃってもいいってことだよね!!」

「あははっ!楽しむのは俺たち得意だもんな!そうすれば敵の方が先に疲弊するってわけか」カイルが唸る。

 エルナが小さく笑った。

「うふふ!戦うより、踊る方が強いなんてね。……でも、それが私たち湯ノ花らしいかもしれない」


 ミサトは深く息を吸い込んだ。

「うん☆!絶対に、誰も死なせない。戦わなくても勝てるって、証明してみせるから」


 それでも仲間たちの顔に期待と少しの不安が入り混じる。

 

「でもさぁ……籠城戦ってほんと胃に穴開く作戦じゃん。歴史でやった人たちって、どうやって心折れなかったんだろね……」

 ミサトが手をに頬を押しつけてぼやくと、リリィは光を一度またたかせて答えた。


『はい、ミサト。たとえば日本の武将•真田昌幸は上田城で、わずか二千の兵で徳川軍三万を退けました。城に誘い込み、地形を利用し、徹底的に翻弄したのです』

「えぇぇぇ??三万を二千で!? それって……めちゃくちゃブラック企業の会議で、一人で三十人相手に反論通したみたいなもんじゃん!」

『はい。ミサト。しかも残業代は出ません』

「ひぇぇぇぇ!まさに社畜籠城戦!!」


『はい。ミサト。次に紹介するのはフランスのジャンヌ・ダルクなのですが、ご存じですか? オルレアン包囲戦。絶望的な城を、彼女は「私が導く」と鼓舞して救いました。若き乙女の言葉で兵士たちは奮い立ち、戦局を変えたのです』


「えぇぇ……! そんな勇気、私には無理だよ。あの子は聖女でしょ? 私はただの転生社畜OLなんですけどぉ……」

『はい。ミサト。違います。ジャンヌは“信じる力”で人を動かしました。……はい、なんか似てますね。ミサトに』

「ちょ、ちょっ、やめてぇぇ!! 私が“異世界のジャンヌ”なんて呼ばれたら、死んだ魚みたいな目で布団に籠ってたのバレるじゃん!どうせ記録してんだろっ!リリィちゃんよっ!!」

 リリィはくすりと笑うように光を揺らす。

『はい。ミサト。ちゃんと記録してあります。異世界のジャンヌ……布団の守護聖女。ゴロゴロまんじゅう娘…』

「布団の聖女って何だよぉぉ!まんじゅう娘も聞き捨てならんぞっ! それ!ただの食いしん坊引きこもりじゃん!」


 ふたりのやり取りに、籠城戦の不安に沈んでいた部分の空気が少し明るくなった。


 湯ノ花の籠城戦、、、

 その始まりは、戦場にしてはあまりにも奇妙で、そして前代未聞の「どんちゃん作戦」から幕を開けようとしていた。



            続

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