第45話 【有給休暇の天守閣】
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援軍の参戦で夜通し続いた祝いの声がようやく静まり返った翌朝。
湯ノ花の里は、まるで祭りの余韻を抱えたまま新しい一日を迎えていた。カッサ村の荷車も、シルヴァン村の若者も、エルフの弓兵たちも、広場に溢れて「いよいよ国と戦だ!」と活気に満ちている。
……ただ一つだけ、沈黙に閉ざされた場所があった。
天守閣、、、
いつもなら朝になれば「おはよう!!」と元気な声で下りて来るのに、、今朝に限ってはうんともすんとも言わない。
不審に思ったカイルが足を踏み入れ、上階の扉をノックした。
「お〜い、ミサト〜? みんなが下で待ってるぞ〜! どうした〜??腹でも痛いのか〜??」
返事はない。
怪訝に眉を寄せていると、扉の隙間から一枚の紙がぴらりと落ちた。カイルは拾い上げ、思わず目を丸くする。
「……【本日、有給休暇いただきます。ミサト】……有給、休暇??なんだ?これ?」
聞き慣れぬ言葉に首をかしげる。
「ん〜、、なんだこれは……戦を前に、休みを取るってことか?……休みを取る制度なんかあるのか?!」
混乱したカイルはその紙を持って階下へ駆け下り、村人たちにミサトの状況を説明すると、村人たちは「有給?」「給? 有り?」と口々に首をひねるばかりだった。
◇◇◇
一方その頃、天守閣の一室。
ミサトは部屋の隅に布団を敷き、芋虫のように丸まっていた。
昨日の熱狂とは別人のように、顔半分だけを布団から覗かせ、虚ろな目で天井を見つめる。
「むぐぅぅ。拙者……今日は働きたくないでござる。もうダメでござる…。今日は完全休暇日……。電源オフ…」
枕元から聞こえてくる澄んだ声。
『はい、ミサト。歴史上、働きたくない人間は多数確認されています。ミサトも例外ではありません』
「やめろぉぉ、静かにしろぉぉぉ!歴史とか言うなぁぁぁ!データベースに登録すんなぁぁ! 私を歴史カテゴリ“怠惰”にぶち込むなぁぁぁ!」
布団の中でじたばたするミサトを、リリィが枕元の小さな布団から呆れたように見ている様な気がする。
昨日まであれだけ気丈に振る舞っていた彼女も、やはりただの元社畜OLであり、人間なのである。
心がぽきんと折れると、途端に布団の住人と化すのである。
◇◇◇
しばしの沈黙の後、ミサトがぼそりと呟いた。
「あのさ〜?ねぇリリィ……もしもね、もしもの話しなんだけど……“誰も傷付かない”で戦争を避ける方法って、ないの?」
その声には、疲弊と諦めと、そしてほんのわずかな希望が混じっていた。
リリィは数秒の間を置いてから答える。
『はい。ミサト。……残念ながら、既に歯車は動き出しています。国王の進軍も、里の結束も。双方の意思が絡む戦は、止めることはできないでしょう』
「………」
布団の中で、ミサトは目を伏せた。
胸の奥に溜まっていた黒い感情が、思わず言葉となって飛び出す。
「んっだよっ!!……AIのくせに、、戦争の止め方も分かんないのかよ……!!」
刺すような一言。
空気が凍りついた。
リリィは小さく静かに答える。
『はい。ミサト。……すみません』
その瞬間、、ミサトはハッとした。
布団から勢いよく飛び起き、顔を真っ赤にして涙目で叫ぶ。
「ごめんっ!ち、違うの! ごめんリリィ! 八つ当たりしただけ! 本当にごめん!」
リリィは少し考えるようにチカチカと光ると、ふっと言葉を緩める。
『はい。ミサト。……今回は許します。ただし、次やったら絶交ですからね。ふふ』
「はぁぁぁっ!絶交!? AIに絶交されるのって、めちゃくちゃ心にくるんですけどぉぉ!!」
布団を蹴飛ばしながら大げさに泣き叫ぶミサト。その姿を見てリリィは、ようやくいつもの調子を取り戻す。
◇◇◇
机の上に地図を広げ、二人は並んで座った。
ミサトはまだ寝癖のついた頭をかきながら、ため息をひとつ。
「ふぅ〜、、じゃあさ……避けられないなら、どう乗り切るかを考えなきゃね!」
『はい。ミサト。復活しましたね。それが正しい社畜精神です』
「え? 戦争なのに社畜精神ってどういうこと!?」
『はい。ミサト。“逃げられない仕事は、効率的に片付ける”という思想です』
「ぬぬぬっ!言い方ぁぁ! もっとこう、英雄っぽいのちょうだいよ!」
二人の掛け合いに、天守閣の部屋には少しずつ笑いが戻っていった。
「リリィ?それでさ、私、戦争とかしたこと無いんだけどどうしたらいいの??」
リリィは地図に光を走らせながら、すっと声を落とした。
『はい。ミサト。兵力の差から籠城作戦が有効かと。ちなみに、世界史には数々の籠城戦があります。たとえば、豊臣秀吉の《鳥取城攻め》兵糧を断ち、城を飢えで屈させました。逆に城を守る側は、備蓄と士気で数倍の軍を退けることもありました』
「へぇ……飢えさせるとか、逆に守り抜くとか……三国志のゲームのチュートリアルみたいだね…。呂布でも来ないかな??」
『はい。ミサト。寝言は寝て言えですね。呂布は来ません。次にご紹介するのはローマ時代のアレシア戦です。カエサルが二重の城壁を築き、内と外の敵を同時に封じました。籠城は“耐えること”ではなく、“相手を先に疲れさせること”なのです』
「うわぁ……かっこいいけど、胃が痛い戦術だね。……でも、まんじゅうとエルフの薬温泉がある私たちなら、ちょっとは勝てる気がしてきた!」
『はい、ミサト。ここを頑張れば湯ノ花は“世界史に載る城”になれるかもしれませんよ。よっ。女帝王』
「やめろぉぉぉ!!女帝王なんて目指して無いわっ!しかも歴史の教科書に“まんじゅう籠城戦”って載ったら“食いしん坊戦争”とか言われて一生笑われるじゃん!」
◇◇◇
そんな作戦会議が行われ、夜が更け、窓から月光が差し込む頃。
作戦会議をひと段落終えたミサトは、ぽつりと呟いた。
「ねぇ?リリィ……さっきは本当にごめんね。傷つけること言っちゃってさ……」
リリィは一瞬だけ黙り、やがて柔らかく答える。
『はい。ミサト。……もう怒ってませんよ。ミサトの謝罪は、記録に残しました。けれど、次にやったら本当に絶交です。二度とミサトと口を聞きません。お口にチャックです』
「えぇぇ……いやぁ、まだガチおこじゃん。血管ピキピキじゃん……ほんと心臓に悪いんですけど〜」
情けない声を漏らしつつも、ミサトの頬には笑みが浮かんでいた。
戦の足音は確かに近づいている。
それでも彼女には、リリィという相棒がいる。
そう思えるだけで、この異世界で少しだけ心が軽くなるのだった。
◇◇◇
翌朝、ようやく天守閣の扉が開き、寝癖だらけの頭をかきながらミサトが姿を見せた。
「み、みんな!お、おはよ〜……ございます…。有給、昨日で消化終わったから今日からフル稼働しま〜す……!よろしく〜…☆」
そのミサトの声に、下で待ち構えていた人々が一斉に歓声をあげた。
続