第34話 【帝王学はおやつから☆】
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湯ノ花の里の集会小屋に、焚き火の名残を漂わせた温もりが満ちていた。
昨夜の宴会の余韻がまだ残っているのか、みんなの顔には疲労と笑みが同居している。
だが今日は、ただの雑談では済まされない。
人間の里長とゴブリンの村長が同じ屋根の下に集まって話し合う、、そんな奇跡のような場だった。
ミサトは正座しながらお茶をすする。
横にはカイル、エルナ、元村長。
少し離れた席にゴブ太郎が座り、ぎこちなく背筋を伸ばしている。
そして空気のように、だが確かに存在感を放つリリィの声が響く。
「さてと……今日は、この先のことを考えねぇとな」
カイルが口火を切った。
「湯ノ花の里は、もうただの辺境の村じゃねぇ。昨日のゴブ太郎の一件で、それがはっきりした。ゴブリンたちを連れて帰ったのも国にもバレたしな…」
場の空気が引き締まる。
「あの〜どういう意味でしょうか……?今まで通りだとまずいのですか??」エルナがおずおずと尋ねた。
カイルは深く息を吸い、指折り数えるように口を開く。
「いいか?俺たちが持ってる“手札”を整理してみろ。まずは蜂蜜パン、温泉、まんじゅう、スライムトイレ。こいつらはうちの経済の柱だ」
元村長が目を細めて頷く。
「確かに……村の外から人が訪れるようになったのは、蜂蜜パンから始まり、温泉と饅頭のおかげじゃ」
「そう。次に同盟だ。カッサ村との停戦と交易、シルヴァン村との同盟、エルフの里とも繋がりがある。そして昨日からは、ゴブ太郎とその一族が仲間入りした」
ゴブ太郎が慌てて立ち上がる。
「オ、オレたちはまだまだ入ったばっかりだ…」
「ふん。入ったばっかりでも、戦力であり象徴だ。ゴブリンが人と肩を並べるなんて、この世界で普通じゃ考えられねぇ。だが、それが現実になった」
ゴブ太郎の瞳に、複雑な光と誇りが混じる。
カイルは続けた。
「さらに……港との繋がりもできた。情報網も整ってきてる。何より、、リリィっていう、人智を超えた知恵袋がある」
『はい。ありがとうございます。私の評価はもっと高くても構いませんよ。あなたはミサトの足の小指なんですから』
リリィが涼しい声で差し込み、場が少し緩む。
「ごほんっ!誰が足の小指だよ……まぁ、こうして見ると」カイルがまとめる。
「湯ノ花は、もはや小さな国家の体を成してきてるんだ。昨日までの村とは違う。何よりゴブリンと言う力を持ってしまった。これは武力だ。他所にとっては脅威でしかない」
しんと静まり返る小屋。
エルナが目を丸くして呟いた。
「わ、私たちが……そんな立場に……?」
元村長はひげを撫で、遠い目をした。
「夢みたいな話じゃが……確かに現実になっとる。わしが村長だった頃には、想像もできなんだ」
ゴブ太郎は拳を握りしめる。
「ふふっ!…オレたちが、人間と並んで会議に座ってる……信じられねぇけど、なんか胸が熱いな…」
そんな皆を前に、ミサトはお茶を置いて、にっこり笑った。
「な〜んかさ、そんな偉そうに言われると、くすぐったいよね! 私、ただみんなで楽しくホワイトにやってただけだよ?」
『はい。ミサト。』リリィの声が冷静に重なる。
『それが帝王学の本質なんです。自然体のまま人を惹きつけ、国を動かす力。それが出来るというのはとても恐ろしい事です』
「えっ、これも帝王学!? 私が帝王ってかい!?いやいやいや、無理無理! 私、ただの社畜OLだから!」
『はい。ミサト。社畜の女帝王です』
「ちょっ……なにそれ! そんなブラックすぎる王冠いらないよ! 週休2日で定時退社できる王冠が欲しい!!」
小屋の中に笑いが広がった。
エルナが口元を押さえて笑い、ゴブ太郎まで吹き出す。
元村長は「なんじゃそりゃ!変わっとらんのぉ〜」と肩を震わせ、カイルも苦笑しつつ頭を掻く。
『はい。ミサト。冗談はさておき、国を大きくするのは金でも剣でもなく人の信を集めることです。これこそが帝王学です』
「なるほどね〜。でも私のやり方はね……宴会とおやつと適度な労働だよ?」
『はい。ミサト。宴会とおやつで人を動かす帝王学。前代未聞ですが、効果は抜群です』
「えへへっ!じゃあこれからも宴会増やしちゃおっかな〜♪」
『はい。ミサト。ミサトの財布が持ちません。昨日の宴会を算出すると……。あなたは一ヶ月タダ働きです』
「ぷ、、ぷぎゃぁぁぁ!!一ヶ月!?リリィ、そこは言わなくていいでしょ〜よっ!」
またもや笑いが弾け、小屋は温かな空気に包まれた。だが同時に、皆の胸には“確かに私たちは大きくなった”という実感が芽生えていた。
窓の外では、里の子ども達とゴブリン達が走り回り、湯けむりが柔らかく立ちのぼっている。
まるで何もかもが平和で、このまま未来が続くようにさえ思えた。
、、だが、その平穏の背後には、王都の影と、迫りくる嵐が潜んでいるのだった。
◇◇◇
会議が散会したあと、静かな湯気の立つ夜の温泉街を、ミサトはリリィをポケットに入れ歩いていた。
「ふぅーん!……なんだか随分と大きくなって来ちゃったもんですなぁ〜!」
ミサトが背伸びをしてぽつりと漏らすと、リリィは即座に返す。
『はい。ミサト。もはや辺境の小村ではなく、国の一角です』
「うっわ……急にプレッシャーかけてくるじゃん」
『はい。ミサト。それも帝王学です』
「また帝王学?本当に〜??帝王学って言えば納得すると思ってない?? 私、まだみんなの給料計算で四苦八苦してるレベルなんですけど!?」
リリィは淡々と告げる。
『はい。ミサト。みんなの給料計算を正しくできる者は、帝王より偉大です。神です』
「神とか言わないで……神にいい思い出ない。あいつチートくれないで、“リリィと汚れないスーツ”しかくれないケチな奴だったからっ!…でもなんか、ちょっと、今のリリィの言葉、名言っぽいぞ?あははっ!給料計算大事〜☆」
思わず笑みを零すミサト。頭上に瞬く星々は、彼女の背負う未来を祝福するかのように輝いていた。
続