第33話 【宴と影】
見て頂きありがとうございます。励みになりますので、良かったらブックマーク、評価、コメントよろしくお願いします。
王都の奥深く、荘厳な石造りの廊下に、足音がひとつ響いた。
長い旅路を終えたリュカは、変装を解いて外套を翻しながら謁見の間へと歩み入る。
「リュウコク王子っ!!」
苛立ちを隠さない声が飛ぶ。待ち受けていたのは宰相格の大臣だった。白髪混じりの長髭を震わせ、杖で床をドンドンと叩きつける。
「また勝手に姿を消して……! どこへ行っていたのです! あの“湯ノ花の里”と、そこを率いる“ミサト”とかいう女の情報を集めよと、あれほど国王に命じられていたのですよ!王子が出かけてる間にゴブリン討伐作戦は失敗するし…」
リュウコクは涼しい顔で笑い一礼した。
「あはは!大きな声を出すな。五月蝿いぞ、大臣。心配しなくてもしっかり見てきたよ!」
「むむむむ!ならば報告をして下さい!」
「ふふ。面白い人間だったよ!とっても!」
リュカの唇に浮かんだのは、少年のような笑み。
「恐ろしいほどにね。この国にとって、最も厄介な存在になるかもしれないな!」
大臣は眉をひそめ、笑う。
「ははは!厄介な存在??ただの小娘でしょう!民を扇動しているといっても、所詮は辺境の寄せ集めにすぎないはずです」
「本当にそう思うのかい??」リュカは窓辺に歩み寄り、夜の帳に包まれた王都の街を見下ろした。
「小娘一人に国が揺らぐことだってありますよ。大臣……しっかり外を見なさい」
「んっ?外を……?」
「あぁ。国境の影はもう動き始めたぞ…。親父にも言っとけ。“戦争の準備をしとけ”とな!」
静かに放たれたその言葉に、大臣は一瞬、笑みを凍らせた。謁見の間に重苦しい沈黙が落ちる。リュウコクの横顔は、どこか愉快そうで、同時に冷ややかだった。
◇◇◇
一方その頃、湯ノ花の里の門前は大騒ぎだった。
「で、でかい!ゴ、ゴブリン!?」「なんで一緒に帰ってきたんだ!?」
村人たちが腰を抜かし、鍬や棒を握りしめる。
そこにミサトが両手を広げて笑顔で立ちふさがった。
「みんなストップ! 大丈夫だよ! このおっきいゴブちゃんも敵じゃないの。今日から仲間なんだから!仲良くしてあげて!」
「あっ??な、仲間ぁ!?ミサト正気か?」
カイルが額を押さえ、村人たちは一斉にどよめく。
ゴブリンたちはおどおどと足を止め、痩せ細った体を小さく丸めていた。ゴブ太郎はゴブ次郎に支えられながら、ふらつく足で前へ進み出る。
「……オレは、湯ノ花に刃を向けねぇ。こいつらもだ。もし信じてもらえるなら……少し飯を分けてやってくれねぇか」
そのかすれ声に、場はさらにざわめく。だが、ミサトはにっこり笑って答えた。
「そんなの簡単じゃん! 今夜は私の奢りでみんなで宴会だよ! 温泉入って、ご飯食べて、歌って踊ってね、最高でしょ?お願い。みんなで楽しくやろう☆」
「最高かどうかは知らねぇが……」「まじかよ……」
「ミサトさんがそう言うなら…」
村人たちは頭を抱えるが、ミサトの押し切るような明るさに、場の空気は少しずつ緩んでいった。
◇◇◇
その夜。広場には大きな焚き火が焚かれ、酒と食事が並んだ。
人間もゴブリンも、最初は距離を取って座っていたが、時間が経つにつれて混じり合い、やがて一つの輪になっていた。
「よ〜し!みんなかんぱーい!」
ミサトの掛け声で、宴が始まる。
カイルが呆れつつも杯を掲げ、村人たちは恐る恐る酒を口にした。すると、隣に座っていたゴブリンがぎこちなく木の杯を差し出す。
「……の、飲んでいいのか?」
「……あ、ああ……乾杯だ!」
固い握手が交わされ、笑い声が広がっていく。
◇◇◇
その片隅、治療小屋では、ゴブ太郎が医者の手を借りて寝かされていた。
切断された左腕の断面に布が巻かれ、血を止める処置が施されている。
「これは……酷い傷だな。腕はもう戻らんな…」
医者が眉をひそめる。
そこで、リリィの声が響いた。
『はい。ミサト。ここで試してみる価値があるかもしれません』
「なになに? 怪しい薬の調合レシピでも教えてくれるの??合法?非合法?脱法?」
『はい。ミサト。アウトです。全然怪しくありません。エルフの秘薬です』
「はい!出ました。リリィの万能薬シリ〜ズ! これこれ、またまたお高いんでしょ~?」
『はい。ミサト。値段を付けるとすれば王都の城壁くらいです』
「タダであげんかいっ!傷だらけのゴブリンがそんなの払えるかぁぁ!」
漫才のようなやり取りに、ゴブ太郎が吹き出した。
「ははっ……お前ら、戦場の最中でもそんなやり取りして笑ってやがったな??んっ?」
リリィは秘薬を差し出し、医者に説明する。
慎重に傷口へ垂らすと、淡い光が走り、赤い肉がわずかに再生した。
「なっ……こ、これは……!」
医者が目を剥く。
「繋がってきている……時間をかければ、もしかすると……腕は完全に戻るかもしれん!」
ゴブ太郎の目が潤んだ。
「おいおい、、……なんだよ……この薬。 オレみてぇなもんに……こんな……」
彼は震える体を起こし、深々と頭を下げた。
「ありがとう。ミサト。弟たちの面倒まで見てもらって、オレの傷も治してもらって、一生あんたには頭がアガらねぇな……人間も、ゴブリンも関係ねぇ……オレはこの里のために生きていくよ。……なんかあったらいつでも言ってくれ!必ず助ける!!」
「え〜、別にそんな感謝しなくてもいいよ。たまたま薬があっただけだし…ゴブ次郎たちだってお仕事して貰ってるだけなんだから!気楽にいこう☆」
ゴブ太郎の一筋の涙は、周囲の者たちの心を打った。医者も村人も、黙って彼を支えた。
◇◇◇
宴も酔いが回ってくると、あちこちで珍妙なやり取りが始まった。
「……こ、この肉……ゴブリンの肉じゃないよな?」
おずおずと口にしたゴブリンに、村人の青年が噴き出す。
「ぶっ!バカ言うな!なんでゴブリンの肉なんか出すんだっ! うちの鶏肉だよ!」
「な、なんだ……なら遠慮なく!」と頬張る姿に、周囲が大笑い。
ミサトはその光景を眺めてにっこり。
「ほら〜? ゴブちゃんたちも立派な食いしん坊仲間だよ!」
『はい。ミサト。貴女も似たようなものです。帰ってきてから何食べました??」
「ちょっと待って! 私の食欲をゴブリン扱いするのやめてくれる!?ん〜と?蜂蜜パンを5個でしょ、つまみ食いで饅頭5個、、さっき鶏肉を、、」
『はい。ミサト。もういいです。胸焼けます。貴女は間違いなく大食漢です』
「ぐぬぬ……!最後まで言わせろっ!」
焚き火の周りは笑い声と突っ込みで溢れ、緊張の影はすっかり消え去っていた。
外では、まだ笑い声と歌声が響いている。
湯ノ花の宴は笑いと歌に包まれていた。
だが同じ夜、王都の窓辺では、リュウコクが静かに国境を見据えていた。、、それぞれの夜が、やがて一つの嵐へと収束していくことを、まだ誰も知らなかった。
続