第30話 【戦士の矜持】
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森の奥から轟く爆炎と煙は、まるで夜明けを早めるかのように空を赤く染めていた。
補給所の爆破、ゴブ太郎出現で討伐隊の兵士たちは一瞬たじろぎ、松明を取り落とし腰を抜かす者まで現れる。
その隙を衝いて、村人とゴブリンたちは一斉に押し返していた。
「よっしゃあ! ボスがやってくれたぞ!押し返せっ!!」
ゴブ次郎が棍棒を振り上げ、血まみれの仲間たちを鼓舞する。
だが彼自身、息は荒く、肩は上下に震えていた。
その正面に、鋼の鎧をまとった兵士たちの列が立ちはだかる。
そして、その中央に現れたのは、ひときわ威圧感を放つ男、、討伐隊の隊長だった。
「騒ぐなっ!!怯むな!! ただの怪物どもだ。まとめて斬り伏せ、山の肥やしにしてやれっ!!」
隊長の鋭い声に、乱れていた兵士たちが再び列を整える。
隊長は冷静で、しかも恐ろしく経験を積んでいる。
補給所が潰れてもなお、この男がいる限り戦場は揺るがない、、そう思わせる存在感だった。
「どいつもこいつもうるせぇ〜なっ!!騒ぐんじゃね〜よ……やれやれ、肝心なのはこっからか??」
低く唸ったのは、血と土埃にまみれた巨躯のゴブリン、、ゴブ太郎だ。
大きな体から兵士たちを見下ろすように、片手に握る大斧を軽々と構える。
彼の一歩が土を震わせ、兵士たちの視線がすべて吸い寄せられた。
◇◇◇
その頃ミサト達は森の獣道を駆け抜け、三人が戦場へ戻ってきた。
背後にはまだ黒煙が昇り、爆発の余韻が耳に残る。
「はぁっ……はぁっ……なんとか成功した、ってことかな?うぅぅ、まだ耳がキーンってなってるぅぅ」
ミサトが額の汗をぬぐうと、耳元から涼やかな声が響いた。
『はい。ミサト。作戦成功ですね。補給所の破壊は十分な効果を与えています。ですが、、、』
「ですがっ?ってなに?まだなんかあんの?終わりじゃ無いの??兵士たちは逃げないの??」
『はい。ミサト。慌てない。討伐隊の中心、隊長が健在です。戦場の軸を失わない限り、兵は崩れません』
「はあぁぁ……ほんと、物騒な異世界だこと…って、私が居た世界も同じ様なもんか……」
苦笑まじりに答えつつも、ミサトの目は戦場の光景を必死に追っていた。
カイルが低く唸る。
「……ありゃ相当な手練れだな。奴を止められなきゃ、せっかくの陽動も無駄になる」
「えぇぇぇぇ!じゃあ、どうすんのよ?!まんじゅうぶつける??」
「はははっ!まんじゅうは食っとけ!決まってんだろ……正面からだっ!!」
カイルが腰の剣を抜き、戦場に飛び込もうとしたその瞬間。
轟、と大地を震わせる斧の一撃が兵士の列を薙ぎ払った。
視線を向ければ、そこには巨躯の影、、ゴブ太郎が立ちはだかっていた。
「んっ!……あれが、ゴブリンのリーダー……?」
リュカが息を呑む。
ミサトもまた目を見張った。
恐怖の象徴だったはずの存在が、いまは戦場の盾となって立っている。
『はい。ミサト。面白い展開ですね。かつて人間が恐れた“怪物”が、いまや私たちにとって最大の脅威を止める“戦士”となっている』
「ははは、リリィ……ほんと、皮肉なもんだよね」
◇◇◇
戦場の中心、隊長とゴブ太郎が相対した。
鋼と鋼が打ち合わされるたび、火花が夜を裂き、兵もゴブリンも固唾を呑んで見守る。
「化け物。お前を殺せば終わりか? 所詮は獣に過ぎん。知恵も誇りもない化け物が、人に勝てるものか!」
隊長が吐き捨てる。
「ふん……口が減らねぇな、人間!!殺してから言えよ!」
ゴブ太郎が応じ、大斧を振り下ろす。
だがその隙を突くように、隊長の剣が閃いた。
ズバャン!と肉を裂く音。
瞬間、ゴブ太郎の左腕が宙を舞い、血飛沫が舞ませ、地に落ちた。
「兄貴ぃぃぃぃぃーー!!!」
ゴブ次郎の絶叫が戦場を震わせる。
兵士たちは一斉に嘲り笑った。
「ふははっ!見ろ! 化け物も腕を失えば終わりだ!さすが隊長だっ!」
「所詮はゴブリン、我らに敵うはずもない!」
ゴブ太郎は血に濡れた肩口を押さえ、膝をついた。
それでも、、口元に浮かんだのは、笑みだった。
「ははは……お前ら…何が可笑しい?」
低く、地の底から響くような声。
嘲笑う兵士たちの顔色が、ひとつ残らず凍りつく。
ゴブ太郎は笑いながら左腕を拾い立ち上がると、、
「持って帰るのは、この腕だけで満足なのかい??」
戦場が、静まり返った。
片腕を失ったはずの巨躯が、なおも屹立する姿に、誰もが息を呑んだ。
ゴブ次郎の瞳から熱い涙が零れる。
「兄貴……!」
ゴブ太郎の胸中には、怒りと同時に奇妙な静けさがあった。
腕を失った痛みは確かに鋭く、血の匂いが鼻を突く。だがそれ以上に、、弟たちの叫びが、背を押していた。
(な〜んだ、あいつら人間と組んだわけじゃねぇのかい…、次郎……お前たちがオレを信じるなら、オレはその気持ちに応えてやらなきゃな…俺はただの怪物じゃねぇ。お前らの兄貴で、最強の戦士だからな!!)
歯を剥き出しに、ゴブ太郎は雄叫びを上げた。
それは痛みを押し殺す声ではない。己の存在を戦場に刻みつける、誇りの咆哮だった。
「おぉぉぉぉ!!来いよ、人間! この村は……弟たちは……絶対に渡さんッ!!」
ゴブ太郎は片腕で大斧を握り直した。
傷口から血が滴り落ちる。
それでも揺らぐことなく、再び戦士としての構えを取った。
隊長が一歩前に出る。
「ふふ、隻腕になってもまだ立ち上がるか……ならば、戦士として葬ってやろう!」
次の瞬間。
ゴブ太郎が咆哮を上げて踏み込み、隊長もまた全身を捻って剣を振るう。
巨躯と精鋭、片腕の斧と鋼の剣。
大気を裂く轟音とともに、二人の武器が激突した。
閃光のような火花が散り、土煙が舞い上がる。
戦場全体が衝撃に呑まれた、、、。
その光景を、ミサトたちも息を呑んで見つめていた。リリィの声も、この瞬間だけは届かない。
ただその瞳に映るのは、、
誇りを賭けて立つ、ひとりの戦士の姿だった。
続