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第28話 【火急の村、迫る包囲網】

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 夜の森を抜け、冷たい風が頬を刺す。

 その風に混じって、どこか不気味な振動が乗っていた。


 ドン……ドン……。

 規則的な太鼓の音。

 それは遠くから、しかし確かに近づいてきていた。


「っ……! もう始まってる!」

 先頭を走るリュカが振り返る。若い兵士の顔は汗で濡れ、息は荒い。

「討伐隊が村へ動き出した合図です!」


 その言葉に、一行の足が一瞬止まる。

 胸の奥が冷たく凍るような感覚。

 太鼓は“進軍の音”。それが意味するのは、ただひとつ、、時間切れの足音だ。


「くっそ……間に合わなかったか!」

 カイルが唸る。

 だがミサトは首を振った。

「まだだよ。まだ終わってない!急ごう!」

 ミサトの声は震えていたが、それでも前を向いていた。太鼓の音に心臓を乱されそうになりながらも、足を速める。


◇◇◇


 森を抜けると、わずかな木立の隙間から光が見えた。

 橙色の、ちらつく火。

 それが村の外れの茅葺き小屋を、今まさに呑み込もうとしている。


「くそっ!や、やめろおおぉっ!」

 ゴブ次郎が叫び、飛び出しかける。

 しかしミサトが咄嗟に腕を掴んだ。

「ゴブ次!ダメッ! 今突っ込んだら全員殺される!」


「でもボスっ! 兄貴がっ!!」

「分かってる!分かってるよ!! でも今のまま行っても助けられない!みんな殺されて終わりよっ!!」


 ゴブ次郎の目が血走り、牙を食いしばる。

 ミサトの心も同じように引き裂かれそうだった。

 しかし、そのとき頭の奥で冷静な声が響く。


『はい、ミサト。状況を整理します。

 正面突破は自殺行為。敵の数、約百人。こちらは十数人。勝つためには、視点の転換が必要ですね』


「視点の転換?一体どうすればいい……?」

 思わずミサトが呟くと、リリィが続ける。

『はい。ミサト。帝王学において重要なのは“全体最適”です。局所で勝つことよりも、戦線全体を崩すことを優先するのです』


「なるほど。局所じゃなく、全体……」

 ミサトが唇を噛んだとき、隣のカイルが低い声で言った。

「つまり……リリィが言いたいのは補給路だな?」


 皆の視線が一斉にカイルへ向く。

 彼は森の奥を顎で示した。

「軍がこんな辺鄙な場所で長く戦えるわけがねぇ。必ず補給物資を後方に置いてる。そこを潰せば討伐隊は長く持たないはずだ!」


「あっ?!そ、それなら……!」

 リュカが目を見開く。

「僕、知ってます! 荷車をまとめた物資置き場が西の丘にあるはずです。火薬樽や食料が山積みで、護衛も少ないはずです!作戦の時に地図に書いてありましたから!」


 仲間たちがざわめく。

 まさに内部情報。これほど心強い援護はない。


「ふふ!……でもよ?」

 カイルが鋭くリュカを睨む。

「そいつぁ小僧の“罠”かもしれねぇ。俺たちを誘い込むために嘘吹き込んでる可能性は?さっきから裏目裏目だもんな?」


 空気が一気に張り詰める。

 ゴブリンたちも再び武器を構え、リュカを睨みつけた。


「えっ?!そ、そんな……!わざとじゃないのに…」

 リュカは青ざめ、必死に叫ぶ。

「僕は……僕は嘘なんてついてません! ゴブリンたちの村を救いたいから、ここに来たんです!お願いします。信用して下さい」


 だがカイルは一歩近づき、低い声で突き刺す。

「大体よぉ、、よく考えたらよ…兵士のくせに軍を裏切る? そんな虫のいい話があるか。大方、軍の偉い奴に言われて湯ノ花を誘き出す役でも貰ったんだろ?!てめぇが俺たちを売るつもりなら、今ここで斬って、、」


「もう!やめてッ!」

 ミサトの声が鋭く響いた。

 思わず全員が振り返る。


 ミサトはリュカの前に立ちふさがり、両手を広げた。

「もし裏切りだったら、そのときは私が責任取るって言ってんでしょ!!だから今は信じるって決めたんだ!里長は私だよっ!!」


 リュカの瞳に涙が浮かぶ。

 カイルはしばらくミサトを無言で見つめて、やがて舌打ちして肩をすくめた。

「……ちっ。わかったよ。相変わらず引かねぇなぁ……。そんな顔されたら心中覚悟で挑むしかねぇわな!作戦会議頼むわ!」


 張り詰めた空気の中で、リュカが深々と頭を下げる。

「ありがとうございます……絶対に裏切りません!」


◇◇◇


 すぐに作戦会議が始まった。

 ミサトが即席の地図を土に描く。


「よしっ!みんないい? こう分担するよ。

 、、ゴブ次郎たちは村の手前で陽動。火を放とうとしている兵を引き付けて。

 、、私とカイルはリュカの案内で補給所を叩く。

 、、村人のみんなは避難誘導、ゴブリンの子どもと老人を最優先」


「ボス! オレら、絶対時間稼ぐからな!」

 ゴブ次郎が胸を叩き、、

「任せてくれ!」

 ミサトはニコッとゴブリンたちに笑いかけ、

「うん。頼んだよ!みんな絶対死んじゃダメだからね!」


 胸の鼓動は早鐘のよう。

 それでもミサトは不思議な高揚を感じていた。

 社畜時代、無理な納期のプロジェクトを前に“役割分担”を決めて走り出したときの感覚に似ていた。


『はい、ミサト。まさに帝王学的采配です。

 人材を最適に配置し、限られた資源で最大の成果を狙う。今、あなたは社畜ではなく“指導者”として動いています』

「やめてって……プレッシャーかけないでよぉ…必死で勢いだけで動いてんだから…」

 小声で返しながらも、胸の奥が熱くなる。


◇◇◇


 空は次第に白み始めていた。

 村を包む煙の匂いが風に乗って流れてくる。


「ミサトさん……!」

 リュカが振り返り、切実な声を上げた。

「信じてください! 僕は必ず案内します!」

 ミサトは大きく笑いうなずく。

「あははっ!信じるって決めたから、疑わないよ。頼んだよ!リュカ」


 その言葉に、リュカの瞳が光を宿した。

 太鼓の音はますます激しくなる。


 夜明け前、、

 小さな一団は、それぞれの役割を胸に走り出した。


 ゴブリン救出戦。火急の村を巡る決戦の幕が、今まさに上がろうとしていた。



            続

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