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第25話 【仲間を救うために、里の決断】

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 広場に残された焚き火の明かりが、赤々と夜風に揺れていた。

 湯ノ花の里の人々とゴブリンたちが、肩を寄せ合うようにして集まっている。ざわめきとざらついた空気の中で、ミサトは一歩前に出た。


「みんな、ちょっと聞いてほしい」

 その手には、若い兵士から受け取った紙切れが握られている。しわくちゃで、汗に滲んだ字が走り書きされていた。

「国の兵士が言っていた“討伐”。あれは……ただの話じゃない。この紙に、日付まで書かれてる。数日後、街道近くのゴブリンの村を攻めるって事だと思うの」


 その言葉に、広場がざわついた。


「そんな……本当だったんだ」

「まさか……!」


 ゴブ次郎が立ち上がり、声を張り上げる。

「それ、絶対に兄貴の村なんだよ! ゴブ太郎兄ちゃんのとこなんだ!!」

 仲間のゴブリンたちも一斉に叫ぶ。

「兄ちゃんたちが殺される!」

「子どもや女のゴブリンもいるんだ! どうすればいいんだよ!」


 その叫びは、切実で、痛々しかった。

 けれど村人たちの顔色は、逆にどんどん悪くなっていく。

「でも……さ、相手は国の兵士なんだろ? どうしようもないんじゃないか」

「下手に動いたら、今度はこの里が潰されるかもしれんぞ」

「国に逆らうなんて、無謀すぎるって!」


 恐怖と理屈が村人の口をついて出る。

 対するゴブリンたちは涙目で訴え、両者の空気はどんどんかみ合わなくなっていった。


「なぁ…みんな、オレたちだって……ここで一緒に働いてるんだ! 仲間じゃないのかよ!」

「仲間だよ。仲間でも……相手が国じゃ……」

 膠着しそうな空気を、ミサトが大きく吸い込んだ声で断ち切った。


「うんっ!みんな!やめて!」

 みんなの視線が集まる。

 ミサトは震える指で紙を掲げ、はっきりと言った。


「たしかに相手は国。怖いよ、私だって。国に逆らえば、ここまで築いたものが全部なくなるかもしれない。でも……だからって、仲間の家族を見捨てるなんて、そんなの私にはできない!」


 ミサトはぐっと胸を叩く。

 その瞳には、かつての自分の記憶が浮かんでいた。


「前の世界でね……私が働いてた会社も、めちゃくちゃなとこだった。でも、そこにも“仲間を見捨てない先輩”がいたの。誰かが潰されそうになったとき、必ず守ってくれた。……だから今度は、私がやる番なんだよ」


 その言葉に、ゴブリンたちは一斉に頷き、涙を拭いた。

 一方で村人たちも黙り込み、顔を見合わせる。

 恐怖は消えない。けれど、心の奥で何かが揺れているのが見えた。


 リリィの声が脳内に響く。

『はい。ミサト。とってもいいプレゼンでしたよ。決算説明会で株主を黙らせたレベルですね。私、決算説明会見た事ないですけど…』

「私の話しを株主総会と比べるなぁ!しかも例えが見た事ないやつって!」

 それでも、リリィのその軽口に少しだけ背中を押される気がした。


◇◇◇


 議論の末、出発は少人数に絞ることに決まった。

 リリィの助言は冷静だった。


『はい。ミサト。全員で行けば国に目をつけられるリスクが増大します。奇襲も戦争もお勧めできません。小隊規模で迅速に動き、村を避難させるのがベストです』

「なるほどね……うん」とミサトは頷き、広場の中央で告げた。

「今回、一緒に行くのは少数精鋭にする。私と、ゴブちゃんたち数名。そして物資を運ぶ人を何人か。村全員を巻き込むわけにはいかない」


「俺が行く!」とゴブ次郎が即答した。

「当たり前だろ! 兄貴を助けるのに俺が行かなくてどうする!」

 ほかのゴブリンたちも次々と手を挙げる。

「俺も行く!」「ミンナを守る!」

 その熱に押されるように、村人からも数名が名乗りを上げた。

「荷物持ちぐらいなら俺がやるよ」

「少しだけ薬草の知識があるから、もしけが人が出たら手当てをするよ」


 その表情にはまだ恐怖が残っていたが、それでも一歩を踏み出す覚悟が感じられた。


 ミサトは深く頭を下げた。

「ありがとう……! 必ず無事に帰ろう」

 会議がひとまず収束し、解散の空気が漂いかけたところで、低く落ち着いた声が響いた。


「ん〜、、やっぱり、俺も行くしかないよな〜」

 視線が一斉に集まる。

 広場の隅で腕を組んでいたカイルが、焚き火の光に照らされて立ち上がっていた。


「カイル……!?」


 ミサトが目を丸くする。

 彼は深いため息をつき、苦笑を浮かべた。

「正直に言えば、俺はこの件に首を突っ込むべきじゃないと思ってたんだけど、相手は国の兵士だ。湯ノ花の里の商人にとって国は、取引先でもあり、監視者でもある。下手に逆らえば、これまで築いた信用も失う。もし見つかれば顔をも割れるしなて…」

 その言葉に村人たちが不安げにうなずく。だがカイルは続けた。


「けどな……ミサト、お前の言葉を聞いて、腹が決まったよ。商売の計算よりも大事なものを守りたくて、俺は湯ノ花に来たんだっけな…。それをミサトはちゃんと見せてくれた。なら、俺も商人としてじゃなく、一人の人間として動くべきだろう」


 彼の眼差しは真剣そのものだった。


「道中の補給や交渉なら、俺に任せろ。商人の顔を使えば、国の目を少しはかいくぐれる。……それに俺の信用出来る昔のトーレルの部下を数人連れて行ける。あいつらは旅慣れてるから、足手まといにはならないしな」


「うぅぅぅ!カイル……!」


 ミサトの胸に熱いものがこみ上げた。

 リリィの声が脳裏で響く。


『はい。ミサト。まさかの心強い戦力加入ですね。まるでRPGの“頼れる仲間参入イベント”みたいで熱くなりますね』

「リリィ!そういうメタな言い方しない!でも助かる……!」


 広場に再び熱気が戻る。

 こうして救援隊には、商人カイルという頼れる頭脳と交渉役が加わったのだった。


◇◇◇


 会議が終わったのは深夜だった。

 村人たちは散り散りに家へ戻っていき、広場には静けさが戻った。

 ミサトは温泉へ足を運び、ひとり湯気に包まれる。

 湯船に沈めた体から、張り詰めていた緊張がじわじわと溶け出していった。


「はぁぁぁ……。やっぱ温泉って最高……」

『はい。ミサト。温泉でほころんでいる場合ではありません。今こそ帝王学の基本を思い出してください』

「んぁぁあ……またそれ? 私、王様でもなんでもないんだけど」

『はい。ミサト。王とは地位ではなく、在り方です。恐怖を抱いても、民の前では示さない。決断に迷っても、最後は責任を背負う。これが“王の器”です』


 リリィの声は静かだが、まっすぐだった。

 湯気の向こうに浮かぶ天井を見上げながら、ミサトは小さく笑った。

「ははは。でもさ、本当怖いんだよ。本当に、国なんかに逆らって大丈夫かなって。今まで築いたこの里が、全部壊されるんじゃないかって」

『はい。ミサト。恐れるのは当然です。ですが、仲間を見捨てれば、その時点で湯ノ花の里は壊れるのでは?』


「……っ」

 胸の奥を突かれ、言葉が止まる。


 しばらくの沈黙のあと、ミサトは湯に拳を握りしめた。

「やるよ。絶対に助ける。国が相手でも関係ない」

『はい。ミサト。その決意こそ帝王学です。指導者は、恐怖を乗り越えて民を守るもの、、』

「だ〜か〜ら〜。私、指導者とか王様じゃないってば!」

『はい。ミサト。いいえ。自覚がなくとも、皆はあなたを“王”として見ていますよ?』

「やめろおおおお! 私をそんな目で見るなァァァ!そして重い役職つけないでー!」


 湯気の中で叫んだ声は、夜の里に溶けていった。


◇◇◇


 夜明け前。

 まだ空が白み始めたばかりの村の広場に、選ばれた面々が集まった。

 カイル、ゴブ次郎と仲間のゴブリンたち、数人の村人、そしてミサト。

 荷物は必要最低限。道中の食料と医薬品、そして温泉饅頭の差し入れ。


 ミサトはみんなの顔を一人ずつ見渡し、きっぱりと言った。


「よし!行こう。ゴブちゃんの家族を救うために!」

 返ってきたのはみんなの力強い声だった。

「「「おうっ!」」」


 こうして、湯ノ花の里から小さな救援隊が旅立った。

 彼らの行く先には、国の軍勢と、討伐の脅威が待ち受けている。

 それでも、彼らの胸には一つの誇りが灯っていた。 

 仲間を見捨てない。

 その決意だけは、誰にも壊せないものだった。



            続


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