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第14話 【傷だらけの誇り】

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 湯ノ花の里に、まだ朝日が昇りきらないころ。

 見張りの声が慌ただしく上がった。


「んっ?なんだあれ? 、、ゴ、ゴブ次郎たちが帰ってきたぞーっ!!血だらけだーー!」


 駆け寄ったミサトの目に映ったのは、ぼろぼろになったゴブリンたちの姿だった。服は裂け、血に染まり、棍棒は折れている。だが彼らの目は、不思議なほど笑い誇らしげに輝いていた。


「ちょっ……ゴブたち…なにがあったの!?」

「へへっ……ちょいと散歩してたらよぉ、悪い顔したエルフの連中がいたんでな。ちょっとばかし挨拶してきたんだ」

 ゴブ次郎が鼻血を拭いながら軽口を叩く。

 だがその腕は深い切り傷で覆われている。


「散歩と挨拶でこんなになるかっ!あんたたち……っ!」

 ミサトは思わず声を震わせた。

 けれどゴブ三郎は、ふっと笑って言う。

「ボス!大丈夫だ。……あの姫さんの言葉を守れたんだ。俺たち、それで十分だぜ」


 背後で控えていたリュシアが、その言葉に息を詰まらせる。

「えっ……私の、せい……?」

 震える声が漏れる。

 彼女の目には涙が浮かんでいた。

 ミサトはとっさに首を振った。


「違うよ、リュシアさん。みんな自分の意思で戦ったんだ。……ね?」

「おうっ!オレたちが勝手にやったことだ! 姫さんが気に病むこたぁねえ!」

「そーだそーだ!むしろ、あの一言がなかったらオレたちビビって逃げてたかもなぁ!」

 リュシアは口元を押さえ、ゴブリンたちの前に膝をついた。

「……ありがとう。本当に……ありがとう」


 その真っ直ぐな眼差しに、ゴブリンたちはむず痒そうに頭をかいた。

「へっ、礼なんざいいんだよ……」

 尻尾をぱたぱた揺らす彼らに、ミサトは思わず頬をゆるめた。


◇◇◇


 帳場に戻ると、リリィの冷静な声が響く。

『はい。ミサト。 状況を整理します。リュシアを探すエルフ捜索隊が、本格的に活動を開始したようですね。昨夜のゴブリンたちの交戦はその一端でしょう』


「くそっ!やっぱり……ゴブたちよく気付いたな…」

 ミサトは机に手をついた。

(放っておけば、もっと大規模な部隊が来る……下手したら、里そのものが戦場になるかもしれない)


『はい。ミサト。選択肢は二つです。リュシア姫を里に匿い続けるか、それとも、安全な場所に送り返すか、ですね』

 リリィの声は冷徹で現実的だった。

 だがミサトの胸は、ずっしりと重くなる。


(リュシアさんを守りたい……でも、そのせいで里が巻き込まれたら……?)

 考えれば考えるほど、胃がきりきりと痛んでいく。


「むぅぅぅ……なんで私、毎回こんな無理ゲーな選択迫られるの……」

『はい。ミサト。 それは“異世界社畜補正”です』

「ぐぉぉぉっ!!なんじゃそりゃ!?」

 思わず机をバンッと叩いた。

 だが、リリィの声に気づけば少しだけ肩の力が抜けていた。


◇◇◇


 治療所では、傷ついたゴブリンたちが手当てを受けていた。

 だが彼らは落ち着きがなく、包帯を嫌がって暴れている。


「お、おい!ゴブたちやめろ!消毒液を舐めるな!」

「だってこれ苦ぇんだもん!」

「ほら!ゴブ次ちゃん動かないで、血がまた出てるよ!」

「うるせー!こんな傷!傷口に酒ぶっかけときゃ治るんだよ!」


「この!ばかぁぁぁぁぁーー!!」

 ミサトが頭を抱えた。

 リュシアは苦笑しながら、彼らの傷口にそっと手をかざす。

 柔らかな光があふれ、傷が少しずつ癒えていった。


「えっ?……癒しの魔法、ってやつですか?」

 ミサトが目を見張る。

 リュシアは淡く首を振る。

「えぇ、ほんの少しの力です。昔のエルフならもっと凄かったんでしょうが、だんだんと使える者も少なくなって、エルフの中でも私とお母様ぐらいしか…」


 その言葉に、皆が沈黙した。

 ゴブリンたちもようやく事の重大さを悟ったらしく、口をつぐむ。


◇◇◇


 夜更け。

 帳場で一人、ミサトは帳簿を前に唸っていた。

(リュシアさんを守るために戦うか……それとも交渉か……)

(でも、どっちを選んでも、、“正解”なんて、ないのかもしれない)


 窓の外、月が冴え冴えと輝いている。

 その下で、森の奥から低い角笛の音が響いた。


『はい。ミサト。警告します。 エルフの本隊が動き出しました』

 リリィの声が、静かに告げた。


◇◇◇

 

 その夜遅く、、

 湯ノ花の里の門に、カイルが馬車に乗って帰ってきた。


「ふぃー!帰りましたよと。やれやれ……留守の間にまた随分と賑やかになったもんだ」

 帰還したのは、かつてトーレル商会の中堅。今ではすっかり里に腰を据え、ミサトの右腕カイルだった。

 出張から戻った彼を見て、ゴブリンも村人も声を弾ませる。


 帳場に落ち着くと、ミサトが声を潜めて切り出した。

「おかえり♪あの〜カイル?帰って来ていきなりなんだけど…実はね……この人、リュシアさんって言って。ただの旅人じゃなくて……王族筋のエルフみたいなの……」


 カイルは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、椅子から跳ね上がった。

「はぁぁぁぁーー!? お、おいミサト!本気で言ってんのか!? エルフの王族クラスがここに? 洒落にならんぞ!エルフが人里に降りて来てくる事自体事件だぞっ!」


 リュシアが少し困ったように目を伏せる。

 カイルは顔を両手で覆い、声を落とした。

「……いいか、ミサト。エルフの泉の水ってのはな、王都じゃ闇市で金塊と同じ値で取引されてる“禁制品”なんだ。病を癒す薬にも媚薬にもなるって噂で……欲に目がくらんだ連中が動き出す。必ず、だ。下手したら湯ノ花の里に軍が来るぞっ!」


 帳場に重苦しい沈黙が落ちる。

 その直後、森の奥から角笛の音が響いた。

 低く、重く、まるで大地そのものが震えるように。

 湯ノ花の里に、戦いの気配が迫っていた。


      

            続

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