第12話 【お忍びの姫、里の日常に混ざる】
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湯ノ花の里の朝は、今日も忙しく始まった。
湯治に来た旅人たちの笑い声が宿に響き、商人たちは荷馬車に荷を積み込み、朝市では新鮮な野菜が並んでいる。
そんな中、宿の縁側に腰掛けて里を眺めている女性がいた。
深いフードを脱いだリュシア、、エルフの姫である。
朝の光に透ける銀髪、透き通るような肌。
その姿は里人の誰もが息をのむ美しさだったが、本人は気にする様子もなく、子どもたちが走り回る姿を目を細めて見ていた。
◇◇◇
「リュシアさん、こちらへどうぞ。朝食のお膳です」
エルナが案内し、運んできたのは、湯気の立つ味噌汁と焼き魚。食後に温泉饅頭。湯ノ花の里の“定番”だった。
リュシアは興味深そうに箸を手に取り、、ぎこちなく魚をつつく。
「ふ〜ん?……不思議な道具ね。棒を二本、どうやって扱えばよいのかしら」
「あ、それはミサトさんが作ったもので…、こうやって……」
エルナが身振りで教えると、リュシアは真剣な顔で真似した。だが、箸は器用にすべって魚の身を飛ばす。
子どもたちが「あはは、お姉ちゃん、下手っぴだー!」と笑うと、リュシアは顔を赤らめ、けれど笑みを浮かべて頭を下げた。
「ふふふ……ごめんなさい。私、こういうのには慣れていなくて」
エルナは少し驚いた。
“姫”と呼ばれる存在なら、子どもにからかわれても無言で威圧するだろうに。
この女性は違った。恥ずかしさも戸惑いも隠さず、むしろこの状況を楽しんでいる。
、、ああ、この人も“私と同じ”なんだ。
エルナの胸に親近感が芽生える。かつて前の村で居場所を失った自分のように、彼女もどこか“外”の存在なのだと。
◇◇◇
日が傾く頃。
ミサトは帳場で帳簿を整理していた。数字の羅列に目を細めていると、背後から声がした。
「……あなたは、不思議な人ね」
振り返ると、縁側からリュシアがこちらを見ていた。
夕日に銀髪が揺れ、どこか儚げに見える。
「えっ?私なんか不思議な事しちゃった?」とミサトが首をかしげると、リュシアは静かに言った。
「人々はあなたを信じている。……血筋でも、力でもなく。あなた自身を」
ミサトは苦笑した。
「ははは、信じてもらうまで大変だったけどね。失敗も山ほどしたし、私なんて“社畜上がり”だよ?」
“しゃちく”という言葉にリュシアは首を傾げたが、それ以上は聞かずに目を伏せた。
「……羨ましいなぁ…私は“リュシア姫”である前に、“ただの私”を見てもらったことが一度もないから」
その声には、深い孤独がにじんでいた。
ミサトはなにか、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じる。
「じゃあさ〜♪」
ミサトは帳簿を閉じ、笑顔を向けた。
「ここではただの“リュシアさん”でいいよ。お客さんで、仲間で……一緒に温泉入って笑う一人ってことで☆」
リュシアは一瞬ぽかんとした後、小さく微笑んだ。
その笑みは、ようやく氷が解け始めた花のように柔らかかった。
◇◇◇
その夜、リュシアはエルナと共に温泉へ向かった。
湯気の立ちこめる露天風呂に足を浸した瞬間、リュシアは小さな吐息を漏らす。
「はぁぁぁ……なんて柔らかい水。やっぱり森の泉とも違う……身体が溶けてしまいそうな程気持ちいいわね」
月明かりの下、白い肌を湯がやさしく包み込む。銀髪が水面に広がり、まるで幻想の絵画のようだった。
その場に居合わせたエルナでさえ、思わず見とれて息を止めたほどだ。
その翌朝、、
温泉の桶を片付けに来た村人が、不思議そうに腰を叩いていた。
「ありゃ??……昨日まで痛んでた腰が、今朝は全然痛まん。こりゃなんだか妙だぞ」
噂は瞬く間に広がった。
「昨日の夜温泉入ったら、風邪っぽかったのに治ってるんだよね…?」
「えっ?そう言えば、なんだか私も肌がつやつやに……」
そんな声を聞いたリリィはすぐさま分析を始める。
『はい。ミサト。……どうやらエルフ特有の魔力が、微細に湯へ溶け出しているみたいですね。温泉の効能と掛け合わされて、薬効が何倍にも……温泉に入った村人たちの病状が回復。これはすごい発見ですね。もはや薬です』
報告を聞いたミサトは一瞬ぽかんとした後、ガバッと立ち上がった。
「えっ、えっ?なにそれ!? エルフ入り温泉=超高級秘薬!? それ、国家レベルの産業革命なんじゃ……!!」
ミサトは頭の中で猛烈な速度でソロバンを弾き始める。
年間売上高、需要供給バランス、希少価値による価格設定、ブランド戦略……
「ぐふふふ……!」
気づけば口元からヨダレが一筋、タラ〜ッと垂れていた。
『はい。ミサト。 脳内欲望がだだ漏れですよ。 もう完全に成金の酷く卑しい顔です』
「い、い、いや違うのリリィ!これは世界平和のための経済基盤……そう、平和よっ!!ジュルッ」
『はい。ミサト。ヨダレ拭きながら言っても説得力ゼロです。温泉で顔を洗って来てください』
それを見ていたエルナが呆れ顔でため息をつき、リュシアはくすりと笑った。
◇◇◇
、、同じ頃。
森の奥。
緑に囲まれたエルフの里では、従者たちが慌ただしく動き回っていた。
「姫様の行方がわからない!? お忍びで人間の里に……?」
「すぐに捜索隊を出せ! 人間に姫の存在が知られれば、里が危うい!」
その声が夜風に乗り、闇へと消えていく。
◇◇◇
湯ノ花の里の外れ。
暗がりに潜む影が、一軒の宿をじっと見つめていた。
窓の奥に見えるのは、銀髪の少女。
月光に照らされるその姿は、まぎれもなく、、エルフの姫。
影は唇を吊り上げ、低く呟いた。
「……やはり、この里にいたか。すぐに報告せねば!」
湯ノ花の里にまた、新たな波乱が忍び寄っていた。
続