第11話 【お忍びのお客様】
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バルドンとの戦いから湯ノ花の里は、今や港と山岳を結ぶ物流の要衝として賑わっていた。
新たに建てられた宿には旅人の明かりが絶えず、温泉街には笑い声が満ちている。
そんなある日、ミサトは不思議な客を迎え入れることになった。
◇◇◇
「はい。宿泊のご予約ですね? ……えっと、お名前は?」
帳場を担当していたエルナが首をかしげた。
目の前に立つのは、深いフードを目深にかぶった少女だった。従者らしい若者を一人連れている。
声は澄んでいて、まるで鈴の音のようだ。
「……リュシア、と名乗っておきましょう」
口元に浮かんだ微笑は、どこか人を試すようでもある。
ミサトが横に立ち、内心では首を傾げていた。
白磁のように滑らかな肌。人間離れしたほど均整の取れた尖った耳の形。
、、あれは……エルフ?
異世界に来てから噂には聞いていたが、実際に目にするのは初めてだった。
長命種、森に隠れ住むとされる高貴な一族。
人間と交流することは滅多にないと聞く。
フードの陰から見えるその姿は、まさに伝承そのものだった。
だが、彼女は身分を隠しているらしい。
従者が差し出した硬貨は上質だが、使い慣れていない手つき。商人でも旅人でもない。
「あの〜……私、温泉に……入りたいのです」
小さく告げたその言葉に、ミサトは一瞬肩の力を抜いた。
なんだかんだ理由はどうあれ、目的はただの温泉か。心底ほっとしたような気分と、妙な親近感が湧いた。
◇◇◇
夜。
リュシアは宿の湯船に浸かっていた。
肩まで湯に沈み、細い首筋をほころばせる。
頬はほんのり紅潮し、さながら白百合に朝露が落ちるようだった。
「ふむ〜っ、、……これが人間の里の湯。森の泉とは全く違う。あたたかく、心までほぐれるようだわ」
ミサトは隅に控えながら、思わず笑った。
「そうでしょ? ここに来た旅人はみんな、最初はびっくりして、最後は笑顔で帰っていくの」
リュシアは不思議そうに首を傾げる。
「…あなた……ここの者なのに、言葉と雰囲気がどこか違うのね?まったく別の音にも聞こえる…」
「えっ……わかるの?」
「ええ。ここの者たちの中にいても、ほんの少し浮いている。……それは、嫌ではないの?」
その問いに、ミサトは胸を突かれるようだった。
前の世界で会社勤めしていた頃。
飲み会の輪に入れず、プロジェクトから外され、誰にも必要とされていないと感じた夜、、。
その《居場所のなさ》を思い出してしまった。
「……昔は嫌だったよ。すごくね〜…でも、今はね」
ミサトはそっと湯に手を沈め、リュシアを見つめた。
「みんながいる。私を受け入れてくれる仲間が。だから、この里に私の居場所があるの」
リュシアははっと息を呑んだ。
長い睫毛の影が揺れる。
「ふふふ……そう。あなたも“外”の人なのね」
その声には、どこか自嘲めいた響きが混じっていた。
ミサトは思わず言葉を返す。
「リュシアさんも……そうなんでしょ? エルフの森の外に出て、ここに来るくらいなんだもの」
沈黙。
やがて彼女は湯の表面を指でなぞり、ぽつりとこぼした。
「私……エルフの王家の血を引く者なの。けれど、血筋だけで“姫”と呼ばれることにずっと居心地の悪さを感じてきた。皆が敬っても、心から寄り添ってはくれない。だから……人間の世界を見たくて、お忍びで来たの…ここの温泉の噂はエルフの森まで届いてますよ」
、、やっぱり。
ミサトの胸に確信が広がった。
この子は《疎外感》を抱えている。
「リュシアさん☆」
ミサトは微笑んだ。
「もし良かったら、この里で少し過ごしてみて。ここは血筋も立場も関係ない。誰もがただの“お客さん”で、ただの“仲間”だから」
リュシアは目を見開き、そして小さく笑った。
「ふふ……本当面白い人間ね。あなた」
その笑みは、どこか救われたように見えた。
◇◇◇
宿を出て、リリィの声が脳裏に響く。
『はい。……ミサト。また“お人好し発動”してましたね』
「ちょっと! 発動って言わないでよ、反則技みたいにさっ!」
『はい。ミサト。だって見てください、あの流れ。“放っておけない”って、完全に異世界のテンプレですよ。私、腹抱えて笑っちゃいますよ。抱える腹ないんですけど…」
「うっ……いやでも、困ってる子を助けるのは普通でしょ?」
『はい。ミサト。その普通の社畜は、昔残業を断ることすらできませんでしたが?』
「ぐはっ! そこを突いてくるのかね!?」
『はい。ミサト。全部事実です。あなたが“はい残業やります”って言ってた記録、まだ全部残ってます』
「なんでっ!?元の世界の頃も記録してあんのかいっ!…なら、お願い、それは消して……!」
『はい。ミサト。ダメです。保存済み。バックアップも二重。世界の終わりまで残します』
「えええっ?! 私の黒歴史が永久保存!?」
『はい。ミサト。大丈夫です。代わりに今日の会話、“元社畜がエルフ姫を励ますの巻”もちゃんと記録しました』
「やめろぉぉぉぉ!! 後世の歴史に残るとか恥ずかしすぎる!」
『はい。ミサト。ご安心を。どうせ後世の人類はミサトの事を“温泉外交のマザー”とか呼びますから』
「ぷぎぃぃぃ!!でも、、それはちょっと嬉しい……かも?いや、やっぱり恥ずかしい!」
するとリリィが急に真面目なトーンに戻り、、
『はい。ミサト。あの女性、、リュシアはこれから重要な存在です。おそらくここから、ただの客人では終わらない。この世界をまとめるためにも…」
「まとめるって…?でも何となくわかってるって。……それでも放っておけないんだよ…あんな顔されちゃ…」
ミサトは夜空を仰ぎ、月明かりに目を細めた。
「だってさぁ、、昔の私と同じ様な顔をしてるんだもの。社畜として働いていた頃の私にね……」
エルフの姫は、静かに湯ノ花の里に足を踏み入れた。
その訪問が、この里に新たな波をもたらすとも知らずに。
続