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第10話 【港を照らす証明】

見て頂きありがとうございます。励みになりますので、良かったらブックマーク、評価、コメントよろしくお願いします。


 臨時港務評議会、、、。

 夜明けの鐘が三度鳴る頃、ガルマの公会堂には商人、船頭、倉庫番、そして役人たちがぎっしりと詰めかけていた。壇上には評議員席、その中央に書記官ルディア。向かって右には巨躯の男、、バルドン商会頭領、バルドン。左に、湯ノ花の里代表としてミサト。後方にはカイル、ゴブ次郎、エルナ。ミサトのポケットには小さなキューブ、リリィ。


 ルディアが槌を打つ。

「これより、港湾契約の改ざん疑惑に関する査問を開始する。まず、湯ノ花側の主張を聞く」


 ミサトは一歩進み、深く礼をした。

「湯ノ花のミサトです。こちらの主張はシンプル。、、“契約は改ざんされ、物資は横流しされ、噂で市場が誘導された”。以上です」


 ざわり、と場内が揺れる。バルドンは口角を上げ、分厚い指でひげを撫でた。

「娘御。言うのは易いが、証拠はあるのかね?」

 ミサトは小さく笑った。

「ふふ、もちろん。今日は“証拠だけ”を持って来ました」

『はい。ミサト。段取り通り「一→二→三」で。声は落ち着いて、間は二拍ですよ』

 脳内でリリィが囁く。ミサトは頷き、指を伸ばす。


「まず一点目、、帳簿の二重化です!」

 エルナが控えの机から束を掲げ、ルディアに手渡す。

「こちらが港会計所の“表”の帳簿。こちらが“裏”に保管されていた控え。発注者名が《湯ノ花》から《バルドン外郭商会》へ、記入者印だけが差し替えられています。支払い伝票の金額と一致しません」


 ルディアが素早く目を走らせる。

「……差額、三ヶ月で銀貨一二七枚相当。大きいわね」

 バルドンは肩をすくめた。

「馬鹿馬鹿しぃわ!どうせ書記の凡ミスだろう。港は忙しい」


「ふ〜ん、、では二点目、、取消通知の偽造」

 ミサトは次の羊皮紙を掲げる。

「この“契約解除通達”。湯ノ花宛に出された形ですが、発送印の時刻が《港の改印前》です。つまり存在しない時刻で押されている」

『はい。ミサト。補足、今です』

「加えて、同時刻に別の書記業務で使われた印影と“摩耗の形”が違う。、、これって偽造ですよね?」


 ざわめきが、今度は重く広がった。カイルが低く囁く。

「いいぞ、ミサト、畳みかけろ」


「そして三点目、、先日の倉庫火災の計画」

 ミサトの声に、空気がぴんと張る。

「証拠隠滅のため、油樽を“端列”に移し、夜間に焼く段取り。火元の誘発に使う麻くずはすでに荷受場で見つかっています」


 バルドンの目が細くなる。

「ほう?面白いなぁ……それで証拠は?」


 ミサトはポケットを軽く叩いた。

「リリィ」

『はい。ミサト。了解。音声記録、時刻印付きで再生します』

 公会堂に、くぐもった男たちの声が響く。


『端から火を回せ。印影は俺が通す。燃え残りは“鼠の仕業”で片付く、、』

『バルドン様、油は?』

『おいっ!“名前”を呼ぶんじゃねぇー!端列に積み替えろ。朝には灰だ』


 場内がどよめき、誰かが息を呑む音がした。ルディアが素早くメモを走らせる。

 バルドンは嘲るように笑った。

「声など偽れる。小娘、そんな意味のわからん玩具で俺を裁けると思うなよ」


『はい。ミサト。予定通り来ましたね。“声は偽れる”への反証。手筈通り、二本立て。』

「一本目。声紋一致、、この場にいる“倉庫長代理”にお願いしたい」

 ミサトが視線を向けると、群衆の中で一人の中年男がびくりと震えた。ルディアが頷き、衛兵が男を前へ。

「昨日、あなたは同じ指示を繰り返しました。“端列に積め”、、その口癖、今も治っていない」

 男の顔から血の気が引く。


「二本目。物証。端列の床板に、昨夜運び込んだ油の“染み”が残っている。荷印はバルドン外郭商会《黒鴎》、、さっきの帳簿と、きれいにつながる」


 静寂。

 やがて、誰かがぽつりと漏らした。

「……つながってる。全部、つながってる」


 ミサトは視線をバルドンに戻す。

「あなたは言葉で市場を揺らし、印で契約を奪い、火で証拠を消すつもりだった。、、でも、もう遅い」


 バルドンは拳をぎり、と鳴らした。

「小娘。市場とは力だ。恐怖を知らぬ羊どもに、秩序は作れぬ。独占は善だ。だが、、」

「恐怖だけの秩序は、最初に“収益”を壊します」

 バルドンの声にミサトの声が重なる。


「あなたが釣り上げた倉庫料で、小商人は三割の荷を降ろせなくなった。結果、港税の収入は二割目減り。、、“あなたは港を痩せさせた”」

『はい。ミサト。図を出しますか?』

「リリィ!お願い」

 リリィが簡易投影で数表を浮かべる。貨物量、倉庫料、港税の推移、、下がる線がはっきり見て取れた。


 ざわっ、、評議員席がざわめき、商人たちの顔色が変わる。

 ミサトは一歩踏み込み、淡々と突きつけた。


「あなたの“独占”は、富を集めていない。ただ、恐怖を換金しているだけ。それは商売ではなく、徴発ごっこです」


 場の空気が変わる。

 バルドンが吠えた。

「小娘ぇぇぇぇ!!貴様に何が分かる! 秩序を維持するには強い手が要るのだ!」


「ふふふ、“恐れられるより愛される方がよい。だが両方は難しい”。誰の言葉か、あなたもご存じでしょう?知らなければ学ぶのをお勧めします…」

 ミサトは静かに続けた。

「あなたは恐れだけを選んだ。だから、誰もあなたを弁護しない。、、違いますか?」


 沈黙。

 視線が自然と、商人たちへ向かう。……誰も、立たない。倉庫番たちも、船頭たちも、俯いたまま。

 そして、ルディアが低く言った。

「評議会として、港の収益を毀損した者を容認するわけにはいかない」


 バルドンの肩がぴくりと動いた。

 彼は最後の牙を剥くように前へ出る、、が、カイルが半歩で塞ぐ。

「ここは公会堂だ。うちのボスが格好つけたんだ…剣の出番じゃない、、だろ?……言葉で負けたなら、今日は退きな」

 ゴブ次郎が棍棒を肩で回し、にやりと笑う。

「暴れるなら、疲れるまでオレたちが外で遊んでやるぜ?」


 バルドンは舌打ちし、評議員へと向き直った。

「……査問は茶番だ。だがよい。勝つのは最後の勘定だ」

 吐き捨てると踵を返す、、が、その背へルディアの声が落ちる。


「決定を告げる。、、バルドン商会に対し、港湾使用権の一時停止、関与役人の調査、ならびに倉庫料の緊急是正。また、湯ノ花の里には、当面の臨時補給路を公認とする」


 公会堂が揺れた。拍手。驚き。ため息。

 ミサトは小さく息を吐き、両拳をぎゅっと握った。

 、、勝った。

 完全勝利ではない。けれど、港の扉は大きく開いた。


 バルドンは振り返り、にたりと笑った。

「ふふっ!小娘……覚えておけ。市場は戦場だ。次は慈悲はない」

 ミサトは一歩も引かず、真っ直ぐに返す。

「こちらこそ。次は“市場”で会いましょう。数字で、笑って、勝ちますからっ☆」


 バルドンは舌打ちし、従者を連れて公会堂を去った。


◇◇◇


 人いきれの熱が引き始めた頃、ミサトは袖で額の汗を拭った。

 心臓はまだ速いが、足取りは軽い。

 エルナが駆け寄ってくる。

「すごかった、ミサトさん……!」

 カイルもうなずく。

「論で斬ったな。剣より切れる」

 ゴブ次郎が親指を立てる。

「ボス、“徴発ごっこ”ってやつ、痺れたぜ〜!」


 ミサトは照れくさく笑って、ポケットのリリィを軽く叩いた。

「みんなありがとう。ねぇリリィ、今日の勝因は?」


『はい。ミサト。三つ。場を選んだ(公会堂で公開査問)、時間を支配した(証拠の順番と間)、資源を束ねた(証言・帳簿・数字・音声)。ミサト、全部“無自覚で”やってましたよ?』

「えっ?私、えらい?」

『はい、とっても。ついでに言えば、決め台詞も百点満点。花マルをあげます』

「あははっ!花マル!?やったぁ〜!」


 ルディアが歩み寄り、そっと耳打ちする。

「……ありがとう。港の空気、変わると思う。小商人たちがあなたに礼を言いたがってるわ」

「こちらこそ。ルディアさんが勇気を出してくれたから。、、これから、一緒に“稼げる港”にしよう」


 ルディアは目を細めて頷いた。


◇◇◇


 夕暮れ、波止場。

 臨時補給路の公認が伝わるやいなや、裏倉庫には小商人たちの列ができた。

 湯ノ花の荷車が入り、代わりに塩や油、干魚が積み込まれる。

 その往復のたびに、里の冬は一つずつ安全へ近づいていく。


 ミサトは海風に髪を揺らし、遠くの水平線を見た。

 胸に去来するのは、安堵……だけではない。

 、、次の一手。

 バルドンは倒れていない。牙は抜いたが、獣はまだ生きている。

 けれど構わない。次は市場だ。数字で、仕掛けで、笑って勝つ。


『はい。ミサト。次の準備、いきます?』

「うん。港の是正に合わせて“湯ノ花プレミアム便”を立ち上げる。織物と薬草のブランド化、先行予約の帳合いはリリィに任せた!」

『はい。ミサト。了解。あと、森の北街道に“不思議な材木”の噂。エルフの森とやら、接触価値ありです』

「……エルフ!?」

 ミサトは目を丸くして、ふっと笑った。

「あははっ!よし、港を一段落させたら“森の商談”へ行こう。異世界っぽいの、やっと来たね!」


 カイルが肩をすくめる。

「また忙しくなるな」

 ゴブ次郎はにやり。

「はは!ボスといると面白ぇなぁ!」

 エルナは胸元をぎゅっと握り、頷いた。

「みんなで行こう。どこまでも」


 夕陽が海面に道を引き、その先へと誘う。

 湯ノ花の里と港町ガルマを結ぶ細い道は、今、確かな光で照らされていた。


 、、小さな勝利は、次の大航路の灯台になる。



            続

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