表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/113

第9話 【小さな勝利】

見て頂きありがとうございます。励みになりますので、良かったらブックマーク、評価、コメントよろしくお願いします。


 港町ガルマの空は、いつにも増して潮風が強かった。夜明け前に吹く風は塩を含み、軒並みに吊された魚を揺らし、波止場に並ぶ木樽をきしませる。朝の市場が始まる前、町は独特の緊張感に包まれていた。


 ミサトたちはその空気を胸に吸い込みながら、商館通りを歩いていた。

 彼女の視線の先には、港の書記官ルディアが待っている。昨日の暗殺未遂事件を受け、彼女が「ある場所で話を聞いてほしい」と声をかけてきたのだ。


「ミサト…その女、本当に信用して大丈夫なのか?」

 カイルが辺りを警戒しながら剣の柄に手を置いたまま問う。

「刺客がまた出てもおかしくねぇぞ」


「うん……分かってるよ。でも、これを逃したら、このチャンスを逃したら……先に進めないし、里も救えない」

 ミサトは答え、足を止めなかった。

 心臓は早鐘を打っている。それでも彼女は歩を進める。怖さよりも、湯ノ花の未来の方が重いのだ。


 ゴブ次郎が大きく鼻を鳴らした。

「ふふんっっ!ボスは相変わらず肝が据わってるな。大丈夫!オレらがついてる。ぜってぇ守るから安心しな!ゴブリンパワー見せてやるぜっ!!」

 その豪快な言葉に、エルナも小さく笑みを浮かべる。

「ふふふ、ゴブさん。……そうですよ。みんなで来たんです。私たちは、もう一人じゃありません」


 そう、昨日の夜。命を狙われ、血を流しながらも、仲間と心を確かめ合った。

 あの瞬間を超えたからこそ、今のミサトの足取りは確かだった。


◇◇◇


 待ち合わせの倉庫街。夜明けの光が木板の隙間から差し込み、埃を照らしている。

 ルディアはそこで待っていた。整った黒髪を束ね、目の下には寝不足の影。だが瞳は鋭く光を帯びていた。


「来てくれてありがとう、ミサトさん…」

 彼女は周囲を警戒しながら声を潜める。

「時間がないわ。急いで伝えます。今、バルドン商会は“港の補給契約”を一手に握ろうと必死になっている。けど……そのせいで不満も溜まっているの」


「不満?」

「ええ。港の小商人たちは、バルドンに倉庫の使用料を釣り上げられ、半ば搾取されてる状態。彼らも密かに新しい取引相手を探してる」

 ルディアは一枚の羊皮紙を取り出した。そこには小さな商人たちの署名が並んでいる。

「これは、彼らが“湯ノ花の里に限定的な補給を任せたい”と望んでいる証文よ」


 その瞬間、ミサトの胸が熱くなる。

 ここに来て、ついに手がかりが掴めたのだ。


「でも……」ルディアは眉をひそめ続けた。

「彼らも恐れている。バルドンの報復が怖い。だから契約は“正式”にはできない。ただ、港の裏路地での小規模な物資供給なら、黙認するつもりだって」


 それは、確かに小さな契約に過ぎない。

 だが、ゼロから始めたミサトたちにとっては大きな一歩だった。


「……分かりました」

 ミサトは証文を受け取り、深く頭を下げる。

「この信頼、絶対に裏切りません。必ず物資をきちんと届け、港にとっても利益になるようにしてみせます。ありがとうございます」


 ルディアは小さく微笑んだ。

「なら、私も出来る限り協力する。書記官としては表立っては動けないけど……記録の一部を書き換えて、あなた方の補給を“見逃す”ことはできるわ。バルドンに一泡吹かせて!苦渋を舐めさせられた仲間の敵を討って…」


「うん。ルディアさん……!分かりました。ありがとうございます!」

 その勇気に、ミサトは心から礼を言った。

 、、仲間がまた一人、増えた。


◇◇◇


 その日の午後、港の裏通り。

 目立たない小さな倉庫に、湯ノ花の荷馬車がそっと横付けされた。

 積まれているのは温泉まんじゅう、干し野菜、保存肉、そして薬草。どれも山里ならではの物資だ。


 商人たちがそれを受け取り、代わりに塩や干魚、油などを積み込んでいく。

 取り引きは静かに、だが確かに成立していた。


「……これで、やっと……ちゃんと…湯ノ花の里に物資が届く」

 エルナが感慨深げに呟く。

「子供たちが冬を越せる……!」

 カイルも腕を組みながら笑った。

「小さいが確かな勝利だな。だがバルドンに気づかれりゃ一発で潰される。油断はできねぇ」


「分かってる!次の手を考えないとね…」

 ミサトは頷きながら、荷馬車に視線を送る。

 、、ここまで来るのに、どれだけの困難があっただろう。

 失敗、妨害、裏切り、そして暗殺。

 そのすべてを越えて、今こうして小さな勝利を掴んでいる。


 リリィの声が、脳裏に優しく響いた。

『はい。ミサト。あなたは今、“帝王学”における最も重要な要素を実行しています』


「……最も重要な要素??」

『はい。ミサト。権力とは、一気に大帝国を築くものではなく、小さな信頼を積み重ねるもの。今の契約は取るに足らない規模かもしれません。ですが、これが次の大きな勝利への礎になるのです』


 ミサトはその言葉に胸を打たれた。

 確かにそうだ。大きな一歩よりも、小さな積み重ねが未来をつくる。

 それは社畜時代の仕事にも通じていた。

 地道な改善、取引先との信頼の積み重ね、、。

 あの頃は報われないと思っていた努力が、今ここで生きているのだ。


「ありがとう、リリィ」

 ミサトは小さく笑った。

「……私、やっと報われてる気がするよ!」


『はい。ミサト。ですが、まだ始まったばかりです』

 リリィの声はどこか楽しげだった。

『ミサト。あなたの歩みは必ず“物語”になる。だからどうか、自分を誇って前に進みましょう』


◇◇◇


 荷の積み替えが終わる頃、ルディアが倉庫に姿を現した。

「上手く行きましたね。これで湯ノ花は冬を越せるでしょう」

 ルディアはそう言って、そっと契約の控えを差し出す。


「ありがとう、ルディアさん。本当に、ありがとう」

 ミサトは両手でその紙を受け取った。

 小さな契約書、、けれどその重みは計り知れない。

 仲間の命がけの努力が、確かに形になった証だった。


 だがその直後、ルディアの表情が曇る。

「けれど……安心するのはまだ早い。バルドン商会は必ず動く。あの男は、町を一つ二つ潰すことも厭わない。次に狙われるのは、きっとあなたたちの里よ」


 ミサトの背筋に冷たいものが走る。

 、、そうだ。これはあくまで小さな勝利に過ぎない。

 次には、必ず大きな試練が待っている。


 だが彼女は顔を上げ、仲間を見渡した。

 カイルは剣を腰に構え、ゴブ次郎は棍棒を肩に担ぎ、エルナは血の滲む肩を押さえながらも微笑んでいた。

 そしてルディアもまた、勇気を胸に立っている。


「……それでも」

 ミサトは力強く言った。

「私たちは絶対に止まらない。この契約を足がかりに、必ずバルドンに立ち向かってみせる!さぁ!みんな!こっから反撃開始だよっ!!」


 その言葉に、皆の瞳が輝いた。

 仲間の心が一つに重なり、港の裏倉庫に静かな熱が満ちていった。


◇◇◇


 夕刻。港の遠く、石造りの館の窓辺から、一人の男が倉庫街を見下ろしていた。

 太い指に嵌められた黄金の指輪。油断なく光る眼差し。

 、、バルドン商会の頭領、バルドンその人だった。


「んぁっ?!あの小娘が……。小さな契約を結んだだと?どことだ??」

 従者が頷く。

「はっ。どうやら港の下層商人どもを抱き込んだ様子です」

 バルドンの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。

「ぶっはっはっ!!愚か者ども。小さな火種がやがて大火になることを知らぬとはな……。よかろう!」

 彼はゆっくりと立ち上がる。

「次は俺自らが出る。小娘も、その里も、一つ残らず俺の手にしてくれるっ!ぶわっはっはっ!!」

 その低い笑い声は、夜の港を震わせるほどの凄みを帯びていた。


 ミサトの小さな勝利の影で、嵐が動き出そうとしていた。



            続


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ