第6話 【裏切り者の誓い】
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倉庫の火事が起きる前、、
夜のガルマ港。倉庫街は昼間の喧噪が嘘のように静まり返っていた。
波止場に打ち寄せる潮騒と、時折吹く風に揺れる帆のきしみ。
昼間は魚市場や酒場の声で溢れていた街も、いまは漁火の光が点々と瞬くばかりだ。
その闇を縫うように、一人の影が歩いていた。ヨランである。
ミサトに裏切りを許されたあの日から、心は休まらなかった。
「あなたにしかできない仕事を頼むわ」
あのミサトの言葉が、耳から離れない。
許されたはずなのに、胸の奥の痛みは増すばかりだった。
笑ってくれた彼女の瞳の奥に、ほんのわずかな不安の色を読み取ってしまったからだ。
(……まだ信じきってはいない。信じたいけれど、裏切りの記憶は消せないんだ)
だからこそ、ヨランは誓った。
この街で、自分にしか出来ない情報を掴み出すと。
失った信頼を取り戻す唯一の方法は、成果で示すことだけだ。
彼の耳は、港の裏通りに潜むざわめきを拾っていた。
酒に酔った荷役夫の口の軽い会話。
香辛料を扱う商人の裏取引の声。
、、その隙間に、ひっそりと流れる危うい噂を耳にする。
「へへっ、……今日の夜、北の倉庫で一芝居打つらしいぜ」
「あぁ、聞いたよ。湯ノ花の連中を追い出す切り札なんだとよ」
耳を疑った。
ただの酔いどれの妄言かとも思ったが、声の主はガルマで顔が利く荷受け人。
、、これは確実に、バルドン商会の仕掛けだ。
ヨランの胸がざわめいた。
(まさか……何を?何をして湯ノ花に濡れ衣を着せるつもりなのか)
もし本当に何かが起これば、港町は一瞬で騒乱に包まれる。
商人たちの信頼は消え、湯ノ花は「港を乱す厄介者」として排除されるだろう。
すべてが、これまでのみんなの努力が水泡に帰す。
ヨランは拳を固めた。
かつて裏切り、情報を流した自分。
その償いができるのは、今しかない。
彼は人目を避けて、港の北側へとまた足を運んだ。
そこは倉庫街、、日中は物資が行き交う喧騒の場だが、夜は不気味なほど静まり返る。
海風に混じるのは魚の匂いではなく、どこか鼻をつく油の臭いだった。
錆びた鍵の壊された扉を押し開ける。
中に足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。
「……これは」
床に転がる油壺。壁際に積まれた火薬袋。
導火線のような縄が外へ伸び、今にも火を放たんと準備されている。
しかも、積まれた木箱の表面には大きく「湯ノ花納品」と墨書きされていた。
、、計画的すぎる。
誰かが意図して港の人間を巻き込み、湯ノ花に罪を着せるつもりだ。
(これが証拠だ。……これを持ち帰れば、ミサトさんと湯ノ花の里は救える!)
ヨランは、床に散らばっていた帳面の切れ端を掴んだ。
そこには《荷受人•湯ノ花》と記された偽造印が押されていた。
決定的な証拠に違いない。
だが、その瞬間、、背後で床板がきしんだ。
「……誰だ!そこに居るのは!!」
声に振り返ると、二人の大男が影から現れた。
バルドン商会の私兵だった。
「おいおい、チューチューネズミが入り込んでやがるぜ」
「はははっ!湯ノ花の小間使いか? 証拠を隠しに来たってわけだな!!ネズミは退治しねぇとなっ!」
二人の剣の刃が月光を反射する。
ヨランの喉が乾いた。
逃げ場はない、、そう思った刹那、頭にミサトの声がよぎった。
【あははっ!あなたにしかできない仕事を頼むよ】
ヨランは体が勝手に動いた。
床の油壺を蹴り飛ばし、視界を覆う油煙を撒き散らす。
兵が咳き込んだ隙に、ヨランは窓へと飛び込んだ。
木枠が砕け、夜の潮風が体を切り裂く。
海に叩きつけられるかと思いきや、辛うじて岸壁のロープを掴み取った。
掌の皮が裂け、血が滴る。
だが帳面の切れ端だけは決して離さなかった。
(これを……絶対持ち帰るんだ……!)
必死に這い上がった背後で、轟音が響いた。
倉庫が、まるで炎の獣のように爆ぜたのだ。
真っ赤な火柱が夜空を焦がし、港中に悲鳴が走る。
「火事だァ! 北の倉庫が燃えてるぞー!」
「湯ノ花の連中が仕組んだって話だー!」
群衆の叫びが、ヨランの耳を突き刺した。
違う。違うんだ。だが誰も聞いちゃくれない。
港は噂に支配され、真実など一瞬でかき消されていく。
ヨランは歯を食いしばり、暗がりに身を潜めた。
帳面の切れ端を握りしめた手が震えている。
(必ず渡す……この証拠を、ミサトさんに。
もう二度と裏切らない。今度こそ、俺のすべてを賭けて)
岸壁に這い上がると、ヨランは荒い息を整えながら、夜空に揺れる火柱を見上げた。赤い炎が波間に映り、港町ガルマ全体が赤く見える。胸の奥で何かがひりつく、、それは恐怖でも、怒りでもなく、ただただ後悔と決意だった。
「俺は……もう逃げない。裏切ったときの痛みを、ミサトさんに二度と味合わせるわけにいかない!!」
握りしめた帳面の切れ端が、掌の中で熱を帯びる。これを渡せば、ミサトは必ず真実を見抜き、港町を揺るがす罠を暴けるはずだ。
視線を港全体に走らせ、ヨランは小さく息を吐く。
、、これが、俺の贖罪の第一歩。
これからのすべてを賭けて、湯ノ花の里を守るために動くんだ。
闇夜の中、決意に燃えた目が、赤い炎に負けぬ光を帯びて光った。
燃え盛る倉庫を背に、ヨランは闇の中へと消えていった。
それは、彼にとって裏切りからの脱却、
、、新しい誓いの始まりだった。
続