第5話 【酒場の縁と炎上する倉庫】
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港町ガルマの夜は、昼の喧噪とはまるで別世界だった。
昼間は汗と潮と魚の匂いが混ざり合い、掛け声と金銭のやり取りが響く街も、夜には酒場の笑い声と楽師の笛だけが通りに漏れ出していた。
「あははっ!ここは遊びに来るならいい場所なんだけどなぁ〜☆さぁて!よし!……バシッとここで情報を掴んでいきますかっ!」
ミサトは息を整えると、港の目抜き通りにある大きな酒場の扉を押し開けた。
中は人でごった返していた。大きな樽のビールが次々と注がれ、テーブルの上には魚介の煮込みや焼きパンが山と積まれている。船乗りが歌い、労働者が笑い、商人たちは帳簿を広げて議論していた。
「うわぁ〜〜、、活気がすごいですね……」
エルナが圧倒されたように呟く。
「それだけ、この街の血がここに集まってるってことだ」カイルが低い声で返す。
ゴブ次郎はすでに樽の匂いを嗅いでいた。
「おおっ、うめぇ匂いだな! オレちょっと……」
「ゴブ次!まだだーめ!」ミサトが慌てて袖を掴む。「今日は情報収集が目的なんだから!終わってからご飯食べよ!」
ミサトたちは一番奥の空いた席に腰を下ろすと、まずは銀貨を出して酒と料理を大量に注文した。
酒場では【奢る者】が自然と話題の中心になる。
小さな投資で大きな信頼を買う。
それを、ミサトは社畜時代の営業経験で知っていた。
「おおっ、姐さん太っ腹だな!」
「湯ノ花の姐御だろ? 聞いてるぜ、山奥で温泉やってるって!」
すぐに周囲の船乗りや労働者が集まってきた。
ミサトはにっこり笑いながら杯を掲げる。
「あははっ!所詮、私たちはただの小さな里よ。でも、正直に働いて、ちゃんと払って、ちゃんと受け取る。それだけを守りたいの。だからこそ、、港で起きてること、何でも聞かせて欲しいんだよね!」
その真っ直ぐな言葉が効いたのか、酒場のあちこちから声が上がった。
「最近よォ、港の倉庫の管理が変わったんだ。バルドンの手先が仕切るようになってから、荷の出入りが妙に遅ぇんだよなぁ〜」
「そうそう!俺の知り合いの船もさ、湯ノ花の荷を積むはずが『契約解除』って言われて突き返されたんだぜ」
「そういや、あんまりでかい声じゃ言えねぇが、荷の樽を夜中に動かしてる連中を見た奴もいたな……」
エルナが小声で走り書きしていく。カイルは腕を組み、ゴブ次郎は真剣に頷いていた。
『はい。ミサト。お見事です。自然に彼らの心をつかみ、情報を引き出しましたね』
リリィの声が脳裏に響いた。
(ふふっ、昔の社畜ペコペコ営業飲み会も無駄じゃなかったってことね……!)
しかし、そんな和やかな空気の中で、不意に鋭い視線を感じた。
隅の席で黙って酒を舐めていた男、、、
港の倉庫係の一人だ。
彼はミサトと目が合うや否や、椅子を蹴って立ち上がり、外へ飛び出して行った。
「う〜ん……見るからに怪しい……」
カイルがすぐに腰を上げる。
だが、ミサトがすぐに止めた。
「ううん。追わないで。下手に刺激すると、証拠を隠される…」
その言葉が終わらぬうちに、外から怒号と鐘の音が響いた。
「火事だぁーッ! 倉庫に火が出たぞ!」
酒場の空気が一瞬にして凍りつき、客たちが我先にと飛び出していく。
◇◇◇
港の一角が赤く染まっていた。
炎はすでに倉庫の屋根を舐め、木板が爆ぜ、黒煙が夜空へと昇っていく。
「アイヤァァァァァァァァァ!!う、うちの倉庫だ! 荷が燃えちまうよぉぉぉ!!」
「水だ! 桶を持て!」
港中が混乱に包まれる。労働者たちが必死に桶を回すが、炎は容赦なく拡がっていった。
焦げた木と油の匂いが鼻を突く。
「えっ、、?!……あれ!」
エルナが指差す先、火に巻かれているのは、、
湯ノ花の物資を積んだ倉庫だった。
「くそっ!」カイルが剣を握る。
「明らかにうちが狙われてる!」
ゴブ次郎が走り出し、必死に水を運び始めた。
「オレたち、湯ノ花の里の荷を守れぇ!」
ミサトも桶を掴み、炎の前に立つ。
熱気に頬が焼ける。だが退くわけにはいかなかった。
「みんな! 力を貸して! この荷はただの商売じゃない、里のみんなの命綱なんだ!」
叫ぶ声に、周囲の労働者たちも動かされた。次々と桶を運び、火を叩きつける。
しかし、、、。
炎の陰で、不審な人影が走り去るのを、ミサトは見逃さなかった。
(やっぱり……! あの倉庫係の男! 火を放ったのは、バルドンの差し金だ!)
怒りで胸が震える。だが今は追えない。
まずは荷を守らなければ、、。
やがて、必死の消火で火の勢いはようやく収まった。
だが、湯ノ花の干し肉と穀物の半分は灰になっていた。
燃え跡を見つめ、ミサトは拳を握りしめる。
「くっそぉぉぉぉ!!……絶対許さない。証拠も仲間も、全部燃やして潰そうだなんて……!やり方がきたないんだよぉぉぉぉっ!!」
その背に、リリィの声が静かに響いた。
『はい。ミサト。落ち着いてください。失った物より手に入れた物を見てください。あなたは今“人を動かす力”を使いました。それは恐怖や金ではなく、信頼で人を動かす。それは立派な帝王学の実践です』
「はぁっ!何言ってんの!?……帝王学?今それ役に立つの?!荷が燃えてるんだよ!!」
思わず声を荒げたミサトに、リリィはそっと告げる。
『はい。ミサト。民を信じ、共に立ち上がらせる”。過去の偉人たちが何度も語った王者の資質です。あなたは今、それを自然に成し遂げました。流れが変わりますよ。味方になってくれる人が増えます』
ミサトはハッとした。
(私……知らず知らず、そんなことを……?)
だが、感傷に浸る暇はなかった。
港の人々が次々と囁き始めていたのだ。
「なんで湯ノ花の荷だけ燃えた……?」
「やっぱり怪しいよな〜。火元はあの倉庫だって話だし……」
「まさか、湯ノ花が保険目当てに自分で……?」
「保険目当てで自分とこの荷物燃やすか??次入って来なかったら飯抜きだぞ!」
ざわめきは瞬く間に広がっていく。
バルドンが仕掛けた濡れ衣が、すでに街を覆い始めていた。
炎に焼かれた倉庫を背に、ミサトは仲間と目を合わせた。
その瞳には怒りと決意が燃えていた。
「証拠を掴む。必ず、、!」
潮風に混じる煙の匂いが、戦いの火蓋が切られたことを告げていた。
続