第48話 【削られる日常と、必要な存在】
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バルドンが去った翌朝、、
湯ノ花の里は静かな緊張に包まれていた。いつものように温泉街へ客が訪れる。笑顔もある。だが、その裏では確実に影が忍び寄っていた。
「えっ?塩が……足りない……?値段が高いだけじゃなくて…?」
ミサトは倉庫に並んだ樽を見て、息を呑んだ。
蓋を開けてみれば、底の方はすでに空っぽに近い。
「先週、予定していた荷車が来なかったんだ」
カイルが険しい顔で報告する。
「港からの運搬が止められたらしくてな……別ルートを探してはいるが、追いつかん」
塩だけではない。乾燥魚、香辛料、鉄の釘。生活や商売に欠かせない物資が、次々と不足していく。
温泉宿の料理人は困り顔で言った。
「せっかく客が増えているのに、味付けが物足りないって言われちゃうよ」
大工たちも声を荒らげる。
「おいおい!釘が無きゃ新しい宿が建てられねぇ!」
村人たちの表情に、不安が混じり始めていた。あの噂の囁きが現実味を帯びてきたのだ。
広場で、母親が子を抱えて言った。
「このままじゃ、また冬を越せない時が来るんじゃないか……?」
その一言が、まるで冷たい風のように広がる。
ミサトは拳を握りしめた。
「くそっ!……やっぱり、港は本気で締め上げにきてる…」
彼女の胸に重くのしかかるのは、村を守る責任だった。温泉を発展させ、人を呼び込むことはできた。
だが、それだけでは腹は膨れない。
経済と物流、、根っこの部分を握られれば、湯ノ花は簡単に崩れる。
『はい。ミサト。顔が暗いですよ』
リリィの声が、不意に優しく響いた。
「はは、、暗くもなるよ。村の人たちが困ってるのに、私には……」
言葉が途切れた。悔しさと焦りで胸が詰まる。
だが、そんなミサトにリリィははっきり告げる。
『はい。ミサト。ふふふ、まだまだ、ミサトには私が必要ですね』
「……え?」
『ミサト。心配しなくてもいい。道はあります。港が塞げば、山を越える方法を考えればいい。森を抜ける算段を立てればいい。人はいつだって、新しい道を切り開いてきたのですから。ミサトも言ってたじゃないですか』
ミサトは息を呑んだ。
、、そうだ。諦めるには早すぎる。
港町が道を塞ぐなら、自分たちで新しい道を作ればいい。
それは容易ではない。だが、困難だからこそ挑む価値がある。
ミサトは肩を落としかけた自分を叱咤するように立ち上がり、両手で頬を力一杯叩いた。
「いってぇ〜…… よしっ!分かった。まだ、私にやれることはあるよね!」
『はい。ミサト。必ず打開策を見つけましょう。あなたと私なら』
窓の外には、夕暮れの赤が広がっていた。
試練の影は濃くなる。だが、その影を越える光を探す旅は、今まさに始まったばかりだった。
◇◇◇
だがしかし、不安はさらに現実の姿をとった。
ある夜、湯ノ花の倉庫に泥棒が入ったのだ。
持ち去られたのは、わずかに残っていた貴重な塩と干し魚。見張りが駆けつけた時には、犯人の姿は闇に消えていた。
「ふむぅ、……村の中の人間かもしれないのぉ…」
村長が険しい顔で呟いた。
「物資不足で腹を空かせた誰かが……」
ミサトは唇を噛みしめる。信じたくはない。
だが、それほどまでに生活は追い詰められているのだ。
その時だった。
バタバタと馬車の車輪が近づく音がした。広場に現れたのは、見慣れた姿、、カイル自身が引いてきた荷車だった。
荷台には、ぎっしりと詰まった樽や箱が積まれている。
「カ、カイル!? これは……」
「あははっ!トーレル商会から“退職金代わり”に貰って来たぞっ!」
カイルは照れくさそうに笑い、額の汗をぬぐった。
「俺は今日でトーレル商会を辞めた。ずっと迷ってたけど……バルドンと向き合って、はっきり分かったんだ。俺は金儲けのために生きてるんじゃない。守りたいもののために働きたいんだ!」
彼は真っ直ぐにミサトを見据える。
「ミサト、お前の下で俺を正式に働かせてくれ!」
その言葉に広場がざわめいた。
ミサトは驚きで声を失う。だが荷台の中身を見た瞬間、胸が熱くなった。そこには塩の樽、乾燥肉、鉄材、布、、不足していた物資がぎっしりと詰め込まれていたのだ。
「えっ??ちょっと、、こんな物資、ど、どうやって……?しかも私の下で働かせてって??」
「あははっ!びっくりしたか?商会を辞める時に、溜めていた信用と報酬を全部物資に変えてきた。これならしばらくは凌げるだろう」
村人たちから歓声が上がった。
「これで冬を越せる!」
「ありがてぇ……!」
ミサトは込み上げるものを押さえられなかった。
「カイル……本当に、いいの?私、負けるかもよ…」
「いいも悪いもねぇよ。俺はもう決めた。ミサトの下でなら、俺は命を懸けて働ける。お前ならこの世界を変えられる!俺はそう信じてる!!」
リリィが横で小さく囁いた。
『はい。ミサト。これはまさに“人材の獲得”という最大の投資が実った証ですね』
「ミサト!それでどうなんだ?俺を雇うのか?雇わないのか?」
カイルが微笑みながら言うと、涙ぐみながら笑うミサトは、深く頷いた。
「……分かった。カイル、これからは一緒にやっていこう!」
その瞬間、重苦しい空気の中に一筋の光が射した。
物資不足という現実はまだ続く。だが、ミサトの周りには確実に仲間が集まり始めていた。
そして彼女は改めて気づく、、自分一人ではなく、皆で進む道こそが、未来を切り開く力になるのだと。
続