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第46話 【囁かれる噂と逆手の一手】

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 使者が帰って行った、朝の市場。

 湯ノ花の里の広場には、野菜を売る農夫や、菓子を売る子どもたちの声が飛び交っていた。

 だが、その日だけは空気がどこか違った。笑い声の合間に、不安を帯びた囁きが混じっていたのだ。


「なぁ……聞いたか? この村、港町に逆らってるって」

「あぁ!聞いたよ!もし交易を止められたら、この村なんてひとたまりもないぞ」

「そうだ。食糧も塩も、ほとんど港経由で来てるんだ。港町の機嫌を損ねたら……」


 噂はまるで湯気のように、広場全体へ広がっていく。最初は数人が囁くだけだったのに、気づけば大人から子どもまで「そうらしい」と口にするようになった。


 ミサトは屋台を回っていた時に、その空気を肌で感じ取った。

「うげぇ〜、……なるほど。もう動いてきたわけね…お仕事が早いですねぇ〜!」

 ミサトのポケットでリリィが小声でささやく。

『はい。ミサト。昨夜、怪しい動きが観測されています。港町の使者が農夫二人を買収していました』

「やっぱり……。じゃあ噂の発信源は、ほぼほぼそこで確定ってことね」

『はい。ミサト。その通りです。噂の速度から考えると、放置すれば三日で村全体を覆います』

「三日? 人の噂って早いなぁ〜…」


 ミサトは腕を組み、少しだけ考え込んだ。そして不意に笑みを浮かべる。

「ん〜……だったら、その噂を逆に利用しちゃおっか☆」

『はい。ミサト。逆手、ですか?』

「うん。要は“港町が怖いぞ”ってことをあいつらは広めたいんでしょ? じゃあその恐怖を、もっと上手に拡大して、こっちのカードに変えればいいんじゃない?」

『はい。ミサト。 なるほど。恐怖を利用した合意形成。それもまた帝王学の一種です』


 昼過ぎ。

 ミサトは村の集会所に人々を集めた。商人、農夫、子どもを抱えた母親まで、噂に不安を覚えた者たちが次々に顔を見せる。

 ざわつく声を受けて、ミサトはあえて朗らかな調子で口を開いた。


「みんな、ちょっと聞いたわ。『港町に逆らったら交易を止められる』って噂って話しね」

 その一言で、場が静まり返る。誰もが目をそらし、唇を噛んだ。

 ミサトはあえて間を置き、にっこりと笑った。

「でもね、それ、、正しい部分もあるし、間違ってる部分もあるの」


「えっ……?」

 誰かの声が漏れる。


「確かに港町は力を持ってる。交易を止める力だってある。でもね、、」

 ミサトは言葉を切り、全員をゆっくりと見回した。

「もし港町が交易を止めたら、誰が困ると思う?」

「……俺たち、じゃないんですか?」農夫が恐る恐る答える。

「ううん。違うの…一番困るのは、港町の商人たちなんだな〜♪」


 ざわ、と会場が揺れた。


「だってさ、湯ノ花の里は今、山から魚、森から薬草、そして温泉まんじゅう! 売れる物がい〜っぱいある。もし港町が交易を切ったら、それを買えなくなるのはあっちの商人たちなんだよ〜」

「……あ」

「そ、そうか……」


 人々の顔に理解の色が広がる。ミサトはその流れを逃さず、さらに畳みかけた。

「だから、うちが怖がる必要はないの。むしろ大事なのは……『私たちがどう立ち回るか』よ」


 カイルが横で声を張った。

「ミサトは、すでにトーレル商会をはじめ複数のルートを確保している! 港町が一つ止めても、他の道が残るようにしてあるんだ!」


 会場に驚きと安堵が走る。

 ミサトは笑って、もう一つ付け加えた。

「それにね、こう考えてみて。、、港町が湯ノ花の里を恐れて噂を流すってことは、それだけ私たちの存在が大きくなってるっめ証拠なのよ!」

「……おお……!」

「確かに……!」

 

 でも村人一部のざわつきは止まらなかった。


「港町に逆らったら、交易が途絶える!」

「塩も穀物も、全部高値になっちまうぞ!」

「俺たちは……食っていけるのか!」

 叫ぶ声に混じって、うずくまる若者や、子を抱きすくめる母親の姿があった。恐怖が、確かに場を支配しかけていた。


 ミサトは一歩進み出て、声を張った。

「その不安、ぜんぶ分かります。わたしだって怖いです。だからこそ、ここで選ばなきゃいけないんです」

 視線をゆっくりと人々に向け、ひとりひとりに言葉を投げる。

「交易がなくなるのが怖い? なら、自分たちで新しい道を作っちゃおうよ!」

「塩や穀物が心配? 私たちには山がある、森があり、仲間がいる。工夫すれば必ずやり抜けます」

「……何より、この温泉はもうどこの誰にも真似できない。“湯ノ花の里だけの宝”です!」


 最後の一言に、場がはっと静まる。

 その瞬間、ゴブ次郎が声を張り上げた。

「ボスの言うとおりだー! オレらが誇らねぇで、誰がこの湯を守るんだー!!」

 ゴブ次郎の叫びに、若者がうなずき、母親が涙を拭った。

 不安の声は、次第に力強い拍手と歓声へと変わっていった。


 人々の胸に、不安ではなく誇りが芽生えていく。


『はい。ミサト。……これは“敵の脅威を誇りに変換する”典型的な指導術です。帝王学的に言えば、ナポレオンの“敵に恐れられること自体が力”という発想に近いですね』

「ナポレオンさんの登場〜!ふふっ、そんな大層なもんじゃないよ。ただのポジティブ変換!異世界に来てまでネガティブじゃやってらんないでしょ!」


 集会が終わった後、人々の表情は晴れやかになっていた。誰もが帰り道で「湯ノ花の里は強い」と口にする。その様子を、遠くから見つめる影があった。


 港町の使者である。

 彼は唇を噛みしめ、低く吐き捨てた。

「……この女、ただの田舎者ではないな。だが次に来る波に耐えられるかな…くっくっ!」


 その夜、リリィが報告する。

『はい。ミサト。噂の広がりは完全に逆転しました。“港町が恐れている”という認識が、里の多数派意見となっています』

「よしっ。これで村の結束は固まったね」

 ミサトは窓の外に広がる星空を見上げた。


 噂は恐怖の種だった。

 だが逆手に取れば、それは誇りの炎に変わる。


 、、次の手を打つ準備は、すでに整いつつあった。



            続


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